第8話 ラスパーの行方
京都市内の東には鴨川が流れている。
その橋の下には、身寄りのない住人が数多住んでいた。それぞれ古布や簾で自分の居住区を区切っている。
ここにはここの暗黙の了解がある。役人も迂闊に手出しはしにくい区域だ。
情報によると、ラスパーらしきウィザックが週に一度、この区域にやって来て謎の肉や珍しい品を売っているのだそうだ。
儲かりはしなさそうだが、男の狙いはそこではない。自分の良い評判や次の店舗の情報を伝え、その噂を広めてもらうようにしているらしい。
呆れた根っからの商売人気質だ。金儲けが好きなのもあるのだろうが、商売が好きなのかもしれない。産地を偽装するなど、やっていることはとてもせこいが。
訪れる時間帯は日によって異なるらしい。同じ時間にしたら、見付かる可能性が高まるからだろう。
徹は朝から堤防に張り込んで待った。
そして正午を過ぎて少し経った頃、ついにその時は現れた。
土手沿いに風呂敷を担いだ一人の男が現れた。黒い外套で顔は見えにくいが、しわや体の線を見るに、胸にコアらしき形状がある。おそらくあの男がラスパーだ。
人のいる狭い場所で以前のように火を放たれたら、怪我人や住居を失う人が出るかもしれない。
そこで徹は居住区に近付くより手前で、駆け寄った。
「そこの人、新聞はいりませんか?」
「何だ? お前」
男は訝しげな声をあげる。徹はその特徴的な声で確信した。
「この間お前の店に来た人が、ちょっくら話を聞きたいんだってさ」
するとラスパーは何かを勘付いたのか逃げ出した。背を向けて走り出す。
穏便にいけば、建物の近くまで言いくるめておびき寄せるつもりだったのだが、そう上手くはいかないようだ。
「待ちやがれ!」
徹が追いかけようとすると。ラスパーは火の玉を足元に放った。
「待てって言われて待つもんか!」
そうラスパーは叫んだ。
だが、ラスパーの魔法や逃げる時の手段は徹も把握済みだ。
徹は足を振り上げてブレードを出す。そして近くの木に、ブレードを突き立て、体重を乗せて跳躍した。避けた火の玉が四方へ霧散する。
下肢の動かす速度によって義足から出現したブレードは、支えとなり、時に刃と化す。彼の鍛えた筋力と技術があってこそのなせる技であった。
徹は突き立てたブレードをしならせて飛び上がると、そのまま足を捻ってラスパーの体ごと川の方に向けて吹っ飛ばした。
「わあああああ!」
ラスパーは堤防を勢いよく転がっていく。そのまま彼の体は川の中へと落ちていった。
鴨川の水深は大雨が降らない限り、さほど深いものではないし流れも比較的緩やかだ。
そこに徹も飛び込んで行った。川の水は日差しで温まり、ほど良いぬるさであった。
この義足は雨や水でも錆びない特殊な加工がされている。水深はせいぜい徹の腹部ぐらいだ。
さすがに水中では蒸気圧機能は使用出来なくなるため、帰ったら充分に乾かして蒸気を入れ直さなければならないが。
「来るな! わあ! 離せ、離せったらああ!」
ラスパーは手足をばたつかせる。水を吸った外套がまとわりついて、上手く動けないのだ。
そして、水の中だと火も出現させられない。利用していた粉塵も使えない。
それが、徹がこの地区でラスパーを待ち伏せた一番の狙いだった。
徹は手錠を取り出す。これは兄が使っていたものを利用できるかと思って、取って来たものだ。そして暴れるラスパーの腕に手錠をかけた。
「っ、捕えたあああ!」
徹は勝利の叫び声をあげた。
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