第56話 あなたは誰のもの?


「結稀さん、おはようございます♡ 」


 朝、目が覚めると…目の前に広がっていたのは、満面の笑みを浮かべて私の顔を見つめる裸姿の麗奈だった。


「…お、おはよう…ごじゃいます……」


 そして、対する私も裸…。

 一瞬で昨日の…昨夜の出来事を思い出して、恥ずかしさのあまりに顔を逸らして返事を返す。

 どーしよー…めっちゃ恥ずいんですけど。

 昨夜はなんか、色々とすんごいことしてたし…まだちょっと身体の節々が痛いっていうか…その、あの…めっちゃはずい。


「昨夜はどうでしたか?結稀さん♡」


 クスクスと笑って、昨夜の事を聞いてくる。

 私の反応を見てわかってるはずなのに、それでも感想を聞いてくる麗奈は…すごくずるい。

 胸に熱い感覚と、昨夜の出来事がフラッシュバックして…口元を尖らせながら、私は反抗的な態度でぽしょりと呟いた。


「よ、よかったよ……」


 すごく小さな声で、かつ私にしか聞こえない声で呟く……でも。


「ふふっ、とても気持ちよさそうでしたからね♡私も攻めた甲斐がありました♡」

「き、聞こえてるんかーい…」

「ええ、聞こえますとも♡ 結稀さんの声なら他の果てでも宇宙の向こうでも聞こえる自信があります♡」

「それは人間やめてるね!?」


 でも、実際に宇宙の向こうでも聞こえてきそうな感あるからなぁ…微妙にツッコミ辛い。

 って、今はこんなことしてる場合じゃなくて…!恥ずかしいから早く着替えないと!


「おや?もう私から離れるのですか?」

「だ、だって裸同士なの恥ずかしいし…それに、今日もバイトじゃん」

「ああ、確かにそうですね…でも」

「へ?んにゃあっ!?」


 それっぽい言い訳をして、そそくさと逃げようとする私に、麗奈は逃がしませんよ?と言わんばかりに私の手を掴むと、大きく引っ張った。

 ベッドの上でそのまま寝転ぶ形になった私に、麗奈は私の手首を掴んだまま…まるで狩人みたいな目つきで私を見つめていた。


「おはようのキス…まだじゃないですか?」

「き、キス?」


 じゅるりと、目の前のご馳走を楽しみに待ってるみたいに…麗奈は舌なめずりをする。

 

「いや、いやいや!昨日沢山したじゃん!」

「沢山しましたけど、それでも足りませんよ?それに…結稀さんだって、したいでしょ?」

「……っ!」


 図星だった……超図星だ。

 そーだよ!したいよ!!イヤイヤがってるけど、ホントは麗奈とキスするの、すっごくすっっごく好きなんだよ!

 甘くてとろんとして…すっごく幸せになれちゃうけど、それでも今はとてつもなく恥ずかしいんだよ!


 だって、だってさぁ!私昨日!麗奈に抱かれたんだよ!?あんなにも責められて…すごく気持ちよくて……めちゃくちゃにされて。

 麗奈の顔を今はまともに見れないくらい…めっちゃ恥ずかしいんだから!


 そ、それに大体…おはようのキスって。


「はら、結稀さん♪おはようのちゅー♡しましょ?」

「そ、それずるい…」


 悪戯っぽく笑って…私を誘ってくるの、ほんとずるい。


「だって私、結稀さんが好きですから♡いついかなる時もキスしたいんですよ♡」

「〜〜ッ!ほんと、麗奈って愛が重いよね!ヤンデレじゃん!」

「やん…でれ?」


 ぐいぐい迫る麗奈に、思わず溢した一言に麗奈の動きが止まる。

 きょとんとしたまま、目を点にして首を傾げる麗奈は「ヤンデレ」の意味を知らないみたいだ。

 まぁ、麗奈はお嬢様だし…知らないよね。


「えっと、ヤンデレはその…かくかくしかじかでぇ」

「ふむふむ…ああなるほど、つまりは愛が重いあまりに暴走した人間の事ですか」


 私の抱えるイメージは、なんか好きな人を監禁したり…怖いことしてきたり。

 あとは身の回りの人達に襲いかかってくるみたいな暴走列車……いや、麗奈をそんなやばい人種にカテゴライズするの中々最低だな私!?

 いやでも、実際に愛は重いし…。


「失礼ですね…流石の私も、結稀さんに危害を加えるような事はしませんよ!」

「ご、ごめん…流石に言いすぎたかも」

「でも…それだけ私の愛に意識してくれてるんですよね?嬉しいです♡」

「へっ?…そ、そう返されるとは思わなかった…」


 むしろ怒られてもいいのに…と思っていると、ふと私を掴んで離さない麗奈の手が少し強くなった気がした。

 というか、視線が…さっきより強い。


「でも、へぇ♪そうですか…世の中にはそのような方達もいるんですね♪」

「あ、あれ?麗奈…?」

「好きな人の為に何でもしてしまう…その気持ち、私分かります♡だって可愛くて仕方ないのですから…自分の手の内で収めておきたいのが…よく分かります♡」


 うんうんと頷きながら、麗奈はじっと私を見つめる。

 ニコニコと、愉快そうに笑みを貼り付けて…数秒の沈黙が流れると。


「ねぇ結稀さん、いっそのこと…私に監禁されてみませんか?」

「…れ、麗奈?」

「結稀さんと一夜を過ごして…私、更に結稀さんが大切だと気付きました、もう離れたくないと思えるほどに」


 だから、と麗奈は口を小さく開いて鼻先が当たるくらいの…もう、キスされるんじゃないかってくらいの距離で詰められる。


「私、結稀さんが誰かと喋ってる時…酷く不愉快な気分になるんですよ」

「だって結稀さんは私の許嫁で、私のもので、私の大切な存在なのに…いつ誰かに奪われるかと考えると…いてもたってもいられなくなるんです」

「それならいっそ、このまま私が結稀さんをこの部屋に閉じ込めて…永遠に愛しあうなんて…素敵な事じゃないですか?」


 まるで、名案と言わんばかりに妖しく笑う麗奈に…私はぞくりと肩を震わせる。

 だって、冗談とかじゃなくて本気で言っていると分かってたから。麗奈の愛がそれだけ大きいのを私は知ってるから…。


 だからだろう…そんな提案を受けて、私は内心こう思っていた。


 え、なにそれ…めっちゃ良い案じゃん…。


「って、いやいやいやいや!?」


 何考えたんだ私、何キュンと来てんだ私、何めっちゃ良い案とか思ってんの、何ときめいてんの私ぃ!!

 全速力で自分を否定して、首をぶんぶんの扇風機顔負けのスピードでぶん回す。

 だって監禁とか犯罪じゃんかぁっ!!


 麗奈は少し残念そうな表情を浮かべると、手首を掴んでいた両手の力が弱まった気がした。


「…ですよね、流石にこれは行き過ぎた気がします」

「へっ?」

「すみません…結稀さんと一夜を共に出来た事が嬉しくて…私らしくもなく感情のままに暴れそうになりました」


 苦笑混じりにそう言って、麗奈は遠ざかっていく。

 顔には反省の表情が貼り付いていて、酷く自己嫌悪に陥っているみたいだった。

 って、いやいや!!なんで麗奈が傷ついてんのさ!!


「ちょっ、ちょちょっ!違うよ!今のはすごく嬉しかったけど急いで自分を否定しただけだよ!!」

「え…?そう、なんですか?」

「そうだよ!大体、私は愛が重い麗奈のことが好きなんだからね!?一緒に過ごそうとか…むしろこっちが歓迎だし……」


 指をもじもじと絡めて…恥ずかしさを胸に私は自分の胸の内を晒す。

 どーしよー…けっこーはずかしいよこれ!


「…本当ですか?むしろ歓迎って…なら、結稀さんをこのまま閉じ込めて…愛してもいいですか?」

「ばっちこい!……と言いたいけど、監禁されると高校生活に支障が出るから…いや、そもそも色々問題が出るよね…?まあその、えっと…また今度、暇な時とか……どう?」


 …いやこれ、どういう会話なのさ。

 第三者目線で見たら理解不能な会話で、頭こんがらがっちゃうよ。

 てかなにさ、監禁するかどうかの話ってよく分かんないよ、意味わかんないよっ!


 まぁその…あれだよ、昨夜も言ったたけど私はネコなんだよ…。

 麗奈に攻められてる時…すっごく気持ちよくて、その…すっごく心地いい気持ちになれるし。

 麗奈に閉じ込められて…それでずっと愛されるとか…絶対、最高じゃん…そんなの。


「確かに、そうですね…でも、時間さえあれば結稀さんは受け入れてくれるんですね……ふふっ♡ 結稀さんって私のこと大好きすぎませんか?」


 納得した麗奈が、クスッと私を見て吹き出すと愛らしそうに目を細める。

 その瞳に映るのは、裸姿の私…それも、すっごく期待してるみたいな…頬を真っ赤に染めた私の姿が…。


「結稀さんって…ほんっとにネコちゃんですね♪」

「…そ、そーだよぉ、麗奈の事が好きで好きで仕方ないネコちゃんだよ…にゃ、にゃーっ!」


 ドキドキが止まらない、キュンキュンってときめいて、麗奈の顔をまともに見られない。

 死ぬほど頬が熱くて仕方ないし、ドキドキで逃げたくなるし…なんなんだよ〜!

 こんなにも苦しくて、こんなにもドキドキして…こんなにも楽しいのが恋なんて、もう滅茶苦茶だ…!


「それじゃあ、いつか時間を作らなければなりませんね♪その時に、結稀さんをこの部屋に閉じ込めて…結稀さんを私色に染めるんです♪」

「昨夜したことも、出来なかった事も♡沢山たぁ〜くさんシて結稀さんを喜ばせないといけませんねぇ♡」

「にゃっ…せ、せめて手加減を…」

「いやです♡全身全霊で甘やかして、私無しでは生きていけないようにしますから、覚悟しておいてくださいね♡」


 れ、麗奈無しでは生きていけない…?

 そもそも、今の私は麗奈無しじゃないと生きていけない状態なんですけど?これ以上麗奈にメロメロになっちゃったら、私四六時中麗奈と居なくちゃいけなくなるじゃん!


 いやまぁウェルカムだけどね!?でも、覚悟しないといけないくらい麗奈に愛されるとか…それはやばすぎる状況じゃん…。


 やばいなぁ…やばい約束交わしちゃったよぉ…。

 私、この先の未来どうなっちゃうんだろ?

 麗奈に全身を触られて…いろんなところを見られて…それで沢山愛を囁かれて…。

 麗奈は手加減なんてしてくれないだろうな、だって麗奈だもん…私大好きお嬢様だから…すんごいことしてくる。


 でも、あーもう…!

 めちゃくちゃにされちゃうの分かってるのに…なんで私の心臓ドキドキ鳴ってんだ!

 なんでこんなにも…嬉しくなっちゃうんだろ。

 どーしよ…今めっちゃ顔赤いかも、それを麗奈に見られたら…きっと揶揄からかわれるに違いない。


「ふふっ♪顔を真っ赤にして、このまま溶けちゃいそうですね?結稀さん♡」

「………い、言わないでよ♡てか、もう離してよ麗奈…」

「えー?まだおはようのちゅーもしてませんのに、離さないといけないんですか?」

「…柳生さんに怒られるからっ!」

「なら後で私から言っておくので♪それに、私は結稀さんのご主人様なんですけど?」

「ぐ、ぬぬぬぬ〜っ」

「うふふっ♡」


 だめだ、だめだだめだだめだ。

 何を言っても麗奈は反撃してきて、私は言葉を失って、喉が詰まる。

 痛いところばっかり突かれて、悔しさを表情に出しながら麗奈を睨むけど、所詮は負け犬の遠吠え…いや、睨んでるから負け犬の睨み?なんかダサいね。


 つまりは、今は麗奈が勝ってるから…麗奈は楽しそうに私を見下ろしている。

 にまにまと嬉しそうに笑いながら、麗奈は私が負けを認めるのを待っている。


 ちょっと前の麗奈なら、こんなにも挑発的で小悪魔な子じゃなかったのに…!一体誰が変えたんだ!!

 ………はい、私です。

 私が麗奈を小悪魔美少女に変えちゃったんです…まさか自分の首を絞める結果になるなんて、昔の私は思いもしなかっただろうなぁ。


「…あっ、そうでした♡」

「え?」


 馬乗りで私を見下ろしてた麗奈が、両手を合わせて何かを思い出す。

 すると、手を伸ばしてベッド近くにある棚に手を掛けると、そこから"何か"を取り出し始めた。


 なんだろ…あれ。


 麗奈が手に持ってるのは、輪っか状のアクセサリー?

 犬とか猫とかが付ける首輪のようにも見えるけど、サイズは人間用だ。

 じゃあつまり、あれはチョーカーなのかな?でもなんで突然……あ。


「あっ…」


 疑問に思った矢先、私は声を漏らす。

 そういえばと、チョーカーを見て浮かんだのは昨日の出来事。

 昨夜付けられた身体中に刻まれた赤いキスマーク…その少し前に刻まれた痕。


 私が誰かにられないようにと…考えすぎた麗奈が、シャワー室で刻んだ時に言ってた話…。


 ──永遠に残るような、そんな"証"が欲しい。


 キスマークじゃ、いつか消えてしまうから。

 だから私に…麗奈のものだって、首輪を付けておく。

 そしたら、私は麗奈の物だって…誰にでも分かっちゃうから…。


「…ほ、ほんとに…つけるんだ」

「はい♡ どこにも行かないように…誰にも奪られないように♡いっそリードを付けたい所ですが、それは流石にやめておきます」

「でも、付けなくても結稀さんは分かりますね?自分が誰のものなのか……ね?」

「……その言い方…ほんと、ずるいっ♡」


 麗奈の細い指が…するすると私の顎に触れて、指先が優しく肌をくすぐる。

 クスクスと小悪魔みたいな笑みを浮かべながら、くすぐる指は離れて…私の首筋をつぅーーっとなぞる。


 あーもう…ずるい。

 ずるいずるいずるいずるいずるいっ!

 こんなのダメ、ほんとダメ…以前の私達は私の方が麗奈の主導権を握ってたはずなのに…なんで立場が逆転してんの…!


 くやしいのにぃ…なのにキュンキュンしちゃう♡

 心の底から…麗奈の"物"だって認めちゃう♡

 

 好きなる…♡ばかになる…♡

 こんな可愛い顔して、沢山攻められて…沢山愛されて…沢山縛られてるのに♡

 麗奈に包まれるのが…すっごく嬉しいって、めっちゃ喜んじゃってる♡


 あーだめだ、だめだ私…。

 やっぱり私、麗奈には勝てないよ。

 こんなにも愛されたら、私は…。


「私…れ、れいにゃの…ものです♡」

「はい♡お利口さんですね♪ 結稀さん♡」

「にゃ、にゃぁ…♡」


 こうなっちゃったら、身も心も…全部麗奈に服従だ♡

 もう、監禁でも何でも…全部受け入れちゃう。

 だって好きだもん…好きって言われてたら、麗奈のこと…大好きになっちゃうよ♡


「それじゃあ結稀さん♡"首輪"今から付けますからね〜♡」


 チョーカーという名の、麗奈の物だと示す首輪が…私の首に迫ってる。

 赤色の首輪は、優しく私の首にぴとりと付くと…麗奈は丁寧な手つきで首輪着けてくれた。


 ああ、やばい…めっちゃ嬉しい♡

 私、麗奈のことヤンデレとか言ったたけど…私も私でやばいかもしれない。

 首輪を付けられて嬉しがる女の子とか…きっと私だけだもん♡


「えへ、えへへっ…どう?似合う?」

「はい♡とっっても、似合ってますよ♡」


 今、私はどんな顔をしてるのか分かんない。

 自分を客観視出来ないくらい、今は幸福で満ちていて…きっと考えられないくらいだらしない笑顔をしてるんだと思う。

 

 麗奈は…私を見下ろしながら、ぞくぞくと肩を震わせながら荒い息を吐いている。

 瞳の奥が情欲の炎で揺れていて、私のことしか見えていない♡


 唇を僅かに震えさせながら、麗奈は私の肩を掴んで…顔を耳元まで近付けて、優しく囁く。


「ねぇ、ゆうき…キス、していいですか?」

「にゃ、にゃぁぁ…」


 その囁きに、私はふにゃふにゃに溶かされて…こくこくと赤べこみたいに頷いて…。


 そのまま、私たちはキスをした…♡


(あとがき)


 気が付けば攻守逆転、関係も逆転。

 柴辻が天城を振り回していたのに、いつのまにか天城が柴辻を振り回す事に。

 これがミイラ取りがミイラになるって…コト!?


 愛が重くてヤンデレ気味な天城ですが、何でも受け入れてくれる柴辻も大概やばいなぁと思ってます。

 しかし、随分とキャラが変りましたね。

 孤高のお嬢様は気が付けば激甘ヤンデレお嬢様となり、好き好き金色陽キャはデレデレネコちゃんになってるし……。


 三章もあと数回で終わりなので、頑張って終わらせます。

 ではまた次回に…。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る