六、シンプルに沙汰がエグい

「あり得ないとは何事だ! ペーターは我々の婚約の証としてバルソビア家に贈った結納品だ、稀代の有翼白毛個体だぞ! このありがたみが理解できないのか!」


「一切、理解できません。速やかにご返品いたしますので、婚約も白紙に戻してください」


「即答するな。結納品を返品しようとするな。そして、クーリングオフ期間もとっくに過ぎている!」


 人差し指をこちらに差し向けながら、中々どうして腹立たしいことに、非常識な風体である半人半馬が至極真っ当な反論をするではないか。


「じゃ、リコールで」

「ペーターのどこに欠陥がある!」


「人毛をむしり取ろうとする悪癖は、十分欠陥だと思います」


 見ればハネウマは、嬉々として畏まる野次馬たちの毛髪を唾液まみれにしながら順番に咀嚼して回っている。

 そして、後退るミドルシニアの額には、ガッチリと歯形を残しながら揚々と後頭部をいる。


「プチバルドー、今は給餌の時間じゃないだろう」


 人毛を餌だと認識している、その見識が空寒い——と、喉まで上がってきた言葉を腹の底に押し戻した時、バビルサの両腕にウリ坊サイズのシミブタが舞い戻ってくる。

 いくら小ぶりとはいえ、軽く五、六キロはあっても良さそうなものだが、実際のところタブレット端末よりも軽い。まるで、よくできたぬいぐるみを持っているかのような質量に驚くバビルサに、シミブタはよく懐いているようだった。


『ワイがおるやん、充分やん』


 腕の中のシミブタに、ポンッと吹き出しが現れる。

 やはり、異様な光景ではあるが、人外と意思の疎通が図れるというなら、それはそれとして、実に便利な世の中だ。そう思うことにした。


「相変わらず、お前の霊獣は薄気味が悪いな」


 一種の敵愾心にも似た怪訝な表情を浮かべる半人半馬に薄気味が悪いと言われるのは甚だ遺憾だが、それよりも引っかかる語彙が、バビルサの不快の矛先をかわした。


「これ霊獣なんですか? そもそも、霊獣って何ですか?」


 たえなる珍獣と言われれば、確かに成程と思わなくもないが、それが世間の常識であるかのように捉えられている世界観が、まるで理解できないのだから仕方ない。

 もっとも、今、バビルサの目の前に存在している半人半馬や鳥女の方が、余程珍妙な生物だ。それが身内と言われると、脊髄反射で「ノー」と言いたい欧米スピリットは健在だ。


 一連の騒ぎを聞き付けて程なく、壮年の男女が息せき切って駆け付けてきた。二人の顔もまた、これ以上ないくらい見覚えがある。


「バビルサ! オルテンシア! 一体、何があった!」


 のべ一千年見続けてきた両親の顔だ。

 そして、二人に関しては、何一つ変わり映えもなく、当たり前のように頭の天辺から足の先まで完全なる人体であった。どうして、この両親から鳥女が生まれたのか、新たな疑問が湧き上がる。


「何があったも何も……」

「とりあえず、立ち話もなんだ、ひとまずは腰を落ち着けようじゃないか」


 じっとりとした娘の前髪を、腰帯の辺りから取り出した亜麻布で拭いながら、父親は共に駆け付けてきた従者たちを振り返って視線のみで指示を与える。

 このだだっ広い野原の一角に、あっという間にピクニックさながらのアウトドアリビングが完成した。


 バビルサと両親は用意された背もたれ付きの優美なクリスモス椅子に腰掛けたが、鳥女と半人馬はそういうわけにもいかず、毛足の長いふかふかした羊毛絨毯の上に鎮座する。


「胡座かけるんですか……」

「当たり前だろう、ケンタウロスを何だと思ってるんだ」


 馬体がどっかりと落ち着いているが、前脚が完全に骨格を無視している。

 ふと、少し離れたところでゴロンゴロンしているハネウマを振り返ると、あちらは腹立たしいくらい正しく馬の草遊び中であった。


「それで、バビルサ。今度は一体、何があったんだ?」


 何があったか聞きたいのはバビルサの方だが、過去の経験から、あーだこーだ喚くよりも、端的に要求だけを押し通した方が話しが早いことを学んでいる。


「つまり、ヘルムート君を生理的に受け付けないから婚約を破棄したい、と」

「一体どういうこと? あれだけ大騒ぎして取りまとめた縁談なのよ」


「魔が差したとしか言いようがありません」


「魔が差したって、そんな今更——」

「両家の問題よ、そんな簡単にいかないわ」


 唖然として冷や汗をかいている両親を尻目に、何度も繰り返してきた談義である。十四度目の人生ともなれば、バビルサも流石に、かわし方を心得ている。


「バルソビア家の娘であれば、対外的に何も問題ないかと。幸い、オルテンシアはまだ相手を決めていないんですよね? 見る限り、わたしよりもずっとお似合いだと思いますが」


 今も周囲の視線を憚ることなく馬体にぴったりと寄り添っている鳥女に視線を投げながら、改めて姉妹という括りに無理を感じるバビルサだ。


「まあ、バビルサの意見も一理ある。どういうわけか、オルテンシアは完全なる先祖返りをしてしまったからな」


「そうね、ちょっとだけ縁談に支障が出てるわね」


(先祖返り……)


 とんでもないパワーワードが親の口から飛び出したが、目の前で胡座をかいている半人半馬と並んだ二人の姿、その暗黙の説得力が半端ない。

 おそらく、この二人にとっての地獄の沙汰が「架空世界の人獣の姿」ということなのだろう。いったい、あの溶岩温泉でどんな悪態をついたら、こうなるのか……多少、気にはなったが、追及する気はさらさら無かった。


「お前……さっきから言いたい放題、人馬でも関係ないと散々我を押し通したことを忘れたのか!」


「一切記憶にございません」

「どこの為政者気取りだ!」


 今更、何を大声でガナられたとしても、半人半馬の登場時以上に驚くことではない。

 全くもって取り付く島のないバビルサの様子に、すっかりと困惑した両親は、「先方とも一度きちんと話をしないと」と非常に常識的な認識のもと、子どもたちを残して速やかに席を立った。

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