第60話 夏祭りトライアングル②


 太鼓の音、笛の音。

 祭囃子が響く夏祭り、人混みを掻き分けながら進むウチの手には、少しだけ汗がにじんだ白い手が繋がれている。

 

 氷のように白いのに、触れてみれば湯たんぽみたいにじんわりとあったかい。

 当の本人はあんなにも澄まし顔をしている癖に、実際のところは恥ずかしくて仕方ないらしく…氷が溶けかけているみたいに、汗がじんわりとウチの手に伝わって来ていた。


「〜♪」

「な、なんですか…」

「なぁんにも♪ただ、作戦成功だな〜って思っただけ♪」

「さ、作戦って…なんの作戦ですか…」


 ゆるむ頬を一切隠さずに、ニマニマとほくそ笑みながらウチはとぼけ顔で「秘密♪」とだけ言ってうそぶく。

 

「……朧さん、随分と意地悪ですね」

「まぁ、ウチってば元からそういう性格だし?それに好きな子には意地悪したくなるもんじゃん?」


 んなっ!?っと凛ちゃんから驚く声が響く。

 まぁ、サラッと言ったけど、ウチ自身今のセリフは少しはずい……。

 でも、この程度のセリフで驚く凛ちゃんが見れるなら、やっぱり揺さぶって良かったなぁって思う。


 やっぱ凛ちゃんは…氷みたいに冷めた感じじゃなくて、今みたいに可愛い仕草をしている時が一番可愛いんだよなぁ。


 ウチより歳上で、仕事もしていて人生経験豊富だけど…それを加味しても弄り甲斐があるっていうか、可愛いっていうか。

 なんていうか…凛ちゃんと一緒にいるとウチまで楽しくなってくるんだよな。


 だからこうして、グイグイと迫ってる訳なんだけど……。


「てか、凛ちゃんってこういう祭りとかよく来んの?」

「祭りですか、そうですね……学生時代にクラスメイトから誘われた事がありましたが、家の事情で行きませんでしたね…祭り自体は今日が初めてです」

「初めてかぁ……まぁ、凛ちゃんのことだし、そーだろーなーとは思ってたケド」

「な…なんですか、悪いですか?」

「別に悪くはねぇよ、ただ今夜は楽しまないと絶対損するって思った」


 そう言って、ぎゅっと手を握る。

 やっぱ、凛ちゃんを幸せに出来るのはウチしかいない。

 家のしがらみとか、仕事とか…そんなの全部忘れて、真に笑顔を見せてくれるようになるまで、ウチは絶対凛ちゃんの隣にいる。

 つーか、断られても絶対居座る…。


 もし、ウチが凛ちゃんと同い歳なら…もっと意識されてたんかね?

 家のしがらみとか、そんなの無視して助け出したりとかしたかったなぁ。


 前に、歳の差で断られた時はなんにも感じなかったけど……。

 こういう時…一緒に時を過ごせないんだな…とさとった時の虚無感はなんなんだろーな。


 あーだめだ、しみったれた事考えちゃだめだ。

 もっとこう、あれだ…楽しまなきゃだめだ。


「てことでさ、あれやらない?」

「あれ?」


 苦し紛れにしたのは、子供が群がる一つの屋台。

 一心不乱に何か夢中にやってる子供を遠目に、頭のてっぺんが寂しい店主のじいさんが愉快そうにほくそ笑んでいる。


 子供の手にはちょっと古臭いコルク銃。

 本格的な見た目とは裏腹に面白い音をぽんぽことかなでながら、飛び出したコルクは景品を押し倒そうと躍起やっきに飛び跳ねている。

 が、当たっても景品はびくともせず、代わりに店主のじいさんがニヤニヤとあくどい笑みを浮かべていた……ひっでぇ笑顔だなとウチは思う。


「的当てですか?」

「そ、二人であの性悪じいさんをぎゃふんって言わせてやろーぜ?」

「性悪って…まるであの人の事を知っているような口ぶりですね」

「だってあのじいさん、高い景品に細工してるし、外したら煽ってくるんだぜ?」

「…ああ、確かにそれは性悪ですね」


 苦笑を浮かべて、引き気味にじいさんを見つめる凛ちゃんと…過去に因縁があるウチはじいさんを遠目で睨みつける。

 結稀のヤツも、アイツにボコボコにされてお小遣い半分消えたんだよな…まぁ自業自得なのもあるが、ウチの財布も軽くなった恩がある。

 

 だが今回はバイト代という軍資金もある!

 前回のリベンジと同時に、凛ちゃんにカッコいいとこ見せて惚れさせてやるんだ!


「ふふん♪去年よりも成長したウチを見てなよ凛ちゃん」

「私、去年の朧さんの活躍知らないんですが……」

「まぁまぁ!とりあえず、あの景品取ってプレゼントしてやるからさ!楽しみにしとけよ!」

「景品……?」


 ウチの視線の先には、二匹の熊のぬいぐるみが。

 元々はペア用のものなのか、青とピンクの瓜二つの熊のぬいぐるみは仲良さげに手を繋いで景品棚の上でウチらを見ている。


 結構良さそうだし、どうせならあの二つを取って凛ちゃんにプレゼントしよう。

 そうだ、そうすりゃきっといい表情が見れる気がする!


「つーわけで!ウチやってくる!」

「あっ、ちょっ!」

 

 静止を求める凛ちゃんの声を振り切って、性悪じいさんにお金を払って、ウチはコルク銃を握る。

 やや軽いその銃を、さながら映画で見る兵士のような感覚で構えると同時に…気分は熟練のスナイパーのように鋭い目つきで、銃口をぬいぐるみの方へと向ける。


 意識を研ぎ澄まし…脱力する。

 周囲の音すらも除外して、思考の上澄みの果てに…ウチは引き金を引いた!



「いや今のはおかしーだろ!!絶対当たったのに倒れないってズルだろズル!!!つかこの銃自体なんか細工してんだろ!?も"ーー!ぬいぐるみ一つ手に入ったのにあと一つ手に入んないとかどうかしてんだろ!!」

「朧さん…見事に外れましたね」

「うぎゃーーーっ!!せっかくのバイト代が!こんなジジイのせっこい的当てに吸われるなんて!!」


 軽くなった財布と、カッコつけた挙句に大敗してボロボロになったメンタル。

 ピンクの方のぬいぐるみを取れたまでは順調だった…だったんだよ!なのに青色のやつは一向に倒れなくて!逆にウチの財布はめっちゃ少なくなってってさぁ!?


「ぐぅぅ…カッコつけずに、こんなことせずに色んなとこ連れていけばよかった…!」

「まぁ、途中からヤケになってどんどんと沼に嵌っていってましたからね……けど、惜しいですよね、片方のぬいぐるみが取れなかったのは」

 

 少し物悲しそうに言う凛ちゃんに、ウチもそうだな…と静かに納得する。

 側にいたピンクのぬいぐるみが消えて、さっきよりも寂しそうに哀愁を漂わせている青色のぬいぐるみを見て、思わず悔しさが溢れる。


 二つとも手に入れて、凛ちゃんにあげたかったのに…。

 でも流石に、これ以上は金を消費する訳にはいかないしなぁ……。


「あの、私もやってみてもいいですか?」

「へっ?」


 ぐずっていてるウチの横で、凛ちゃんがスッと通り過ぎる。

 ウチを負かして楽しいのか、ニタニタと笑うじいさんの方にお金を渡すと、凛ちゃんは静かにコルク銃を受け取った。


「…軽いですね、まぁ…実物でないのですから当たり前ですが」


 そう言いながら、凛ちゃんはコルク銃を構え始める…。

 その時、ウチはその動きに見惚れて…なにも言えなかった。


 流れるような、完璧な動きだった…。

 華麗な手つきと所作で銃を構えると、獲物を睨み付けるように、鋭い氷の瞳がぬいぐるみを狙う。


 構えと同時に、冷たい風が吹いた…気がした。


 震え上がってしまう程の冷たい印象に、ウチの体は僅かに震える。

 それと同時に、凛ちゃんは静かにトリガーを引いて……。


 ぽーんっ!と先程までの光景とは真逆の、腑抜けた音が飛んだ。


「へ?」


 ウチの腑抜けた声が響き、発射されたコルクはぬいぐるみの方へと吸い込まれるように宙を走る。

 そして、コルクはぬいぐるみに着弾。

 

 その同時に、凛ちゃんは銃をその場において「ふぅ…」と小さく息を吐いた。

 同じ時の中、ぬいぐるみはこてん…とさっきまでの倒れなさとは違い、簡単に落ちていった。


「初めてやりましたが、割といけちゃいましたね」

「いや、いけたって……なに今の、熟練のスナイパーみたいな感じでスッゲーかっこよかった…!!」

「へ?そうですかね?」


 いや、すごいってもんじゃない。

 ウチのなんちゃってスナイプとは違って洗練されたものがあったっていうか、凄味があったっていうか!!

 とにかく!言葉で表すのむずいから簡単に言うけど、とにかく凄かった…!


「まぁ、これでぬいぐるみも手に入りましたし、お揃いですね」

「…!そ、そーだな」

「私が青で朧さんがピンク…色合い的にお揃いですね」

「まあ、そーだけど…それだとあれだよなぁ」

「?……あれとは?」

「なーんかありきたり!つか、このピンクのぬいぐるみは元々凛ちゃんに贈るものだったんだよ……青の方は凛ちゃんが取っちまったけど」


 本当は二つとも取って、凛ちゃんにプレゼントしたかったんだけどなぁ…。

 カッコいいとこ見せて、ちょっとはウチのことを子供じゃなくて大人として見てくりたり?なーんて思ってたけど…美味しいところは持ってくんだからなぁ…。


「元々…私に。それなら、交換しませんか?私の子と…朧さんの子を」


 一人でにがっくりしていたウチに、凛ちゃんはぬいぐるみを抱き抱えてやってくる。

 凛ちゃんは頬をぽりぽりと指で掻いて、頬を赤く染める…。

 周囲を照らすオレンジの灯りよりも濃い赤は、ウチの心臓を揺らすには丁度いいくらいの可愛さだった。


「私も、この子を朧さんに渡そうと思ってやったんですよ…だからその、朧さんさえ良ければ交換しませんか?」

「する、交換する!つーか絶対大事にする!」

「それは良かった、では私からこれを…」

「じゃあ、ウチからはコイツを…」


 青とピンク、二匹の熊が交互に手渡される。

 二人して取ったぬいぐるみ、凛ちゃんがさっき抱き寄せていたからか…ほのかにあったかい。

 絶対大切にしよう…。

 ぬいぐるみなんて、自分には合わないと分かってはいるけれど…大切な人から貰ったこのぬいぐるみは、絶対に無くしたりはしないと…ウチは静かに決意するのだった。



 それから、ウチらは祭りを歩き回った。

 いろんな屋台回って、凛ちゃんが男だと勘違いされて、逆ナンなんてされたりして不愉快な思いをしたりしたものの、順調に…かつ楽しく思い出を刻んでいった。


 そうして、すっかり夏祭りを満喫していたウチと凛ちゃんは…その時に見慣れた金色の髪を見た。


「柴辻様?」

「へ?結稀?」


 手元に焼きそばとたこ焼きを乗せながら、先に金色の髪を見つけた凛ちゃんが結稀の名前を呟く。

 それと同時に、ウチも人混みに紛れて舞う金色の髪を見た…。


「あの金髪…確かに結稀で間違いないな、てことはアイツもここに来てたのか…」

「でも、お嬢様が近くにいませんでしたが…どうしたのでしょうか?」

「さぁ?……とりあえず、アイツの事追ってみる?」

「そうですね…申し訳ないですが、昨日お嬢様と出て行ったっきりどこに行ったのか私知らないので…」

「なるほど…じゃあせっかくのデートが潰れちまうけど、アイツにいていきますか!」

「で、デートって!!」


 背後で何か叫んでいるけど、まぁ仕方ないと腹をくくってウチは金色の髪が言った方へと進んでいく…。

 くそ、結稀のヤツ…せっかくのデートを邪魔しやがって!追いついたら天城とどこまで行ったのか根掘り葉掘り聞いてやる!!


 けど……。


「にしてはアイツ…やけに身長短かったような……」

「え?そうなんですか?」

「いやまぁ、見間違いかもしんないけど…ってそりゃ朧ちゃんは身長高いから全員低く見えるだろうけどさ……」


 それでも、とても本人とは思えない感じだったから…そこに引っ掛かりを覚えて仕方がない。

 まぁ、別人だったら謝るしかないだろ。


 そう思いながら、ウチらは金色の髪を追いかけた。


※あとがき

 

投稿がものすごく空きました…申し訳ございませんでした。

話の進展はあまりないけれど、瀧川と柳生さんの恋もそれなりに進んでると思います。


しかし、喋り方的に柴辻と天城に似てるからたまにこんがらがってしまう…


 

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