第63話 夏祭りトライアングル⑤
自分の秘密を曝け出す時、妙な焦燥感が全身を駆け巡る。
それは、
決心したのに、根底が揺らぐ。
指先が痛くて痛くて仕方なくて、決意とは裏腹に両足が真逆の方向を向いて逃げ出してしまいそうだ。
でも、言わなきゃいけない…。
長い時間隠していたのだから、今日だけは…今だけは逃げずに、麗奈に告げないと。
「麗奈…私から、話があるの」
喉の奥が震えて、いつもより深刻そうな声色が人気のない公園に木霊する。
その声色は麗奈にも伝わったのか、自然と麗奈の顔が引き締まったような気がした…。
「はい、どうかしましたか?」
麗奈の瞳が私を映す。
瞳に囚われた私は…緊張がこれでもかと伝わってくるような、緊迫した様子だった。
顔がいつもより強張っていて、麗奈だけを直視している…。
でも、夏の夜風に攫われて舞う金の髪と…
告白のようだった。
「わ、私ね…麗奈にずっと………ずっと!隠してきた事があったの!」
泥沼を抜け出したような感覚と、四肢が強張って…真っ暗闇に包まれるような感覚が、私を襲う。
決意を胸に飛び出した一歩目に広がっていたのは…どこまでも続く闇だった。
「っ…あの、その」
「? どうかしましたか?」
ああ、だめだ…こわい、怖すぎるよ。
今まで隠していたとはいえ、私は麗奈を裏切ってた…。
勘違いだって言わずに、ずっとずっっと隠してきたからこそ…今更全てを話すのが、怖い。
だって、これまで積み上げてた物が瓦解したら…私はきっと、おかしくなる。
やっと麗奈と同じ気持ちに追いついたのに、麗奈が去っていったら!いなくなっていったら!私は何を支えに生きていけばいいの?
そんなの、やだ…絶対やだ。
麗奈が隣にいないのが想像できない、そうなってしまったら私は…私という意味が無くなってしまう。
重いって分かってる、今更だって…気付いてる。
勘違いだと最初から言っていれば、こんなに傷付かなくても良かった。
好きだと気付かなかったらこんなドン底な気持ちを味やなくても良かった…!
このまま、黙っていれば私はずっと麗奈の側にいられる。
何度もキスして、好きって言いあって、手を繋いで美味しいものを食べたり…贈り物をしてデートとかしたり。
でも、そんな幸福に後悔という隠し味…。
それは、いやだ…。
好きな人の前で嘘をつきたくない。
麗奈が大切だから、私は隠し事も全部曝け出して!麗奈に相応しい女になるんだ!!
だからっ!!と一歩を踏み出す。
がむしゃらに、無鉄砲に…。
例えどれだけ恐ろしくても、どれだけ怖い未来が待っていようとも。
怯えて怖気付いたとしても、それでも私の中には笑顔の麗奈が待っていて…。
その笑顔の続きを見るためなら、私は今までついていた嘘を曝け出す覚悟がある。
「ッ…ぁ!わ、私!ずっと麗奈に、麗奈に!」
舌を噛んだ。
前歯で舌の弾力をこれでもかと押し潰しながら、私は泥沼の感情を駆ける。
黒い感情も嫌な未来も…今はもう全部無視して、見ないフリをして駆け出して…!!
麗奈だけを思って、見て…感じて!次の言葉を!!
P、PPPPPPPPPPPPPPP!!
「はへっ…?」
「あれ?電話鳴ってますよ?」
その、次の瞬間だった。
走り出した私の意識を引き裂いて、思いっきりこけさせたのは。
「……ぁっと…」
無機質に鳴り響いてるのはスマホのアラーム音。
けたたましく鳴り響くそのメロディーに、私は豆鉄砲を喰らった鳩みたいにぽかーんと方針中…。
スマホはぶるぶると震えたまま、画面には待ち人である『朧ちゃん』の名前が表示されていた。
「瀧川さんからですね…って、結稀さんどうしたんですか?」
「…いや、なんか転んだ気分っていうか…うん、決心がまた鈍ったって言うか……その、あれだよね…肩が思いっきり下がるよね」
がくーん…と肩が落ちる。
ついでにメンタルも落ちてる。
なんだろうこの、やるぞ!ってやる気に満ちてる時に出来ませんって言われた時の、この虚しい気持ち…。
さっきまでの私の葛藤でなんだったのさぁ…はぁ、とりあえず電話に出てみよう。
「ごめん麗奈、ちょっと電話でるね?」
ピッと、通話開始ボタンを押してスマホを耳に当てる。
最初は祭囃子を背景に、人混みに揉まれているような雑音がスマホから響いていた。
『あ、結稀か?』
「朧ちゃん…とてもヤなタイミングに掛けてくれたねぇ……」
『え?なんでお前ちょっとキレてんの?まぁいいか…今さぁ、大事な事があって掛けたんだよ』
まぁよくないよ!!
「そ、それで?大事なことってなに?」
『あーそれがさ…え?内緒にしてくれ?サプライズ?…まぁ、いいか…それでさ結稀』
「う、うん…」
電話の向こうで、朧ちゃんの隣に誰かの声が聞こえる気がする…。
一体何を話してたのか分からないけど、もしかしたら私の知る人なのかもしれない。
『それでさ、結稀…今夏祭りにいる?』
「それはもちろんいるよ、麗奈と一緒に色々回っててさ?今は休憩中で近くの公園で休んでる!」
『公園?あーあそこか、去年ウチと一緒に的当て屋で所持金取られて泣き喚いてた場所な!』
「うっ…それはほんとに嫌な過去だからやめてよ朧ちゃん…」
そういばそんなこともあったよ…。
朧ちゃんに言われるまで忘れてたけど、去年ここに来て悔しさのあまり泣いてたんだよね。
だって所持金2000円が全部水の泡だよ!泣くでしょ!?
いや、それは今は関係なくて!!
「それで?どうして私の場所なんて聞いてくるの?」
『あ〜…それがだな、お前に会いたくて会いたくて仕方ない奴を見つけたんだよ』
「私に会いたいって…それ私の友達とか?」
『いや…あえていうなら、妹?』
「い、妹…」
私に妹はいないんだけど…。
と、困惑する私を横に会話を聞いていた麗奈が首を傾げながら私を見ていた。
あ、会話に夢中になりすぎて麗奈を放りっぱなしだった…!
「と、とりあえず!今は私と麗奈でデートの最中だから!それじゃっ!!」
『は?ちょっ、結稀!まだ話は…』
慌てる朧ちゃんの声が容赦なく切断される。
私らしくもない行動に自分自身も驚きながら、私は横で聞いていた麗奈の方へと振り向いて…くしゃっと、困惑気味に微笑んだ。
「えっと、話逸れちゃったけど…どうしよっか?」
せっかく、決意したのになぁ…なんて残念がりながらも、心の奥底でホッとしてる自分が嫌いだ。
だから、今私が浮かべてる困惑気味で少し罪悪感のある笑みは、その表れだった。
「そうだ!またお祭りを一周して、なにか買おうよ!今度は金魚掬いとかどう?」
「そうですね、確かに心踊る提案だと思いますが……でも、いいんですか?すごく大事そうな話でしたが?」
「………うん、でもいいかなって」
罪悪感に目を逸らして、私は苦笑する。
頬をポリポリと掻きながら、ばつが悪そうに視界を右往左往にしていると…麗奈は優しい笑みを浮かべて、ぽつりと言葉を吐いた。
「結稀さん」
「な、なに?」
「私、知ってましたから」
「えと、知ってたって…なんの」
「私達の関係、勘違いの事です」
「………………え」
喉が、詰まった。
言葉の意味を理解するのに、永遠のような時間を掛けて…私は目を見開いて汗を滝のように流しながら、麗奈を見た。
思考ができなかった、言葉の一つ一つの意味が抜け落ちていって口から出るのは掠れた声だけだった。
麗奈は相変わらず、柔らかく…優しく微笑んだまま私の言葉を待っている。
私は、喉を掻きむしるような仕草をしながら、必死に動揺を隠して…一つ一つ言葉を吐き出していく。
「し、知ってたって…どういう」
最初は疑問。
「え、じゃあ…麗奈はずっと、気づいて」
次に理解。
「私が黙ってること…なんで知って」
そしてまた疑問。
動揺を隠し、整えた筈なのに…震えた声は麗奈の方へと向かって巻き付いていく。
それは疑問よりも恐怖が濃く…これから起きる麗奈の行動に、私が恐れていたからだ。
指先が、死ぬほど痛い…。
喉が狭くなって、上手く呼吸が出来ない。
心臓が締め付けられ、気が動転してしまいそうだ……。
それくらい、怖い…。
どうして麗奈が勘違いのことを知ってるのか分からない。
問題なのは、この勘違いをキッカケに…こよ関係が終わってしまったら、私は…!
「だ、黙ってたのは…その、本当にごめんなさい…!ただ私…!麗奈と仲良く、なりたくて!!」
「麗奈が、嘘とか嫌いなの…分かってたけど!でも私、麗奈が大切で…!心の底から好きなの!!」
「…い、言い訳臭いよね?でも本当の気持ちなんだよ…?私、ずっと恋とか…恋愛とか分かんなかったけど、初めて麗奈に恋をしたの…!麗奈だから恋をしたの!」
「勘違いの事は、最初から知ってた…!でも、黙ってたのは後ろめたいからでも、なんでもなくて…!ただ、ただ…!!」
「麗奈に…好きって言われて心の底から嬉しかったから!」
「だから……だからっ!麗奈ぁ…麗奈、私のこと……嫌いになんて、ならないで…」
「ならないで…ください」
消えてしまいそうな声。
流星のように降る涙。
借り物の浴衣を涙で濡らしながら、麗奈の前で頭を下げる…。
私らしくもない行動。
ここまでしなくてもいいのに…醜態を晒してまでもこんな行動に出てしまうのは、どうしようもなく麗奈のことが好きだから。
いつもの私なら、軽口を叩いて飄々と謝ると思う…でも、そうしないのは麗奈が私の特別だから。
今までの私を捻じ曲げてでも…手放したくない大切な存在だからだ。
最初から、もっと欲張りになればよかった。
柳生さんが言っていた、私の在り方。
そこでもっと欲張りになればいいと答えてくれたけど、今日までそういう風にはなれずにいた。
でも、ここにきて…自分を捨ててまでも執着し始めるなんて…遅すぎるにも程がある。
……いっそ、このまま断られたら麗奈を攫ってしまおうか。
嫌われるのは嫌だけど、離れるのはもっと嫌だ…!だから、誰の手にも届かない私と麗奈だけの場所でいつまでもいつまでも!!
「顔を上げてください結稀さん」
「…!」
麗奈の声が耳に入った瞬間、渦巻いてた衝動が奥の方へと逃げていった…。
私は我に返って、恐る恐る顔を上げる。
顔を上げると、少し苦笑を浮かべる麗奈が腰に手を当てて「もう…」と唸っていた。
「考えすぎ!」
「いたっ!」
ていっと麗奈のチョップが私の頭に直撃する。
何気に初めての行動で、目を白黒とさせながら驚いていると…麗奈は息を吐いてからくしゃっと笑って見せた。
「結稀さんも大概重いですねぇ」
「別に怒ってる訳でもないのに、必死に謝ってる姿を見てたら、言いたいこと忘れちゃいました!」
ふふふっと口元を抑えておかしそうに笑う麗奈を、私はきょとんとした様子で眺めていると、麗奈は私の頬に触れて…ふにふにとほっぺたを弄くり回す。
「最初から、結稀さんが乗り気ではない事に気付いてました…。そこで私が勘違いしてることに気付いたんです」
「勘違いだからって結稀さんが私を避ける訳でも、逃げるわけでもなかった…だから、怒る理由は特にないんですよ」
「それに、結稀さんも私のことが好きになったんでしょう?それなら私達は両思いじゃないですか?違わないでしょう?」
「だから!そんな気にしなくてもいいんです!私はあなたが好き!あなたは私が好き!例え勘違いだったとしても!私達が愛し合ってるのには変わらない!…そこに怒る理由、ありますか?」
「で、でも…私はずっと嘘を…」
「でもじゃありません!私達は将来を誓い合った仲です!学園を卒業したら綺麗な海が見える教会で式を挙げるんです!白いウエディングドレスを着て、幸せになるって誓うんですっ!」
「嘘がなんですか!そんなちっぽけなことで、この私が好きな人を嫌いになる訳がないでしょう!?」
ぺちんっとほっぺたを揉みまくっていた両の手が私の頬を優しく叩く。
麗奈の…優しさと確かな想いが宿ったその勢いにやられて、私の涙腺が刺激されて…涙が溢れそうになってくる。
私、麗奈のこと…分かってなかった。
怖がって、麗奈のことまっすぐ見てなかった…!
麗奈はこんなにも私のこと好きだって、分かってたのに!
「ごめ……ありがとう、麗奈」
「はい、どういたしまして♡ちなみに先程の結婚スケジュールは全て確定なので楽しみにしておいてくださいね?あと子供の名前はもう決めていますので♡」
「こ、子供って…女の子同士で無理でしょ…」
「さぁ?案外…科学の進歩がそこまで辿り着いてるかもしれませんよ?」
「だからほら…結稀さん!何か言うことがありますよね?」
ほらほら!っと両手をぶんぶん回して麗奈は言葉を待っている。
その可愛らしい姿に私は癒されて…同時に救われて。
頬を緩ませて、いつもの笑顔で私は…口癖のように"あの言葉"を囁くんだ!
「麗奈!私…麗奈のことが!!」
「す…「sorella maggiore! Mi sei mancato!」」
…き!と言いかけたその時だった。
流暢なイタリア語が私の言葉を遮って…見覚えのある金色の髪が靡いたのは。
それは、彗星のように一瞬で現れて…私達の間を突き放す。
鏡の中で、何度も見た金色の髪。
少しだけ私に似た女の子は、翡翠のように綺麗な瞳を私を捉えて、そして。
その綺麗な顔が近付いたと思ったら、気が付いたら…唇に柔らかい感触が走っていた。
つまりは、キス…された。
「ああっ!やっぱり!やっぱりやっぱりやっぱり!!」
「あなたがお姉ちゃんだよね!?そうだよね!!だってこんなにも綺麗な髪なんだもの!私に似てるんだもの!!」
「へ……へ!?え!!?なにっ!?」
「ねぇお姉ちゃん、名前を教えてよ!私はアレシア!」
突如として現れた謎の女の子…アレシア。
私のことをお姉ちゃんと呼んでくるこの子に、私は困惑と混乱を隠せないまま唇の感触に手を当てる…。
そんな中、その光景を見て…蚊帳の外にいた麗奈が、出してはいけない声を出していた。
「……はぁ?」
震え上がりそうなくらい怖い声…。
地獄の奥底から溢れたようなその声は、私に夢中な女の子には届かない…。
でも、殺気のこもったその目は…確かにその少女はと向いていた。
そして、アレシアとの出会いをキッカケに…私達はまた、とんでもない事へと巻き込まれてゆくのを私達はまだ知らない。
※
三章終わりです
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