第48話 しるしと素の姿


 好きって気持ちを私は知らない。

 悪戯いたずらに好きを語る癖に、そのじつ本当の意味を私は知らなかった。

 私の好きは友達に向けるもののほうの好きで、恋愛の方の好きは昨日まで理解出来なかった。


 なのに、理解した途端に湧き水のようにドキドキが溢れ始めてくる…!

 沢山キスをして…沢山愛を囁かれたら、こんなにもドキドキするのは当たり前なのに。

 今日のドキドキは今までの比じゃない!

 まるで身体の奥底が満たされたみたいに、充足感でいっぱいになる。


 麗奈の側にいるだけで、鼓動が速くなる。

 麗奈がそこにいるだけで、釘付けになる。

 今すぐここで、麗奈と手を繋ぎたい。

 二度と離してやるもんかってくらい、指を絡めて熱を感じてたい。

 溢れそうになるこの想いを、言葉にして叫び出してしまいたい!


 おかしくなっちゃった気分だ。

 以前の私が曖昧になって、どんな会話をしてたのか朧げになってる。

 どんな対応が正解なんだろう、どんな風にこの気持ちを伝えたらいいんだろう?

 そんな事ばかり考えて、私は無言を貫く。


 どきまぎどぎまぎと…初めての気持ちに戸惑いと焦りを覚えながら立ち尽くしていると、麗奈が私を見つめてくる。


「それでは、そろそろ出ましょうか?」

「あ、うん…そうだね」


 そういえば、私達ずっとシャワー室にいたんだった。

 麗奈のことばかり考えてたから、ついさっきのことなのに記憶喪失みたいに思い出せない。

 頭の中が麗奈の事で埋め尽くされてるから、他のことを考えることが出来ない…。

 のだけど、何か重要なことを忘れてる気がして私は渋る。


 なんだろう…さっきまで、すごく幸福に満ちてた事をしてたんだけど、すごく恥ずかしいことをしてたような?

 この個室のシャワーで、こう…ものすっごいキスしてたよーな………。


 ほわほわほわんと…思い出すのは、麗奈の唇と悶えてしまうくらい恥ずかしい会話…。

 ぶしゅうぶしゅう〜と細かい内容を思い出した私の頭に煙が巻き上がると、今の自分がどういう状況なのか思い出す。


 自分から「して」ってお願いしておいて、今更恥ずかしくなるなんてバカすぎるよ。

 でも、流石にやりすぎというか…はずかしすぎるというか。


「ま、まってよ麗奈!」


 首元を、隠すように手で覆いながら麗奈を呼び止める。

 すると、濡れた亜麻色の髪を揺らしながら振り返る。


 透き通るような輪郭と絶世すぎる美少女の顔を向けられて…一瞬言葉が詰まったけれど、私は麗奈に釘付けになったまま、手で隠していた首元を見せるようにさらす。


「ね、ねぇ…どうなってるかな?」


 やばい…はずい。

 ここには鏡がないから…自分から確認することが出来ない。

 だから、今ここで麗奈に見てもらう必要がある。


 じくじくと体に熱が灯って、恥ずかしさが身を焦がす。

 目を背けたくなりそうな気持ちを抑えながら、私は麗奈をじっと見つめていると…麗奈は。


「…ええ、とても似合っています♡」


 うっとり…と充足感に満ちた笑みを浮かべて、麗奈の声が色をびる。


「に、似合ってるとか…そーいうのじゃなくて!」

「だって、言葉通り似合っているのですから答えたのですよ?」

「わ、私が聞きたいのはキスマークがどんな感じなのか聞いてるの!」


 声を荒立たせて、満足そうに笑う麗奈に首元を見せつけるように見せる。


「どんなの…そうですね」


 麗奈の声が聞こえる。

 甘い吐息が…私の首元を優しくなぞる。

 絡みつくような熱い視線が私を捕まえて、じくじくと疼きが湧き上がった。


 びくびくと…体が過剰に反応しちゃう。

 麗奈に首元を見られてるだけなのに、なんでこんなにとドキドキしちゃうの?

 

「私の付けたあとが…しっかりと結稀さんの肌に焼き付いています♡」

「…っ!」


 麗奈の声に甘みが増す…。

 思わず息を呑んでのけぞる私に、麗奈はのがさないと言わんばかりに、私の首に手を添える。


「もう、これで誰のモノなのか…一目瞭然ですね?結稀さんには見えないでしょうけど、小さな唇の痕が…たぁくさん♡付いてるんです♪」


 くりくり…と小さな指で首元を優しくつつく。

 きっとそこにはキスマークがあって、鼻歌混じりに麗奈は、小さな指でそぉーっとなぞり始めた。


「もう、結稀さんは私のモノになっちゃいましたね♡ ですが、私…これだけでは満足出来ません…」

「ま、満足って…ひゃんっ♡」


 ぞわぞわ〜って、首筋から快感が昇る。

 甘い声が口から溢れ出ると、麗奈はその瞳に更なる情欲を宿して…私の耳に囁くように言った。


「痕だけでは…いずれ消えてしまいます。ですから私、永遠に残る証が欲しいんです」

「そ、それってなんなの?」

「…首輪です♡」

「へっ?」


 弾む口調で麗奈が答える。

 思わず聞き返すような声をあげて、私は麗奈を見た。

 冗談なんかじゃない…本気の顔だ。

 すっごい笑ってるのに、目が本気すぎるよ!


「結稀さんが私のモノだと分かりやすく示すための首輪が欲しいんです♡ですから…今、首輪が欲しいなと思いまして♡」

「く、首輪って…それはもうほんとに、モノ扱いじゃんっ!」

「でも… 結稀さんは言ったじゃないですか?私のモノになるって…私を、結稀さんのモノにしてくれるって」

「い、言ったけど!そ、そんなのはずかしいよ…!」


 赤面しながら、私はふるふると首を横に振るう。

 確かに私はもう麗奈のものだけど、首輪なんてしだしたら…恥ずかしくて死んじゃうよ!


「でしたら、チョーカーでどうでしょう?」

「え?」

「後日、結稀さんに似合うチョーカーを渡すので付けてください♡首輪ではないですし、アクセサリーなので付けてくれますよね?」


 ずいっと詰め寄る麗奈の提案に私は思わず身を一歩引く。

 そ、そうきたかぁ…って思いながらも、まあチョーカーならいっかって考えちゃう辺り、本当に麗奈のことが好きだなぁって実感する。


 そ、それに…。


「な、ならいいけど?」


 麗奈からの贈り物とか…絶対欲しいし。

 テディベアとか、超大事にしてるもん…。


「では結稀さんに似合うチョーカーを用意しますから待っててください♡」

「……あ、ありがと」


 なんか、ちょっとくやしー気分。

 素っ気ない感謝の言葉を吐いて、ふいっと視線を逸らす。

 私だって…麗奈にプレゼントとかあげたいな。


 ようやく好きって気付いたんだから、麗奈がすっごく喜んでくれるプレゼントをしてあげたい。

 以前あげたペアリング、今も大事にしてくれてるし…もう一度喜ぶ姿を見てみたいな。


 すっごく可愛くて…飛び跳ねるくらい喜ぶんだろうな。

 プレゼントかぁ…チョーカーをくれる時に合わせて、私もなにか考えないと…。

 

「それでは結稀さん」

「え?なに?」


 考え事をしていると、麗奈の声に意識を呼び戻してそむけていた視線を元に戻す。

 すると、目の前には麗奈の手が向けられていて、麗奈は優しく微笑んでいた。


「手を取ってください♪」


 ステップを踏むみたいに、弾むような声で麗奈が言う。

 なにこのお嬢様…めっちゃ可愛いんですけど!と内心叫びながら、私はその手を取ると。


「結稀さん、このままウォータースライダーなんてどうでしょう?私、初めてですが結稀さんとなら絶対楽しめると思うんです!」

「ウォータースライダー!いいね、行きたい行きたい!」


 麗奈の提案に心が弾んで、さっきのことをすっかり忘れてしまった。

 いつものテンションで、私と麗奈は更衣室から出る。

 出迎えるのは相変わらずギラギラ輝く太陽。だけど、イヤになる熱気なんてなんのそのって感じで、私達はプールに駆け出した!



「…あの二人、どこいったんだよ」

「見失いましたね…」


 じーわじーわとうっせえ蝉の鳴き声が聞こえてくるプールで、ウチらは丁度日陰になってる木の下で休んでいた。

 もちろん隣には凛ちゃんがいて、涼しい顔をしてるのに声はいつもより元気がない。


「今頃、ウチらの知らないとこでイチャイチャしてんのかなぁ」

「最近のお嬢様は歯止めの効かない様子ですからね…柴辻様が苦労する姿が思い浮かびます」


 あーたしかに…。

 頭の中で苦労するユウキの姿を思い浮かべてから、思わずウチは苦笑する。

 しっかし、ユウキのことよりも…だ。


「二人きりだし、もっと素を出してもいいんじゃないの?凛ちゃん?」

「………」


 チラリと、凛ちゃんを盗み見る。

 氷のように佇む凛ちゃんに、意地悪をするみたいに見つめていると…氷の表情に汗が伝う。

 つぅーっと頬を駆けると、汗はそのまま顎の方へと滑り落ちて…地面を濡らす。


 すると、凛ちゃんの頬が…ぐにゃっと緩んだ。


「ほんっとうに…あついですよね」


 ふにぇら…っと氷みたいな顔から一転、凛ちゃんが私だけが知る凛ちゃんになる。

 おうおう、やっと元の凛ちゃんに戻った!なんてウチが歓喜していると、凛ちゃんは睨むようにウチをみた。


「仕事中ですから、いつもの私は見せられないって…言いましたよね?」

「別にいいじゃん、天城とかユウキがいるわけじゃないんだしさ?」

「〜〜っ!それでも、私がこれまで積み上げてきたイメージが崩れ去るんですよ」


 そんなの気にしてんの?と思わずビックリしてから、ウチはいやいや…と手を大袈裟に振って否定する。

 だってウチは、ウチだけが知る凛ちゃんを知ってるからだ。


「イメージって、ウチの知る凛ちゃんはいつも酒を買いに来て、氷とかいうイメージとは真逆のふにゃふにゃな表情を見せるお姉さんなんだけどな?」

「…ふ、ふにゃふにゃは余計ですよ、というか私の素は朧さんしか知らないんですよ?これ以上私の素を見せたくないんですよ…」


 いつもより柔らかい口調と態度でぶつくさ言いながら、凛ちゃんは大きく息を吐く。


「ですが…まあ、最近張り詰めていたので少しは気が楽になりますね…」


 ん〜っと背を伸ばしながら、凛ちゃんがチラチラと私を盗み見る。

 なんだよ…と見つめ返すと、身体を伸ばすのを中断した凛ちゃんが、心配そうに言った。


「ぜ、絶対言わないでくださいよ?」

「言わねーよ」


 フッと凛ちゃんの弱々しい姿に、思わず笑みを溢れちまう。

 これが、ウチしか知らない凛ちゃんの姿。

 そして、そんな凛ちゃんと一夏の思い出が始まるのだった。



昨日は投稿できなくてすみません。

理由は最近の謝罪の多さで理解してくださるとうれしいです。

今回は、休んだにも関わらずうまく書けなかったと反省してます。

今回は、イチャイチャしだす柴辻と天城を書いて、柳生さんの素の姿を最後に書きました。


突然の素の状態に混乱すると思いますけど、まあそういう人なんだと思います。

というか、そんな素の姿を知っている瀧川はつまるところそういう立ち位置なのです。


このお話は『お互いしか知らない姿』を意識しながら書いているつもりなので、これからどういう姿を出していくのか楽しみにしてくれると幸いです。

次回も投稿が遅れると思いますが、よろしくお願いします。

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