第81話 


「あ、アレシアちゃん戻ってきたみたいだよ?」


 ドアノブが回り、扉が開く。

 春乃ちゃんが反応した声と共に、だんだんだんっと床を踏み抜くもう一つの音が響いた。


「ちょっと!お姉ちゃん遅い!」


 その声の主はひどくご立腹のようで、怒っている理由に関しては麗奈と電話していたからだろう。

 わかりやすいくらいキレてる、しかし今からアレシアがものすごくキレることになるなんて本人は思いもしない…。

 やばい、ちょっと憂鬱な気分になってきたよ…。


「あはは…ご、ごめんね?あ、あと先に謝っておくとさ…」

「ちょっとどうしたのお姉ちゃん?なんか声がうわずってるケ……ド………」


 ばたりと鉢合わせ。

 それは私とアレシアのことではなく、私の後ろでご機嫌上々な麗奈とだ…。

 ああ、気まずい…。

 今からここは戦場になる。

 だって麗奈とアレシアは水と油、火と水、虎と龍ってわけなのだ。


「その、麗奈が来ちゃった…」


 私は心の底からアレシアに謝った。

 いまだに麗奈に弄られたところがじんじんと疼いてしかたがない…。

 けど、なんとか平静を装いながら私は目を瞑りながらアレシアの叫び声を聞いた。


「れ、れれれっ…麗奈ぁ!?」

「こんにちは♪また会いましたねアレシア泥棒猫さん♪」

「ああ、また始まった…」


 うげぇっ!?と驚愕するアレシアの声。

 と、余裕の笑みを浮かべる麗奈の声。

 さぁて開戦の狼煙があがりました…まずは先行麗奈から。


「ず・い・ぶ・ん・と!楽しそうな会話でしたねぇ?」

「結稀さんに頭を撫でてもらってたり、結稀さんと仲良くなってたり♪ 結稀さんと遊んでいたり♪ 」

「アレシアさんは気付いてないかもしれないので言っておきますけど、結稀さんは私のなので き や す く !!触れないでくれませんか?」


 あわ、あわわわっ。

 直球!ド直球だよ!?

 開幕早々火の玉ストレートをお構いなしにぶん投げてきたよこのお嬢様!加減ってものを知らないのかぁ!?

 しかも細目でご機嫌な様子だけど、うっすらと開いている目がものすごく怖いよ!!


「はぁ?急に現れてなんなの麗奈!お姉ちゃんが麗奈のものとかそんなワケないし!お姉ちゃんは私のお姉ちゃんだし!!」

「てかまるで一部始終を聞いてたみたいな言い方じゃん、もしかしてずっと私達の会話を聞いてたわけ?それ、どうしようもないストーカーじゃん!」

「キモ!キモすぎ!キモいキモいキモい!!学校の時もそうだったけどさ!麗奈ってどうしようもない変態だよね!!」


 oh…アレシアも負けてないぞぉ…。

 二人とも口がキレッキレすぎて怖いよ、というかこれもうラップバトルみたいになっちゃってるじゃん。

 しかし、両者共に実力は拮抗…二人とも睨み合い競り合っている様子で、お互い負けを譲る気はさらさらないようだ。

 いや、負けという概念があるのかは謎だけど…。


 それと、私を間に火花を散らすのやめて!熱いよ!怖いよ!


「変態?申し訳ございませんがそれは誰のことでしょう?私は結稀さんの婚約者…つまりは未来の伴侶!相応しくないなんて言わせない…!むしろ私にとってあなたが一番相応しくない!!」

「はぁ!?そういう態度が相応しくないんだよ?ほんと怒りっぽくて嫉妬深い!お姉ちゃんにはもっとしっかりとした人がお似合いなの!!」

「私だってしっかりしてますー!そもそも!あなたが結稀さんの何を知っていると言うのですか!急に現れた癖に!!」

「そっちこそっ!!」


 わーあーあーあーあー!!

 二人とも大変なことなってるよ、お互い近くなりすぎて今にもリアルファイト寸前だよ!

 姉として婚約者として放って置けないんだけど、どうやって止めようか!?こんなにもヒートアップするなんて本当に二人は相性が悪すぎる!!


 爆発寸前だから離れたところで見てるけど、本当にどうしようか…!

 涙目になりつつも精一杯考えている私の背後に、ちょんちょんっと肩を叩かれる。


「…あ、あのさ柴辻ちゃん?なんだかすんごいことになってなぁい?」

「は、春乃ちゃん!ど、どうしよ…二人ともすごいことなってるんだけど!!」

「うん…アレシアちゃんから聞いてたけど、まさかここまで相性が悪いなんて…猫同士の縄張り喧嘩を見ているみたいだよ…」


 その表現は的確だ、お互いメンチ切りながら睨み合う姿はまさにそれだ。


「けど、それはそれとして柴辻ちゃんさ」

「それはそうと!?こんな大事のときなにさ!」

「首筋、けっこうすごいことになってますねぇ」

「んにゃっ!?」


 ビッと指摘されたのは首筋に付いている無数の赤い斑点。

 いやいや、これは蚊に刺されただけですよーあははは…!なんて弁解の余地はなく春乃ちゃんはニマニマと背後で繰り広げられている激闘に目もくれずにニヤける。


「エロいね♪」

「い、いわないで!!」

「ねぇねぇ、他になにされたのかなぁ?同室のよしみで教えてくれはしませんかぁ?アレシアちゃんと話し合いの場を設けさせてあげたのはぁ、どこの春乃ちゃんかなぁ〜??」

「い、いや…今はそんなことしてる場合じゃ」

「じゃあつまり、後ろでやってる大乱闘スマッシュシスターズを止めれば話してくれるってことだよね!?」


 大乱闘スマッシュシスターズ!?ブラ○ーズの間違いじゃない!?

 いや、そもそも止めたら言うなんて私は一言も言ってないし!てか後ろでやってる麗奈とアレシアの激突はスマッシュを超えてるよ!


 よいこには見せられない激闘に目を背けて、私はやるきまんまんの春乃ちゃんを見て渋々頭を下げた。

 なんか今の春乃ちゃんなら、止められそうだと思ったから。


「ふふんっ♪いいよ止めてあげよう!こういう時はね、餌で釣ればいいのさ!!」


 キランと春乃ちゃんの目が輝く。

 そしてどこからともなく、何かを取り出すと二人を前に声を高らかに叫んだ!


「やい暴れん坊ちゃん達!この柴辻ちゃんの下着と秘蔵のブロマイドが目に入らぬかぁ!?」

「「………あ、あれはっ!!?」」

「は?……………ちょぉっ!!?」


 取り出したのは私の下着、それとよだれをだらしなく垂らして寝てる様子と、ねぼけ眼をこすり下着姿でねぼけてる私の写真…!?

 いやいつ奪ったの!?いつ撮ったの!!?


「私はこの秘蔵の写真をあげてもいいと思ってる!そして仲直りしたらさりげなーく取っていた柴辻ちゃんの下着もあげます!!」

「「…………………」」

「「……………」」

「「…………」」

「まぁ、許してあげます」

「フン、今回だけだからね」


 いやホントに喧嘩をやめちゃったよ!!

 そんなに欲しいの!?私の下着!私の隠し撮り写真!!


 しかしその効果は絶大で、あんなに怒り散らしていた二匹の猫は借りてきた猫のように押し黙っていく。

 そして二人は睨み合いながらも春乃ちゃんに近付いていって賄賂を受け取って……って!!


「本人の許可なく私の下着を渡すな!!あと私の隠し撮り写真も渡すなぁ!!」

「まぁまぁ、止めてって願ったのは柴辻ちゃんなんだからネ!それなりの代償を払ったまでだよ!」

「ぐっ!じゃないよ!親指たててなんかカッコいい風に言ってもダメだよ!てか二人もなんで従順に下着を手にしてるのさぁ!!」


 アレシアと麗奈は、お互いを見合って。


「それは、だって」

「お姉ちゃんの下着だし」

「「……ねぇ?」」


 ねぇ?じゃないよ!ツッコミすぎてお腹痛いよ!喉痛いよ!!


「まぁまぁ、柴辻ちゃんもそう怒らないの!これから二人が暴れ出したら私にまっかせてちょうだいね!秘蔵の写真!まだまだあるから!!」

「「おお〜!」」

「は、はは…」


 もうツッコミ疲れたよ。

 いやまぁ暴れる二人が一時的とはいえ大人しくなったのは確かだ。

 こうして、私達の部屋に一人追加…四人で話すにはやや狭いこの部屋で、麗奈は私にべったりと抱きつきながらアレシアを見た。


「会話を聞いて気になったのですが、結稀さんのお父様の話をしてたようですが…どんな人なのですか?」

「なに?また同じ話するの?別にもういいでしょ…」

「むっ…私だけ知らないのはどうかと思いますし、なにより結稀さんのお父様です!気にならない訳がないでしょう?」

「……ふん、なら勝手に見とけば?」


 しゃっとアレシアのスマホが麗奈の元へと滑り込む。

 スマホにはさっき見たお父さんの写真が一枚、それを食い入るように麗奈は覗き込む。


「……結稀さんに似てる部分がありますね」

「はぁ、それでいてアレシアさんにも似てる…二人は本当に姉妹なんですね」

「……まぁ、認めましょう」


 はぁ、と溜息を吐いて納得する。

 まあそうだよね、ここまで血のつながりを感じると私とアレシアは本当に姉妹なんだって思う。

 というより、私もさっきそう思ったから。

 しかし、麗奈からそう言われたのが少し意外だったのかアレシアは目を点にして見ていた。

 

 姉妹として認められたのが、アレシアの虚を付いたのだろう。

 まあ、それはそれとして麗奈は心底機嫌が悪そうにイライナを睨んだ。


「それはそれとしてあなたの事は嫌いですけどね!」

「また敵意剥き出し!」


 まあまあまあと麗奈を宥めつつ、私は考える。

 思っていたよりも、早くイライナと出会えてしまった。

 そして話して、お父さんのことを知ってしまった。


 私は以前、麗奈に本音を溢したんだ。

 本当のお父さんが嫌いだって。

 でも、知りたい…お父さんのことを。

 私が麗奈を愛するように、本当のお父さんがお母さんと愛し合っていたなら…私達を置いて出ていった理由があると思うから。


 だから、知るためにも。


「ねえ、アレシア」

「?なに?お姉ちゃん」

「こんど、私のお母さんに会わない?」


 歩き出さないといけない。



あとがき


0時に新作上げます。

ファンタジーハーレム百合『ルルカと魔女達の呪厄』というタイトルです。

よければ読んでいってください!

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