第72話 龍と氷のデートの巻+おまけ


 鏡が映すのは、いつだって氷を彷彿とさせる人間味のない私。

 機械的で、淡々と行動し、規律を遵守する…。

 その姿はまさに機械のようで、誰もが私を機械のようだと揶揄する。

 そんな揶揄に、私は確かにそうでしょうねと否定もせずに肯定するでしょう…。

 それほどまでに、私こと柳生凛は自身をそういう人間だと認識していた。

 

 幼い頃から家の教えに従い、厳しい教養の上に出来上がった今の私が今更何かに変われるだなんて想像が出来ない。

 私は常に氷のような仮面を付けたまま淡々と生きていく、そこに笑顔も女性らしさもいらない…そう、思っていたのに。


「ははっ♪凛ちゃんってば顔超真っ赤じゃねーか♪」


 視界に映り込むのは朧さんの顔でした。

 愉しそうに笑う彼女の瞳は、真っ直ぐに私の姿を映し込んでいる。

 朧さんの言う通り私の顔は熱を帯びて赤く染まり、氷のイメージとは程遠い…混乱しきった表情が出来上がっていました。

 笑う朧さんに指摘されて、逃げ出したくなる気持ちに襲われた私は朧さんの視線から逃げるように顔を背ける。

 ただ、それが彼女を刺激すると分かっていたのにも関わらず…。


「なぁ凛ちゃん…今ウチでドキドキしてる?」

「そ、そんなわけ…」

「いいやしてる♪凛ちゃん今すげー可愛い♡」

「可愛いって、そんな簡単に言わないでください…」

「んー?凛ちゃんはいつだって可愛いぜ?だってさぁ、凛ちゃんだって言われて少しは嬉しいだろ?」


 朧さんの顔が耳元まで近付く。

 吐息が耳をくすぐって、湿った感触が伝うと同時に低い声が鼓膜を震わせてくる。

 唇が近い…吐息が肌に当たる度に反射的に身体が震え出してチクリと刺されるような快感に襲われていく。

 

「ははっ♪凛ちゃん…ここ気持ちいいんだ?」

「だってそれは…朧さんが近すぎるから、なんだかむずむずして…」

「そう言い訳すんなよ♡」

「ひゃっ!?」


 耳たぶに柔らかい感触が襲う。

 それは湿っていて、変な感覚がして…私の喉から裏返った声が飛び出す。

 朧さんはそんな私の姿を見て、ケラケラと揶揄うように笑っていました…。

 耳を舐められた、というより…優しく噛まれた。

 初めて伝う感触に目を白黒とさせながら困惑する私に、朧さんはにんまりと頬を緩ませて私を見つめている。

 そして、唇が小さく動いて…一言。


「かわいい♡」

「なっ…!?」


 その一言で、私の中にある何かのスイッチが押されました。

 悪戯っぽく笑う朧さんの表情が、私の全てを見透かしているように見えて…私は声と共に身体が大きく揺れます。

 爆発するような、全身が燃え上がったような感覚に襲われている…血流が加速するように流れ始めて、いつもより身体が熱く感じます。

 同時に皮膚の感覚が敏感になっていく。

 ピリピリとしたむず痒い波が全身を襲ってきて、私の脳はより混乱を極めます…。


「ど、どうして…こんなことにぃ…」

「ん〜?そりゃウチらがデート中に豪雨に襲われて、たまたま雨宿りとしてここにいるからで…」

「そ、それは分かっているのですが…!なんで朧さんはこんなにも私にせまってくるんですかっ!」


 大きく張り上げた声が部屋の奥まで届く。

 自分自身の事でありながら驚きを禁じ得ませんが、今は驚いたとしても何も変わりません。

 朧さんの解答を待つ間に、私はこれまでの経緯を脳内で再生します。

 プールの時から朧さんに告白されてから、私は驚かされてばかり。

 本来の自分を忘れてしまいそうなほど彼女に「好き」と言われて続けて、私は大人でありながら高校生の朧さんに振り回されてばかりだ。

 それに、今日もそう。

 突然の雨から避難するために、今は雨宿りとしてとある宿泊施設の部屋にいます…ですが、その部屋に問題があったのです。


 その部屋には二人が入ってもまだ空きがあるほど広い大きなベッドに、ガラスで出来た壁の向こうにジャグジーがある。

 その時点で察してしまった私は、ここがどんな場所であるか理解してしまった…。

 今、私と朧さん二人きりでいるこの場所は…。


「大体ここは…ラ、ラブホテルなんですよ!?」


 ラブホテルでした。


「そうだな〜」

「そ、そうだなって私はともかくあなたがいていい場所ではないでしょう!?」

「でもこの部屋使っていいって言われてたしさ、別によくない?てかそんなことで慌てる凛ちゃん…めっちゃ可愛いな♪」

「なあっ!?そんなことって…」

「やっぱ凛ちゃんは氷みたいな表情より、今みたいにコロコロと表情を変えるのが一番可愛いよ♡だからほら、もっとウチに見せてくれ♪」


 この場所がどんな場所か分かった上で、朧さんは私の上に跨ると口角を上げて不敵に笑う。

 キラリと彼女の八重歯が光り、その瞳はまるで獲物を捕らえたかのような狩人の目つきでした。

 また、なにかされる…!されてしまう!

 

 そう思うと心臓が大きく跳ねて、顔の周りが熱を帯びてゆく。

 そこに氷と呼ばれる姿はなく、いつの日か夢見た普通の女性の私が…そこに居たのでした。


 ああでも……なんでこんなことに。



 その日は仕事もなく、やる事といえばお嬢様を迎えにいくだけだったので、時間が空いていた私は時間を持て余していました。

 何しましょうか?と考えている矢先に、ポケットに入れていたスマホがブルッと揺れ動く。

 私はすぐにスマホを取り出すと、そこには通知のメッセージが一件。

 どんな内容かと確認した瞬間、私はむせました。


「!?けほっ、こほっこほっ!」


 メールの送り主は朧さん。

 内容は「今からデートしようぜ!場所は下に載せてるから来て!」と集合場所のURLと共にテンションの高そうな犬のスタンプが添えられていました。

 どうして急にデートなんですか…。

 困惑と混乱を隠せないまま、私は考える。

 

「丁度暇ですし、行けなくはないのですが…」


 ないのですが…と呟きながら思い浮かんだのは朧さんに告白された時の光景でした。

 突然告白された事をキッカケに、私は朧さんからアプローチを受けるようになっていました。

 元々彼女の両親が経営している酒屋に出入りしており、そこで知り合ったとは言え…どうして朧さんに告白されたのかは未だに分かっていない。


 それに、私は子供ではなく大人。

 故に朧さんの気持ちに応えられませんし、応える気もありません。

 なのに、こうしてアプローチを受ける度にいつになく感情が揺れてしまうのは…どうしてなのか。


「と、とりあえず折角誘ってくれたのですから…」


 せっかくの誘いを無下にする訳にもいきませんので「分かりました、今から行きます」と打って返信…。

 すぐに既読が付くと「やったぜ!」と狂喜乱舞する猫のスタンプが送られてきて思わず笑ってしまう。

 なんなんですか、それ…。


 その後、私は外出の準備をして朧さんが集合場所として指定した場所に着きました。

 場所は駅で、待ち合わせ場所としてよく使われる場所でした。

 そんな場所に少しだけ浮いている格好をした子が一人…。


 背中に龍の刺繍が入った青色のスカジャン。

 髪に赤のメッシュが入ったその不良少女は私を見つけるや否や、花開くように笑顔が咲く。

 そして、小走りになって駆け寄ってきた彼女は元気に満ちた声と共に抱きついてきました。


「凛ちゃーん!」

「わっ、な…なんですか?」

「そりゃ急にデート誘ったもんだから、断られるとばかり思ってたから嬉しくて抱きついた♪」

「別に断る訳ないじゃないですか…」


 最近は振り回されてばかりですけど、だからと言って嫌う理由にはなりませんし、なにより朧さんは私の友人でもありますから。


「まあ、来てくれてありがと!とりあえず挨拶のチューでもするか?」

「人が見てるんですよ、する訳ないでしょう…」

「おやぁ?それはつまり人が居なければするということかなぁ?」

「そ、そういう訳で言ったものじゃないです!」


 確かにそう聞こえてしまうのも無理もないですが、だからと言って揶揄わないでほしい。

 少し声を張り上げると、朧さんは「ごめんごめん」とケラケラと笑いながら謝っている。

 謝罪の意を全く感じないその謝罪に呆れていると、朧さんは悪戯っぽく笑って一言付け足しました。


「ま、キスは大事な時に取らないとな♪」

「…あの、私前に断りましたよね?」

「そうだな、でもだからって諦める理由にはなんないだろ?」

「〜〜っ!」


 本当にこの子は、どうして私で遊ぶのか。

 私は可愛げがなくて、機械的で…見た目も美しくないし、むしろ男性のよう見た目なのに…なぜこうも私を気にかけるのか。


 ……ああもう、調子が狂う。


「そこまでふざけるならデートはなしです」

「ああ!うそうそ!ジョーダンだってジョーダン!」

「だからさ、ほら機嫌直してよ」

「ほんと、朧さんは…」


 はぁ、と溜息を吐きながらも差し出された朧さんの手を私は取ります。

 ほんのり温かい人肌に安心感を覚えながら、朧さんは屈託のない笑みを浮かべていました。


「じゃ、行こっか?」

「は、はい」


 …その笑顔に、思わず感情が揺れ動いて「かわいい…」と思ってしまう。

 ぎこちない返事をしながら、私は戸惑う。

 今までなかった変化に困惑しながら、私と朧さんのデートは始まったのでした。


※おまけ


結稀「トリックオアトリート!お菓子くれなきゃいたずらするぞっ!」

麗奈「おや?突然狼の仮装なんかしてどうしたのですか?」

結稀「あ、あれ?もしかして麗奈ってハロウィン知らない感じ?」

麗奈「ハロウィン…ああ、もうそんな時期でしたか、完全に忘れてましたね」

結稀「忘れてたって……年に一度のお祭りなんだから楽しまないと……と、いうわけで!お菓子くれなきゃイタズラするぞっ!がおー!」

麗奈「なるほど、だから今日は狼の仮装をしてたんですね……しかし、結稀さんが狼ですか」

結稀「む、なにさ…まさか猫の仮装がお似合いとか言うんじゃないよね?」

麗奈「あ、ばれちゃいましたか♪」

結稀「むっきー!私そこまで猫じゃないからね!?ていうか今の私はオオカミ!お菓子くれなきゃ食べちゃうからなぁー!!」

麗奈「へぇ…♡私を食べてくれるんですね♡」

麗奈「それは楽しみですね…♪だっていつもは私が食べてばかりでしたから、今夜はいつもと違って結稀さんから攻められるのも悪くないです♡」

結稀「あ、あの…別にそう言った訳で言ったんじゃ…」

麗奈「ふふっ♡私、今お菓子はありませんからこのままいたずらしてください♡それどころかお菓子より甘い一夜を過ごしましょう!」

結稀「あ、これやばい…朝までトリックいたずらされて麗奈にトリートごちそう扱いされるやつだ…!!」

麗奈「私、ハロウィンなんて今まで興味ありませんでしたが…… 結稀さんにイタズラしてイタズラされる日だなんて、最高ですね♡」

結稀「あ、あの…麗奈、ちょっ!タンマ!ま、まっ………あっ♡」




ハロウィン過ぎてるよ馬鹿犬が。

なんで当日に間に合わせられないんだよ、ハロウィン過ぎちゃったじゃないか。

あと話の流れ逸れて朧と柳生さんの話をし出したの単純に忘れ去られてそうって理由で書くのやめなさい。

ということで自分自身の戒めコーナー…あとがきでした。なるべく早めに出す事を頑張ります。

 

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