第4話 対策
翌日。僕はいつも通り学校へと向かった。昨日は一睡もできなかったため、気分がとても憂鬱だ。
目を擦りながら大欠伸をする。そして再び、前を向いて歩き始めた。すると後ろから、誰かの足音が聞こえてきた。
「おはようしんたろー」
「あ、おはよう西松さん」
足音の主は西松さんだった。見る限り、もう怒っている様子はない。だがそれでも、僕は気まずくて目を合わせることができなかった。
「しんたろー。昨日のことはもういいけん。やっぱり色々考えたけど、しんたろーのやり方が正しかったんかもしれん」
西松さんの意外な言葉に、僕は驚いて顔を上げた。西松さんが言い終えた後、真っ直ぐ前を向く。
「ありがとう。西松さん」
僕はほっとしたのと同時に、嬉しい気持ちになった。自分のしたことは、何も間違っていなかったようだ。
「それより、これからどうする? 昨日も言ったように、増田が川原達に言ったらしい。しんたろーから話を聞いたって。それに私の名前も、その場で挙がってしまった……」
西松さんの表情が曇り始める。そこで僕は、昨日考えた対策を話してみようと思った。
「僕は昨日、仕返しへの対策として、ダミーの財布を入れることにしたんよ。場所はカバンの中に入っとる教材の上。ほら見て、見た目は普通の財布でも、中身は全部子供銀行のお金よ」
僕はダミーの財布を開け、西松さんに中身を見せた。西松さんが、目を見開いて財布の中を見る。
「なるほど。それはいいかもね。でも本物の財布はどこに入れとくん?」
「本物の財布はカバンの一番下に入れとく。目立たん場所やけん、盗られる確率も下がると思う」
「なるほど」
西松さんが感心したように頷いている。その様子を見て、僕は誇らしい気分になった。
本物の財布と、ダミーの財布。本物の財布は目立たない奥の場所へ隠す。一方でダミーの財布は、わざと目立つ所へ入れておく。二つを分けることで、盗る時間を長引かせるのが狙いだ。
「とにかく、自分達の物はしっかり管理するようにしよう。特に教材を入れとるロッカーは、気を付けんといかんね」
「そうやね。私も今まで以上に気を付けるよ」
西松さんが前を向いたまま、納得したように頷いた。これからしばらくの間、持ち物をしっかり管理しなければならない。僕はいつも以上に気を張って、西松さんと正面玄関へ歩いていった。
*
教室に入り、自分の席に荷物を置いた。そして椅子を引いて、いつも通り腰を下ろす。
僕以外の席は空席だった。まだ誰も登校していないようだ。西松さんは隣のクラスに行っているため、教室の中は僕一人だけだった。
するとその時、急に廊下が騒がしくなってきた。階段の方から男子の声が聞こえてくる。何だろうかと思い、僕はその方角に目を向けた。
声のする方へ目を向けたその時、僕は思わず息を飲んだ。何と川原純也達が、教室に入ってこようとしていたのだ。
僕は視線を逸らし、平静を保った。いつも遅い三人が、何故早くから登校してきたのだろうか? 色々考えていると、後ろの扉が勢いよく開いた。
「よおしんたろー。お前余計なことをしてくれたな!」
前を向いたまま固まっていると、後ろから倉田祐飛の声がした。僕は動揺を隠したまま、ゆっくりと後ろへ振り返る。
「え? 何のこと?」
「とぼけても無駄やぞ。俺らはもう知っとんやけんな!」
倉田祐飛が大声で僕に言ってきた。その後ろでは、川原純也と吉原琢磨が気味の悪い笑みを浮かべている。
僕は再び前を向いた。何て言葉を返せば良いか分からない。絶体絶命の状態に陥ったその時だった。
「しんたろー君。良かった。もう登校してきていた」
藤原先生が、少し慌てた様子で教室に入ってきた。倉田祐飛が舌打ちをして、自分の席に荷物を置く。
「しんたろー君。教頭先生が呼んでいるよ。先生と一緒に付いてきて」
「え? あ、はい。分かりました」
僕は戸惑いながらも返事をした。きっと今回の件についてのお話だろう。丁度良いタイミングで来てくれたため、僕はとても安堵した。
念のため、カバンから筆箱を取り出す。そして椅子から立ち上がり、藤原先生の後ろを付いていった。
教室を出る途中、僕は歩きながら後ろを振り返った。すると川原純也達が、視界に飛び込んできた。
三人は僕の方を見ながら、こそこそと会話をしていた。話の内容は聞こえなかったが、また何か企んでいるように見える。
僕の持ち物を盗もうとしているのだろうか? 仮にそうだったとしても、こちらにはダミーの財布がある。ロッカーの教材は不安だが、財布は盗られない自信があった。
三人のことを気に留めず、藤原先生と廊下に出る。僕は教頭先生と上手く会話ができるよう、心の準備をした。
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