第四章

第64話 夏祭りの夜


「た、ただいまぁ〜…」

「あ、おかえり柴辻ちゃん!随分とお疲れみたいだけど夏休み大変だった?」


 夏休みが終わる一日前。

 疲れ果てた私を出迎えてくれたのは、同室の女の子の乙木春乃ちゃんだった。


「うん…いろいろありすぎて、つかれててぇ〜…」

「そうなんだ、とりあえず紅茶飲む?実家から取り寄せたお菓子もあるし、お話を聞かせてくれないかな?」

「紅茶…お菓子……?」

「ええ、ショートケーキやチーズケーキ!色々あるのだけど…きらいなものとかあるかな?」


 そう言って、ケーキの入った箱を持ってきた春乃ちゃんが満面の笑みで箱を開ける。

 それは宝箱みたいにキラキラと輝いていて、いかにも高級なケーキがずらりと並んでいた。

 ふわりと甘い香りを漂わせる美味しそうなケーキを見て、ごくりと生唾を飲み込む。

 疲れてるせいか、すっごく美味しそうに感じる…!

 糖分を取れと脳が叫んでる気がする!

 こ、ここはお言葉に甘えて……!


「しょ、ショートケーキ食べていい?」

「ええ、それじゃあ紅茶入れてくるから、ちょっと待っててね♪」

「は、春乃ちゃんの優しさが沁みるぅ…」

「ふふっ、なんだかお婆ちゃんみたいだねぇ、ますます気になってきたんだけど……夏休み何があったの?」

「そ、それがさぁ……」


「妹が出来て、麗奈が大暴走しちゃった…」

「何それ詳しく」



 夜の闇に似合わない、青と赤と黄色の色彩が闇を祓うように輝いている。

 ひゅるるる〜っと昇って行く音と、どーんどーんと弾ける音が何度も世界を覆う。

 そんな夜の闇に返り咲く花火を背景に、私の唇は突如現れた金色の女の子に奪われていた……。


「ぷはっ…!おねーちゃん唇すっごく柔らかいねぇ♪」

「え?えっ…?」


 ぷくくっと、イタズラ好きな子供みたいに可愛らしく笑うこの子は…一体誰?

 初対面なのに、どうして私はキスされたのか分からない…!

 だけど、目の前の女の子が自慢げに靡かせるその濃い金色の髪は…まるで、私のと似ていて。


「お、お姉ちゃんって…私のこと、誰かと勘違いじゃ……」

「勘違いじゃないよ、だってその髪地毛だよねお姉ちゃん?」

「え?あ、うん」

「ほら♪その瞳の色も、雰囲気も…どことなくパパを感じる♪だからさ、お姉ちゃんは私のお姉ちゃんなの♪」


 わーいわーいと両手を挙げてぴょんぴょこと喜びの舞を披露するその女の子に、私は首を傾げずにはいられない。

 まだ湿った唇に指を当てながら、私はその女の子をまじまじと見つめていた…。

 確かに、目の前の女の子と私は…どことなく似ている。

 この金色の髪も、瞳の色も…それに、見た目こそ大きな違いはあるけど、それでも私とあの子は似ていて……にて…いて?


「え?うそ…」

「ricordato?」


 思い出した?と流暢なイタリア語で私の心の内を見透かされる。

 一瞬思い出したのは、私が生まれる前にお母さんの前からいなくなった……本当のお父さん。

 じゃないと、私に少し似た女の子が目の前に現れる理由が見当たらない…!


「じゃあ、きみは…」

「うん♪私はアレシア、アレシア・デ・ガルツァーロ♪気軽にアレシアちゃんって呼んでね?おねーちゃん♡」


 可愛らしい笑顔で、猫みたいな可愛い声で、子供っぽい仕草で…目の前の女の子、アレシアは私の腰に手を回してぎゅっと抱きしめる。

 花のような甘い匂いが鼻を突き抜けて、その温もりに私はぼーっと呆けていた……。

 だってそうもなるでしょ…なんでに関係する人が私の前にいるの?お父さんは…お母さんを捨てたんじゃないの?

 それに、この子は…アレシアは一体!


「あ、困惑するから言っておくけど私はお姉ちゃんより二つ下で、腹違いの妹なの!ちなみに私はね?おねーちゃんに会いに日本まで来たんだよ?なんとイタリアからね♪」

「イ、イタリアから…じゃあ、私のお父さんって」

「うん、イタリアに住んでるよ♪お姉ちゃんのことはパパから聞いてたんだぁ♪」

「ずっと昔に日本にいて、その時に好きになった人と関係を結んだけどぉ…色々あってその人を置いて国に帰ったんだとか?」


 それで、その時好きだった人には子供がいて…それがお姉ちゃんなんだよね?とアレシアはにんまり笑顔で尋ねてくる。

 私は…この状況に、どう言葉にしたらいいのか分からなくて…喉が詰まった。

 きゅう〜っと喉が狭くなって、圧迫感のある痛みがじんじんと喉に響く…。

 舌が絡まって、唾液が固まって…「あ、えと…」と言葉を濁しながら、なんて答えれば良いのかと悩んでる私の横で……。


「ちょっと待ってくれませんかッ!!」


 地獄の底から響くような…恐ろしい声が世界を震撼させた…!


「ひっ…!」

「はぁ?」


 びくんっと肩を震わせて、声の方向へと振り返る。

 アレシアは水を差されて酷く不愉快そうな顔を浮かべていると、一瞬だけその顔が震え上がった…。

 そんな顔してもしょうがないくらい私達の横にいた麗奈は恐ろしかった…!


「さっきから話を聞いていましたが…さっきのはなんですかッ!」

「はぁ?アレって…てか、おねーさんなんの用でしょうか?会話聞いてたら分かると思うけどぉ、私おねーちゃんと感動の再会をしたばかりなんですけどぉ?」

「感動…?再会?ふざけないでくださいッ!私の結稀さんの唇を奪っておいて…そんな言葉で納得出来るわけないでしょうッ!!」


 ばさばさと浴衣が乱暴に舞っている。

 鬼気迫る勢いで麗奈はアレシアの前に立つと、私を指差しながら麗奈は声を高らかにして告げた。


「結稀さんは、あなたの姉ではありません…!私の!私だけの!!愛おしくて可愛くて最高で素敵で世界一で、すっごく可愛い猫ちゃんで何者にも変えられない唯一無二の………婚約者ですッ!!!」

「そんな大事な人の唇を奪われて、黙って見ている私じゃないですッ!!」


 アレシアの手首を強く握りしめて、怒りを含んだ感情の吐露が私達の間を通ってゆく…。

 にゃ、にゃにゃにゃ!!にゃに言ってんのこのお嬢様ぁ〜〜っ!!!

 い、いくらなんでも…怒っててもそこまで言わなくてもいいじゃんか!!あぁでもすっごく嬉しいから否定できないよぉっ!!!

 でも、麗奈の怒りが…困惑していた私を正気に戻してくれていた。

 ようやく回り始めた思考回路で、どうしたらいいのか私は考えるけど…一つだけ問題があった。

 それは……。


「ハァ〜〜!?聞いていれば婚約者って何よそれ!!おねーさんみたいなのがお姉ちゃんの婚約者?ふざけないでくれる!?お姉ちゃんは私だけを愛してくれる世界一のお姉ちゃんなのよ!!そんなお姉ちゃんをおねーさんみたいなのにられてたまるか!」

「奪る?私からすれば…私と結稀さんは正規の手段で婚約している関係です!!まるで盗っ人のように言いますが、私から見ればあなたが盗っ人です!!」

「はぁーー!?誰が盗っ人よ!叫んでばかりのおねーさんにお姉ちゃんの婚約者とか相応しくないでしょ!?お姉ちゃんは何考えてんのよ!」

「突然現れておいてなんなんですか!あなたと結稀さんは姉妹を名乗れるほどの関係じゃないでしょう!!」


 こ、この喧嘩どうしたらいいのーーーー!

 わーきゃーぎゃーわー!と目の前で繰り広げられているのは私の婚約者と突然出来た私の妹。

 このままだと手が出る勢いで、私は二人を横におろおろとするだけしかできない。

 だって二人の間に挟まれないから!挟まれたら巻き込まれて大変なことになりそうだから!ていうか対処策がわかんないんよ!!


 歯を剥き出しに怒り狂う麗奈と、煽りながらも麗奈の気迫を押し負け気味なアレシア。

 そんな二人の会話の外野で、私はあっちへきょろきょろとこっちへおろおろと…盆踊りのようなことしか出来ない。

 どうしたらいいんだよー!と涙目になりかけたその時、麗奈は私の肩を持つとぐいっと一気に引き寄せてきた!


「え?わわっ!」

「じゃあ見せてあげます!私と結稀さんの愛の証明を!!」

「はぁ!?おねーさん今から何を…って!ちょっとぉ!!」


 へ?へっ!?今からなにやるの!?なにされるのぉっ!?

 驚く私を他所に麗奈は私の両肩をぐっと掴むと、その可愛すぎる顔が一気に近付いて…そして!


「んむっ…!?」

「あむ…♡」


 唇に柔らかい感触が蓋をする…。

 それはアレシアの小さな唇とは違う、何度も交わし続けた私だけの唇。

 その唇は容赦なく舌まで入ってきて、舌は私の舌に絡まってくねくねと踊り出す。

 そんな…アレシアが前にいるのに!

 そう思いながらも、麗奈の熱いキスに私は我慢が出来なくて…唇の隙間から甘い声が漏れ始めてきた。


「あっ…♡んむ、っぁ…♡」

「ほぅら…♡どうですか?私達は愛し合い結婚を前提に約束を結んだ関係です、あなたのような妹を名乗る不審者が出る幕は…」


 ニヤリと、勝利を確信した麗奈がアレシアの方を見てそう言う。

 すると、麗奈の言葉が止まったと思いきや…私と麗奈は引っ張られるように突然引き離された!


「ッ!お姉ちゃんから離れて!!」

「きゃっ…!」

「結稀さん!」


 ぺたんと、勢いに任せて尻餅をつく。

 麗奈は深刻そうに私の名前を呼ぶけれど、麗奈の前にアレシアが門番のように立ち塞がる。

 さっきよりも低い声で、アレシアは麗奈を睨みつけて言った…。


「ti odio…!!」


 イタリア語で…大嫌い。

 喉の奥から震えるように飛び出たその声に、麗奈は一瞬立ち止まると…アレシアは私の方にくるりと振り返って、不満そうな表情を浮かべた。


「お姉ちゃん…女の趣味よくないよ」

「あんなのを選ぶなんてどうかしてる…!」


 ぶつぶつと不服そうにそう言ってから、アレシアは私の手を取って身体を起こしてくれた。

 そして、アレシアは溜息を吐いてから柔らかい笑みを浮かべて続けて言う。


「今回は邪魔者がいるし、また今度会いにくるね♪その時に良い返事が聞けたらいいな♪それじゃあまたね!」

「えっ!?ちょ、ちょっとまって…!話はまだ…!!」


 すっごく爽やかな笑顔で、私から離れたアレシアは夜の闇に紛れるように消えていった…。

 わだかまりが残るような最後、私は魚の小骨が引っかかったような感覚を覚えながら麗奈の方を見た。

 麗奈は私を見ると、不服そうに眉を八の字に曲げる…。

 そして口角をこれでもかと尖らせてから、不満を含んだ声で言った。


「とりあえず、色々聞きたいので…家に帰りませんか?」

「う、うん…そうだね」

「あと、あとでもう一度キスしましょう!それは消毒しないとダメです!」

「しょ、消毒って…私はなんとも」

「なんともなくないです!結稀さんの唇を誰かに奪われたと言う記憶を無くすくらい、キスしないと私の気持ちが済まないんです!!」


 だから大人しくキスされてください!と麗奈はぷんすか怒りながら言う。

 ああこれ…逃げられないやつだ。

 なんて思いながらも、私の心の中はアレシアの事でいっぱいだった…。


 一度、このことをお母さんに伝えた方がいいのかな?

 私よりも、お父さんのこと知ってそうだし…。

 

 そんな、一抹の不安を抱えながら…私達は公園をあとにするのだった。



久々の投稿

遅れて申し訳ございません





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る