第4話

 次の日、単調な電子音を鳴る寸前で止めた一哉は、お腹の辺りに違和感を感じた。


(なんだ?)


 布団の中を覗いて見ると、小さく縮こまった黒猫がお尻をこっちに向けて眠っている姿があった。


(何時の間に……嘘だろう?)


 昨夜、あんなに警戒していた猫が、今、一哉のお腹に寄りかかって子猫でいるのだ。

 子猫は、一哉が起きた気配に気付かないまま動かない。


(死んでるんじゃないだろうなあ?)


 しかし、微かに猫が呼吸している動きが解る。

 一哉は、そのまましばらく子猫を起こさないように静かに見つめていた。


(大人しくしてれば、結構かわいいのにな)


 1年間使われなかった一哉の頬が、わずかに緩んだ。



「すみません、今日ちょっと早めに帰ってもいいですか?」


 料理長は自分の耳を疑った。


「え? 何だって?」


「……あの、これで3回目なんですけど」


 料理長が驚くのも無理はない。

 一哉は、自分からシフト時間を増やすことはあっても、休みなど一度も取った事がないからだ。


「熱でもあるんじゃないのか? 身体の具合でも悪いのか?」


 終いには、一哉の身体の心配をし始める始末だ。

 一哉は、なんとか休みをもらって、バイト時間を減らしてもらった。


「おい、榎本。なんだよ、彼女でも出来たのか~?」


 同僚達がにやにやしながら話しかけてきた。


「いえ、家に猫が一匹でいるもんで」


「猫? お前、猫なんか飼ってたの?」


「成り行きで、つい昨日」


 同僚達は驚いた。

 今まで何かを話しかけても、まともに返事をした覚えのない一哉だ。

 みんなおもしろがって話しかけてきた。

 一哉が、猫を飼わないか、猫には何をやったらいいのか、どう世話をしたらいいのか……などと聞いてくるので、終いには、ウエイトレスまでもが話題に入ってきた。


「ごめんね~、うちマンションだから動物は飼えないの~」


「うちのお袋が猫アレルギ―なんだよなあ」


「うちはハムスタ―飼ってるから」


 結局、バイト先の同僚達全員に聞いたけれど、飼い手は見つからなかった。


 それ以来、一哉の生活は一変した。バイトは午前か午後、1日に1つ。

 同僚達とは、猫の話題がきっかけで、皆が話しかけてくるようになった。

 中には、黒猫を見せてほしいと言って、一哉の住むアパ―トまで押しかけてくる連中もいた。

 それでも、黒猫の飼い手は見つからなかった。



 それから数週間が経った。

 一哉がファミレスのバイトを午前で切り上げて帰ろうとした時、聞き覚えのある声に呼び止められた。


「よう。子猫は元気かい?」


 振り向くと、数週間前に罵声を浴びさせられ、猫を押しつけられた白髪の老人が立っていた。


「あっ! この前の……」


 老人は、大きな声で笑うと、家が近くだからちょっと寄って行かないか、と誘った。

 数週間前の一哉ならはっきりと断っていただろう。

 しかし、この老人の正体に興味が湧いた一哉は、老人の誘いを受けることにした。

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