第77話 アレシア①
なんてことない家族の光景を、羨ましいって思ったことがある。
親子二人が手を繋いでいて、幸せそうに笑いながらその親子は景色の中に溶け込んでいく。
私はそんなどこにでも見る平凡な親子の風景を見て、どうしようもないほどの虚しさを覚えた。
──ああ私、あんな親子みたいに愛されたことがないって。
パパは私が欲しいものは何でも買い与えてくれた。
けれど、与えてくれるのは物ばかり…親として真に愛してはくれない。
だって私は、パパとママから望まれて生まれた子供じゃないのだから。
ただただ家の都合で生まれて、二人の義務で育てられてるだけの他人に近しい関係…。
それは果たして家族と呼んでいいものなのか分からない。
結局私は…どれだけ望んでもあのよく見る平凡な親子のような幸せを得ることはできないんだ。
だってパパとママは私のことをどうだって思ってないのだから…。
◇
私はアレシアのことが苦手だ。
突然血の繋がった妹が現れたって言われても、正直に言って反応に困るから。
それに、私とお母さんを置いてどこかに消えてしまったお父さんが、遠い地で誰かと結婚してアレシアと一緒にいたと思うと…私達親子の苦労を嘲笑われているみたいで酷く嫌な気持ちになるからだ。
だから、アレシアと対面した今の私は…いつも以上にらしくない態度でアレシアと向き合っていた…。
「……………ん、と」
数秒前、あのさ!と身体を乗り出して声を上げたものの私の言葉は喉に詰まって出ないでいた。
まずどこから話していいのか分からなかったし、割とすぐにアレシアと会えた事もあってからか身体は鉄のように硬直してて、なにをしたら良いのか分からなかった。
今の状況は、あれだ…RPGで言うところのこんらんのステータス状態。
色々言いたいことがあったはずなのに、いろんなものが絡まり合って何を先に言うべきか分からない…。
あれから言おうかどこから言うべきか…。
思考が360度グルグル回って、結局答えが出ないまま喉の奥だけが痛くなる。
あれだけ決意を決めておいて、いざ本番になると緊張してしまうのは…私の悪い癖だ。
でも、そんな時だった。
アレシアのほっぺが少し膨らんで…ぷっと笑顔が弾けたのは。
「ぷくくっ!お姉ちゃん緊張しすぎじゃない?」
「は、へっと…そ、そうだね!だって改めてアレシアと会うと緊張してさ…」
暗雲立ち込める空気から一変、アレシアの声と共に息苦しさから脱出する。
私はその状況に安堵して息を吐くと、苦笑を浮かべながらぺこりと頭を下げた。
「あーたしかに、あの邪魔者に邪魔されてばかりだったからちゃんと会うのは初めてだね」
「じゃ、邪魔者って言い方はやめてほしいかなぁ…」
私の好きな人をそんな酷い言い方で言われるのは心が痛いなぁ…。
「ふぅん、そんな顔するんだ……まぁ、それはそれとして改めて言うけど!私はアレシア!イタリアからはるばるお姉ちゃんに会いに来たの!」
「…うん、もう一度聞くとアレシアって結構チャレンジャーだね…」
「確かにそうだよね…中学生の女の子が一人で日本って、一体どうやって来たのやら…」
改めての自己紹介を聞いた私と春乃ちゃんは、最初こそ気にしなかったものの…アレシアがとんでもないことを言っていたことに今更になって気付く。
今更すぎるけどイタリアから日本ってとんでもない距離というか…そもそも未成年の女の子がここまで辿り着けるものではないと思うんだけど…!
だって中学生だよ?普通止められるよね!
「ん?二人ともどうしたの?」
「あーその…アレシアって飛行機からこっちに来たんだよね…?」
「ええ、そうだけど?」
「アレシアちゃん…日本に来る前に空港で止められたりとかしなかったの?」
「?ああ、それに関しては簡単な話だよ」
困惑する私達を見ながらアレシアは人差し指をくるりと回して、自慢げに話した。
「パパのこと話したの!イタリアじゃパパの名前知らない人いないし♪」
「え、ええぇ……?それで中学生の女の子が一人で飛行機乗れるの?アレシアの…私のお父さんって一体…?」
「んー?別にそんな凄い人ってわけでもないよ?あーでも、ギャング組織のボスってけっこう凄い立ち位置なのかもしれないね」
「へーギャング…」
「の、ボス……」
「「……………」」
「「?…えと、ん?」」
((んーーーーーー……?))
一緒に聞いていた春乃ちゃんと見合って、そのあとなんて言葉を発したらいいのかわからなくなって…目を逸らして。
でもなにか言わないといけないと思ってもう一回春乃ちゃんと見合って……気が付いたら大量の汗がダラダラと溢れて来て、それで。
二人してアレシアの方を向くと、私達はアレシアの肩を持つとぎこちない笑顔でもう一回催促した。
「「も、もう一回説明お願いします…!」」
「えぇ〜もう一回?ちゃんと私の話聞いてたの?お姉ちゃんたち…」
(いやごめん!聞いてた上で聞き直したいんだけど!!なんかすごいこと言ってたんですけどぉ!)
(な、ななんかすごいこと言ってたよねぇアレシアちゃん!?私達超超超びっくりなんだけど!なにかの間違いだよねぇ!?)
だるそうなアレシアを前に、私達は冷や汗ダラダラになりながらもう一回促す。
なんか聞いちゃいけないレベルで凄いこと言ってたけど、さっきの言葉が本当じゃないことを願うばかりだ。
だって、私の本当のお父さんが…ギャングのボスだなんて…そんなの、ねぇ?
「もう一回言うけど、私とお姉ちゃんのパパはイタリアで活動してるギャング組織のボスだよ?かなり古くからあるみたいだけど…私はあんまり興味ないからよくわかんないけどね…」
「……ギャ、ギャング」
「わ、わー…はははっ…私達の親も大企業の社長とか凄い人多いけど…ウン、アレシアちゃんのお父さんはすごいね…」
乾いた笑みだけが部屋中に響く。
アレシアはよく分かってない様子で首を傾げて「?」を頭に浮かべていた。
けど、私のお父さんがイタリアで仕切ってるギャングのボスってなんてファンタジー?ファイナルファンタジーにも程があるでしょ!?
開いた口が塞がらないというのはこういうことを言うんだろう。
むしろここまで凄い存在だと知ってしまうと、さっきまでなんて聞こうか迷っていたことも定まってきた気がする。
けど、その前に…二人して沈黙する私達を前に痺れを切らしたアレシアがつまらなさそうな表情で口を開いた。
「どうしたのお姉ちゃんたち…?さっきからなんか変だよ?」
「あ、ごめん…なんかアレシアってすごいなって」
「え!すごい?うえへへ〜♪やっぱり私ってばすごいよねぇ?だってなーんの手掛かりもない状態でお姉ちゃんを見つけにここまで来たんだから!」
ウン、それもそれですごすぎるね…。
よくよく考えたら日本のどこにいるかも分からないのによく私を探し出せたよね!?
金髪翠眼のイタリアハーフの女子高生自体いるかいないかの確率なのに!!
「だからさ、お姉ちゃん」
「ん?どうしたの?」
アレシアの行動力と私を見つけ出した運命力に驚いている私に、アレシアが覗き見る形で私の方へとすり寄ってくる。
するとアレシアは唇をゆるめてふにゃっとさせて柔らかく笑うと、ゆるやかなウェーブを描く綺麗な金色の髪をお腹あたりに擦り寄せてくる。
そして、心が揺れ動いてしまう子猫のような可愛いキュートな声でアレシアが鳴いた。
「がんばったねって…ほめてほしぃなあ」
「ほ、ほめっ…!」
「あ、今のアレシアちゃん…めちゃかわいい」
それは突然の暴力だった。
カワイイは武器とはよくいったもので、麗奈しかりアレシアしかりと…可愛い女の子の可愛い仕草というのは同じ性別だけれど来るものがある。
実際、麗奈ラブ♡な私が少しドキッとしちゃうくらいアレシアは可愛かった。
そしてその感想を抱いたのも、私だけではなく春乃ちゃんもおんなじだ。
「え?柴辻ちゃんずるくない?お姉ちゃんだからってずるくない?私も撫でたいんですが!」
「む…おねーさんはだめ!私はお姉ちゃんに撫でてもらいたいの!」
「そ、そんなぁっ……くそう!柴辻ちゃんが羨ましくてたまらねえぜ!」
「キャラ変わるほど羨ましいの!?てかその…撫でるのはいいけど、いいの?」
春乃ちゃんのキャラ変にツッコミを入れて、私はある心配のためアレシアに問う。
アレシアは分かってないみたいで首を傾げると私は心配を表情に出しながら言った。
「麗奈、こういうのやけに勘が鋭いから…すぐに察知して喧嘩になっちゃうよ?」
「まるで天城さんが、一定の行動に反応して襲いかかって来るモンスターみたいな言い方してるね…」
「だ、だってそーだもん!麗奈のこと悪く言うのは心苦しいけど、こういう時の麗奈って異様なくらい勘が鋭いんだから!」
「ええ……?私、あの人のことすごい難しい人だと思ってたけど…ますますイメージが崩れてきたよ」
ちょっと…私の麗奈のことを引き気味にイメージしないでよ。
いや、でも行動が行動だし…私の言ってること全部あってるからツッコミ辛い…。
いやいや、でもそれが麗奈の良いところであって、やっぱり麗奈は私のこと見てくれてるんだなって可愛いし……って。
麗奈のことを考えていた私は急いで現実に戻る。
なにしろ鋭い視線を感じたからだ。
その視線の先へと見やると、アレシアが面白くなさそうに心底嫌そうな顔をしていた。
「………また考えてる」
「あ、ごめんごめん!でもほんとに起こり得ないから言っただけで…」
「だからって他の女のこと口に出さないで!お姉ちゃんは今私と一緒にいるの!あんな嫌な女なんか私の前で名前すら出さないで!」
「え、ええ〜〜…」
「あらら…天城さん、すごい嫌われてる」
しまった、アレシアに対して麗奈の話は水と油だ…。
さっきまでの可愛い雰囲気とは違い、ほんとに不機嫌になったアレシアを見て私は助けを求めるように春乃ちゃんに目線だけで助けを求める。
すると春乃ちゃんはやれやれ…と呆れたように首を横に振ると、アレシアの頭を指差した。
(柴辻ちゃんが怒らせたんだから、そこはお姉ちゃんが謝るべきなんじゃない?)
(…………た、たしかに)
しかし、お姉ちゃん…お姉ちゃんかぁ。
私は未だ、この状況を飲み込めていない。
急にお姉ちゃんなんて言われたって、私の家族はお母さんとお義父さんだけだ。
でも、この馴染みのある金髪は…私と同じもので。
どうしようもなくアレシアとの繋がりを感じてしまう…。
「…ご、ごめんね?アレシア」
「…!」
そっとアレシアの髪に触れる。
きちんと手入れがされているその髪は、柔らかくてなめらかで…それでいて美しい。
私はこの金髪が嫌いだったけど、アレシアにとっては自慢の髪なんだって…そう思わせられる。
指先にアレシアの髪の感触が伝う。
手櫛で髪をほぐしていくみたいに、妙な緊張感の中で私はアレシアの頭を撫で続けた。
「嫌じゃない?」
「そんなことないよお姉ちゃん♪」
「ふふっ、お姉ちゃんの手…すごくきもちいい♪」
「ふふっ、なんか猫を撫でてるみたい」
「猫じゃなくて妹!もう、手が止まってるよお姉ちゃん?」
この状況は、第三者から見たら仲の良い姉妹に見えるんだろうな。
アレシアを撫で続けてる間に、私も自然と心が弾んでくる。
緊張伝う先程の状態とは違い、気が付けば私も笑っていた。
「あはは、ごめんごめん」
「いーなぁ、うらやましいなぁ…私も撫でたいなぁーー!」
「春乃ちゃん、すっごいジト目で見てくるじゃん…こわいよー」
「ん〜…お姉ちゃんしか触らせない…って言いたいけど、でもおねーさんのおかげでお姉ちゃんに会えたし、少しくらいならいいよ?」
「え?ほんと?やったぁー!!」
わあっと春乃ちゃんが両手をあげてばんざーい。
アレシアは少し不服気だけれども、唇が少しだけ緩んでいて仄かに笑っていた。
二人に意外な接点があって最初は驚いたけど、ほんとに二人は仲が良いんだなと思う。
それで、それから少しだけ時間が流れて。
ゆっくりとアレシアの髪を撫でながら、私は決す。
生唾をゆっくりと飲み込んで、一言…7,
「ねぇ、アレシアの…私のお父さんのことなんだけど……」
※あとがき
ごべぇぇぇぇん!!
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