第49話 氷を溶かすには?
「なぁ、どうしてウチだけに素の自分を見せてくれんの?」
わーきゃーと激しく騒がしいはしゃぎ声を背景にして、ウチと凛ちゃんは涼むためにプールに入っている。
ちゃぷちゃぷと波が揺れるなか、ふとした思いつきを言いながらウチは水を手で
「きゃっ!突然なんですか…!」
ぴちゃっと水を頭から被って、凛ちゃんは可愛い声をあげると、その冷たい眼差しがギロリとウチの方に向く。
けど、怖いのは眼差しだけで凛ちゃんの声は怒ってなくて明るい。
「へ?なんとなく?」
「な、なんとなくで水を掛けるのやめてくれませんか?」
「あははっ!ごめんごめん!それで?なんでウチにだけは素を見せてくれんの?」
文句を言う凛ちゃんに、テキトーな言い訳を言うと、すかさず逸れかけた話題を元に戻す。
すると、凛ちゃんの眉間が僅かに寄った。
「誤魔化せませんか…」
「凛ちゃんとは長い付き合いだかんなぁ、イヤと思ってることはなんとなくわかんだよね」
だから全部お見通しだぜ?とニヤリと悪戯っぽく笑うと、凛ちゃんは「ぐぬぬ…」と声をあげて悔しがる。
ははっ、これだよこれ。
ウチの知る凛ちゃんを見て、ウチは内心喜んでいた。
「まあ、ウチと凛ちゃんって基本店でしか会えないしさ?こうやって遊ぶのも何かの縁だし、もっと凛ちゃんのこと知っておこうと思ってんだよ」
長いこと凛ちゃんと友達でいるけど、実際のところはあんまり知らねえ。
趣味は酒を飲むことと、高い酒をコレクションすること。
仕事はぼかされて知らなかったが、お嬢様の警備とかいう、見た目と相まって納得しかできない職業。
でも実際は、結構可愛らしいとこあるっていうか…普段はなーんかつらそうっていうか…。
だからまあ、ウチは凛ちゃんの事が知りたい。
ただの友達だけど、別に相手を知ろうとすることは悪いことじゃないんじゃん?
「な、ウチだけ教えてくれよ?」
「……まぁ、これだけ晒したら、もう何もを晒しても問題はないですよね…」
「おっ?ノリいいじゃん♪」
「朧さんだけですよ…こんな私を見せるのは」
凛ちゃんは息を大きく吐くと、プールサイドの方へと移動して腰をかける。
スレンダーな身体をゆっくりと腰かける姿は、なんていうか…キレーだと思った。
「私がどうして朧さんに素の姿を見せるのか…と言われると、あなたが私の一番最初の友人ですから、というのが答えです」
ウチが見惚れていると、凛ちゃんはサラッとそう答えた。
い、一番の…友達、ほお…ふぅん…なんか、そう言われたらめっちゃ照れる…。
「それは、なんか…ありがと?」
「ふふっ、ありがとって感謝したいのは私の台詞ですよ?」
「いや、だって凛ちゃんから一番最初の友人って言われるとは思わなくてさ…つか、凛ちゃんウチ以外友達いないのか?」
そうだ、ウチ以外ってそんなのおかしい。
凛ちゃんはウチのり年上だから、友達なんて関係いてもおかしくないはずだ。
なのに、凛ちゃんは静かに頭を横に振ると、ウチを見て否定した。
「いませんよ、あなた以外…親しい関係の人間は」
「…まじ?」
「まじです」
苦笑混じりに、そう茶化す。
なんて返答したらいいのかわかんなくて、ウチはこの長い沈黙の中…一生懸命脳を回転させていた。
いや、なんだよそのクソ重い返答は…親しい人間がウチしかいないって、んだよ!!
「…それ、天城とユウキは入ってないのか?」
長いこと考えて、絞り出した言葉を凛ちゃんに言う。
「私の親しいは、素の自分を出す間柄の事ですからね…お嬢様や柴辻様には見せてないです、なにより私は私であるからこそ、素の私を見せる訳にはいきません」
「…それ、理由とかってあんの?」
口を尖らせて、ウチは不機嫌気味に言う。
というか、不機嫌になるだろ…こんなの。
凛ちゃんを知りたくて質問したら、思った以上に重いし…なにより、なんでそんな悲しそうな顔してんだよって、怒りたくなる。
「…言う必要、あります?」
「ある、めっっちゃある!」
そんなのアリアリだろ!と凛ちゃんに詰め寄りながら言うと、慌てた様子で凛ちゃんは一歩引く。
そして「そうですか…」と困惑気味に首を捻ると、諦めたのか首をこくんっと縦に振った。
「わかりました…言います」
はぁ、と少し躊躇いのこもった溜息を吐くと、凛ちゃんはつらつらと語り始める。
それは…あまり、よくない話だった。
◇
凛ちゃんの家系は、あのお嬢様の家に
主人に仕えることを喜びとし、仕事とする家の娘として生まれた凛ちゃんは厳しい訓練に日々を費やしていた。
幼い頃からこんな仕打ちを受けても、凛ちゃんは『苦しい』とか『理不尽』という気持ちは抱かなかったらしい。
ただ、誰かの為に…家の為に、という思いを胸に地獄みたいな訓練を乗り越えた。
「私はその当時、家の皆が喜ぶ姿を見たくて頑張ったんです…私自身、どれだけ辛くても家族が「頑張った」と褒められたいためだけに、頑張ってきました」
でも、と凛ちゃんは続ける。
厳しい訓練の果てに、凛ちゃんは感情を表に出すのが
唯一の目標だった、家族に褒められることも「それは当たり前のことだ」と一蹴された。
学生時代は感情が表に出せないのもあって、気味悪がられてた。
完璧な所作や行動もあって、ロボットだと陰で言われていたとか、苦笑混じりに言ってた。
「私は、今まで家のために努力して来ました。実際感謝はしていますよ?こうしてお嬢様達の側にいられるのですから…でも、ふとした時に考えてしまうんです」
「もっと、年相応に…わがままをしていれば、今よりも自分を前に出せていたのではないか?…と」
……………。
「だから、凛ちゃんっていつもそんな冷たい顔してんワケ?」
「そうですね、内心色々考えていますが余程のことがない限り表情は崩れませんよ」
「じゃあさ、声がいつも淡々としてんのもそれが理由なん?」
「はい、声は表情と同じで感情一つで変わりますから、だから常に抑揚のない声でないといけないと、叩き込まれましたから」
…んだよ、それ。
ぎゅうっ…と爪で皮膚を突き破る勢いで、怒りに任せたウチは拳を握る。
なんで、なんで凛ちゃんはそんな淡々としてんだよ…と怒り任せで叫びたくなる。
そんな親、今すぐぶんなぐってやりてぇ…!陰口言ってたやつを蹴り飛ばしてやりてぇっ!!
それに、なにより…!ウチが一番に怒りたいのはッ!!!
「…ごめん、ウチの我儘で…イヤなこと思い出させちまった……!」
──ウチ自身だった。
「ど、どうして謝るんですか!?」
「…言いたくなかっただろうし、なによりウチが我儘言ったせいでもあるし…だから、ウチを今すぐ殴ってくれ!!」
「なぜ!?」
なぜもなにもだ。
ただ「知りたい」とかの思いつきで、凛ちゃんの暗い過去を暴いたウチが…とにかく許せなかった。
聞かなきゃ良かったと後悔してる、このまま掘り返さなければ、凛ちゃんが思い出す必要もなかったのにと自分をぶん殴りたくなる。
けど、後悔と自責の念に「殴ってくれ」と懇願するウチに待っていたのは…パンチじゃなかった。
それは、優しい声だった、
「…いいんですよ、少しの後悔はありますが私自身そういう生き方を選ぶしか他ありませんでしたし…なにより、今はあなたがいますから」
「へ…ウチ?」
氷の表情がわずかに溶ける。
そこには優しい微笑みを浮かべる凛ちゃんの姿があって、ウチは…その微笑みに釘付けになる。
「ええ、私朧さんのおかげで少しは素直になれたんですよ?だってほら、こうして笑えてる」
「わ、笑ってるて…それ、小さく笑ってるだけだろ…」
「でも、笑えてますから。朧さんと知り合う前の私なら、きっと唇一つも動かせなかったでしょう…でも、こうして笑えるのはいつもあなたが私の話し相手になってくれたからですよ?」
「主従関係でも仕事の関係でもない…初めて仲良くしてくれたあなただからこそ、私はこうして笑えてるんです。だから、怒らないでください朧」
そっと頬に手が触れて、じんわりと熱を帯び始める…。
それは、ウチに渦巻く怒りを溶かしていくようなあたたかさだった。
凛ちゃんは優しい。
男っぽいとか、冷たい表情とか言われてっけど…それでも、本当はこんなにもあったかい人なんだ。
…過去を聞いたことに、後悔はある。
聞くんじゃなかった、掘り返すんじゃなかったと今でも思ってる。
でも、こんなにも優しい人を…ウチはそのまんまになんて出来ない。
凛ちゃんの過去を知ってしまったばかりに、新しい目標が出来ちまった…!
ウチが凛ちゃんの唯一の友達なら…おせっかいだけど、やらなきゃいけねぇ事がある。
「なぁ、凛ちゃん」
想像するのは、破天荒で距離の近い…アイツの影。
アイツの隣には、大切な人間がいる。
でもそいつは、大の人間嫌いだったらしい…でも、アイツはその破天荒さでその人間を釘付けにしてしまった…。
なら、ウチもその手法を使う。
どうしても…凛ちゃんから、笑顔を見てみたくなった。
満面の笑顔を…この目で見たい!!
「ウチとさ」
「はい」
──結婚を前提に親友にならねえ?
※
あれ?なんでこうなった???
二人ではしゃいでいたらウェイ系のお兄さんに絡まれて一悶着ある話を書こうとしたら…たれ?なんで???
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