11話 タイムリミットと仲間一号

 地域差こそあるものの、このラクシアという世界において、第一の剣に連なる者達が嫌う“穢れ”を持つナイトメアは、強い差別の対象になるものだ。穢れを持ち過ぎたアンデッドなど、蛮族達からすら忌み嫌われる。


 そして俺が育った場所は、そんな中でも特に酷い場所。通称“はきだめ”と呼ばれる魔動死骸区だった。齢が十を超えるまでは父親が俺を育ててくれたが、そんな父親もある日現れた一人の男により殺された。


 で、その後俺を引き取って十五まで育てたあげく、一人で生きた方がマシなくらい厳しい修行をぶつけてきやがったこの男である。今考えても魔動死骸区を剣一本で生き延びろとか正気じゃねぇよなほんと。


「おうおうなんだ!久しぶりの再会だってのに腑抜けた面してるんじゃねぇよライクゥ!もっと喜んでくれてもいいんだぜ?」


「あんたが帰ってきたってことは、凄まじいまでの厄介ごとが起きてるって証拠だろうが。素直に喜べるはずねぇだろ」


「ワハハハ!よーくわかってんじゃねぇか!そうとも!今回も厄介ごとが起きたから、俺という最強無敵の放浪者ヴァングランツが呼ばれたわけだ!」


 俺の身の丈ほどもある巨大な刃、“巨眼潰し”を特に苦もなく携えるその剛力と、自らを平然と最強無敵であると称せる自信にはもはや感服する他ない。

 事実俺が知る中で、師匠より強い冒険者はいない。戦力的な意味でこれ以上頼りになる男もいないのだろう。


「それで、なんで呼ばれたんだよあんたは」


「ヘンリー・カーネルからの依頼でな。〈挑戦者の旅立ち亭〉の名を穢した馬鹿共に制裁を加えたいんだとよ。つまりまあ、お前を裏切ったっていうセンチネル級の冒険者共のことだ」


「……ああ、なるほどな」


 挑戦者の旅立ち亭。比較的新しい冒険者ギルドであり、商人出身の人間ヘンリー・カーネルがギルドマスターを務める大手ギルドの一つだ。

 クリジャス達のパーティーは、その実力と人気を見込まれインストラクター(つまるところは護衛役だ)を務めていた。


「彼らはあのギルド内でも特に人気もあっただけに、犯罪者となってしまった彼らのせいで挑戦者の旅立ち亭の評判に傷が付くことは避けられない。その不名誉を自ら消し去るために、大金を叩いてクリジャス達の討伐隊を作っている最中ということだ。そしてそのメンバーの内の一人が……」


「師匠ってわけか。何万Gガメルで引き受けたんだ?」


「10万Gだ。ま、それなりの報酬額だな」


「それをそれなりで済ませる放浪者ヴァングランツ、あんたくらいだろうな……」


 しかし、討伐隊か。金にがめついヘンリー・カーネルが師匠を雇うということは、それほどまでに今回の一件がギルド側にとって不名誉なことなのだろう。


「で、君はどうするだい、ライク」


「どうする、ってのは?」


「討伐隊の参加サ。彼は名指しで依頼されたが、一般の冒険者にも募集をかけているようだ。どうやらあの男、身から出た錆を落とすだけで今回の事件を終わらせるつもりはないらしいヨ」


「……月籠の迷宮、その攻略も兼ねてるのか?」


「そういうこった。前々からその危険度の高さと、それに釣り合う程の宝の入れ食い具合は噂になっていたからな。もしあの迷宮を攻略できたとなれば、挑戦者の旅立ち亭の評判は上がるし、戦利品の売却はヘンリーの奴が受け持つらしいからな。どうせ上手いことやって、迷宮の宝を他所に高値で売りつけるつもりなんだろうさ」


「流石というかなんというか。まあ、冒険者にとっても悪い話じゃない辺り、ほんと上手くやるもんだな」


 そして俺にとっても、悪い話じゃあない。


「当然俺も行く。シーラの救出のために」


「おう、やる気があっていいじゃねぇか!出立は一週間後、それまではしっかり迷宮に潜るための準備を整えろ!長い大仕事に──」


「間に合わないぞ、それ」


 凛とした声が部屋に響き渡る。

 いつの間にか起きていたセレニアの声に、師匠は怪訝な顔をした。


「おい、ライク。誰だこの嬢ちゃんは。お前の愛人か何かか?」


「なんでそうなる。……シーラの妹だ」


「うむ、我と出会えたことを光栄に思うがいい。我が名はセレニア。神の子である」


「おう、ライク。人付き合いは考えろ?」


 俺史上一番人付き合いを考えるべき人間が何を言っているのか。


「まあ自己紹介は程々にしておいてやろう。すぐに行く気ならば放っておいて遊び惚けていても良かったのだが、そうも行かないようだから手を貸してやる。放っておけばこの国は終わるしな」


「国が終わる?」


 これまた壮大な話を突然打ち明けるセレニアに、クレデリックは面倒臭そうな視線を向けて、ラナドは興味深そうに目を細める。かくいう俺は、こいつの言うことは真実なんだろうな、という妙な確信があった。


「今からちょうど七日後の午前0時に、我が姉シーラは自我を消され、巨大な蒼き月の光がこの国へと降り注ぐ。光はこの国の民全てからマナを吸い取り、我が父が復活するための礎へと変えるであろう」


「待て、シーラの自我が消される?どういうことだ、それは」


「言葉の通りである。このまま放っておけば、我が姉は父の依り代としての役目を果たす。そうなる前に、手を打つ必要がある」


「依り代だと?」


「ボロボロになり果てた父が、再び力を発揮するための器が我が姉であり。全盛期を超え、ティダンに勝利するために打たれたのが我だ。まあなんにせよ、急がなくては不味い事態になるぞ?」


「……師匠」


 師匠は頭をボリボリと掻いて、溜息を吐く。


「無理だな。情報の出どころがその身元も分からない嬢ちゃんだからってのもあるが、一週間でもギリギリなんだよ、準備とか手続きとかを考えると。多分どうやってもこれ以上出立の時刻を早めるのは無理だ」


「そうか。ならまあ、手は一つか」


「あぁ?」


「俺個人で月籠の迷宮に潜り込む」


 そう宣言すると、師匠は呆れた顔を浮かべて、ラナドの方を見た。ラナドは『やれやれ』とでもいう風に頭を横に振った。


「無茶は承知の上、ってことでいいんだな?言っておくが俺は依頼がある以上同行はできんぞ」


「分かってる。だから俺一人で向かう。時間が無いのなら、足踏みしてる暇は無い。ラナド、没収された装備はどこにある?」


「残念ながらまだ裁判区に保管されたままだネ。そして急いでいる君に更に残念なお知らせだ。君は最低でも四日程は裁判区で取り調べを受ける手はずになっている。容疑が殆ど晴れたとはいえ、それで無罪放免とはいかないからね。装備を返してもらうのは、その後になるだろうサ」


「そうか。センチネルとフォートレス、ツケで頼む。利子は幾らでもいい」


「はいヨ。救命草と魔香草、ポーションの類はこちらで適当に見繕ってあげよう。他には何かあるかナ?」


「そんだけありゃ十分だ」


「ならよかった。じゃ、行こっか」


「うん?」


 奇妙なことを言い出したラナドは、いつものようににやりと笑った。


「金と娯楽の匂いがプンプンするからね、今回の一件は。僕も現場までついていってあげると言っているんだヨ、ライク」


「マジでか」


 こうして、シーラ救出隊のメンバーに奇妙なグラスランナーが加わった。

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