第69話 愛が重くて暴走しがちなお嬢様
私達だけの世界に金色の邪魔者が一人。
結稀さんに少し似たその少女は、不機嫌そうに唇を尖らせると翡翠を思わせる瞳が私を見据えました。
全身から溢れる彼女の敵意が、肌を突き刺すような感覚と共に伝ってきます。
…相当警戒されていますね。
ですが、それは私も同じ。
私自身もいついかなる時でもアレシアさんと相手出来るように全身を強張らせながら睨み合っていました。
今の状況はまさに、砂漠の荒野に対峙するウエスタンを彷彿とさせる物でした。
そんな世界で、アレシアさんが先に銃を抜きました。
「ねぇお姉ちゃん、私言わなかった?」
「へっ?なに?」
「この人選ぶとか、趣味が悪いって」
「は?」
私を指差しながら、アレシアさんは私に対して趣味が悪いと吐き捨てます。
そのあまりの言葉遣いに、喉の奥から信じられないほど低い声が放たれました。
だってそうでしょう?この私が趣味が悪い?世界中の誰よりも結稀さんを愛している私が?
渦巻く怒りが声となり相手を威圧します。
アレシアさんは一瞬肩を震わせ驚きますが、すぐに結稀さんの方へ向いて猫のような甘ったるい声で言いました。
「お姉ちゃんさぁ…そんな人選ばないで私を選んでよ!怖いおねーさんより私の方が可愛いよ?」
「あなた、なに言って…!」
「…大体さぁ!おねーさん分かってるのかなぁ?私とお姉ちゃんは姉妹なんだよ?血が繋がってるの!家族でもない他人のおねーさんが私とお姉ちゃんの関係を邪魔をしないででくれますぅ?」
見過ごせない彼女の発言に割って入ろうとした矢先に、アレシアさんのその矛先は私に向けられました。
鋭く尖ったその眼差しは怒りに満ちており、その声と気迫に私は一瞬のけ反ります。
そして、言葉を失った私の隙を付いてアレシアさんは続け様に間合いを縮めます。
「それに私、ずっと二人のこと見てたから!」
「み、見てたって…?」
「私がサプライズとしてお姉ちゃんの学校調べて留学までしたのに!壇上に出てみたらおねーさんがお姉ちゃんのことエロい目で見ながらセクハラしてたところ!!」
「ほんっと信じらんない!大体人がいるところでセクハラする人と一緒に居るとか絶対ダメな人だよお姉ちゃん!」
「ダ、ダメな人って…!」
アレシアさんが怒りを噴火させながら言い出したのは、先程の全校集会での出来事でした。
…た、確かにあの時の私は結稀さんの肌の感触に溺れて、アレシアさんの声を聞くまでまったく気付きませんでしたが、まさかあの場面を見られていたなんて…!
それに…その事実を聞いた結稀さんは恥ずかしそうに顔を背けて、今にも消え入りそうなか細い声で言いました。
「そ、それを言われると何も言えない……流石に麗奈を庇いきれないかも…」
「ちょっ、結稀さんひどいです!私だってまさかあの場でアレシアさんが現れるなんて知らなかったですし…!」
「言い訳は結構!あの時の祭りもそうだったけど、おねーさんにお姉ちゃんは相応しくない!ていうかお姉ちゃんは私のだから返せ!!」
「か、返せって…そんなの!!」
返すも何も結稀さんは私の
突然現れたどこの馬の骨とも分からないアレシアさんのモノでは決してありません!私のモノです!私だけのモノなんです!!
…このっ、アレシアさんはどうして結稀さんに拘るのですかっ…!つい最近まで結稀さんのことなにも知らなかったくせに!
「そんなの出来るわけないでしょう!それに!」
「それに?なに?所詮下心しかないおねーさんにお姉ちゃんは相応しくないって言ってるのに、気付かないの?」
「……ッ!!」
彼女と会話をしていると、どうしようもないほどに心が
それは嵐の中の海の真ん中にいるように、荒れ狂う荒波が私の平穏を掻き乱していく…。
あの夏祭りの時からずっと、私はアレシアさんが嫌いで嫌いで嫌いで大っ嫌いで仕方がありませんでした!
突然結稀さんにキスをしたのもそうですが、何より私が結稀さんと相応しくないというその言動がどうしても私の心を乱して仕方がない!
それは事実だから?私が心の内では認めているから?
いいえ…そのどちらでもありません、私が結稀さんを愛しているから。
私以外の人間が結稀さんに愛情を向けている時点で……許せないだけです!!
それに…ここまで言われてやり返さない人はいません!
「ああもう…!」
喉が震えます。
それは轟く獅子の咆哮のような、普段静かな声を出す私からは想像が出来ない…全身から溢れた私の本性…!
「セクハラが…なんなんですか!結稀さんの事が大好きで大好きで大大大大好きで仕方がないんですよ!」
「はぁ?」
「れ、麗奈!?」
張り上げた声が、お二人の全身とその表情を大きく震わせます。
お二人の驚く表情は、姉妹なだけあってそっくりでした。
ああ、やはり二人は血の繋がった姉妹なのですねと納得しながらも、私は荒れ狂う波をお二人に押し付けるように感情を吐き出します。
「アレシアさんには分からないと思いますが!私に初めて愛してると言ってくれたのは結稀さんなんです!友達になったのも二人きりで旅行に行ったのも恋したのもキスをしたのも婚約を結んだのも身体を重ね合ったのも全部全部ぜーんぶ結稀さんなんです!!」
「私は結稀さんがいなければ、ただ敷かれているレールを歩くだけのつまらない人生でした!でも、そんな私の隣に無理矢理やってきた結稀さんにどれだけ困らされたか、どれだけ悩んで笑い合って好きになったか分からないでしょう?」
「いや、突然何言って…」
「結稀さんの笑った顔は世界一可愛いんです」
「え?」
「結稀さんの困った顔も驚いた顔も、照れている顔も悪巧みしてる顔も浮かべる表情全てが可愛くて大好きで…!なにより結稀さんは胸が大きくて弾力のあるその柔らかさは触れていると気分が和らぎます!」
「は!?れ、麗奈急に何言っちゃってんの!?」
「すべすべもちもちの肌も、ぷにぷにしてる太ももも、スラッとしていてくびれのあるあのお腹も触れてしまうとずっと触っていたくなるほど気持ちよくて…時々ビクって期待して震えてしまう結稀さんが可愛すぎて悶絶しそうになります!」
「大体好きな人を
「あ、あの麗奈?恥ずかしいし声すごく大きいし…ボルテージを下げて」
「な、なに言ってるのこの人…すごくやばいよ、お姉ちゃん…!」
「それに結稀さんは舌を入れるとすぐに顔が蕩けて気持ちよさそうな顔をしますし、私の心のスイッチを押すのが上手いんですよ!本当になんなんですかあれ?私が襲おうとすると口では嫌々言う癖に、身体は従順すぎて抵抗する意思がないの丸分かりなのに結稀さんは全く覚えがないですし、襲いたくなるのは仕方のないことなんですよ!完全に誘ってますよねあれ!?」
「つまり私はアレシアさんより結稀さんを愛している!姉妹愛より私の愛の方が重くて大きくて偉いんです!あなたなんかに私は負けないし結稀さんは渡しません!」
荒れ狂う荒波が止まりませんでした。
思考するよりも先に感情が声になって溢れてしまい、二人は酷く困惑してる表情を浮かべている。
結稀さんは恥ずかしさのあまりに頬を染めてオロオロと慌てふためいている姿は、可愛すぎて胸がキュンキュンします♡
対してアレシアさんは……私の愛の大きさをやっと理解したのか、引き気味に私を睨んでいました。
「な、なんなのおねーさん…!ただのヤバい人じゃない!」
「ヤバい人ってなんなんですか…!私はただ結稀さんが好きなだけですよ!」
「だからってあんな大声で好き好きアピールとか普通しないでしょ!?てか、お姉ちゃんも聞いてたでしょ?ほんとにあの人やめときなよ!」
心配する声でアレシアさんは結稀さんの肩を掴んで揺らします。
なに勝手に結稀さんの肩を掴んでるんですか…!と一瞬敵意の炎が舞い上がりましたが、結稀さんはそんなアレシアさんの手を優しく解きました。
「悪いけどやめないよ…だって麗奈ってばいつもあんな感じだし」
「私だって今のは聞いてて恥ずかしくなるけど、それでも麗奈の愛の重さは身に染みるほど経験してるし…なにより麗奈のこと好きだもん」
「それにさ、麗奈に押し潰されるくらい好きって言われるの…好きだから♡」
アレシアさんの手を解いて結稀さんは照れくさそうに笑って私を一目見ます。
仄かにピンク色に染まった頬と熱のこもったその瞳にドキッと心臓が跳ね上がりました。
……やはり、結稀さんは世界一可愛い!
「……な、なにそれ」
一人取り残されたアレシアさんが、ぽつりと呟きます。
「せっかくここまで来たのに、なんであんな人なんかにお姉ちゃんを奪われなきゃいけないのよ…!」
「? アレシア?」
「私は!お姉ちゃんしかもういないのにっ!!」
だんっ!と地団駄を踏むように、声を荒げたアレシアさんが地面を強く踏む。
その姿に思わず二人して驚いていると、アレシアさんは殺意を彷彿とさせるほどの鋭い眼差しを私に向けます。
それは、先程の私のような…酷く恐ろしい視線でした。
「おねーさん…いや、麗奈…!」
「なにをどうやってお姉ちゃんを手籠にしたのか知らないけど、お姉ちゃんは必ず返して貰うから…!!」
「私を愛してくれるのは…もうお姉ちゃんしかいないんだからっ!!だからっ…!だから麗奈!!」
名指しで指を差され、緊張が走ります。
ですが、彼女が次の瞬間言う言葉なんて分かりきっていました。
アレシアさんと結稀さんは確かに姉妹、結婚して義姉となる身ではありますが、それでも私はアレシアさんが嫌いです。大嫌いです。
ですから、今から言う言葉に私は二つ返事で返すでしょう……。
「私と勝負よ!勝ったらお姉ちゃんは…私が貰うから!!」
「ええ、いいですよ?受けて立ちましょう…あなたなんかに結稀さんは渡しません」
火花が散りました。
互いに賭けるものは結稀さん、私にとっては人生そのものを賭ける大一番の勝負。
ですが、そうしてでも私はアレシアさんに勝ちたいのです…!完膚なきまでに倒します!
「へ?ちょっ!?なんで私賭けられてるの!?」
こうして、戦いの火蓋は切られ…蚊帳の外にいる結稀さんは酷く困惑した様子なのでした。
※
回を増すごとに重くなるヒロインと、二人の壁として用意したお邪魔キャラ要員がまさかの常人枠で困惑してるこのころ。
みんな生きてるため、脳内設計図通りにいかなすぎて書けない日が多いですが完結するように頑張ります…。
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