12話 準備は大事

 当たり前の話になるが、迷宮とは普通一人で入るようなものではない。しっかりと消耗品などを準備し、バランスの取れた能力の冒険者で集まり、細心の注意を払った上で、それでもまだ理不尽な死があるかもしれないのが迷宮だ。


 裁きの迷宮は例外的なダンジョンだ。あそこは一人で入っても、迷宮の主たる魔剣が嘘つきを好むがゆえに、正直者にとっては一人でも易々とクリアできるような、簡単な迷宮でしかない。しかし、月籠の迷宮はそうもいかない。


「よく持てるな、そんな巨大な剣を。それに、鎧も随分と重そうだ。そんな恰好で動けるのか?」


「スーツアーマーよりはマシだぜ、フォートレスは。それに、避けなきゃ死ぬような状況も、そいつのおかげで暫くは訪れなさそうだし」


「そいつとは失礼だナ」


 セレニアも同行するとはいえ、彼女の力は未知数だ。そして月籠の迷宮は、未だ攻略者が居ない魔剣の迷宮の一つだ。日々有力な冒険者達が、迷宮に眠る魔剣を求めているにも関わらず、その殆どが道半ばで果てたか、諦めたということになる。


 当然ながら、その中には俺よりも上の実力を持つパーティーも居たはずだ。とはいっても、グランゼール内でも最上位の冒険者グループ〈探道者たちウェイファインダーズ〉を除くだろうが(大迷宮以外の迷宮には見向きもしないという話は有名だし、他の迷宮を積極的に攻略されても他の冒険者が困る)。


 それ故に、未攻略のダンジョンには基本的に出来る限りの準備と、万全のパーティーを揃えて挑むべきというのが通説だ。ソロ攻略なんてのは以ての外、自殺行為だ。


「このグランゼール内において、最も君に優しいグラスランナーたるこの僕が同行するというのに、礼節が足りないんじゃないかナ?」


「掃き溜め育ちにそんなもん期待すんな。今までそういうちゃんとしなきゃいけない時はシーラに頼り切りだったんだよ。だが、ありがたがってはいるぜ、ラナド。お前程音と矢を遠くに届けられるグラスランナーを俺は知らねぇ」


「そもそも僕のような戦闘スタイルが非常に珍しいというのもあるだろうけどネ」


 そう言って、ラナドはメイドが持ってきた音を奏でる弓がついたクロスボウを手に取り、音の調子を確認した。ちなみにここで言う「弓」とは、矢を放つ武器のことではなく、弦楽器で使う器具のことを言う。


「おお、綺麗な音が鳴るな!それは楽器か?随分と珍しい形状をしている。我にも触らせてくれ!」


 俺の鎧やら剣をやらをベタベタ触っていたセレニアは、それに飽きたのか今度は俺から見ても非常に珍しい、というか使える奴がそもそも少ない特殊楽器兼クロスボウ、通称を〈ストリングボウ〉を持ったラナドの方に絡みに行く。


「楽器だけど、同時に武器でもある。あんまり触らない方がいいヨ?取り扱いは非常に難しいし、よほど腕が良くないと碌に音を奏でられない。僕も最初はチューニングに苦労したしネ」


「おお……本当にどうなってるのか分からないな、これは」


「おや、その程度で魔法と言われるのは心外だナ」


 ラナドは得意気な顔で、弓とクロスボウ本体を分離させる。それに目を輝かせたセレニアの期待に応えるように、クロスボウの弦に弓を添わせ、まるでバイオリンを奏でるかのような上品さで、戦意を損なうような旋律を奏で始めた。


「【アンビエント】か、いい腕前だ」


「よくそんなサラッと名前が出てくるな師匠。俺は何度聞いても覚えられん」


「呪歌を持つ魔物と冒険者は少ないが、覚えておいて損はねぇぞ?仲間にすれば心強く、敵にすれば面倒だ。魔法に比べ立ち上がりは遅いが、だからと言って放置すればいずれ戦局を一変させる歌を奏でる。ま、取り扱いは非常に難しいが」


「流石はヴァングランツ。経験の数なら冒険者より豊富だネ。グラスランナーはマナに嫌われた種族だから、戦い方は色々と考える必要があるのサ」


「マナに嫌われた?」


「グラスランナーという種族は、産まれもって魔法を扱うために必要なマナを持たないのサ。そして、成長したグラスランナーはマナの影響を断ち切る力を手に入れる。故に僕らは、マナに嫌われた種族と呼ばれるんだヨ」


「ほうほう。珍しい種族もあるのだなぁ、この時代には」


 鎧を着用し、兜を被り、大剣を背負う。剣の方は既に魔法による加工が済んでいるようで、切れ味も扱いやすさも申し分なし。冒険者セットにスカウトツール、テントに食料、あとはラナドの持つ変なアイテムが色々と。


「よし、準備完了。行けるぜ、ラナド」


「おっと、まだ一つ確認することがあるヨ。セレニア、と言ったかナ?」


「うむ!蒼月の神が生み出した双子が一人、セレニアである!」


「気になることは色々とあるが、まあひとまずは置いておこウ。君は魔法は使えるかい?」


「魔法は使えん!」


 大きな声で、何故か胸を張り断言する。


「使えんが……神の力ならば使えるぞ!」


「ほう、神の力。例えばどんなノ?」


「傷を癒したり、神の力で衝撃破を生み出したり……あとは祝福を与えることもできるぞ!神の子だからな!」


「……神聖魔法じゃないのかナ、それ。だとするなら、聖印を用意した方がいいんじゃないかナ?あれが無いと、魔法を唱えられないはずだけど」


「神聖魔法ではない!神の力である!神聖魔法とやらが確立される以前の、神の力を直接振るっておるのだ!故に」


「なるほど」


 何かに納得したように頷くラナド。実際に彼女の力の一端を見せてもらった身としては一応こいつのことは信じているが、何も知らないラナドからすれば狂人にしか見えないだろう。


 その力に助けられた身ではあるし、フォローしてやることにした。ラナドの耳元まで顔を近づけてこそこそと小声で彼女の変な言動についてを弁護する。


「あー、ラナド。ただの狂人に見えるだろうけど、あいつの言ってることは……」


「本当のことなんだろう?言われなくても分かるヨ」


「え、マジで?信じたのか、今ので」


「……君はそもそも、神聖魔法を他の魔法系統と同じようなものだと勘違いしているようだネ」


 呆れたように、ラナドは溜息を吐く。なんだよ、しょうがないだろ。こちとら掃き溜めの魔動死骸区出身だぞ。常識なんてねぇやい。


「神聖魔法は、知識を必要としない。代わりに、強い信仰心が求められる魔法だ。中には特に信仰心が無くても突然開眼したりもするけど、それでも高位の神聖魔法を扱える者は多少なりとも信仰心があるものダ。しかし、彼女にはそれが感じられない。まったくと言っていい程、神を信仰していないんだヨ」


「まあ、あんまり敬ってる感じはしないな……」


「それに、わざわざ嘘を吐く必要も無いし、何よりも僕の直感が『この子は普通じゃない』って言ってるからネ。信じるとも、多少のことなラ」


「お前にとって神の子とか言う話は、その多少の内に入るのか。なんとまぁ懐がでかいというか、お前らしいというか」


「あと、近いよ顔が。くすぐったいからさっさと離れてくれるかナ」


「おっと、すまん」


 ラナドが信じている以上、俺から言うことは特に無いだろう。強いて言うなら……。


「やべ、忘れるとこだった。セレニア、その神の力とやらはあの迷宮内で目眩しに使った、あの青い光のことか?」


「ん?ああ、あれもそうである。あの力を、父の信者共は【ルナクリメイション】と呼んでおるようだが」


「ほう。特殊神聖魔法に該当しそうだネ、その力とやらは」


「特殊神聖魔法……シーラがよく使ってた【ブラインドネス】みたいな、その神の信者だけが使える神聖魔法のことか?」


「……それをよく使ってたんだネ、彼女」


「おう。便利だったしな、あれ」


 懐かしい。魔法耐性が高い魔物には効かなかったが、相手の目を潰した後にシーラの森羅魔法でふんだんにかけられた俺が敵陣に突っ込むと言う戦法は、俺達の常套戦術だった。


「なんと。姉は神聖魔法とやらを覚えていたのか?……我だけ覚えてないのは癪だな、それ。またいつか覚えるか」


「何にせよ、準備はもう済んだな?」


 師匠はパンパンになった荷物を纏め、俺達に背負わせる。ちなみに俺が荷物の七割近くを持ち、残りの三割はラナドとセレニアで半々だ。


 理不尽を感じる。筋力の関係上仕方ないんだろうけどさ……。


「手伝ってもらって悪いな、師匠。それじゃ、一足先に迷宮に潜ってくる」


「まあ、俺が同行しちまったら俺が強すぎて迷宮攻略がつまらなくなっちまうだろうしなぁ!俺がいない内に楽しんで来い、ライク。しっかり相棒を取り戻せよ?」


「当然。冒険者にとっても、放浪者にとっても、信頼できる仲間というのは」


「どんな宝よりも価値あるものだ。覚えてるんならよし!そら、行ってこい!」


「ああ。行ってくる!」


 父親代わりに背を押され、俺達は月籠のダンジョンに向かう。誰よりも大切な、シーラという相棒を溢れ落としてしまった俺だが、ありがたいことに信頼できる仲間がまだ何人も残っていた。


 今度こそは失わないし、シーラも取り戻してみせる。そんな決意を胸に、俺達は月籠の迷宮の入り口へと向かい──!


「このハイド・ランジアを入れないとはどういうことだ貴様!俺は七色のマナの卒業生、ハイド・ランジアだぞ!」


「いえ、ですから。冒険者では無いお方は、まず冒険者ギルドで登録を……」


 銀髪の男と衛兵が言い争いをしてて入れなかった。幸先が悪すぎないか?

 

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蒼月の魔剣 雷神デス @raizin525

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