3話 全力攻撃
「ん。誰かいるのか?」
困惑した状況の中、少女はお構いなしに言う。というかどうやってこっちに声を届けているのだろうか?
「困った、気配は分かるけど声が届かんぞ。誰かいるのだな~?」
「……あー、うん。いるぞ。絶賛困惑中なナイトメアが一人だ」
「おお、良かった。ナイトメアという名前の男がいるのであるな?」
「え?ああ、いや、違う。ナイトメアは種族名だ。名前はライク・ハルモニア。訳あって、冤罪を受けこの迷宮に放り込まれた」
「種族名?ナイトメアなる種族がいるのか?汝は小さき人々では無いのか?」
「小さき人々?なんだそりゃ」
ナイトメアを名前と勘違いする奴なんて初めて見た。というか、小さき人々ってのはなんだ、妖精か何かのことか?
「あーいや、思い出した。シュネルア時代の人間の呼び方か?なんでわざわざそんな呼び方してるんだよあんた。分かりづらいぞ」
「ん、ダメだったのか?ではなんと呼べばいいのだ、小さき人々」
「名前で呼べ、名前で。そもそも俺はあんたの名前も種族も、あんたの立場も聞いちゃいないぞ。何者だあんたは」
そう聞いてやると、尻だけの状態にも拘わらず『ほう、よくぞ聞いてくれた!』なんて雰囲気を出しながら、胸を(見えないが)張って喋り出す。
「我の名はセレニア。神の子である!」
「……お、おう」
なるほど、これは重症だな。
「あー、子供心にそういうのに憧れる気持ちは俺もよーく分かる。けどほら、今はそういう状況じゃねぇからさ」
「む、なんだ?なんだかすごーく侮辱されている気がするぞ。もしや汝、我の言うことを信じておらぬのか。このセレニア様のことを!」
「いや信じるも何も」
チラリ、と上半身が壁にすっぽり収まった間抜けな姿を見る。
「俺、こんなバカなことをしてる奴が神様だとか思いたくないんだけど」
「ば、バカだと!?なんという屈辱!それにこれは不可抗力である!やむを得ない事情があったのだ!」
「ほう」
たしかに、一方的にバカだと決めつけるのは悪かったかもしれない。
現状こいつが妄言を垂れ流すおバカな女だと決めつけているが、もしかすれば深いわけがあるかも。冤罪に憤っていた自分には、あらぬ罪を押し付けられる辛さは良く分かる。少し無遠慮だったかもしれない。
「なるほど、非礼を詫びよう、セレニア。それじゃ、あんたは一体どういう事情でこんなことに?」
「うむ。この壁の向こうに、何やら意味ありげな宝箱が置いていてな?」
「……うん」
この迷宮には、財宝などと言った実入りの少ない物はおいていない。あるのは魔物と危険な罠だけだ。つまり宝箱など、見えてる地雷と言ってもいい。
「初めてこういう場所に来たものだから、宝箱とやらがすごく気になってな?なのでとりあえず開けてみようと、童が一人通れるくらいの穴を通るために頭を突っ込んでみたのだ」
「おう」
オチは読めたが、とりあえず続きを促す。
「すると、どうだ。音がしたかと思えば、気づけばこうなっていたのだ。卑劣な罠だ、まさか我の有り余る好奇心を利用しようとは……」
「ははーん?お前さてはグラスランナーだな?」
「ぐらすらんなーとやらが何かは知らんが、とても馬鹿にされているような気がするぞ。貴様我のことを敬っておらんな?」
「いやー、敬ってるぜ。反面教師の皆さんにはいつも感謝しているよ」
「なるほど、敬っているのだな!ならば良し!」
なんも良くないと思うんだが、まあいいか。
「さて、それではライクとやらよ。我を助けよ。ヘルプである」
「いや、助けろって言ったってお前……」
さて、これはどうするのが正解なのだろうか。引っこ抜いてやればまあなんとかなるか?だが下手すれば上半身と下半身がお別れする羽目になるな。
コンコン、と壁を軽く叩いてみる。音は思ったよりも軽い。材質は石で、他の壁よりもかなり薄いようだ。
「よし、行けるな」
「おお、行けるなら。なかなか有能ではないか、ライク。よいぞ、この我を助けることを許してやろう!」
ぐっ、と己の拳を握り、力と魔力を込めていく。
本当なら剣でやるのがいいのだが、刃こぼれするとまずいので今回は拳だ。
「……ん?なあライクよ。何やら嫌な予感がするのだが」
「ああ、ちゃんと頭守っておけよ。当たらんようにな」
「待て、今なんと言った?何が当たるのだ?おい、何をするつもりだ!?」
全力を込め。魔力を拳に纏わせて。軽く息をし、腰を捻って、今己に出せる最大限の威力を込めて──
「のわああああああああ!?」
バゴーン、と良い音が響いた。
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