10話 ガメル狂いのグラスランナー

「や、おはよう!」


「うわ、ガメル狂い」


 目覚めて早々に、信用はできるが信頼はできないお得意様の可愛らしい笑みをお目にかかってしまう。グラスランナーの癖に人間よりも計算的で、蛮族よりも欲深く、大抵のグラスランナーよりも好奇心旺盛な金の味方。


「気分はどうだい?ライク」


「最悪だよ、ラナド。助けてくれてありがとな」


「状況理解が早くて助かる。君とそこにいる少女は、グランゼールの郊外にて気絶していたヨ。動物に喰われず、僕らに見つかってよかったネ!」


「……そいつも無事だったか」


 グースカと寝息を立てて横になっているセレニアを見て、安堵の息を吐く。気絶している間に死にました、なんてことになれば取り返しのつかないことになっていた。


「君達は僕の部下が拾ってからおよそ一時間が経過した辺りで目覚めたヨ。事前に裁きの迷宮の記録を読んでいて正解だった。おかげで人食い野郎や、心配性の熊野郎に遅れをとることなく君を回収できた」


「迷宮に入ってからどれくらい経った?」


「目覚めた時間も合わせれば六時間程度かナ。ま、なんにせよ裁きの迷宮の脱出おめでとう、ライク。これで君には、晴れて正直者であると認められたわけだ」


「……ハァ。まったく苦労させられた。それにしても、お前の屋敷は相変わらずだな。もう少しまともな物で家を着飾ってやればいいのに」


「実用性と優美に掛ける金は容姿とビジネスで充分なのさ。僕は働くために金を稼ぐ冒険者達のようなワーカーホリックと違って、遊ぶために金を稼ぐのさ。商売のための金はしっかりと確保しているからご心配なく。君のように、鎧を買うために財布を空になんてしないよ」


「ぐっ……!あれはそもそもお前が勧めてきたんだろうが!」


「実際冒険の役に立っただろう、あの鎧は。値段に見合う性能はあると自負しているよ?もっとも、生活費まで使って買うようなものかは僕には分からないけどネ?」


「こんの……!」


 家具の悪趣味具合から察するに、ここはラナドの屋敷なのだろう。彼女は自分の趣味には高級なものよりも珍しいものを好み、高性能なものよりも面白いものを優先させるグラスランナーらしい感覚がある。


 しかし、そのちんちくりんな外見に反して、彼女の稼ぎの手腕は本物だ。好奇心故に寿命が短い言われるグラスランナーにしては珍しく、彼女は好奇心よりも実益を優先できる自制心と、商機を逃さぬ観察眼を持っている商人なのだ。


 そんな彼女から何故か気に入られたのは、俺にとっては望外の幸運だ。問題があるとすれば、彼女は思ったよりも奔放で、狡猾だったことだろうか。


「さて、それじゃあ商談を始めよう、ライク」


 道化のような笑い交じりの口調は無くなり、緑に輝く瞳を細めて俺を見据えるグランゼールの大商人。彼女のもっともおっかないところは、実益と趣味をしっかりと分けられるところであり、決して金の匂いを逃さぬことだ。


 彼女が俺達を助けたということは、俺達には利用価値があると踏んでのことなのだろう。それを信用と取るか、がめつさと取るかはその人次第。


「まずは情報を売りに出そうか。良い知らせ悪い知らせ、あと笑える知らせの三つがある。どれから知りたい?」


「……良い知らせから聞いておこう」


「君は晴れて無罪となった。君が裁きの迷宮から脱出できたことは既に報告してあるし、弁護人もこちらで雇っておいた。一週間程の時間は取られるかもしれないが、じきに釈放されるだろうさ」


「よしっ!」


 とりあえずの目的は達成できたようだ。俺の無実は証明された。


「では次に悪い知らせ。クリジャス達が逃亡し、月籠の迷宮に潜り込んだ」


「ハァッ!?待て待て、衛士共は何やってんだよ!」


「彼らには協力者がいたようでね。君が裁き迷宮に潜ってすぐに、どこからか現れたフードを被った女が魔法で襲撃を仕掛けてきたそうだ。半端な衛士じゃ相手にならなかったそうでね。ショーン・ブラウンが珍しく腰を上げてようやく追い返せた」


 ショーン・ブラウン。普段の素行は悪いが、かなり腕利きの戦士である衛士を纏める衛士長だ。そんな彼が戦いに参加し、その上で取り逃したとなれば。


「少なくとも、センチネル級の実力者だろ、そいつ」


「だろうね。衛士達の腑抜けっぷりを加味しても大したものだ。まあ、この逃亡で君の無罪がほぼ確定したと言ってもいい。逃げるということは、やましいことがあるということだからね。裁判長もそれほどバカではない」


「……それで、笑える話ってのは?」


「ああ、実に愉快な話なんだが」


 先ほどまで真面目だった雰囲気を一変させて、グラスランナーはにんまり笑う。


「“巨刃キョジン”クレデリックがグランゼールに帰ってきた」


 最悪な宣告と同時に、開け放たれる両開きのドア。

 豪快な笑いと共に入ってきたのは、俺の第二の父であり、俺にとっての強さの代名詞であり、俺が知る限り最強の剣士である人間であり。


「ワハハハハハ!久しぶりだなぁ、バカ弟子ィ!」


「……嘘だろ、師匠」


 俺の剣の師であり、最強の男が現れたのであった。

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