第78話 アレシア②


「はい、これパパの写真」


 差し出されたのはアレシアのスマホ。

 その画面から映し出されるのは、アレシアしか知らない私のお父さんの姿。

 私と春乃ちゃんが、アレシアのスマホを覗き込む。

 そこに映っていたのは、私とアレシアの面影を重ねた…スーツ姿の男性が立っていた。


「わぉ…!ちょうイケメンだ」

「この人が…私の」


 金色の髪、整った顔つき。

 顔は顰めっ面で、睨みつけるような顔で映っているその姿は画面越しなのにも関わらず威圧感を感じてしまう。

 やっぱり、アレシアの言った通りギャングのボスのようだ。


「無愛想な顔だけど、二人に似てるね…」

「でしょ?パパは美形だから!」

「……うん、やっぱり私に似てる……っていうか、ほんとに…私のお父さんなんだ」


 自分から聞き出したくせに、私は動揺していた。

 今日まで生きてきて、お父さんの事は何度か考えたことはあったけれど…だからってついぞその顔を見たことはなかった。

 聞こうと思えばお母さんから写真を見せてもらうことだって出来たっていうのに、今まで避けてきたのは……血の繋がりを感じたくなかったから。


 ああ、ほんとに…ほんとにこの人が私の父親なんだ。

 私のこの金色の髪も、緑の瞳も。

 全部この人から譲り受けたものなんだ。


「……ねぇ大丈夫?お姉ちゃん」

「え?う、うん!大丈夫!大丈夫だよアレシア!」

「お姉ちゃん、さっきパパのこと聞きたいって言ってたけど…お姉ちゃんってパパのことなんにも知らないんだよね?」

「うん、この写真を見るまでは…顔すら知らなかったし」

「そっか、なんだか変な気分になるなぁ」


 変な気分?

 アレシアが気まずそうな顔をして、身体をゆすり始める。

 どういうことだろうと首を傾げていると、アレシアは私に気付くとぼそりと語り始めた。


「パパ…お姉ちゃんのことばっかり喋ってたよ…」

「…え?」


 意外だった…。

 私が生まれる前に消えたに、私のこと考えていたことが。

 そのことが私を更に動揺させて、心臓の鼓動が速くなる。

 いつもより動悸を感じて、私はすぐに二人に悟られないよう冷静を保とうとする…けれども、アレシアの発言は私にとっての爆弾だった。


「パパはさ、私のこと気にもしなかったけど…よく私に言ってたよ?日本には私のお姉ちゃんがいるんだって」

「それでよく私にお姉ちゃんのこと話してた、会いたいとか…きっとこんな姿なんだろうとか、それはもう妄想に近かったけどさ、それでも私なんかより気にしてたよパパは」

「あ、会いたい…そっか、そんなこと……言ってたんだ」


 お母さんを捨てたくせに…。

 私達親子の前から…逃げたくせに。

 アレシアの前では、そんな…そんなことを言ってたなんて。


 息が、荒くなるのを感じる。

 身体中に熱が回り始めて、視界が熱い。

 今までにない強い怒りが…行き場のない感情がグルグルと身体中を駆け巡る。

 会いたいなんて言葉に、ここまで怒りを覚えた事は初めてだった。

 だって、そうでしょ…?そんなこと言ってたなんて…だったらお母さんがなんであんなにも……!


「………そっか、そっか…」

「ねぇ柴辻ちゃん、ケーキ食べる?」

「お姉ちゃん…なんかごめんね?」

「あ、その….ご…ごめん、空気悪くして…」


 手のひらに爪が食い込んで、血が滲みそうな時だった。

 心配する二人の声にハッと我に返ると、私は悲しそうな表情を浮かべる二人を交互に見る…。

 あ、私…空気悪くしてた。

 私らしくもなく、ただ怒りに任せてた…。

 なにやってんだろ、わたし…。


「お姉ちゃん、パパのこと嫌い?」

「ア、アレシアちゃん…」

「それは………うん、嫌い……大っ嫌い」

「そっか」


 もう、自暴自棄だった。

 一度吐き出してしまった感情を抑える事が出来ず、アレシアの問いに私は本音で返す。

 アレシアの顔を見る事ができなかった、せっかく仲良くなれたのに…私はひたすらに怒りを発露する。

 でも、そんな時だ…アレシアの気配が近くなって、私の横にぬくもりを感じたのは。


「一緒だね、お姉ちゃん」

「私もパパきらーい」

「え?」

「だって、私のこと見てくれないもの、ずっと見ず知らずのお姉ちゃんのことばっか考えてたから」


 いーっと心底嫌そうな顔をして、アレシアは子供らしく笑う。

 思ってもない返事に私はぽかんと呆けていると、アレシアは更に肩を寄せて画面に映るお父さんの写真をなにやら操作し始めた。


「♪」


 鼻歌混じりに写真から編集の設定へと移動して、そこからアレシアはお父さんの顔辺りに指を添えて書き始める…。


「アレシアなにして………ぶふぉっ…!」

「お姉ちゃんを悲しませるようなパパは、こーんな仕打ちが一番だよね!」

「え?なになに?二人して楽しそう…って、ぶふっ!くくっ…くははっ!なにっ、なにそれっ!?アレシアちゃん絵上手すぎ!」


 サッと出来上がったのはイケメンなお父さんとは大きく変わってラクガキによって面白い姿になった姿だった。

 絵のクオリティもさることながら、そのセンスもあってか笑いが止まらない…!というよりいいぞもっとやれって感じだ!


「ぶふっ……ふふ、あははっはっは!ひー!ひー!!ひどいっ!アレシアそれはだめだって!」

「えへへ〜♪お姉ちゃんが笑ってくれてうれしいなぁ、じゃあもっとやっちゃえ!」

「そうだそうだ!こんな人もっと面白くしちゃえ!アレシアちゃん!」


 悪ノリは更にヒートアップ。

 アレシアの筆も乗って、そこから私たちも共犯者になっていく。

 まだ会ってもいないお父さんの顔にこれでもかと恨みを乗せてラクガキするのは、心が晴れる気分だ。

 さっきまでの重い空気なんてなかったかのように、私達のいる寮の一室は談笑で溢れていた。



「ふーーーーーん…」


 やけに愉しそうな声が結稀さんの"部屋"から聞こえて来ますね。

 あなたの婚約者で生涯の伴侶で半身でかけがえのない私がいるのにも関わらず、結稀さんは私に内緒でアレシアさんと会っているなんて。


 ふーん、ふーーん、ふーーーん…?

 

 まぁべつに?怒ってませんけどね?

 とても不愉快で、心臓がチクチクと痛くて仕方がないのですが、特段怒ってなんかいませんから。

 ええ…たかがアレシアさんに先を越されて結稀さんを独り占めされていることに腹を立てるなんて、婚約者の私がそんな子供染みたことをする訳がないじゃないですか…!

 まぁ、それはそれとして結稀さんには今度朝まで抱き潰されてもらいますけど。


「さて…」

 

 どうして私がここにいるのか?

 それは学校が昼までというのもあり、屋敷に戻ったものの特にする事がなかったため結稀さんに会いにここまで来たのです。

 ですが、なにやら邪魔者が一足先に結稀さんの隣にいたようで、私は身動きが取れない状況でした。

 とはいえ、御三方が話している内容は私のいる廊下まで聞こえており、退屈はしなかったです。


「結稀さんのお父様のこと…随分と怒ってましたね」


 話を聞く限り、結稀さんは酷く激昂してました。

 声の震え、トーン…どれも聞いた事がないようなもので、いつも明るい彼女からは想像が出来ない感情…。

 事前に結稀さんからお父様のことは全て聞いてはいましたが、それでも堪えるものがありますね。


 私はいつもの明るい結稀さんが大好きなので。

 だから、怒りで震えている結稀さんを心配して何度部屋に入ろうと思ったことか…!!

 でも入ったら入ったで面倒臭いアレシアさんがいらっしゃいますし、何より飛び入る前にアレシアさん達が結稀さんの側に立っているし…!


 結稀さんの隣は私のものなのに!

 それになんなんですか!?頭なでなでって!結稀さんの手のひらは私だけのものなんですー!撫でられていいのは婚約者である私だけなのに!

 あと結稀さんも結稀さんで私の扱い酷くないですか!?まるで寝ない子に言い聞かす妖怪みたいじゃないですか!


 ……ああ、だめですね。

 色々考え始めていると忘れようと心掛けていた不満が爆発しそうになります。

 別に怒ってはないんですよ?でも怒りと不満はまた別なのですよ、ええ。


「…しかし、私はこのままどうしましょうか」

「せっかくここまで足を運んできたのに、入り辛い雰囲気ではこのまま帰った方が…」

「いえ、帰宅したところで今日は柳生さん居ませんし…」


 柳生さん、今一体なにしてるんでしょう。

 

「……そもそも、よく考えてみればおかしいでしょう」

「私婚約者なのに…結稀さんと会えないこの状況ってかなりおかしいですよね」


 結稀さんの事情は理解してますけども!だからってなんで私がアレシアさんに席を譲らないといけないんですか!

 ……あーーもう!認めます!私やっぱり怒ってます!!

 なんなんですか!あんな安っぽい悪者みたいな感じで逃げていったくせに、さらっと結稀さんの隣にいるとか!

 ずるいずるいずるいずるい!!

 私も結稀さんに頭撫でられたい!傷付いた結稀さんを癒してあげたい!あんな邪魔な人に結稀さんの隣にいさせたくない!!


 怒り爆発、有頂天。

 私らしくもなく、嫉妬に塗れた憤怒の感情を露わにドアノブに手を掛ける。

 これ以上アレシアさんの好きにはさせない、そう思いドアノブに手を掛けようとしたその時でした。


「…そうですね」


 このまま登場するより、私を嫉妬させた結稀さんに罰を与えるためにも…少しひねった登場をしましょう。

 

 冷静になって回しかけたドアノブを離すと、私はニヤリと口角を歪めます。

 そしてポケットからスマホを取り出すと、私は行動に移り始めます…。

 さあ、アレシアさん…私の結稀さんに手を出すとどうなるのか、たっぷりと味あわせてあげましょう。


 それと結稀さんには…あなたの隣に誰が相応しいかを、再度その身に刻みこまなければ♡


※あとがき


こんなキャラだったけ?

 


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