第68話 ゴング
私は人間嫌いであっても、その気持ちを相手には向けません。
ある一定の距離を取り、日常会話をするだけの淡白で簡素な関係。
心から許している人間以外には他人以上知り合い未満といったスタンスで行動しているのですが、そんな私にも全身から敵意が溢れるほど嫌いな人間がいます。
それが……。
「……アレシア」
アレシア・デ・ガルツァーロ。
結稀さんの腹違いの妹で突如として私達の前に現れた台風のような彼女は、私の敵。
言い方が強いですが、まさに言葉通りの存在で…彼女は私の大切な結稀さんの唇を奪った不届者。
それは到底許されない蛮行。
たとえ血の繋がった家族であろうとも、私の大切な許嫁に触れるのは誰であろうと許されない。
ましてやそれが唇であるならば、私は永遠にアレシアさんを恨むでしょう。
しかし、そのアレシアさんが私の通う学園に現れた。
それは予想だにしなかった事で、壇上に立つ彼女の姿に私の心は荒波のように大きく揺れ動きました。
先程まで結稀さんに触れて満たされていたのに、心を支えている柱がぐらつくような不快感が私を襲います。
彼女は必ず私達の前に現れる…そして何か嫌なことを呼び込んできてしまう。
そんな嫌な感覚がして仕方がありません。
始末……暗殺。
もういっそのこと彼女を黙らせてしまえばいいじゃないですか。
なんて、私らしくもなく物騒なことを考えるほどに私の心の平穏は乱されている。
結稀さんはアレシアさんに会わないといけないのに、それを素直に応援出来ない私は最低です。
それに、また結稀さんがあのアレシアさんに唇を奪われたら…私はきっと私を保てなくなってしまう。
そう思うと焦燥感に駆られて、結稀さんを独り占めしたくなってしまうのでした…。
◇
夏休み明け一日は特に授業もないので、昼で終わりです。
しかし、終わったところで何をするでもなく、私と結稀さんは二人だけが知っている人気のない校舎裏へと足を運んでいました。
「しかし、驚いたよねぇ…まさかアレシアが留学生としてこの学校に来てたなんてさ」
「…そ、そうですね」
結稀さん、早速アレシアさんの話をしています…!
確かに驚きましたが、好きな人から嫌いな人の名前が出ると身体が硬直してぎこちない気分になります。
アレシアさんの話より…もっと私のことを見て欲しいのに!
「あの、これからどうするんです?」
「え?それはもちろん会いに行くよ、アレシアには聞きたいこと…知りたいこと沢山あるからね」
「で、ですよね?結稀さんにはやらないといけないことがありますから!」
そう、アレシアさんに会った日の後、私は結稀さんの本当の気持ちを知りました。
それは誰にも吐いたことのない、私だけが知っている結稀さんの本音…。
隠していたことも、溜め込んだものも全部言い切って…それを全て受け止めて。
そんな結稀さんの全てを受け止めたからこそ、私は結稀さんのすることに協力したいと思えるのですが…それでもやっぱり。
やっぱり、結稀さんが知らない女に会いに行くのは………すごく、やです。
「………」
私ってば、すごく我儘。
結稀さんのする事は全力で応援したいのに、なのに私は結稀さんをどこかに行かないように繋ぎ止めたいと思っています。
心の奥に
もし、このまま私が止めなかったらきっと結稀さんはアレシアさんに何かされてしまう。
そこに私は存在せず、ただ結稀さんの帰りを待って呆けているだけ……。
アレシアさんに、キス以上の事をされたら私は完全に我を忘れてしまうでしょう。
そうなったらきっと、私は彼女の首を絞める…もしくは刺してしまう。
自身の手を汚してでも、私は私の拠り所を守りたい…私しかいない場所に私以外の存在はいらない。
…私らしくもない物騒で危ない思想。
そう考えてしまうくらい、結稀さんの隣は居心地がいい。
結稀さんのことしか考えてないのだから、そう考えるのも無理はないかと思いますが。
「…麗奈、すごく怖い顔してるね?なんか考え事?」
「え?別にそんな……こ、怖い顔してました?」
「うん、眉間にすっごい皺寄ってた!」
思考の海に潜り込んでいた矢先、結稀さんの声で私の意識は表面に浮かびます。
結稀さんは心配そうにして、自身の額に指で波を作りながら皺が出来てるとジェスチャーをしていました。
私…そこまで皺を寄せるほどに怖い顔してました?まぁ確かに心が締め付けられるくらい嫌な考えごとをしていましたが…。
「ねぇ、どんなこと考えてたのか…当ててあげよっか?」
「へ?」
心配顔から一転、にやっと無邪気に笑います。
「麗奈は賢いけど、私が絡むと考えてることがバレバレになるからね♪顔ひとつ見ちゃえばなんでもお見通しだよ♪」
「いや流石に、一瞬で考えが分かるほど私は顔に出してませんが……」
「ズバリ!私がアレシアのとこに行っちゃうから、それが怖くて怖くて仕方ないんでしょ!?」
「ぎくっ…」
ズバリと解答を言われて、心臓に矢が刺さったような感覚に襲われました。
思わず声に出してしまうほどに動揺すると、結稀さんは「ほらやっぱり」と無邪気に笑って私を
「麗奈は私のこと大好きだからねぇ…ちょっと離れようとすると、すーぐ嫌そうな顔するんだもん」
「なっ、すぐに嫌な顔をしてる覚えは…!」
「いえ…確かに私は結稀さんが離れようとすると、すごく嫌な気持ちになります」
「だって仕方ないじゃないですか…!お父様や柳生さん以上に心を許しているのは結稀さんだけなんですから!」
だから… 結稀さんが離れたら私、居場所がなくなってしまう感覚がして嫌なんです。
昔の私なら孤独であっても耐えられました、むしろ孤高の自分に酔っていた
でも今更…今更一人になってしまったら、私は耐えられません!
「だって私、結稀さんの声が好きなんです…その手も目も髪も、それに胸も♡」
「ちょっと!性欲混じってるんですが!」
「性欲も愛情の一つです!というか結稀さんのせいで結稀さんに興奮してしまう身体になったんですから責任取ってください!」
「ぼ、暴論だ!」
私らしくもなく逆上して、全て結稀さんのせいにします。
結稀さんは滅茶苦茶だと叫んでいましたが、すぐに可笑しかったのか「ぷふっ」と結稀さんは吹き出しました。
「もうヤンデレイナだね♪」
「む、なんだか小馬鹿にしたような言い方じゃないですか…!その胸揉みますよ!」
「小馬鹿になんかしてないよお、麗奈の愛の重さに名前を付けただけじゃんか!」
「……むぅ、それでも小馬鹿にしてる感は否めないので胸を揉ませていただきます」
「いや単に胸揉みたいだけでしょ!?って手つきやらしいよ!」
結稀さんの抵抗をすり抜けて、私の手はすんなりと胸に吸い込まれていきます。
手のひらに柔らかい感触が肌を伝って、指先にふにっと弾力が走ります。
結稀さんの胸…やわらかい♡
「ふふっ♡しあわせ♡」
「…ぬぬ、なんか最近いろんなとこ触れられすぎて、怒るに怒れなくなってきてる。まあ、可愛いから無罪かなぁ…」
「そ、それはそうと!アレシアのことはどうしたらいいかな?麗奈は私一人で会いに行くのが嫌なんでしょ?だったら何か方法を…」
またアレシアさんの話…。
そんな話より私との会話に意識を向けて欲しいのに…。
まあいいですよ、結稀さんにとってはアレシアさんは大事な存在ですからね。
ですが、方法ですか…それなら一つしかないと思いますが。
「方法なんて、一つしかないじゃないですか」
「へ?」
「そもそも、会いたがっているのは結稀さんだけじゃありませんよね?アレシアさん自身も結稀さんに会いたがってます」
「なので、あの全校集会の場でアレシアさんはとっくに結稀さんを見つけてるはずです、壇上から見てたのですからすぐに見つけられたでしょう…」
「へ?えっと…つまり?」
首を傾げる結稀さん。
私はこほんと咳払いをしてから、告げました。
「別に、結稀さんから行く必要がないということです…というよりもう、アレシアさんが見つけてるので行く必要ないです。ですよね?アレシアさん!」
壇上から見ていたのであれば、結稀さんの姿なんて一瞬で見分けられる。
なにせ結稀さんは目立つのですから、そこから何年の何組かなんて一瞬で割り当てることが出来ます。
それに、分かってたんですよ。
同じ結稀さんを愛する者なのですから、思考も必然的に分かるもの…。
結稀さんが一人で会いにいくのをずっと待っていたんですよね?ですが、そうはさせませんよアレシアさん!!
「姿を現しなさい、ずっとそこにいるのは分かってますよ!」
びしっ!と指を差した先にあったのは鬱蒼と生い茂る茂みでした。
そして、高らかな宣言と共に茂みはがさりと音を立てて揺れると、見覚えのある金色の髪が現れました。
「ちぇっ…一人で会いにきたお姉ちゃんを捕まえていろいろしようと思ってたのに、ほんとおねーさんってめんどくさい人だね?」
「だって、私があなたと同じ立場ならそうしますからね…!」
「へっ!?アレシア…!なんでそこに!?ってなんで分かってたの麗奈!」
バチバチの火花が宙に散る。
間にいた結稀さんは困惑した様子で私とアレシアさんを交互に見ていました。
ですが私達の視線はお互いを向けたまま。確かな敵意を送り合いながら、私とアレシアさんの間に戦いにゴングが鳴り響いたのでした。
あとがき
言い訳をすると体調不良です。
二週間近く頭痛に悩まされてました、結果はただの熱でした。
体調管理に気をつけます。
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