2話 裁きの迷宮

「……すぐに帰れる、とはいかないんだな」


 武器はロングソード1本のみ。防具は与えられず、魔法の発動体は当然没収。その上足に付けられた鉄球と鎖は軽快な動きを阻害する。


 ちなみに、本来であればロングソードすら渡されることは無い。迷宮に入る直前に、兵士の一人がこっそり俺にこの剣を差し出したのだ。『脱出する前に、必ず捨てろよ』という伝言付き。


「ラナドの奴め、相変わらず根回しが上手だ」


 こんな状況で、顔も見せずに俺の味方をしてくれたお得意様のグラスランナーの顔を思い浮かべ笑う。


「身一つで放り出されるよりはずっとマシだな」


 ロングソードを与えられているだけマシと思うべきか。普通の罪人は、こんな装備でこの迷宮に入れられて生きて帰ってこれるものなのだろうか?世の中には、こういった鉄球と鎖を駆使する格闘家用の流派もあるらしいが。


 俺には無縁の話だったが、こういう時に備えてどうにか習った方がよかったのかもしれない。


「さて」


 迷宮に入った途端、入口はすぐに消え去ってしまった。明かりも碌にないこの迷宮を歩くのは、普段ならば無謀と切って捨てるところだが。


「進むしかねぇな」


 多少暗くとも、この剣1本あれば立ち回れる自信はあった。伊達にフランベルジュ級冒険者をしちゃいない。


「鬼でも蛇でも出てきやがれよ」


 意を決して、暗闇の中を歩きだした。





「ふっざけんなぁ!!」


 鬼でも蛇でも出て来いと言ったが、大岩が転がってくるのは予想外だ。しかも何故か、傾斜でも無いのに徐々に速度が上がってやがる!


「ぬおりゃあ!」


 ギリギリのところで、横道を見つけそれに飛び込む。


 魔剣の迷宮は、理不尽な試練は与えるが絶対にクリアできない罠は作らない。迷宮を作る魔剣は、すべからず自身を握る担い手を探しているからだ。


 この裁きの迷宮も、その例に漏れることは無い。この世界が誕生した時からずっと、魔剣は己を振るう者を探しているものなのだ。


 だから、逃げ続ければどうにか大岩から逃れられる手段が見つかると思っていたが、予想通りだ。すぐに諦めないのが迷宮探索のコツだ。


「クソ。魔剣の迷宮は相変わらず摩訶不思議だな」


 裁きの迷宮は、そんな数ある魔剣の迷宮の中でも少し特殊な性質を孕んでいる。不誠実で虚言が多い鼻つまみ者に限って迷宮から脱出できず、逆に誠実な者はすぐに脱出できるというものだ。


 そんな特性に国は目を付け、罪人の最後の冤罪証明のチャンスに。


 脱出できれば冤罪の証明、できなければ罪の証明。そんな単純明快で、かつ死体を掃除する手間も少ない実刑として。


 “迷宮刑”として、時折罪人が放り込まれる迷宮なのだ。



「あの道に戻ったら、多分また岩が来るな」


 汗をぬぐい、横道を進む。マッピングしようにも紙もペンも無いため、行き当たりばったりな攻略になってしまうのが仕方ない。一応目ぼしい場所には剣で傷を付け、目印としているが、効果があるかは分からない。


「早いところ、脱出させちゃくれねぇか」


 進むにつれ、段々と罠の危険度も、魔物の強さも上がっていく。


 最初はガストが数体程度だった魔物の質は、今はガーゴイルが平気で何体も出てくるような、駆け出しには辛い迷宮へと変化している。


 その程度なら俺の手にかかれば何の問題も無く倒せるのだが、鎧も無く食料も無い中で動き回れば、当然疲弊は避けられない。動きは目に見えて悪くなっていくし、喉も乾いていく。


「ほんとに、出す気あるのかよこの迷宮は。俺は、無罪だぞ」


 思わず不安になり、そんなぼやきを漏らす。一刻も早く脱出する必要があるのに、これではいつまで経っても──



「ヘールプ」



「……?」


 焦燥に駆られる中、ふと道の先から間抜けな声が聞こえてきた。


 この迷宮には、迷宮刑を受けた罪人しか入れないはずだ。とすれば、おそらくは魔物だろうが……それにしては、なんだか随分と気が抜けている。


「ヘールプ、ミー。救援求む~」


 聞いた感じは女の声だ。しかもかなり幼い。妖精か、もしくは人間に化けた蛮族か?どちらにしても、あまりにもこの場に似つかわしくない。正直なとこ言うとあんまり関わりたくはない。


 しかし放置するわけにもいかない。魔物の罠であれば、後ろから襲い掛かってくる可能性もあるし、それにもしかすれば、本当に迷い込んだだけの子供かもしれない。いやまあほぼほぼあり得ないだろうが。


 溜息を吐いて、武器をいつでも抜ける状態にした上で、声がする方に近づいていく。とはいっても、進む道の先にいる以上は避けては通れないんだが。


 そして、曲がり角の先で見た物は──


「……ええ?」


「おおい、誰かいないのか~?我を助けてくれ~!」


 上半身が壁に埋まり、下半身だけをこちらに向けてくる小さな少女の姿であった。

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