第6話 兄の想い

 蒸気と機械の音がひときわ大きく響き渡る。

 金属製に熱の入り混じった匂いが充満する工房に訪れた聡は、黙々と作業を続ける大柄の男性に声をかけた。


「弟に渡して来ました。納品を無理言ってしまい、申し訳ありません」


 ゴーグルを着け、作業をしていた鋼上堅三はのっそりと頷いた。

 年齢は五十代で、両腕両足が機械化している。体の蒸気機関部分を動かすためのボンベを背負っており、各部位に蒸気管が繋がっている。

 生身の肉体の部分は職人らしく筋肉質な体で、白シャツの上に胴長の茶色い作業服を着ていた。少しつぶれたような耳と髪のない頭部のため、顔の形は丸く見える。


「まったく、お前ら兄弟は本当に手間かけさせる」

 鋼上がゴーグルを外すと、平たい顔に金色の瞳をした吊り目が見えた。


 元々、徹の成長に合わせて義足の製作依頼はしていた。

 事情を話して、早めに作成してもらったのだ。

 そして追加の機能も。あれに徹は気付いただろうか。


「ようやく兄弟独り立ちすることになったわけか。これを機にお前も、整備士一本でやっていく気はないか? 理学療法士、それほど仕事の需要があるわけじゃないだろ」

 世話をする弟もいなければ、聡ももっと自由に時間を使えるし住む所も変えられる。引き受けられる仕事の幅も広がるのだ。


「それは悪くないお話ですね」

 聡は複雑な感情の入り混じった目を伏せた。

「理学療法士って損ですよ。皆が皆そうってわけじゃありませんが、動けない辛さや苛立ちをぶつけられるし、かと思ったら動けるようになったら勝手に良くなったような顔されるし。でも……」


 歩けなくなり塞ぎ込んでいた人が外に出られるようになった時に見せる笑顔や、家族の嬉しそうな様子が聡の脳裏に浮かぶ。そして。


『兄さんのくれた足が日ノ本一格好良いよ』


 無邪気にそう言ってくれた弟の声が蘇る。

 きっと本人は忘れているだろうけれど。本当はあの時、聡は泣きそうになるぐらい嬉しかった。

 忘れられないことは色々あったけれど。嬉しい言葉も、心の中に残り続けるのだ。


「あの笑顔を見られるのも、理学療法士だけなんです。だから……理学療法士の仕事が嫌になることも多いけれど、好きな仕事であるのは間違いないんですよ」


「きっと弟の夢もそうなんじゃないか。誰かの力になれる、そんな兄貴みたいになりたいって思っているんじゃないか」

 はっと聡は目を見開く。そして目を細める。

「そうだったら、嬉しいんですけどね」


「だったら──信じて、好きにさせてやるんだな」

 重ねた年の分を感じさせる鋼上の深い声音に、聡は静かに頷いた。

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