第75話 真っ直ぐに伝えて、温もり抱きしめて


 マシュマロだった…。

 あれはきっと動くマシュマロだ…。


 唇に残るあの柔らかい感触は、今までどんな柔らかい物を口にした時よりも鮮明で衝撃的で特別で……あれから時間が経った今でもハッキリと思い出せてしまう。

 

 初めてだった。

 をするのは…ほんとに、今さっきのが初めてだったんだ…!

 今まで茶化すように頬にキスしたり、耳をんだりした事はあった…。でも、唇と唇を合わせたのは今日が初めてだ。


 でも、あれは半ばアクシデントのようなもので、たまたま顔と顔がぶつかりそうになってキスしただけ。

 正確にキスをしたのかと問われたら多分違うと思いたいが……あーくそ、だめだまともな思考ができないから言い訳ができない…!

 しぬほど恥ずかしくて……頭が焼けるっ。


「……〜ッ///」

「か、火山みたいになってる…」


 それは凛ちゃんも同じだろうがっ…。

 なんて思いながらも、ウチは口にはしなかった。

 今はお互い少しだけ距離を空けて、ベッドの上で正座をして見合っている。

 お互い、真っ赤に染まっていた。

 頭の頂上から足先からもう真っ赤っか…。

 恥ずかしさが熱を帯びて、蒸気にも似た煙を出して熱中症で二人して倒れないか心配になるほどだ。


「そ、その…朧さんの唇、とても柔らかかったですよ?」

「変な気遣いはいらねーよ!てか、さっきのは事故!たまたまだ!」

「いや、あの体勢だとキスしてしまうのは当たり前かと…」

「うぐぐっ…!」


 声を大にして叫んだ言い訳は、さらりと凛ちゃんにカウンターとして返されてしまって思わず喉が詰まる。

 そーだよ、凛ちゃんの言う通りだよ!

 あんな体勢でずっと煽ってたから、そりゃ肘に負荷がかかって倒れるに決まってんだろうがっ!

 でも、でもなんで落ちる先に凛ちゃんの唇があるんだよ!…って、それはウチが凛ちゃんを煽るためにあの位置でいたからだよバカがよ!


「あーはいはい!そうだよ、ウチがあんなことしたからだよ!認めるよ!」


 でも、だからってこんな事で初めてのキスをするなんて思ってなかったんだよ…!


「朧さん…あれだけ煽ってたくせに、キスしただけでこんなに慌てるんですね…」

「だ、だってそりゃ…こういうのは普通、ムードが大事だろ!?ウチが好きな漫画とかはもっとこう…ロマンチックに」


 例えば綺麗な夜景が見れる場所とか、幻想的な世界とか色々とあるじゃんか…!

 でも、ここはラブホで…それでいてあんなしょうもないアクシデントでキスとかさ…。


「するならするで…もっとムードを大切にしたかったんだよ」

「それは…つまり朧さんは私とキスしたことに関しては嫌ではないのですか?」

「なにいってんだよ…嫌なわけないだろ?凛ちゃんはすごく可愛いし、それに…元々嫌なら最初からほっぺにキスしねえ」

「それは確かに……でも、そうですかよかった」


 納得したかと思えば、凛ちゃんは急に胸を撫で下ろして息を吐く。

 何を心配してんだと不思議に思っていると、凛ちゃんの頬が僅かに緩んで…安心しきったを浮かべた。


「朧さん、本当は私のことそこまで好きではないんじゃないかと…焦ってました」

「……………ん、と…言い方が悪かった、ごめん」

「別に謝ることでは……て、どうして照れてるんですか?」


 凛ちゃんがきょとんと首を傾げてる。

 なんで照れてるって…そりゃ、先に答え言ってるから分かんだろうが…。


 正直、こんなとこで…こんな早くに見れるなんて思いもしなかった。

 ウチ自身、凛ちゃんをここまで気にする理由なんてハナから凛ちゃんの笑顔を見たいためだ…。

 だから、だからその……。


「いや、その…綺麗だなって」


 死ぬほど恥ずいのに…感情は、口は真っ直ぐに言葉を伝えていた。

 ウチのことながら正直者なこって、ウチからすると凛ちゃんの笑顔は宝石並みに綺麗な代物のようだ。

 だから…こんなにも照れてるのに、こんなにも直球に褒め言葉を言えてしまう。


「き、綺麗……あと、その…ありがとう、ございます…///」

「…そのさ、ウチは冗談混じりであんなことこんなこと言ってたけどさ…」

「は、はい」


 視線がやけに合わない。

 きょろきょろとあっちこっちとお互いの視線がどこかに向いて…真正面から話し合いが出来ない。

 でも、伝えたい言葉っていうのは案外言ってしまえば簡単なもので、ぽろぽろと喉からすり抜けてゆく。


 関係ないけど…ウチの親父は女の私に対して男のように接してくる時があって、よく男がするべきことを率先してやれとか言っていた。

 だから親父が過去に言っていたどうでもいい言葉を…今になって思い出す。


『やらかしたなら責任持て、男ならそうする』


「今まで茶化してて、ごめん…それとキスした事に関しては責任取る…」

「凛ちゃん…ウ、ウチと…………つ、つき!」


 喉が焼けるほど痛かった。

 告白ってこんなにも簡単に見えて、こんなにも辛いものだって初めて知った。

 でも、付き合っての「つき」まで言ってしまえば、あとは流れに乗るだけだ。


 それに、こればっかりは目を逸らしちゃあ何も始まらねえ…!

 だから、真っ直ぐと凛ちゃんを見て…ウチは。


「付き合ってください!!」


 ラブホテルの一室に…ウチの渾身の告白が木霊する。

 室内は無音だった、なにも音がなくて世界そのものが止まっているんじゃないかと錯覚しそうになるほどだ。

 そんな、錯覚しそうな世界の中で凛ちゃんの口が…ゆっくりと動き出した。


 嬉しそうに、頬が弾んでる。

 胸がとても苦しいのか、ぎゅっと胸に手を当てて…無言のまま唇を強く噤んで、その果てにたった一言だけ…零れた。


「はい…」


 そのあとは、もう一度黙りこくって…何度も何度も首を縦に振っていた。

 嬉しそうに顔が緩んで赤くなってら。

 あれ?今ウチ…どんな顔してんだろ?

 動悸が激しくても何もわからねえ、ドラムの音みたいに頭の中でどんどんと反響してる。


 夢か?夢なのか?

 ウチの告白、凛ちゃんに届いたって事で…いいんだよなぁ!?


「…朧さん、その、これからは…よろしくお願いします」

「あ、まじか…これほんとにウチら……」


 付き合い始めたんだ……。

 ぺこりと頭を下げる凛ちゃんを見て、今見ているものが現実だと理解する。

 

「あ、ああ…よろしく、おねがいします…」

「「……………………」」

「「…………………」」

「「…………///」」


 やばい、なにこれ…超照れる。

 死ぬほど恥ずいし、なんかすげえ嬉しい。

 感情が迷子ってこういう事を言うのか?でも、いつも以上に凛ちゃんのことが…。


「?」

「…ッ」


 かわいいって思ってしまう!


「突然顔を背けてどうしたんですか?なにか顔に付いてます?」

「いやその…えと」

「めちゃくちゃ可愛いって…思って」

「ッ!ま、また揶揄いですか?」

「ち、違うって…!ほんとに、心の底から可愛いって思ってさ……てか、なんなんだろうな?凛ちゃんを見てるだけで心臓がドキドキとうるさいの」


 照れすぎて、会話が弾まない…。

 だから無理矢理にでも作った話題は、思っていた以上に変なもので…すぐに口に出したのを後悔する。

 けど、それを聞いていた凛ちゃんはこくこくと頷いていた。


「わかります、私と今朧さんを見てると同じ気分になるので」

「……そ、そうなんだ」


 かわいい…。

 っていやいや、そうじゃねえだろ!照れて会話を途切らしたらダメだろ!

 ああくそっ、どうしたらいいんだよこの状況!こういうの詳しいヤツなんていないし、なにも………そういえばアイツらなら、こういう時どうすんだろ。


 あの金髪とお嬢様の事だから、多分イチャイチャしてるんだろうな。

 平然とウチらの前でバカップルやるような奴等だし。

 でも、あいつらホントに仲良いんだよな。

 それならウチだって…付き合い始めた今なら、もっと踏み込めるかもしれねえ。


 だから。


「じゃ、じゃあさ凛ちゃん」

「凛ちゃんの音…聴きたいから、抱きしめても……いいか?」

「へぇっ!?だ、抱きしめてって」

「その、こう…ぎゅってさ?」

「ぎゅ、ぎゅうっと……」


 凛ちゃんがテンパってる。

 そんな凛ちゃんを見つめながら、ウチは恥ずかしいながらも両手を広げて…いつでも迎え入れる準備をする。

 

 突然、変な事言い出したかもしれない…。

 正直、熱にやられて頭が茹って思考が出来なくなってるのかもしれない。

 でも…こんなにもドキドキするんだから、これくらいしても許されると思ってしまったんだ。

 だってウチら…付き合ってるし。


「ほら、凛ちゃん…きてよ?寂しいんだけど?」

「お、朧さんがそんな甘える声を出すなんて…」

「で、では…行きます」


 ギシギシとベッドが揺れる。

 軋む音と同時にゆっくりと凛ちゃんが寄って来て…その細くてしっかりとした両腕がウチの脇を通って、背中をゆっくりと包み込む。

 胸部から凛ちゃんの胸の感触が伝ってきて…同時に人肌特有のぬくもりと凛ちゃんの匂いがしてきた。


「…………んぅ♡」

「ううっ、これは…かなり」


 ドキドキ…ドックンドックン…。

 もう、どちらの音なのか分からない心臓の音。

 ウチらしくもない可愛い声をあげると、抱きしめていた凛ちゃんがかなり参っているのか弱音を吐いてる。


 でも、お互いの力が弱まることはなかった。

 ぎゅうっと強く抱きしめて、心臓の音が交錯し合って…どうしようもなくなる。


「凛ちゃん…すげえあったかい」

「朧さん…とても良い匂いがします」

「「……………………」」

「あの、さ…さっきはさ?事故だったけどさ…」

「は、はい」

「もっかい…もういっかい、キスしたいって言ったらさ…凛ちゃんはしてくれる?」

「それは」

「分かってる…大人と子供がするのはダメって言うのは、でもさウチら付き合ったんだし………」

「それは…いいですよ?」

「え?」


 断られると思ってた。

 半ば夢の中にいる感覚でいたから、凛ちゃんからそんな事を言われるなんて思ってなかったウチは夢から覚めたみたいに目をパチクリと瞬かせる。

 鳩が豆鉄砲を食ったように呆然としていると、凛ちゃんは少しだけ下がってウチを見つめる。

 その顔は…熟れたトマトのように真っ赤で、それでいてルビーを彷彿とさせるような宝石のような照れ顔だった。


「キス…しましょう」

「い、いいの?」

「はい…私達二人だけですし、誰も見てないので」

「それに、先程のような事故ではなく…ちゃんとしたかったので…」


 そう言って、背中に回してた手がするりと抜けて…ウチの手に感触が伝う。

 白くて細い指先が、するするとウチの手の甲を撫でると…指先は滑らかにウチの手を包んでいく。

 指と指の間に凛ちゃんの指が入ってく、爪先辺りがじんじんとむず痒くなって敏感になる。


 気が付けば両手は塞がれていて…ウチの目の前には凛ちゃんの顔が近付いていた。

 

「……………り、凛ちゃん」

「朧さん………」


 ぷくりと膨れた桜色の唇。

 顔のいい凛ちゃんに見つめられながら、その真っ直ぐ見つめる瞳には今にも爆発しそうなウチが映ってる…。

 とても映してはいけない顔だった…自分らしくもないその乙女な表情があまりにも少女漫画の主人公のようだった。


 そういえば、このシチュエーション…前に見た少女漫画に似てる。

 そう思いながら、僅かな時間はあっという間に過ぎていって……。


「…んっ」

「う、んっ……」


 ウチらは……もういっかいキスをした。



 抱けぇ!抱けぇ!!抱けぇーーーー!!

 ってそうじゃない!抱きしめろなんて言ってない!!ってキスし始めた!?


 書いてて思ったことです。

 ほんとはここで二回目のキスはしない話にはなってたんですけど、思ったよりも二人が動き出してた印象です。

 それはそうと今年ももう終わりですね…今年の中盤辺りはとにかく書けなかったので来年は書けるように頑張ります。




 




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