8話 裏切りの代償

 ほんの一瞬だけ呆けた顔を浮かべた後、意識をすぐに敵に戻す。案の定、敵の矛先は俺だけではなく、非戦闘員でしかなかったセレニアにも向けられていた。


「よくやったけど、もう少しだけおとなしくしていてほしかったな畜生!」


「なに!?それが助けてやった我に言うことか、貴様!」


 勝ちの目はできたが、このチャンスをしくじれば次はセレニアに攻撃が行く。それをいなしながら、奴らを倒す程の血は俺には残っていない。故に、ここでするべきことは、回避や防御を考えることではなく。


「行くぞコラァ!!」


 【マッスルベアー】

 【ジャイアントアーム】

 【キャッツアイ】

 【デーモンフィンガー】


 己の体内に流れるマナを制御し、筋肉と眼を極限にまで強化していく。急速に失っていくマナと、凄まじいまでの強化により身体が悲鳴を上げる。


 何度も使用することはできない。

 だから、この一撃で決めてやる。


 踏み込み、大上段から剣を振り下ろす。光の発生源が俺の背後である以上、あの目くらましが最大限の効果を発揮した対象は、目の前にいるこいつだ。普段ならば訳なく躱せるような見え見えの攻撃でも、目が使えないなら関係ない!


「しまっ」


「だ、りゃあああああ!!」


 剣で受けようとするが、一手遅い。装備の質は負けているが、経験も体力も、潜ってきた修羅場の数も、こいつらよりも俺の方が一段上だ。


 避けることが前提で作られた軽鎧の装甲は、戦士の一撃を前には意味を成さず。たった一刀にて、身体に深い斬撃を受けた剣士は、ドクドクと血を流しながら倒れ伏す。死んではいないようだが、治療しなければ死ぬだろう。


「デイナ!」


 弩を構えた射手が、悲鳴を上げるように仲間の名前を口に出し、歯噛みしながら俺に矢を向ける。だが、前衛を失った射手が戦士を相手に出来るほど、戦いは甘くはないと何よりも彼が良く知っているはずだ。


「降伏しろ。放っておけば死ぬぞ、そいつ」


「……脅しになると思ってるのか?言ったろ、俺達は死ぬこと前提でここに来たんだぜ。そいつも、自分が死ぬのは覚悟の上だ」


「そうかい。じゃあお前にも休みをくれてやるよ、ポーザ。慈愛と復讐の女神ミリッツァに誓って、お前達は全員あの世に送り付けてやる」


「おー、怖い怖い。これだからナイトメアは」


 勝負は決したようなものだが、油断はしない。そうやって奥の手によりしてやられた冒険者を何人も見てきた。故に俺は、あいつが何かする前にケリをつけようと、一気に近づこう、一歩踏み出し。


 それと同時に、奴の弩に残った矢すべてが、俺に向けて放たれ。

 そして、それが奴の最後の抵抗であった。


「……ああ、畜生。どうにもならないか」


 攻撃に耐えることを役目とする前衛の戦士と、安全な場所から攻撃を行うことが役目の後衛である射手。それが真正面からぶつかり合い、なおかつ戦士の方が実力が上ならば、当然勝利はそちらに傾く。


 矢を何本か受けながらも、胸をロングソードで一刺し。それで終わりだ。剣士と違い、射手は心臓に剣を受けた。もう助かることはあるまい。


「産まれについては同情するよ、ポーザ。次に生まれる時は、真っ当な家庭に生まれることを祈っておくぜ」


「ナイトメアに言われちゃ、世話ねぇよ」


 最後に血反吐を一つ吐き、それなりに仲の良かった知人は息を引き取った。


「ふむ。今の時代は、小さき人々同士で殺し合うものなのだな。我はてっきり、第二の剣の者達としか殺し合うことは無いと思っていたぞ」


「蛮族も人族も、同族同士であっても歪み合いは起こるもんだろ。というかお前の知識はどこで止まってるんだよ」


「神々の戦争が終わり、小さき人々が新たな文明を作り上げた、というところまでは知っておるぞ!本で読んだ!」


「俺達にとっちゃ始まりの時代だな、それ……」


 人が死んだというのに能天気なことを呟く自称神の娘に呆れを零しながら、倒れ伏した剣士、デイナの様子を見る。とりあえず、彼女の持っていた首切り刀と、軽鎧は戦利品代わりに頂くとして。


「殺すのか?」


「それが一番早いんだけどな。聞きたいことがある」


 幸いにも、ポーザが手当するために必要な道具一式を所持していたため、応急手当はできそうだ。手足を縛り、動けなくようにした後治療を施す。


「……」


「お、起きたか。それじゃ、話してもらうぞ。シーラをどこに連れて行ったか」


 そう時間を置かず、デイナは目を覚ました。俺が聞きたいのはただ一つ、あの後のシーラの安否と、その所在。


「ポーザは、死んだのですね」


「ああ、俺が殺した。話す気が無いなら、お前もそうなる」


「手際が良いことですね」


「じゃなきゃナイトメアがこの歳まで生きれるわけもないだろう?」


 観念したように溜息を吐いて、デイナはつらつらと俺が欲する情報を口にする。


「シーラさんは、月籠の迷宮の最奥にいますよ。生きてはいるはずですが、あまり時間はないでしょうね。その内恐ろしい儀式の生贄になるらしいので」


「その儀式とはなんだ」


「知らされていません。私達を育ててくれたシスターなら知っているかもしれませんね。最も、彼女も今は地上にいるはずも無いでしょうけど。今頃は、テウメッサの計画のために月籠の迷宮へと移動していることでしょう」


 事務的に、隠す様子も無く情報を口にするデイナに若干の不信感は覚えたものの、今はそれが真実かどうか確認する手段も無かった。


「それで、情報を全て話した後はどうするおつもりでしょうか?」


「楽に死ぬか、迷宮を彷徨って死ぬか選ばせてやる」


「どちらにせよですね。第三の選択肢を掲示しても?」


「一応は聞いてやるさ。なんだ?」


 デイナは、暇そうに俺達の問答を眺めるセレニアを見て。


「彼女を殺した上で、私も死ぬという選択肢です」


「んお?」


 何時の間に仕込んでいたのやら。手足を縛るロープを、後ろ手に隠し持ったナイフで切り離し、そのまま手負いの獣のようにセレニアの心臓をナイフで刺そうとして。


「……最後の最後まで油断できない、腕のいい冒険者達だったよ、お前らは」


 彼女が愛用していた首切り刀が、それよりも先に彼女の首を斬り落とした。


 こうして俺は、裏切者四人の内、二人を手に掛けたのだった。

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