第57話 天城怜夜は注意したい


 すっごくドキドキした……。

 昨夜経験したキスよりも、多分今までで一番気持ちいいキスをした私は、高鳴る胸を必死に抑え込みながらメイド服に着替える。


 黒の短いスカートに、真っ白で汚れ一つない純白のフリルの付いたエプロン。

 それに、なんといってもフリル付きの白のカチューシャ!

 ふふっ、やっぱりメイドと言ったらこの姿だよね…この格好をしてる時は、いつもよりワクワクするから考え事とか忘れちゃう。


 せめてスカートさえ短くなかったらなぁ…なんて、言っても改善してくれないリクエストを心の中で留めて…鏡に映る私をまじまじと見つめる。


 足のつま先から頭の方まで、誰がどう見ても完璧にメイドだ。

 金色の髪が窓から差し込む夏の日差しに照らされて、キラキラと元気いっぱいに輝いてる。

 なんか…すごく様になってる。というか、アニメキャラみたいでいいな…!


「最初は似合ってないかも…とか思ってたけど、着てると服から合わせてくるっていうか…似合ってくるものなんだなぁ……」


 えへへ♪と頬を緩ませて喜ぶ私、でも…次の瞬間私の頬は夕暮れよりも真っ赤な赤に染まっていった。

 唇をすぼめて…恥ずかしさを必死に堪える。

 もじもじと恥ずかしさを別の方向に向けるようにして、くすぐったい指先をくるくると絡める……。


 あーもう…あーーーもう。


 鏡の私を睨みつけながら、頬を膨らませる。

 視線の矛先は私に向いてるけど、実際のところはここにはいない麗奈に向けて…。

 けど、どれだけ私が頬を膨らませても…麗奈はニコニコと満面の笑みを浮かべるんだろうな〜…。


 絡ませてた指先を…首元に近付ける。

 視線の先にある、鏡に映る自分の視線を少し下げて…"それ"を見た。

 

 はっずい…でも、ちょううれしい…。

 まだ締め付けられる感覚がするけど、それが麗奈の愛情なんだと思うと…ゾクゾクと肩が震えて、お腹の下がキュンってなる…♡


「ずっるい……ずるい」


 こんなの…ほんとに、ずるい。


 指先で…チョーカーという名の首輪に触れて、口元を尖らせながらここにはいないごに文句を言う。

 今頃へっくしょんっ!ってくしゃみしてればいいんだ…!だってこんなの着けるとか、ほんとずるいし…!


 でも、しょーじきに言うと…ちょーうれしい…。


 じゃあなんで機嫌悪いの?って言われると…麗奈がずるいとしか答えようがないから。

 だって麗奈…完全に私の事を支配して来ようとしてるんだもん…。

 私のこと、ネコちゃん扱いして…ネコじゃないのに、ものすっごく甘やかしてくるし。


 私だって…このチョーカーみたいに、形として残るものとか…あげたい。

 ペアリングとは違う…もっとこう、特別なものを麗奈にプレゼントしたい。


 麗奈だって…私のものなんだよって、私だけが麗奈のものじゃないんなよって証明したい。

 だって、私だって麗奈のことが大好きなんだから…!


「……バイト代貰ったら、麗奈をあっと驚かせるようなもの…プレゼントしよ」


 それで、私から…プロポーズするんだ。

 まだ、私達の誤解は解けてないんだから。

 本当は、初めて会った時の言葉は冗談なんだって言って…それからちゃんとお付き合いが出来るように言わないと。


「……でも、今更誤解なんて解けるのかな…」


 むしろ…言うのが難しいっていうか、今更っていうか。

 まぁでも!このまま黙っておくのも不誠実だから!だから今年中には絶対言って、自分から気持ちを伝えないと!


 その為には今のバイト頑張って、麗奈に気持ちを伝える為のプレゼントを用意しないと!


「よし、頑張るぞ!」


 ふんすっと鼻息立てて、鏡に映る私は奮起する。

 やる気に満ち溢れた表情は、どんな仕事も完璧にこなしてしまいそうな…そんなやる気に満ちていた。


 でも、でもさ……やっぱり首元に沢山ついてるキスマーク…流石に隠さないとまずいよね?

 いやまぁ…隠せるの?って聞かれたら…無理ですって話になるんだけどさ……。



「やぁ、柴辻君…君を見定めて以来だね」

「………へっ?」


 お仕事の最中…廊下で出会ったのは、オールバックではなく髪を下ろした麗奈のお父さん…怜夜さんだった。

 少し麗奈の面影を感じるその佇まいと顔に面をくらっていた私は、素っ頓狂な声を上げて目を白黒と飛び上がらせる。


 だってそうじゃん…なんでこの人がいるの!?


「なぜって、ここが私の屋敷だからさ」

「さ、さらっと心を読まないでください!」

「君がそういう顔をしていたからさ」

「そうなんですか!?」

「そうだ、それと…声はなるべく落としなさい」

「ご、ごめんなさい…」


 耳を抑えながら、少し苦しそうな表情を浮かべる怜夜さんに…私はしまったと声のボリュームを下げる……。

 って、いやいや…なんで私、怜夜さんとこんな話してんの!?前回のこともあってちょーきまずいんですけど!!


「…私がここに帰ってきた理由は、単純に頼まれたからさ」

「へっ?頼まれた?」


 ぐるぐると過去の事を考えていたら、怜夜さんの声が私を現実に引き戻す。

 すぐに尋ねると、怜夜さんはこくりと頷いて気怠そうな表情を浮かべながら言った。


堅次かたつぐ…君のお父さんに頼まれたんだ」

「お、お父さん!?なんで怜夜さんの口からお父さんが……って、そっか…怜夜さんとお父さんって、前から…」

「そうだな、友人関係というものだ」


 言い切る前に、怜夜さんが言う。

 そうでした、二人って友達関係なんだよ…すっごく意外っていうか…案外、私の知らないところで、いろんな人がいろんなとこで繋がってるだなって考えてしまう。

 一体怜夜さんとお父さん…二人がどんな関係だったのか、いつか知りたいなぁ。


「って、なんでお父さんに何言われたんですか」

「娘が、麗奈がこの屋敷で君を雇う事は堅次経由から聞いていた…『数日間君を頼む』とね」

「まぁ、堅次に言われたなら…私も大人として子供を守る義務があるのだが……しかしだ、まさか娘が…君にこのような破廉恥な格好をさせて、私に一言もなく無断で君を雇っていると知った今…頭がクラクラしている…」


 はぁー…と特大級の溜息を吐いて、頭痛がそうに頭を抱える。

 いや、何言ってんのか分かんないと思うけど、そんな感じなんだよ。


「…まったく、あの麗奈がここまで堕ちるとはな…ある意味人間らしくなったものだ」


 頭を抱えながら、怜夜さんは口角を少し曲げて小さく笑った。

 その姿はまるで…子供の成長を嬉しがる親みたいな顔で…一瞬見せたその表情に私は思わず固まってしまう……。


 怜夜さんって…怖そうだけど、そんなに怖くないよね。

 話が分かる人だし…ちょっと厳しそうだけど、でも私達の事を応援してるようにも見えるし……。


「しかし、君も君で大概だな」

「へっ!?」


 はへー…と呆けていると、怜夜さんの鋭い声が向けられて、ひゃっと驚く。

 鋭い視線が向けられているのは、私自身ではなく…その首筋の方だった。


「仮にもこの屋敷で働く身なんだろう?ならその首筋の痕は隠しなさい、はしたないと思われるし…何よりつけすぎだ…」

「つ、つけすぎたんじゃなくて麗奈につけられまくったんです!!」


 やっぱりこのキスマークめっちゃ目立つよね!?怜夜さん少し引き気味なんだけど!


「…しかしだ、付けられる前に気付かなかったのか?業務に支障が出ると…」

「だ、だって麗奈がめっちゃせまってきて!」

「あの娘は……!」


 はぁーー!!と、さっきより大きな溜息を吐いて、眉間に皺を寄せた怜夜さんは額をぐりぐりと指で押しながら、疲れた様子で私を見つめる。

 すると、気怠そうな瞳に私を映して、怜夜さんは言った。


「君は、麗奈にとってのファム・ファタールだな…」

「へ?ふぁむ……ふぁた?」


 にゃにそれ?


「その人にとっての運命の女…とも言えるが、人を破滅に追い込む魔性の女とも…二つの意味で使われる意味さ」

「…君は、娘にとっての運命の相手でもあるが、その実…娘を堕とす魔性の女とも言う訳だな」

「なっ!?それひどくないですか!?」


 女子に向かってなんてことを!!

 偉い人だからって私だって怒るぞこらー!


「だが事実だろう?」

「ま、まぁ……ソーデスネ」


 すっごい大きなパンチをくらって、私は一瞬で押し黙る…。

 そーですよ、そのとーりですよぉ!

 反論出来なくて黙る事しかできません!!


「だが、あれだ……君達が仲良く過ごしているようで安心したよ」

「れ、怜夜さん…!」

「それはそれとして、あとで娘には話をしなければいけないがな……」

「ひえっ…!」


 ギロリと、優しい雰囲気から一点…一気に冷たくなった怜夜さんに私の肩はぶるりと震え上がる。

 優しさを見せたと思ったらすぐ氷点下だよ!今の怜夜さんめっちゃ怖いんだけど!!


「…さて、このまま立ち話をしているのもあれだな……悪いね呼び止めて」

「あっ、はい!」

「まぁ、なんだ…私はあまり親として手本ではない人間なのは重々承知している…だからこそ、恥を忍んで君にお願いするのだが……」

「…娘は、麗奈は今…きっと良い方向に進んでいる筈だ…君の事をファム・ファタールなどとは言ったが、君が導くのその先を私は陰ながら応援しているよ」


 真剣な顔で…でも、少し恥じらいを含みながら、怜夜さんは私をじっと見つめてお願いしている。

 やっぱり怜夜さん…すごくいい人だな。

 こんなの言われたら、怜夜さんの想いに応えなきゃいけなくなるじゃんか…!


「まっかせてください!私、麗奈のこと大大大好きなので!!どんと幸せにしてあげますから!!」


 どんっと胸を叩いて、元気よくピース!!

 太陽にも負けない笑顔を浮かべて、怜夜さんの想いにこたえる。

 怜夜さんは目をパチクリと瞬かせて私を見ていると、その口元が少しゆるんだ。


「ふ…君は相変わらずだな。けど、そんな君だからこそ麗奈を任せられる」

「まぁ私、麗奈の許嫁ですから!」

「頼もしい限りだ……それはそれとして…」


「さっきから盗み聞きとは…呆れるぞ、麗奈」

「へ?」


 急に、怜夜さんの視線が私ではなく、その向こうに向けられる。

 鋭い声が廊下を駆け回って、私のすぐ横を通り過ぎると…その"盗み聞き"していた人は、可愛らしい声を上げて飛び上がった。


「ぴゃっ!?」


 すごく聞き覚えのある声…。

 というか何その可愛い声、ぴゃってめっちゃ可愛いんだけど…!!

 それはそれとして、盗み聞きしていた人は丁度曲がり角の壁を背に隠れていたみたいで、その姿をおそるおそるとあらわす…。


「れ、麗奈!」

「な…なんで分かったんですか、お父様」

「柴辻君と話している最中、ずっと気配がしていたからな……まさか、終始ずっと聞いているとはな」


 え、そうなの!?

 と、驚く私だけど怜夜さんはスンとした表情で麗奈を見ている。

 麗奈はすっごく不機嫌そうに頬を膨らませて、ずんずんと私達の方に近付いてきた。


「だ、だって…!お父様が結稀さんに何かするのではないかと見張ってたんです!」

「親に向かって随分な事を言う……というより、お前には色々と言っておかねばならないことがある」

「きゅ、急になんですか…!」


 や、やばい…麗奈と怜夜さん、喧嘩してる!?

 なんとかして止めたいけど、今の私完全に蚊帳の外だし、何も言えないんだけど!


「まず最初に…最近たるみすぎだ、柴辻君が大切なのはお前の言動を見て知っているが、こんな破廉恥な服を着させたりセクハラまがいなことをしているのには…流石に親として悩むものがある……」

「ぐっ…い、いいじゃないですか!結稀さんは私のモノなんですから…!」

「そういう問題ではないだろう……全く、随分と屁理屈をこねるのが上手くなったものだな……」


 やれやれ…と頭を抱えて横に振るう怜夜さん。

 少しバツが悪そうに顔を顰める麗奈は、私の横に立ってぴたりと身体を近付けていた。

 すっごい警戒しているようで、怜夜さんをジロリと睨みつけている。

 別にそんな怖い人じゃないのになぁ…。


「…だがまあ、それは大した問題ではないのだ」

「な、なんでしょうか?」

「……………ここの屋敷は、建ってから長い年月が過ぎている」

「…はぁ」

「…物は基本劣化するものだ、故に部屋の壁も音を通すようになってしまう……」


 ここまで言ったら…分かるだろ?と言わんばかりに、怜夜さんはチラリと私達を盗み見てから、ふいっと顔を逸らす。

 何が言いたいんだろう?と二人して首を傾げる私達……でも、次の瞬間だった。


「「…………………!!!!」」

「……別に、文句を言いたい訳ではない。学生として節度ある行動をしなさい…」


 私達の身体が、一斉に燃え上がる…。

 怜夜さんが言いたい事が、分かっちゃったからからだ……!!

 

「…あ、あの、怜夜さんって昨日…夜に帰ってきたんですか?」

「……そうだ、と言ったら?」


 ……………私達の時間が、止まる。


 気まずさと恥ずかしさが私達を支配して、無限にも感じてしまう時間が…私達の間を漂う。

 ふわっとした注意だけど、怜夜さんはつまり…昨夜の出来事を知ってたんだ…!


 あわ…あわあわあわわわわわわわわわ!!


「「わーーーーーーーーーーっ!!!」」



※(あとがき


やっぱり投稿頻度少ないです、本当にすみません。

今回は二人の絡み少なめで、このお話の中でも珍しい男キャラ…怜夜さんメインの回です。


今回は単純に、親バレする話書いてみたいなーって思って書きました、元々のコメディ路線です。

しかし、怜夜さんってなんだかんだで人の思いやプライベートを尊重する良い人ですね。

構想初期の段階だと、麗奈のやる事なす事全部にケチ付けてくるイヤな大人として書こうとしましたが、なんか知らないけどすごくいい人に。


百合関係ないけど、いつか怜夜さんと堅次の過去の話とか書いてみたいですね。

まぁ、誰も望んでないと思いますけど…。

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