第70話 独占欲お嬢様とヤンデレキラーな金色

※誰も69話の存在に気付いてなさそうなので言いますが、閑話の前にあります。





「ちょっ、麗奈…!なにしてんの!?」

「なにって?アレシアさんにべたべた触れられていたので、それの上書きです」


 あの後、アレシアは麗奈に勝負宣言をしたあと「覚えてろー!」と悪役の下っぱみたいなことを言いながら私達の元から去っていった。

 肝心なこと、結局聞けてないや…とアレシアと麗奈の喧嘩で置き去りになっていた大事な要件を思い出して、私は去っていくアレシアの背中を見ていると急に重い感触が背中に伝う。


 ひゃっと小さな悲鳴が思わず飛び出すと、振り向く暇もなく白く細い柔腕が私のお腹にぐるりと巻き付く。

 ふわりと、優しくて甘い…嗅ぎ慣れた麗奈の匂いが私を包んでる、同時に淡い亜麻色の髪が私の肩に掛かると耳元からぽしょりと、麗奈の囁き声が私の意識を襲った。


「結稀さん…アレシアさんに何かされましたか?」

「なにもされてないよ、そ…それより近すぎない!?」

「? 適切な距離じゃないですか?」


 適切な距離とはなんだろう…。

 抱きつかれてぽしょぽしょと囁かれるのが適切な距離なんだろうか…?

 それってもう近すぎとしか言いようが……まぁ、可愛いし好きだからいいや。


「私、やっぱりあの人嫌いです」

「私が結稀さんの隣に相応しくないと言われた時、頭が真っ白になってとても嫌な気分でした…」

「麗奈…」

「ねえ、結稀さん…私、結稀さんの隣にいてもいいですよね?相応しくないわけないですよね?確かに私は性欲に振り回されたりしますが…それでも結稀さんが好きなんです」


 いつもより低いトーンで麗奈がそんなことを言っている。

 さっきまで暴れていたくせに、麗奈なりに思うところがあったのかアレシアの発言にショックを受けていたみたいだ。

 ……相応しい相応しくないとか、怜夜さんとかいろんな人が決めたがるけど…あれ、なんなんだろうね?

 私の生涯の人は私が決めるし、麗奈も麗奈自身が決めるものだ。


 だから、そんなことでしょげる麗奈にはお仕置きが必要だと思った。


「隙アリ♡」


 少しだけ首を動かして、背後に巻き付いている麗奈の頬にキスをする。

 唇に頬の柔らかい感触が伝い、それと同時に麗奈と目が合う。

 驚いた様子で目をパチクリさせていると、瞳に反射している私の顔がニヤリと意地悪っぽく笑って見せた。


「麗奈って普段重たいのに、急にしおらしくなる時があるよね〜」

「別にさ、アレシアにあんなこと言われても私が麗奈の側から離れると思う?初めて会った時から今日まで、あんな事とか…いろんな事をしてきた仲なんだよ?今更だよ!」


 薬指に嵌めてあるペアリングと、首に付けているチョーカーに、毎日更新されていく首筋に刻まれた麗奈の噛み跡マーキング

 ここまで麗奈に勝手を許しておいて、今更拒むとかそんなの出来る訳がない。

 だから今のはちょっとしたお仕置きだ、いつもいつもクソ重くて私のこと困らせる癖に、ちょっとしたことでしおらしくなっちゃうお嬢様に対しての私なりの反抗だ。


 だからその、あんなこと言われたくらいで…私が考えを改める訳ないし、麗奈から離れる訳がないってこと!


「それに、ゆびきりげんまん…したでしょ?」

「……ふふっ、しましたね♪私としたことがアレシアさんの言う通りだと思っていたので、少しだけ傷ついてました」

「ならこれからのセクハラを抑えてくれてもいいんだよ?」

「言ったじゃないですか♪私は性欲込みで結稀さんが好きなんです♪」

「あははっ!いつもの麗奈に戻ってきたね、やっぱりいつもの麗奈が好き♡」

「ありがとうございます結稀さん、私も好きです♡」


 二人して笑って、いつもの関係に戻っていく。

 しょげていた麗奈はすっかりといつもの調子を取り戻していて、私に巻き付くような体勢をそのままに…その手つきがいやらしく動いては私の体を優しく撫で回している。

 ……手つきがやらしい!


「でも、意外だよね〜…麗奈があそこまで一個人に敵対的になるなんてさぁ」

「まあ、あの夏祭りの時にキスをしたことが一番の理由ではありますが…正直に言うと独占欲ですね」


 すんすんと私の匂いを嗅いでいた麗奈は、自身の感情を包み隠さずに吐露する。

 独占欲…という言葉と同時に、抱き締めていた麗奈の腕の力が少しだけ強くなった気がした。

 

「人を好きになった事が初めてなんです…だから勝手が分からなくて結稀さんを独り占めしたいって思ってしまうんです」

「はっきり言いますが私以外の人と話さないでほしい…柳生さんや瀧川さんもそうです、例外なく私以外の人と話さないで…触れないでほしい、私を不安にさせないでほしいのです」


 そう言って、麗奈の小さなお口がかぷりと私の首筋を噛む。

 優しく、だけど歯形が残るくらいの力加減で麗奈はキスと並行しながら噛んでいく。

 じんわり痛いのに、なのに心臓とお腹の底がキュンとなって気持ちいい…なんだかイケナイことをしているみたいで興奮しちゃう。


「私、麗奈を不安になんて…させないよ?」

「分かっていますよ結稀さん…でも、それでもあの夜のアレシアさんのように、もう一度奪われたら私…どうにかなってしまいそうです」

「どうにかって…どうなるの?」

「…結稀さんを連れて誰の手にも届かない場所に閉じ込めます」

「結稀さんには窮屈な思いをさせますが、私にとってはそれが最善の行動だと思い込んで、あなたを監禁するでしょう」

「それは……ちょっといいかも」


 ふへへっと麗奈が想像する逃避行プランに、私は思わず変な笑い声が飛び出てしまった。

 私、少し変だから…こんなにも重い発言をしているのに嬉しいって本気で思ってる。

 私のことが心の底から大好きな女の子…裏表もなくて感情を言葉に乗せて言ってくれるこの子の想いには、全力で答えたくなってしまう。

 天城麗奈は世界で一番可愛い女の子…♡

 そんな子にこんなことを言われるなんて、嬉しくて変な声出ちゃうよね…?


「監禁したらなにしてくれる?」

「結稀さんって、私より重いですよね…」

「む…?なにちょっと引いてるのさ」

「引いてませんよ、少し驚いて…嬉しくなっただけです♡」

「なにそれ?てか結局それって引いてるじゃん!」

「引いてないですよー!嬉しくて愛おしくて限界超えそうなだけです!あんまりそんなことを言うと襲いますからね!」

「い、今ここで襲われるのはちょっと…」

「ちょっとってなんですか?いつも私の心を撫で回すみたいに誘惑するくせに、そうやって逃げ出すのよくないです!」


 に、逃げてなんかないよ!?

 ぷんすか怒り出す麗奈に、私は慌てて否定しようとするけれど私の言葉は届かない。

 麗奈の手が私の手首をがしりと掴むと、首筋にチクリと痛みが走った。

 いたっと小さな悲鳴が溢れる、何をされたかなんてそれは明らかで、小さな歯が私の首筋を強く噛んでいた。


「離しませんから…!結稀さんは私のものなんです、逃げようたって逃しませんからね!」

「こ、このお嬢様は〜〜〜ッ!」


 麗奈の放つ一言一言が、私の身体を揺らして仕方ない。

 なんなのこの子、なんなんだこの美少女?

 可愛い…!可愛すぎるよっ!ああ〜もうもうもう超好き!大好き!!


 相変わらずの如く好きが爆発寸前になる。

 世界で一番愛の重いお嬢様に抱き付かれながら、その後の私は主導権を取り返そうと麗奈にキスをする。

 少しだけ不穏な雰囲気が漂っていた先刻の世界とは違って、そこにあるのはただのラブラブ空間…。

 私達、ホント重いなぁ…なんて思いながら私たちはキスに夢中になるのだった。



 知らない廊下をひたすらに走る。

 だんっだんっだんっと、力強く乱暴に踏み荒らして歩くのは心に平穏がないから。

 なんでもいいから物に当たりたい、ひたすらにイライラして叫びたい気分…!

 さっきまでの光景が脳裏に浮かんで離れない…あの亜麻色の髪の女、麗奈が嫌いで嫌いで仕方ない!!


「なんなのよ…!なんなのよっ…!!」


 私がお姉ちゃんに会う前から隣にいた忌々しいあのおねーさんは天城麗奈っていう人で、お姉ちゃんの婚約者だと言う。

 とても信じられなかった…信じたくなかった。

 だから私なりにあの女の事を調べた!

 でも、調べれば調べるほど出てくるヘンタイ的な行動ばかり!


 お姉ちゃんのこと、ずっといやらしい目で見てるし、いやらしいことしか考えてない!

 なに?なんなのあの人…!お姉ちゃんに全然相応しくない!私の方があの人より可愛くて隣にいるのに相応しいはずなのに!!


「それに、なんなのあの気に食わない態度…!なんなのあの言動!」

「あんなの見たらますます許せない…!ようやくお姉ちゃんに会えたのに、このままじゃ全部あの麗奈って人のせいで台無しになる!」


 なにか対策を考えないと…!

 あの麗奈からお姉ちゃんを助け出す方法を、必ず勝てる勝負の方法を思いつかないと!


「でも…」


 あんなこと言ったはいいものの、私ってばなんの案もないわ…。

 ただでさえ日本という知らない土地にいて、これからいろんなこともあるというのにそんな事を考える暇なんて…。


「うーーん……あうっ!?」


 頭を悩ませながら歩いていると、少し固い感触に当たって思わず可愛い悲鳴がこぼれる…。

 一体何に当たったの?と顔を上げると、最初に目に入ったのは高等部の制服だった。


 この学園は初等部、中等部、高等部と分かれていて制服も全く変わってくるみたい。

 だから私がぶつかった人は私より歳上の人だってすぐに理解した。


「ご、ごめんなさい…前見てなかったわ」


 日本ではすぐに謝るのが美徳…らしいからすぐに謝っておくのが礼儀。

 何故だかは分からないけど、そういうものだとパパは言っていた…ちょっと偏見を感じるけど。


「謝らなくてもいいのに……って、あなたアレシアちゃん?」

「…え?なんで私の名前を知ってるの?」


 ぶつかった相手から、やけにフランクな声で私の名前を呼ばれて私は首を傾げる。

 私、この人のこと全く知らないけど…どこかで会ったかしら?

 黒髪で優しそうな雰囲気、少し身長が高くてお姉さんって雰囲気のその人は「ふふっ♪」と笑って私の頭をぽんと撫でた…。


「だって全校集会であんな登場をしてたんだよ?名前なんて衝撃的すぎて覚えちゃうよ〜」

「それに…柴辻ちゃんが言ってた通り、本当に柴辻ちゃんに似た女の子なんだね〜!びっくりしちゃった!」

「あうあう…なんで私こんな撫でられてるの?本当にお姉さんだれ…?」


 頭がなんだかぽわぽわしてて、少しだけ嬉しい気分になりながらも、私はやけに馴れ馴れしいお姉さんの正体を聞く。


「え〜私?私はね、アレシアちゃんのお姉ちゃんの同室で一緒に暮らしてる……」

「乙木春乃と言います♪」


 乙木春乃お姉さん…。

 ぽわぽわしてて優しいその人は、お姉ちゃんの友達で同じ寮で暮らす同室の人らしい。

 そんなお姉さんとの出会いが、私に大きな衝撃をもたらすなんて知る由もなく…私とお姉さんはここで出会ったのだった。




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