第58話 いちゃらぶな二人と不穏な影

 一旦、バイトをやめることになりました。

 その理由は怜夜さんが帰ってきてことがキッカケで、その時にちょーーっと問題があったから。

 だって気まずすぎるんだもん。

 一体どんな顔をして怜夜さんの前に出たら良いのか分からなかったし……何より、麗奈自身のメンタルも相当なものだったからだ。


 まさか、あの一夜の出来事が全部怜夜さんに知られてたなんて……!!

 怒られるとか、追い出されるとかそんなのは特になく……やんわりと注意されるだけで終わったけど……。

 でも、やばいよ…ちょーはずい、テラはずい。


 今でも、あの時の事を思い出しただけで恥ずかしさで顔が爆発しちゃいそう…!

 いっそのこと、時間を無理やり巻き戻してなかったことにしちゃいたい!でも、あの時の事をなかった事にしたら…それはそれでせつない…。


 ま、まぁ…そんなこんなで怜夜さんに知られてしまった私は逃げるように私の実家…もとい私んちに帰ってきたワケなんだけど……。


「ね、ねぇ麗奈…そろそろ起きなよぉ」

「………今は少し、放っておいてください」

「れーなぁ〜!!」


 私の部屋で、ちゃっかり私の布団を奪って占拠している麗奈が、布団の中に潜り込んでかたつむりみたいに丸まっている。

 どれだけゆすっても声を上げても、麗奈は顔一つあらわさない。

 かたつむりというか、麗奈つむりだこれ…。


「もー…そろそろ昼になるのに、麗奈ってばぁ…」

「……………」


 はぁー…と溜息を吐きながら、肩を落とす。

 屋敷にいても居られなくなった麗奈は、恥ずかしさが有頂天に達して、ついには家出を決行した。

 でも、行くアテなんてあるワケもなく。

 一緒にいた私の提案で、こうして実家まで連れてきたワケなんだけど……。


「まさか…お父様に……せっかく大切な一夜になるはずだったのに……どうしてお父様が……」

「……はぁ、ずっとこんな感じ…当分戻りそうにないなぁ…」


 もう昨日からずっとこんな感じ。

 しょうがないよね…すっごく気分良かった時にすっごく気分下がる思いしたんだから。

 私の布団を奪ってかたつむりしたいのも分かるよ……。

 いや、なんで私の布団奪うのさ…!そこは全然分かんないんだけど!?


「…もう、元気出してよ麗奈?ほら、元気付けにさ私とちゅーしよ?ね?」

「……ちゅー?」

「うん、ちゅー!」


 お、反応した反応した!

 麗奈ってば、落ち込んでる時でも私に反応するの可愛い♡好きになる♡

 で、でもちょっと…ちゅーは言いすぎたかも…?


「………じゃあ、お願いします」

「にゃっ!ほんとにやるんだ…」


 もぞもぞと布団がうごめいて、その中から少しぼさついた亜麻色の髪が現れる。

 カーテンを閉め切った薄暗い部屋、ここ最近は使ってなかったから少し埃っぽい私の自室で、やつれた様子で真っ白な肌を晒すその女の子は…。


「……っ」


 なんだか、いつもより艶っぽく見えた…。


「どうかしましたか?」

「…んにゃ、その……ちょっと」

「?」


 なんだろう…今の麗奈、めっちゃ可愛い。

 いや、失礼なのはわかってるよ…でも、いつもとは違う麗奈の姿にキュンっと来たって言うか…。

 麗奈ってどんな姿でも似合うんだ…!


 いつもより暗い麗奈……いいっ!!


「…今の麗奈、好き」

「……はげましてくれてるんですか?もう照れるじゃないですか…」

「あっ、いや…今のは口が滑ったというか、勝手に出たと言うか…!」

「ふふっ、結稀さんは相変わらずですね。私ってばこんなに落ち込んでるのに…でも、ええ…ちゅーしてくれるならお願いします♪」

「へ?わ、私から?」


 麗奈の口ぶりからして…明らかに私からするように言われて、きょとんと声を漏らす。

 すると、麗奈はいつもみたいな悪戯な笑みを小さく浮かべて自分自身の唇を撫でながら私を見つめる。


「はい、私…今すごく元気ないので、結稀さんからしてくれれば…きっと元気が出ます」

「それに…結稀さんから言ったんですよ?ちゅーしよって♪まさか、自分から言い出した事を拒否するなんて…しませんよね?」

「……うぅ、麗奈って時々敵に回したら怖い場面あるよね……」


 完全に私の負け。

 ぐずっていた姿勢から肩をがくりと落として、息を吐く。

 麗奈って、こんな風にめんどくさいところあるよね……そんなところがホントに好きなんだけどさ。


「だって、結稀さん…私のこんなところが好きでしょう?」

「………そーだよ、お見通しなんかい…」

「顔に好きって書いてますから、それに…私のそんなところが好きなら…もっとめんどくさくなっちゃいますからね?」


 小悪魔な笑みを浮かべる麗奈に鼻をつんっと突かれて、私はむず痒さと嬉しさを覚えて頬が熱くなる。

 私の気持ち…全部お見通しで、今よりもっとめんどくさくなる……。


 なにそれ…麗奈ってばほんと、可愛すぎる。好きになる要素しかないじゃん。


「だからほら…ちゅー、してくれるんですよね?」

「…うん、じゃあ…目をつむっててね」

「はい♡」


 静かに瞼が落ちる…。

 首の角度が上がって、唇も少し上にあがる。

 麗奈の真っ白で細い手は、私の腰に当てられていて…逃がさないと言わんばかりにきゅっと締め付けてる。


 ああもう…またキュンってきた。


 胸の裏側がくすぐったい…。

 手先がうずうずして、心臓がどんどんって大爆発を起こしてる。


 麗奈だけをまっすぐ見つめて…私は静かに顔を近付けた。


 自然と私の瞼も落ちて…吸い寄せられるみたいに、唇が…麗奈の唇に触れて……。


「…………元気、でた?」

「…はい♡元気出ました」


 唇を離した私は、照れながらそんな事を聞く。

 ご機嫌上々な麗奈はニコニコと笑っていて、こくりと頷くと私から離れてくるりと一回転。


「ほら、こんなにも!」

「それは元気ありすぎ…ていうか、そんなにあるならなんで私の布団占拠してたのさ…」

「だって、結稀さんの布団…結稀さんの匂いがいっぱいですごく心地良かったんですから、仕方ないです」

「私の匂いで心地良いって……なら、私が布団の代わりに麗奈に抱きついてあげるのに…」


 もやっと心がかげる。

 口元を尖らせて、せめてもの反撃と…小さな声で呟く…。

 今のはちょっと失言かも…と反省しながら、ふいっと視線を逸らすと…今のを聞いていた麗奈がピクリと反応する。


「結稀さん?」

「な、なに…」

「もしかしてですけど…嫉妬したんですか?」

「……………してないけど」

「しましたよね♪」

「…してない」

「しました♪」

「してない!」


 にまにまぁ〜〜って麗奈の唇がゆるむ。

 その反面、私は口角尖らせてふいっと視線を逸らして反抗する。

 でも、実際のところは麗奈の言う通りなんだよ。


 なにさ、私の匂いって…!

 なにさ、心地良いって…!


 近くに私がいたのに、麗奈は布団なんかに夢中だったんだ!

 あれだけ私の声を無視して引きこもって、私がさみしい思いしてたのに…麗奈ってば、麗奈ってばあっ!!


「ふ、ふーーんっだ!私の布団が良ければずっと使えば!?その代わりもう麗奈の隣に寝てあげないからね!」

「そ、それは嫌です…!私も言いすぎたので機嫌を直してください!」


 よしよしと…麗奈に優しく頭を撫でられて、ふつふつと沸いていた嫉妬心が消えていく…。

 わ、私もちょっと言いすぎたかも…と反省しながら、優しい撫で心地に身を預ける。

 ゴロゴロと喉が鳴りそうなのをぐっとこらえて、私は麗奈を見つめて…恥ずかしげに言った。


「……怜夜さんに注意されたの、ショックなの分かるよ」

「でも…そのさ、落ち込んでても意味はないから……その、私だけ見ててよ」

「……麗奈のこと、大好きだからさ」


 …何言ってんの私。

 恥ずかしい事を恥ずかしげもなくよく言うよ…。


 でも、これが私の本音。

 さっきまで落ち込んでる麗奈を見てた私の……私の気持ち。

 だって私…麗奈の許嫁だからさ。


「結稀さん………抱いてもいいですか?」

「そ、それは…また今度で…」



 キーーーン…と飛行機が飛び上がる瞬間の、あの甲高い音がやけに響く。

 青色の絵の具を垂れ流したような青空の下で、だるような空気にまいりながら…黄金の髪を揺らして、少女はスマホを耳に押し当て口元を尖らせていた。


「なぁーにパパ?今更心配でもしてるワケ?」


 まだ中学生にも見えるその少女は、スマホから響く怒鳴り声にスマホを遠ざけながら、にやりとほくそんで悪戯っぽく言う。


「ところでー?今どこにいると思う?」


 さて問題でーす♪と先程の怒鳴り声なんて気にもしない様子で少女は愉快そうに笑う。

 スマホの向こうで考え込む住人は、まさかと声を漏らして…少女はにひっと口元を緩めた。


「そう!今ね、私ね?日本にいるの!!昔パパがお忍びで行ってた国!」

「流石にイタリアから日本まで長すぎて退屈だったけど…ようやく日本に着いたわ!」


 目をキラキラときらめかせて、少女はくるりと回って踊り出す。

 長年の夢だったのか、楽しみで仕方なかったのか。周囲に人がいるのにも関わらず少女は楽しげな笑い声を撒き散らす。


「ふふっ♪パパは昔…日本に住んでたんだよね?でぇ、そこで出会った人と恋に落ちたり〜とか、してたんだよねぇ?」

「確かその人の名前って……?だっけ?」

「あははっ楽しみだなぁ♪だってこの国にいるんでしょう?ユサって人と出来た子供!私の!!」


 名前も、顔も知らない…日本にいるだろう姉を想像して、少女は楽しげにスキップする。

 スマホの向こう側の住人は何か。言っているようだが、少女はその声を無視して電話をプツリと無慈悲に切った。


 口元を僅かに歪めて、その名前も知らない姉に思いせる。


「どんな人なんだろうなぁ?腹違いの私のおねーちゃん…♪会えたらいーなぁ♪」


 少女は、イタリアから日本へとやってきたおてんばな家出娘。

 どこか見覚えのある濃い金色の髪を振り撒きながら、少女…もといはキャリーケースを転がしながら空港を出たのだった。


《あとがき》


親バレからの家出先でいちゃらぶ。

それはそれとして迫る不穏な影という名の新キャラの予感。

一体誰の妹なんだ……!





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