5話 裏切り

 俺が人生のどん底に叩き落されたのは、つい三日前のことだ。


 その日は、いつもより少し大掛かりな冒険だった。


『やぁ、ライク!いい仕事があるんだ、組まないか?』


 クリジャスという、フランベルジュランクの腕利きの戦士は、冒険者として何年もグランゼールで活動してきた俺にとっては良き後輩であり、親友だった。


『月籠の迷宮、っていう最近発見された迷宮でな。今も他の奴らがバンバン宝物を見つけてるんだ。シーラちゃんも誘って、一緒に来いよ!』


 冒険の国グランゼールでは、頻繁に魔剣の迷宮が発生する。その殆どは大した力も無い、小さな迷宮ばかりだが、時折大規模な迷宮が発生し、冒険者達はそんな迷宮を作り出した力ある魔剣を求め我先にと迷宮に挑むのだ。


 彼から冒険の誘いを受けることはそう珍しい話でも無かったし、唯一俺が固定パーティーを組んでいるエルフの神官シーラも、特に疑問を持たず了承した。


『久しぶりに君達と冒険に出れて嬉しいよ!』


『私も嬉しいです、クリジャスさん。良い冒険にしましょうね』


 実を言うと、その申し出を受けた理由の一つに、クリジャスとシーラの仲を取り持とう、なんていう思惑もあった。


 シーラとクリジャスは歳が近く、種族も同じで、クリジャスは明らかにシーラに気があるような態度をとっていた。彼女を前に顔を赤らめる様子を、俺と周囲の冒険者達は微笑まし気に見守っていた。


 しかし、当のシーラはクリジャスの好意に気づいていないようだった。まだ年若い(とは言っても、俺もまだ二十代前半のペーペーなのだが)シーラが鈍感なのは仕方ない面もあるが、これではクリジャスが可哀想だ。


 そう考えた俺は、二人をくっつけるという目的も含めて、クリジャスの仲間である三人の冒険者を含めた計六人で、月籠の迷宮に潜り込んだ。


 途中までは順調だった。


 襲い掛かってくる魔物も、俺達にとっては大したことの無い奴らばかりだし、回復役のシーラが出番がないとぼやくくらいには簡単に進んでいたのだ。


 だからこそ、俺達は油断していた。





『どういうつもりだ、クリジャス!!』


 瀕死のシーラを庇うように前に立ち、俺は激怒の声を上げた。


 迷宮の一角、普通の明かりが掻き消えてしまう真っ暗な部屋。松明の明かりが消える仕掛けが施されたその部屋は、暗視が無い俺にとっては不利な地形だった。仲間の魔法使いに照明の魔法を頼もうと、後ろを振り向いた瞬間。


『ライクさん、危ない!』


 クリジャスは俺を背後から斬りつけようとして、それを庇ったシーラは瀕死の傷を負ったのだ。もし無防備のまま受けていれば、俺の首を斬り落としていたであろう一撃を放ったクリジャスは、邪悪な笑みを浮かべ言う。


『間抜けだね、ライク。何も理解できず死ぬといい』


 クリジャス一人ならば、なんとかなっただろう。しかし彼には、三人の仲間達がいた。全員が最初から、俺とシーラを裏切るつもりでいたのだ。


 土の魔法が、銀の武器が俺を狙う。ナイトメアの弱点を彼らは知り尽くしていた。数の上でも不利であったし、暗闇という環境も相まってどうしようも無かった。


『がああああああ!!』


 クリジャスを前衛として、他三人は後衛から魔法や遠距離武器での援護。実に効果的な陣形だった。俺とまともに打ち合い、そして勝利できるのは彼だけだ。


 勝敗は、すぐに付いた。


 倒れ伏し、まともに立ち上がれなくなった俺の首筋に、クリジャスの魔剣が向けられる。もはや抵抗する力も無い。


 諦め、目を閉じようとした俺の耳が、彼女の弱々しい声を拾う。


『転移盤、起動……!』


 彼女がもしもの時のために持っていた、ユーシズ魔導公国の秘蔵品。魔法学園の卒業生たる彼女が、もしもの時のためにと持っていた、転移盤の模造品レプリカ


 対象は一人だが、それでもあの道具を使えばシーラだけでもこの迷宮から脱出できるだろう。それに気づき、安心する。俺の稼いだ時間は無駄ではなかった。少なくとも、彼女だけでも逃がすことには成功した。


『止めろ!逃げられるぞ!!』


 奴らもそれに気づき慌てるが、もう遅い。あとは脱出させる対象を──シーラ自身の名を出せば、彼女は迷宮から脱出できる。


 最後の力を振り絞って、彼女に向けて放たれた矢を己の身体で受け止める。血が噴き出るか、構うことは無い。


 俺達の、勝ちだ。


対象ターゲット、ライク』


 目を見開き、彼女の方を振り向く。


 血を流しながらも、何度も見たシーラの優しい微笑みを前に、俺は彼女に手を伸ばそうとして。


『大好きです、ライクさん』


 それを最後に、俺は意識を失った。




 気づけば、俺は檻の中にいた。


 看守に聞けば、瀕死の重体でダンジョンの外に倒れている所を、他の冒険者によって拾われ、治療を施されたらしい。


 ならば何故檻の中にいるのかというと、あの裏切者共のせいだった。


 俺が気絶している間にダンジョンから脱出したらしいあいつらは、裏切者が俺であると虚言を吐き、挙句の果てにシーラを殺したという濡れ衣まで着せ、俺を処刑しようとしているのだという。


『ふざけるな』


 幸いにも、俺を擁護してくれる知り合いもいた。よく依頼を持ってきてくれるグラスランナーの情報屋で、金に無頓着な奴が多いグラスランナーにしては珍しく金の重要性を熟知し、富裕街に住む程の金を持つ男だ。


 そのおかげで、俺はすぐに処刑とはならず、“迷宮刑”を受ける権利を得た。


 裁判長に賄賂を寄越したあの野郎には感謝してもしきれない。普段は性格も態度もあれな奴だが、根っこの部分が人情深い奴だ。


『絶対に、許さねぇ』


 己の無実を払うため。


 そして何よりも、大事な仲間を迷宮から助け出すために。


 俺は必ず、この迷宮を脱出しなければならない。

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