蒼月の魔剣

雷神デス

1話 迷宮刑

「被告、ライク・ハルモニア」


 武器は奪われ。鎧の代わりにボロ布を着せられ。鎖で全身を拘束され。予定調和な裁判は、しばしの間の茶番劇を挟んで、ついにガベルが振るわれた。


「汝に“迷宮刑”を課す」


「待ってください!」


 さて、この判決に反意を示すのは、長年一緒に冒険者をやってきた元親友だ。心の中ですら名前を呼んでやるのは嫌なので、これで通すことにする。


「迷宮刑などという生ぬるい裁決では納得できません!彼の有罪は確定でしょう!?何故そんな猶予を残すのですか!今すぐにでも、首を刎ねるしまえばいい!」


「静粛に」


 再び裁判長のガベルが音を鳴らす。


「一度決まった裁決は覆らない。証人、発言を控えるように」


「そんな……こいつは、この男は!俺の恋人を迷宮内で──!」


「茶番は終わりでいいか?」


 いい加減飽きてきたので、元親友のお涙頂戴な訴えに口を挟む。奴は俺をギロリと睨むが、睨みたいのは俺の方だ。何故こんなことに時間を使わなきゃならん。


「裁きの迷宮から脱出すれば、俺は無罪放免。そいつらの言うことは嘘だってことになるんだろ?簡単じゃねぇか、なあ」


 見物人どもを見渡し、いい加減にしてくれと溜息を吐く。


 彼らにとってこの裁判はまさに見世物であることは、実力だけはあるクソ親父から教わっている。ならばもう、一刻も無駄にするつもりはない。


「俺はあいつを助けるんだよ。さっさと迷宮に入れやがれ」


 そして、俺を嵌めたあいつらをぶん殴る。それを果たさない限り死ぬ気は無いし、殺されるつもりはない。


「シーラを殺した男が、何を……!」


「いい加減その臭い口から虚言を吐き出すのはやめろって言ってんだよ!裁きの迷宮に潜ればはっきりするんだろうが、どっちが嘘をついているか!」


 両腕を兵士に掴まれるが、無理やりそいつらを引きずって元親友の眼前まで近づいていく。フランベルジュ級冒険者を相手に、こんな練度の兵士を拘束役に出すとは呆れてものも言えない。


 今すぐにでもあいつの首を嚙み千切りたくなる衝動を抑え、額から伸びる穢れた角を隠しもせずに、あいつの腐った眼玉をしっかりと視界に納める。


「お前のニヤケ面も、これで見納めだと思うと悲しいぜ下衆野郎。せいぜい遺言でも書き綴っとけ」


 唾を吐き捨て、踵を返す。


「……最近の奴らは、裁判長の言うことも聞けないのかい?まあ、暴れないならいいけどさ」


 長い兎耳が特徴的な、タビットの裁判長“裁きの耳”ホプト・プレッセンはその騒ぎで興が覚めたのか、裁判長としての仮面を脱ぎ捨て適当にガベルを叩く。


「それじゃ、解散。被告人は裁きの迷宮に放り込むように」


 こうして、グランゼールの一角で行われた裁判はたった10分で終わりを告げた。


 そして、ここからが俺にとっての本番だ。


 俺の仲間を。


 ただ一人、味方でいてくれたあの水色の少女を救い出す。


 拘束具を付けられたまま、俺は裁きの迷宮へと足を踏み入れるのだった。

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