9話 剣の苗床

「……まさか我を殺しに来るとは思わなかったな。思わず声が出たぞ。我が死ねば、父の計画が叶わなくなるというのに」


「あいつにとっちゃ、そんなことどうでもいいんだろうよ。もうあの時点で俺を殺すのが不可能だったから、最後に俺への嫌がらせをしたかったんだろうさ。従っているのは神様じゃなくて、あいつらの言うシスターってやつみたいだし」


 信仰というのは何も神に対してだけするもんじゃない。世界のどこかにはドラゴンを信仰する村などがあるように、神ではないが強力な力を持つ、もしくは力も無いがその人間にとって信仰するに足りる理由があるのなら、人は狂信者へと成り代わる。


「俺にはあんまり馴染みも無い話だけどな。神様に救われたことなんて一度も無いし、ライフォスの神官に至っては俺を殺そうとした奴もいるんだぜ?」


「なに?一体どんな理由があったのだ、それは」


 雑談を交わしながら俺達は出口を探して移動する。嘘つきの悪党どもが居なくなったおかげだ、魔物とも罠とも出会わず、こうして話をするくらいの余裕もできた。


「穢れを嫌うのさ、ライフォスの神官共は。大破局の時に蛮族共に一杯食わされてからは、調和の神の信徒を唄う癖して穢れを持つ人間にも風当りが強くなってな。中には嫌い過ぎて、見つけ次第殺そうとする過激派の馬鹿もいる」


「ライフォスの神官が?真かそれは。大破局というのも興味があるな。一体何が起きたのだ?」


「学者さんに聞いてくれ、それに関しちゃ。俺も別に詳しい話は知らねぇしな。師匠から『一般常識だ!』って言われて叩き込まれたのさ」


 そしてセレニアと話をして、幾つか気づけたこともあった。こいつは思った以上に好奇心が旺盛で、だというのに持つ知識が魔法文明時代の初期程度で止まっているということだ。


 俺でも知ってる一般常識のことを彼女は知らないが、俺が知りもしない、ましてや学者のシーラでも知っているかが分からないことを平然と口にする。


「やはり、外は私の知らぬ沢山の知識が眠っているのだな!あんな堅苦しい家から出て正解だ!もっと沢山のことを教えてくれ!」


「いや、それはいいんだが。もうそろそろ出口だぞ」


「む」


 やはりというかなんというか。俺もそうだが、こいつもかなりの正直者のようで。そんな俺達を裁きの迷宮はお気に召さなかったらしい。『さっさと帰れ』、そう言わんばかりにグランゼールの郊外の景色を写す出口が出現した。


「とりあえずまあ、ダンジョンを出なくちゃな。話はそれからだ」


「うむ。流石にここは退屈が過ぎる。面白いハプニングなど、あの宝箱の罠とあの二人組だけだったぞ」


「むしろ、なんでお前はさっさと出れてないんだよ。お前一人なら、普通すぐに出れると思うんだが」


「ん、ああ。多分この迷宮が我の存在を感知できていないのだろうな」


「はぁ?」


 迷宮が感知できていない、とはおかしな言い方だ。


「見た方が早いな。ほれ」


「ばっ!?」


 痴女なのだろうか、この女は?

 突然着ていたワンピースの裾を掴み上げ、バッと持ち上げ俺に見せつに来る。危なかった、あと数秒目を閉じるのが遅れていれば俺は奴のパンツを見ていたであろう。


「何やってんだお前!?早く下げろ!突然露出癖にでも目覚めたか!?」


「なーにを初心な反応しておる。そもそも、お前が期待するようなものは我には無い。ほれ、さっさと見てみろ。我の歪な外殻を」


「誰が初心だ!……なに?」


 ほんの僅かに目を開いて、その異様さに息を飲んだ。


 彼女の身体の中心部。手足の付け根と胴体は、まるで水晶玉のように透き通り、薄く透けるその身体の中身には、剣の柄のようなものが埋め込まれていた。


「見るに堪えぬ有様だが、元はお前達が知るどの鉱石よりも美しかったのだぞ。何せこの身体は神の作り出す魔剣を育てる母体なのだから。まあこんな有様故に、迷宮は我のことを剣を取る存在ではないと判断したのであろうよ」


「……母体?なんだ、そりゃ」


「父にとって、我ら姉妹は道具にすぎぬ。姉は父の身体として育てられ、我は父の魔剣の苗床として育てられた。ただそれだけの違いだとも」


「だから、何言ってんだよお前は!もう少し分かりやすく説明してくれ!」


 あまりにも現実離れしたその光景に、俺は眼も逸らせずに食いついてしまう。刃の無いただの剣の柄だというのに、俺はその剣が今まで見た中でも最上の。

 否。比べる意味すらない程の、至高の剣であると理解した。


 そんな剣を、こんな少女の身体の中に埋めこむ意味は?

 そして、シーラが父の身体として育てられたってのはどういう意味だ?


「まあ待てライク。あまり待たせても迷宮に悪いであろう。今はここを出ようではないか。さあ、外の世界との初対面である!!」


「ちょ、おい待て!まだ話は……!」


 彼女は俺の手を取って、光が差す扉を潜る。少し強引なところは相棒の彼女に似ていて、けれど手を握る強さは彼女と違い遠慮が無い。


「……ああ、畜生!」


 振り回されっぱなしな自分に少し腹を立てながら、俺は覚悟を決めて目を閉じる。次に目を開ける時には、いつも通りのグランゼールの景色が広がっていることを望みながら。

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