6話 襲来

「……これが、俺がここにいる理由だ」


 吐き捨てるように、己が陥れられた過去を語った。


 何故あいつらが突然裏切り、俺達を殺そうとしたかは分からないし、分かりたくも無い。それなりに長い間共に戦い、友情を深め合ったと思っていた。しかしそれは、全てまやかしだったようだ。


「……なるほどな」


 セレニアは、顎に手を当て何かを考えるそぶりを見せる。


「間抜けだろ?信じていた奴に裏切られたのもそうだが、守りたかった女に助けられた馬鹿がこの俺だ。けど、シーラを。大切な仲間の、誰よりも守りたかった奴を簡単に諦められる程、俺は賢くないんでな」


 剣の柄を握り閉め、最後に見た彼女の笑顔を思い出す。


「殺されているかもしれないし、死体も残っていないかもしれない。それでも、ほんの僅かな可能性に懸けてでも、俺はもう一度あの迷宮に潜って、シーラを救い出す」


 死体が残っているのならば、身体に穢れが溜まることにはなるが蘇生はできる。それに金を積めば、僅かな穢れなら高位のプリーストであれば除去することもできる。


「あいつらを牢屋にぶち込んで、彼女を助けて散々文句を言ってやる。あんな言葉を、最後に聞く声にしてたまるかよ」


 それが、俺の戦う理由であると、そう告げると。


「よし。目的は一致してるな」


「なに?」


 セレニアは頷き、俺の目を見て、嘘偽りが見えぬ瞳で言う。


「汝の言うシーラとは、この私の姉にあたる女である」


「……やっぱり、そういう関係性か」


 容姿がこれほどまでに似てる時点で、まあそういう予想はできていた。


「そして奴は、神である父から私を置いて逃げ出した薄情者なのだ」


「なんかいきなり話の方向性が突飛になったな?」


 突然俺の仲間が神の娘などという大層な肩書を得てしまったのだが。


「うむ。話せば長くなるので簡潔に話してやろう。私達の父親の名は、テウメッサ。第二の剣に所属する、大神メジャーゴッドに当たる神格だ」


「まったく聞いたこと無い神の名前が出てきたな。大神ってんなら、それなりに有名なはずだと思うんだが」


「知らないのも無理はない。なぜならテウメッサは、神々の戦争の折、太陽神ティダンとの闘いに敗れ、死んでしまったと伝えられている。事実美しかったらしい翼は片方が捥ぎ取られ、身体は焼かれ生きているとは到底思えぬ程に黒く焼き焦げたのだからな。その日を境に表舞台からは姿を消した故、知名度では小神マイナーゴッドにも劣る」


「そりゃ知らんわけだ」


 話が真実かは分からないが、シーラの妹を名乗る以上無視することはできなかった。彼女は明らかに、俺の知らない何かを知っている。


「しかし、実際には父は死んではいなかった」


「身体焼き焦がされててもか?凄いな神様ってのは」


「今も黒焦げだし、時々身体の一部がポロリと欠損したりしてるので無事ではないがな。それでも、父にはディダンを倒さなければならん理由があったのだ」


「理由?」


「うむ。まあ簡単に言えば惚れた女が月神シーンだったわけなんだが」


「おおっと雲行きが怪しくなってきたぞ?」


 月神シーン。太陽神ティダンの妻であり、大神の一柱だ。伝説によれば人間だったころからティダンの妻であったとされている。


「つまり、あれか?テウメッサとかいう神は、嫉妬で太陽神ティダンに執着してるわけか?」


「そうなるな。執着心だけは娘たる我も認めている。最も、父のことを真っ当な神だと思ったことも無いが」


「お、おう……そうか」


 なんだか複雑な家庭事情がありそうだ。


「敗北した父は、己の力を高めるべくある計画を立て歴史の影に隠れてきた。そしてその計画を行うためには、己の血を継ぐ子供らが必要だったのだ。そうして産み落とされたのが、我と姉であるシーラというわけだ。父は我とシーラを己の翼を鉄に打ち上げた、神に至ることすらも可能な魔剣に触れさせ神へと至らせ、そして私達を贄に己の力を全盛期以上のものにする儀式を行おうとしたが、直前となって姉たるシーラはその決定に反対し地上へと抜け出し、自らの出生を偽りただのエルフとして生きることを──」


「待て、待て待て待て」


 なおも話を進めようとするセレニアを制止する。

 情報量がちょっとばかし多すぎる。


「なんだ?」


「簡潔に話すとか言ってた癖に多すぎるんだよ情報が!学園に通ってたシーラと違って俺に学は無い!重要そうな情報はポンポンと手軽に渡すな!」


「ふむ、これでもかなり簡潔に話しているつもりだぞ?しかしそうか、難しかったか……」


 別に俺の頭が悪いわけではない、はずだ。師匠から真語魔法を教えられたし、ちゃんとある程度は物にしたし。ただこう、歴史とか言語とか、そこらへんの勉強が少し苦手で、魔法を習うよりも手間がかかったというだけなのだ。


 地頭は悪くないはずだ。多分、きっと。


「では、もっと簡潔に話してやろう。私の目的は、シーラと同じく家出だ。あいつが捕まった以上、私達はじきに神へと至らされる。そうして父が力を得るための贄にされるのだ。そうなるのは御免被る」


「待て。シーラが捕まった?」


 彼女は死んだ。

 そう思っていた俺にとっては、吉報であると共に疑問が沸く。


「お前の言っている裏切者という奴らは、父を信仰する教徒共だ。奴らの目的は最初から、お前ではなくシーラだったというわけだな」


「……色々と、聞きたいことが多すぎるな。けど、まあ」


 あまりにも唐突に明かされた、仲間の知られざる過去。


 もっとそれらについて聞きたい所ではあるのだが。


「まずは、客への対応が先だな」


「ん?何を──」


 長く話し込み過ぎた、というわけでも無いのだろう。嫌な予感はずっと感じていた。多分ここら辺が、奴らにとって『聞かれてはならない部分』だ。


 俺の頭部と心臓部が、突如飛来した太矢とナイフによって貫かれた。



「……え?」



 呆けた声を出すセレニア。

 まあ、突然話してた奴の頭を矢が貫いたらそりゃ驚くだろう。


「襲撃失敗。残念だったな、裏切り者共が」


 奴らも俺の実力については知っているはずだ。だからこそあんな場所でこそこそと隠れていたのだろうし、俺の隙を突ける気配を伺っていた。この襲撃のタイミングは、そうせざるえなかったが故のものなのだろう。


 舌打ちと共に、柱の影から姿を現した襲撃者。黒いローブを被り、連射機構のついた弩を構えた女と、腰に幾本ものナイフをぶら下げ、手には緩やかに反った片刃の長剣を携えた、何度か見た事のある顔に傷がある男。


「まあ、やっぱりこれくらいは防ぐよね~。流石、流石」


「さっさと死んでくれれば、こちらも仕事が楽でしたのに」


 魔力で作り出した分身が消え去ったのを確認し、魔法を唱えるための発動体を片手に握り、殺意をみなぎらせる彼らに牙を剥く。


「裏切りの代償は、高くつくぞ」

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