7話 剣戟

「やっぱりズルくないですか、【ブリンク】とかいう回避魔法とナイトメアの組み合わせ。碌に詠唱も無かった癖に、気づけば分身と入れ替わってるんですから。いつ仕込んだのですか?」


「バカが。何一つ情報は渡さん。どうせお前ら、俺のマナがどれだけ残ってるのか調べる算段なんだろう」


「わーお、そりゃバレるか。けど、そう何発も連続で発動できる魔法じゃないのは把握済み。それに加えて、その魔法の発動体を作るのにもマナが必要だったんだろう。さて、あとどれくらいそのインチキ魔法が使えるのかな?」


 最低な奴らではあるが、それでも実力に嘘はない。俺が魔法の発動体を持ち込めなかったことも把握しているし、ブリンク(分身を作り出し、それを囮にする魔法。非常に強力な回避手段だ)を使うことも承知の上だったのだろう。


「……貴様ら、やはり父の信者か!」


「ん~?ああ、テウメッサ神ね。存在は知ってるよ、存在は。けど僕らにとっちゃ、そんな顔も知らない神についてはどうでもいいや」


「なに?」


「私達がこのタイミングで割り込んだのは、あなたに情報が渡るのを危惧したから、では無いということですよ」


 裏切者共の一人、首切り刀を獲物とする女剣士は、服を捲り己の腹をこちらに向ける。急に何を、と警戒しながらその腹に視線を向け、そして彼女に刻まれている紋章の存在。それを与える魔法を記憶の引き出しの中から引っ張り出す。


 深智魔法の十二階位。対象に何かを禁じる制約を押し付ける魔法。


「【ギアス】か!」


「正解。内容は簡単。テウメッサの計画に関する全てを知るな、聞くな、探るな。つまりまあ、俺達は使い走りの鉄砲玉さ。リーダーを含めてね」


「前に話したでしょう?私達は全員、グランゼールの貧民街の生まれ。そして慈悲深いシスターに拾われ、今日この日まで生き永らえてきたと」


「そのシスター直々に刻まれたんだよ。そして、彼女にお願いされた。『テウメッサ様の計画に協力して』ってね」


 聞いたことはある。クリジャス含め、彼のパーティーの仲間は全員、同じ孤児院で育った仲間であると。そして、彼らが冒険者を続ける理由は、自分達を育ててくれた孤児院に報いるためなのだ、と。


「お前達の言う、孤児院に報いるってのは。第二の剣を信仰するシスターとやらのために、計画とやらの使い走りをするってことだったのかよ。わざわざ教えてくれてありがとな。これで報復対象をもう一人知ることができた」


「ハハハ、残念ながら知ったところでどうしようも無いさ。まあ、俺達も教えたところでどうしようも無いしな!」


「ああ?」


 話している内に、気づく。


 先ほどまでは存在した、この迷宮の出口が、いつの間にか見当たらない。


「なぬ!?おいライク、先ほどまで出口らしき光があったはずであろう。あれはどこに消えたのだ」


「俺が知りてぇよ、そんなもん。……ああ、けどそうか。そういう理由か。お前らずっと、俺のこと尾けてやがったな?」


 薄く笑う嫌味ったらしい奴らの顔が、何よりの証明だ。今まで出口が見つからなかった理由も、おそらくはこいつらのせいなのだろう。


「どういうことだ?一人で納得せず我にも教えよ」


「簡単だ。この迷宮は、正直者をさっさと追い出して、嘘つきはずっと捕えておくっていう嫌な性質があるのさ。だから本当なら、俺はさっさとこの迷宮を脱出できるはずだった。何せ俺は正直者だからな」


 胡散臭そうに俺の顔を見るセレニアは脇に置き、推理を続ける。


「けどいつまで経っても出口が見つからん。そりゃそうだ、何せ俺の近くに嘘つき共が居たからな。お前らが俺についてきている限り、裁きの迷宮はお前達を出すまいと出口を隠す。そしてお前らの巻き添えを喰らって、俺はまったく出口を見つけられなかったわけだ」


 生半可な隠れ方なら、すぐに見つけられただろう。だがこいつらは一流の冒険者であり、同時に一流の斥候スカウトだ。


「いつまでも俺を出さずに、俺が餓死するのでも狙っていたんだろうよ。それが一番確実だろうからな。……だがまあ、お前ら分かってんのか?お前ら見たいなのが、この迷宮に潜り込むってことは──」


「当然、一生出られないだろうな。だから言ったろ?教えたところでどうしようも無いって。要は俺達は捨てられたのさ、シスターから」


「不確定要素を潰すために、あなたを確実に消すために。テウメッサ神とやらの計画に最も必要のない私達が、捨て駒としてあなたの元へと送られたのです」


「狂ってやがる。そうまでして従う義理がお前達にあるのかよ」


「「ある」」


 へらへらと笑う軽薄な射手と、無表情の剣士。正反対の二人は表情を消し、口を揃えてそう宣って、実に鮮やかな手際で戦闘態勢に移行した。


「下がっとけ、セレニア!」


「ぬおっ!?何をする貴様!我も戦えるぞ!」


「ガキンチョが何をぬかしてやがるんだか!」


 隣に立っていたセレニアの肩を掴み、背中に隠して飛来する太矢を片腕で受け止める。当然篭手も無い状況では大ダメージに成りかねないので、少しでもその衝撃を軽減するために一瞬、深く呼吸をして。


「【ビートルスキン】」


 カァン、と甲高い音が鳴る。太矢は俺の腕に突き刺さったが、骨を貫通する寸前のところでピタリと止まった。


「ライク、今何をした!?皮膚がまるで甲虫のように硬くなっておるではないか!魔法か!?魔法とやらなのかそれは!?」


「今それ気にするところかぁ!?」


 呑気なことを言うセレニアに軽い文句を吐きながら、続けざまに振り下ろされた首切りの刃を、ほんの少しだけ身体をずらすことで躱す、が。


「甘い」


「ぐっ!?」


 その直後に、躱されることを見越したかのように地面すれすれで切り返された刃が俺の右肩を薄く裂く。両断されなかったことが救いだろうか。


「ライク!」


「下がってろ!!」


 奴らが、こんな手緩い攻撃で終わるわけがないのは百も承知だった。


「捉えた」


 四本の太矢が、彼の使う特殊な弩に内蔵された連射機構によって、間を置かずに俺に向け発射される。一本目をロングソードで切り払い、二本目をすんでのところ躱しきるが、三本目、四本目の矢を躱し切ることは叶わなかった。


「クソッ……!」


「すげぇ頑丈さだな、相変わらず。ほんと、戦士としちゃ最高の仕事ぶりだぜライク。まあ、もっとも」


「今は、あなたを回復してくれる癒し手も。あなたを守る鎧も存在しない」


 矢に気を取られてばかりもいられなかった。足と腰に矢を受け、体制を崩しかけた俺の隙を逃さずに、その武器の名の通りに首を断つための凶刃を向け──!


『蒼月よ』


 突如、目も開けられぬ程の蒼く眩い光が、部屋中を埋め尽くした。


「なっ……!?」


「ッ、ラァ!!」


 光に怯んだことで生まれた、僅かな切先のずれ。それは急所を捉えていたはずの刃の冴えを鈍らせる。ロングソードで必殺の一撃を寸でのところで受け止めて、力任せに押し返し、距離を取る。


 その隙に背後を振り返れば、まるで本当に女神か何かのように後光を背に、大きな青色の球体を浮かばせたセレニアが、胸を張って俺を見て。


「どうだ、ライクよ!我も戦えるであろう!」


 その神々しさには似合わぬ、屈託のない笑みを浮かべた。

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