七、十三度断罪された令嬢は転生ファイナルを目指して最終コーナーを全力で刺しに行くようです

「バビルサ! 一体どういうつもりだ!」


 純正プレーンな人間にプライドを抉られて、怒気で真っ赤になっているヘルムートは、表情を憤怒で歪めていても一応、イケメンではある。

 ただし、顔面に限る。


「互いに本意ではないのだから、何も問題ないと思いますが」

「大いに大有りだ、大問題だ!」

「お姉さま、本当にどうしてしまったの?」


 一言発するたびにキラキラしい視界効果が入る鳥女は、確かに部分フォーカスすれば絶世の美女と表現して差し支えない。容姿そのものは基本的に昔から変わらないが、余計な要素が付加されすぎて、視界がとにかくゴチャゴチャしい。


「どうしたもこうしたも、聞きたいのはわたしの方です。相思相愛、お似合いの異形同士でくっつけば丸く収まる話じゃないですか、それのどこに問題が?」


「それでは私もオルテンシア嬢も報われんのだ! そうでなければ、誰がお前など……」


 雑言が続くと思われた瞬間、ヘルムートの頭上で短い警報音が三度鳴り、全身を覆う業火のようなダメージ効果が俄かに入る。

 そして、Goポイント付与のお知らせが通知され瞬く間に消えた。


「しまったぁ——!」


 せっかく整えていた頭髪を掻きむしったために、癖っ毛が元のように暴れている。


「ヘルムート様、しっかり!」


 どうやら異形二人には共通認識できる由々しき事態が起こったようだが、バビルサは小首を傾げたままだ。

 何なら、今起こった謎のエフェクトも目の錯覚だと思っている。


「何ですか、今の」


「わたしたちの制約なの。お姉さまに悪意が向けられると、今みたいに地獄の業が溜まって、満積になった時点で永劫の地獄送りになるのよ」


 傍らで取り乱しているヘルムートを宥めながら、神妙に話すオルテンシアが非常に可哀想な空気感を醸し出す。

 溶岩温泉組は、随分とハードモードの再スタートを強いられたようだが、過去のアレコレを振り返ってしまうと、ある意味納得の業とも言えた。

 一千年が、まとめて押し寄せた結果がコレなのだろう。


「ああ、今世のわたしを途中退場させない……とかいうやつですか? 生きてりゃそのうち死ぬでしょうに」


「随分と投げやりだな! それじゃ困るんだよ!」

「あなた方が、ですよね。わたしは何も困りません」

「お姉さま、そんな……あんまりだわ」


 一昔前の悲劇のヒロインが似合いそうな妹だが、如何せん、鳥の部分が何かとシリアスの邪魔をする。


 精神的セルフダメージからようやく回復したヘルムートが、手櫛で頭髪を整え直しながら正気に戻ると、渋々した表情で改めてバビルサに向き直った。


「知っているなら話は早い。地獄から出された条件は、お前の認識のとおりだ。過去は過去として犯した過ちを取り消すことはできないが、少なくとも、今世は協力体制を整えて回避することくらいできるだろう。お互いにとってウィンウィンじゃないか」


 脱地獄の共通目的があり、仲間意識があるならば、それは実に前向きで建設的な意見にも思えるが、例え生まれ直そうが、時代を変わろうが性根は何も変わらない。

 業の深い人間は、誰しも身勝手で独善的で一貫して凝り固まった利己絶対主義だからこそ、躊躇なく他人を意のままに操ろうと模索し、意に沿わなければ簡単に牙を向くことができ、結果、自らが地獄に堕ちるのだ。


 もし、バビルサ・バルソビアという令嬢が、一度の過失を被っただけの真の被害者だったならば、そもそも、死して十三度も地獄に堕ちたりしない——その相手側もまた然りだ。


「協力? 回避? 馬鹿なんですか。あなた方が受けた地獄の沙汰は、あなた方が消化すべきものでしょう? 知ったこっちゃありません。わたしにとってはこれが正真正銘、最期なんです。

 さっさと生き急ぐつもりなので、邪魔しないでもらえます?」


 過去のべ一千年、散々、魔女悪女と罵られ誹られ処罰されてきた年季の重さは相当で、意識せずとも板についた悪辣とした態度は、比類なき悪人のそれであった。

 何を隠そう、バビルサ本人が誰よりもナチュラルに悪意の権化なのである。


「お前の破滅思想に、我々を巻き込むな! 一体、何が不満なんだ」


「逐一、説明するのは七面倒くさいので、ご自分の胸に手を当てて考えてみたらいかがです。覚えていれば——の話ですが」


 当然、十連フィーバーはバビルサの引き当てた沙汰なので、ヘルムートやオルテンシアが、その全部を記憶しているとは考えにくい。

 二人にとってみれば、バビルサは自己中心的で、二人の行く末を邪魔立てする障壁以外の何者でもないのだろう。


「お前……!」


 過去のご都合ハッピーライフでは、基本的に何でも思い通りになったヘルムートにとって、それらを盛大に空振ったアフターライフでは、これ以上ない屈辱が始まろうとしているのだ、せいぜい勝手に足掻けばいい。

 バビルサは、バビルサの望むように今世を全うするだけだ。


 全く歩み寄る気配もないバビルサの態度に、ヘルムートの額のみならず、馬体にまで青筋が浮き立ち尋常ならざる震えをきたしている。

 これだけ怒りの沸点が低ければ、業ポイントとやらが溜まるのもあっという間だろうな、と思った矢先、猛禽類の鋭い爪がガッチリと胡座をかく前脚に食い込んだ。


「ヘルムート様、いけません!」


 鳥女オルテンシア渾身の抑止力は、限りなく武力行使に近い様子だ。

 明らかに異常な身悶え方をしながら背中を丸めるヘルムートは、何とか悲鳴を押し殺し、ぜいぜい喘ぎながら冷や汗びっしょりの顔を上げた。


「あ、ありがとう。オルテンシア嬢……」


 意中の相手になら、痩せ我慢も許容範囲が広がるらしい。

 やっぱり、他の追随を寄せ付けない似た者ゲテモノカップルじゃないかと一人納得したバビルサは、これ以上の問答は不要とばかりにおもむろに席を立った。


「待て、バビルサ! 話はまだ終わってないぞ」

「では、お独り言をどうぞ、ご存分に」


 胡座はかけるが、スッとは立ち上がれない人馬体がモタモタしている間に、身軽く跳ねたシミブタが、イケメンの下顎に強かな頭突きを喰らわせる。

 その間に、バビルサは少し離れたところに一列になって控えていた侍従たちの半分を引き連れてサッサと退場しており、霊獣との阿吽の呼吸壱の型、役割分担を全うしたのであった。


「ところで、一体あなたは何ですか?」


 平然と付いてくるシミブタを一瞥し、バビルサはずっと気になっていたことをストレートにぶつけた。


『霊獣やん?』

「だから、霊獣って何ですか?」


 シミブタは首を数度ふりふりしながら、しばし考えたのち、ポンと頭上で音を立てた。


『ワイ、あんさんのや』


「は……?」


 曰く、バビルサのなけなしの魅力値「モテ」が具現化した存在だというシミブタは、相変わらずウリ坊サイズで尚且つタブレット端末よりも軽い——かき集めても、この質量しかない。

 これが、バビルサの「モテ」。


「……」


 なぜ自分が一千年間、誰にも守られることなく断罪され続けたのか、ほんの少しだけ理解したバビルサであった(尚、納得はしていない)。



 ともあれ、十四度目の大正直、転生ファイナルを迅速に全うするべく、時代考証、人物関係相関、そして、自分の置かれている現状をなるはやで把握しなければならないバビルサにとって、やる事なす事が山積みである。


 一秒たりとて時間を無駄にはしたくないのだが、早速翌日、ヘルムートの生家から顔面蒼白の両親と祖父母が揃って押しかけ、家柄云々といった対外的な理由よりも何よりも、「孫(ひ孫)は、人間体がいいんですぅぅぅ!」と、至極自分たち勝手な理由を盾に大号泣しながら、バビルサとの婚約破棄を断固、拒否しに来たのであった——。


                           前日譚・幕

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