先生!自殺を教えてください!

下池結花

第1話


 物静かな化学準備室。松本優一は、優雅にコーヒーブレイクをしていた。基本1日1食の彼にとって、コーヒーは朝・昼の栄養補給元なのである。


(なんか、ス◯バのコーヒー豆なだけあって、あいつらへの背徳感があるな……)


 あいつら、というのは松本の勤務する学校の生徒達のことである。都内にある私立の中高一貫校の教師である松本は、ついこの間30になったばかりの若手だ。しかし、ぴちぴちの10代である生徒からはよく、「彼女いるんですか〜?w」や「早く結婚しないんですか〜」と茶化され、日々胃にヒシヒシときていた。

 先輩である教師からは「耐えろ」と無言で言われたが、今思い出しただけでも顔がぴくぴくと引き攣る。


(まあ、あいつらなりの愛情表現なんだろうな)


 イマドキの子、怖い。


 窓から照らされるポカポカとした陽気に「春だなぁ」と独り、小さく呟く。

 真新しい制服に身を包んだ新一年達を思い出す。とても初々しかった。

 残念ながら松本は受験真っ只中の高校3年の担任である為、1年と関わることは殆どないだろう。

 丁度良い温度になってきたコーヒーを口に含む。


「せんせー‼︎遊びに来ましたよー‼︎」


 バンッと扉が大きな音を立て、開けられ、そして1人の女子生徒がズカズカと部屋に入って来た。

 松本は驚き、ゴフッとコーヒーを吹き出しそうになった。「先生、大丈夫?」とやってきた女子生徒、上野咲良は覗き込んだ。

 松本は恨みがましそうに睨みでゴホゴホと咳をした。


「お前っ、壊れるだろうが‼︎」


「え〜、大丈夫ですよ〜」


 「そこまで強くないし」と軽い調子で言う上野をキッと睨むが、相変わらずへらへらとした調子で「怖〜い」と言った。

 松本は、はぁとため息を吐く。


「すいませんって。あ、先生良いな!上野にもくださいよ!」


 「やらん」と言うと「え〜、けち〜」というふうに口を尖らせた。文句を言いながら、彼女はさも当然のように椅子に座った。


「教室に戻れ。仕事の邪魔だ」


「え〜!いいじゃん、どうせ午後まで暇でしょ、先生。次、5限じゃん」


 何で知っているんだ、という顔をする。すると上野は「ないしょ〜」と口に指を当てていたずらっぽく笑った。

 ここの休み時間は15分と長い為、しばらくは居座るだろうと松本は自身も椅子に座り、背もたれに寄りかかる。


「で、何の用だ。まさか、何の用事もなしに来たのか」


 上野は「アハハ」と言いながら明後日の方を見る。松本が明らかに不機嫌な顔をすると、口に手を当て、必死に考え始めた。


「がちで特にないんですけど……。あ、そうだ!」


 せっかくだから、と上野は松本に聞いた。


「自殺って、どうしたらいいんですか?」


「はあ⁉︎」


 あまりにも意味が分からない質問に、松本は口をぱくぱくと開閉させ、上野は「どうしたんだろ」と言うようにキョトンと不思議そうにしていた。

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