第62話 夏祭りトライアングル④
──実はこの関係が、全部勘違いから始まったって言ったら麗奈は怒るかな?
祭囃子の音色を背景にして、人混みの荒波にさらわれないように手を繋いでる私はそんな事を考える。
夏の夜は少し涼しいけれど昼間の残滓が残っているのか、どこか蒸し暑い。
それに、人混みの熱も相まって蒸し暑さも二倍だ。
でも、そんな蒸し暑さなんて今の私には感じない。
だって身体の奥底がぽかぽかとあったかくて、その温もりが蒸し暑さを凌駕してるから。
右手に伝う麗奈の温もり。
全身の感覚を全て麗奈の手に向けてるせいか、いつもより心臓が高鳴って昂りが止まらない。
血が流れを逆らって逆走していくような、心臓の裏側がくすぐったいような…指先がチリチリと燃えているような。
好きな人と手を繋ぐだけで…こんなにも私テンパっちゃうんだ…。
こんなにもドキドキして、仕方ないんだ!
う〜〜っ!でも、仕方ないじゃんか!!
今の麗奈はすっごく可愛いんだもん!浴衣姿なんて反則にも程があるよっ!!
…あーもう!もうもうもーーー!!
可愛すぎて牛になる。
もーもー言いすぎて口癖になってしまいそう。
ほんと、ひどい話だ…。
浴衣なんて周囲を見ればいろんな人が着ている、それも飽きるくらいに。
なのに麗奈の浴衣姿を見てドキドキしちゃうのは…私が麗奈に恋をしていてるからで、今すぐ麗奈にキスしちゃいたいから。
ほんと…信じられないよね。
キスだって、初めは麗奈から求められて…私が受け入れてしてたのに、今じゃ私の方からしたいって思ってる。
つい最近まで、恋とか…そーいうの知らなかったのに…知った途端に頭が悪くなった気がする。
初めは、勘違いから始まったのに。
麗奈に迫られて、退くに退けなくなったからこの関係になったのに。
今更になって負い目を感じるのは…最低かな?
私だけ気付いて、自分がどんな気持ちを抱いてるのか分からなかったから、曖昧な返事で今日まで来たけど…きっと麗奈は怒るだろうな。
だって麗奈、人が嫌いだから。
元々人の嫌な部分が嫌いで人間嫌いになったんだから…嘘をついてた私を知ったら、きっと失望しちゃうだろう。
…いやだなぁ、そんな顔されたら私…生きてられないかもしれない。
ほんと、今更だよね。
今更苦しんで、今更悩んで…。
今だって黙ってれば大丈夫なんて考えちゃうし、私ってば最低だ。
でも、決めたんだから…覚悟決めないと。
麗奈に、この関係が勘違いなんだって伝えないと…!
嫌われるのはイヤだし、麗奈に何を言われるのか怖くて震えてるけど!
でも、この心のモヤモヤを解消して…私は私の気持ちを伝えたい。
身体の内側にある全てを曝け出して、麗奈に与えたい…!
だって私は、麗奈のものだから…身も心も全部、麗奈のためにあるんだから。
だから今日…この夏祭りで全部伝える!
「どうかしましたか結稀さん?」
「んひゃああああっ!?」
キメ顔で覚悟を決めたのも束の間、ひょこりと視界に現れた麗奈に、思わずぴょーんっと飛び出して驚く。
それはさながらキュウリを見た猫のように、垂直のまま飛び上がった私に麗奈はクスクスとおかしそうに笑っていた。
「んひゃああって…♪ふふっ、随分と考え事をしてたみたいですが、一体どんなことを考えてたんですか?」
「わ、笑わないでよぉ…!あと、考え事については後で話があるから……その時に話す」
「そうなのですか?一体どのような話でしょうか?」
「だ、だから後で話すってば!」
ずいっと興味に惹かれた麗奈が、身体を寄せて探ってくる。
亜麻色の髪が柔らかく揺れると、ふわっと風に乗って良い匂いが私の鼻腔をくすぐる。
すごく安心する匂い…このまま麗奈の身体に顔をうずめてたいって思った。
でも、そんな気を起こしたら注目の的!
揺れる気持ちを整理して正気を保つ。
「それよりさ麗奈、なにか食べたいのある?私なんでも買っちゃうよ?」
「へ?食べたいものですか…?」
「そうそう!屋台の食べ物は特別感あるからね!食べないと損しちゃうよ!」
ちなみに私はたこ焼きが一番好き!
ソースが濃くて私の口に合ってるから!
…ちなみに、苦手なのはりんご飴。
昔勢いよく齧りついたら硬すぎて歯が折れそうになったから……。
「うーん…食べたいものと言われましても、私は特に……いえ、食べたいものなら一つありますね」
「おっ?なになに〜?」
「結稀さんです♡」
「へっ?」
「結稀さんを食べたいなって言いました♡」
そ、それはつい最近食べたじゃん…。
私は食べられちゃったけど…って、今はお祭りだよ!?人がいっぱいだよ!?こんな場所で出来る訳ないでしょー!?
「だ、だめだめだめ!人いっぱいいるんだから!」
「ふぅーん♪それだとまるで、人がいなかったら食べてもいいって聞こえちゃいますけど?」
「………………………そ、そうだけど?」
「へっ!?」
「そうだけど…って、言ったんだけど?」
二人きりの時なら…さ?
その、麗奈に迫られたらOKしちゃうっていうか…断れないって言うか。
好きだし、大切だし…好きな人と密着しあえて一緒に過ごせるの、たまらないんだもん。
一番幸せだから…断れないないよね?
「ゆ、結稀さんの…えっち」
「にゃっ!?麗奈の方から言い出したのに!」
「え、えっちなのはえっちなんです!結稀さんってほんっと私のこと好きですよね!そういうところが大好きです!!」
「れ、麗奈だって私のこと好きだよね!そんな麗奈が大好きだよ!!」
にゃ、にゃにを訳わかんないことで喧嘩してんのさ私達はぁーーー!!
好きと好きの投げ合いっこに困惑を隠せないでいるものの、好きを隠せる訳も出来ずに私達は夏祭りの場で叫び合う。
提灯に照らされて仄かに赤みがかった顔は、きっと提灯の灯りから来るものじゃない。
顔を真っ赤に染め上げながら、私達は声にもならない悲鳴を上げる…。
ほんとこの婚約者はぁぁああ!!
怒ってるのか喜んでるのか分かんないくらい、私達は心の中で婚約者の可愛さに悶絶する。
私の許嫁が世界一可愛すぎてつらい…!
「あーもうだーもう!じゃあとりあえずそこのたこ焼き買うから、買ったあと人気のないところに行こ!」
「ひ、人気のない所って……わかりました、じゃあ列に並びましょうか…」
「あの……結稀さん」
「なに?麗奈」
「今夜、食べてもいいですか?」
………………………………………こくり。
「でも、お母さんたちいるから…静かに、しようね?」
「はい!優しく抱きますから!」
「……一番えっちなのはどっちなんだろうね」
私よりも麗奈の方がえっちだと思うんだけどなぁ…。
でも、期待して心臓が裏返りそうな辺り…私も人のこと言えないなー…。
声…我慢できるかな?
◇
「このたこ焼き…ソースの味が強すぎませんか?」
「ふっふっふ、それがいいのだよ麗奈くん」
お祭りから少し離れて、人気のない公園にやって来た私達は寂れたベンチに寄り添うように腰掛ける。
溜まりに溜まった人の熱気から抜け出して、虫の音色だけが聞こえるこの公園は…なんていうか別世界のようだ。
心なしか、空もいつもより青く見える。
薄い暗闇に覆われた世界の天井に、砂糖を散りばめたみたいに星屑が輝く。
そんな夏祭りから隔絶された二人きりの世界で、私と麗奈は祭りで買ったたこ焼きを頬張る。
これでもかと塗られたソースはたこ焼き本来の味を覆い尽くすくらい…ソースに満ちてる。
むしろソースが本体なんじゃ?と疑うくらいにはしょっぱいたこ焼きを、麗奈は眉を顰めて文句を言っていた。
「しかし…祭りに興味ないとは言いましたが、我ながら随分と遊びましたね…」
「そうだねぇ♪あれだけ興味ないとか言ってたのに、私の浴衣にメロメロになったり、一緒にいろんなのを食べ回ったりしたもんね♪」
イカ焼きとか、焼きとうもろこしとか、わたわめとかかき氷とか。
最初は興味ないの一点張りだったくせに、麗奈ってば私といる時は子供みたいにはしゃぐんだもん、ほんとそういうの…好き♡
「それは、結稀さんと一緒だったから…舞い上がっちゃっただけです……それに私」
「…麗奈?」
「私、ずっと二人きりになりたかったんですよ…?」
りんりんりん…と鈴を模した軽やかな虫の音色。
そんな音色の隙間に、するりと麗奈の声が私の耳に入って…私の意識を掴む。
それと同時に私の指の隙間に、小さな手と温もりが私の手に灯った。
「キス…していいですか?」
桜色の唇がそう形作って、麗奈の瞳が私だけを捕らえてる…。
ああもう、私の許嫁は…どうしてこんなにも可愛いんだろう?
ほんと、おねだりの上手いお嬢さま…。
「二人きりになった途端に…麗奈ってば私のこと好きすぎでしょ…♡」
「いじわる言わないでください…二人でデートは楽しかったですが、やっぱり私は……」
やっぱり私も……。
「「二人きりの時間が…一番好き」」
「「……………………ぷっ♪」」
「「ふふっ、あはははっ♪」」
「私と麗奈、考えてること…!一緒だったなんて!」
「やっぱり結稀さんも、恋しかったんですね♪」
クスクスと笑い声が溢れる。
子供みたいにあどけなく笑って、思い出しては無限に笑みがこぼれてくる。
ほんと、私達はすっごく相性がいい…運命って言葉を信じちゃうくらい、麗奈の事が好きで好きで仕方ない。
一緒に歩く時間も好きだし、一緒に食べる時間も好き…。
でもやっぱり、誰の目にも入らない二人きりの時間で、心のままに愛を囁けるこの時間が………。
「好き♡」
「だから麗奈…私から、話があるの」
※
一週間近く投稿してませんでした、忙しいとか言っておきながらTwitterとかしてました。
百合を放っておいてTwitterしてた罪で死刑にしてください……自分は犯罪者です。
ということで、長らく音沙汰がありませんでしたが、実を言うと公式自主企画が始まったのでそっちで何か書こうと考えてました。
まだ完成してませんが、目が覚めたら数十年経ってて嫌いなあの子と結婚してた!?みたいな話書いてます、完成したら読んでくれると嬉しいです。
それでは
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