閑話 第36話のおまけのつづき
「ねぇ、どうしたんですか?」
「うおおっ!?」
電信柱に身を潜めていた身体がびくりと飛び上がる。
アメフト選手のような大きな身体が、兎のようにぴょーんっと跳ねると、心臓をバクバクと鳴らしながら堅次は声の主を見た。
「君は…」
「あ、どーも!」
明るい声と笑顔で、彼女は「よっ!」と挨拶するように手を振る。
長く伸びた濃い金色の髪がしゃらりと音を立てて揺れて、翡翠色の瞳が人懐っこそうに堅次を見つめていた。
随分と派手な子だな…と堅次は思う。
着崩した制服に、染めたような金髪…一体どうして自分に声をかけているのかさっぱりわからない。
だが、彼女は堅次の背後にある建物を見て、きょとんとした表情で言った。
「
「は?え?」
さも当然のように言う彼女に、堅次は慌てて背後の建物と彼女を交互に見る。
背後には古ぼけたアパートがあった。
塗装が一部剥げ落ちており…いたるところが古く、見ていて不安になる。
しかし、そのアパートの一室に堅次の想い人である由沙さんが入っていったところを堅次は見ていたのだ。
その一室を、目の前の女子高生は
もしかして彼女は…と、ある事実に気付いて堅次は震えた。
だ、だがそれがなんというのだ!と堅次は妄想を振り払って目の前の女子高生を見る。
身体付きが良く、視線も怖いため目の前の女子高生は一瞬後退りをしたが、堅次は思い切って口を開く。
「実は、だな…」
「あのアパートに、俺の気になる相手がいるんだ!」
詳しい名前を伏せて、堅次は思い切る。
すると、少しだけ怪しんでいた女子高生は急にぱぁっと表情が明るくさせた。
翡翠の瞳を大きく煌めかせ、距離を取っていたはずが一気に距離を縮めてくる。
「え〜!ええ〜!?私ん家のアパートに好きな人いるの!?どんな人どんな人!」
「き、急に距離が近いなぁ!?」
なんだこの女子高生は!と狼狽するものの、堅次はこれはチャンスではないか?と考える。
目の前の彼女は、多分由沙さんと関係のある人間だ。なら、今ここで情報を聞き出すのが一番だと堅次は思うと、こほんっと咳払いをして堅次は言った。
「とりあえず…場所を移そう、ここだと話し声が迷惑になるからな」
◇
「え、どんなメニューも頼んでいいの!?」
「ああ、そのかわりに色々と相談に乗ってもらうからな」
「わかってるって!」
メニュー表を見て目を輝かせながら、目の前の女子高生はあれがいいかこれがいいかと試行錯誤している。
堅次は何も頼まずに、きゃぴきゃぴと騒ぐ女子高生を見ていて…不安に駆られていた。
女子高生と見ず知らずの大人の俺が…こんな所にいていいのか?
昨今はそういう事件に厳しいし、もし誰かに通報なんてされたら我が社は終わってしまうぞ!!と堅次の背中に玉のような汗が走る。
そんな堅次の不安もつゆ知らず、目の前の女子高生はとりあえずと店で一番巨大と謳われているパフェを頼んでいった。
値段は2000円台にも行くもので、なんでもと言った反面…怒るに怒れない。
そこは遠慮して安いのを頼むだろ…!
と、静かに拳を握りながら堅次は思ったが、それよりもと顔を近付ける。
「そのだな…俺はあのアパートに好きな人がいて、告白するのを躊躇っている状態なんだ」
「たしかに!おじさんのあの感じ、絶対告白できてないんだろうなーって思ってたよ!」
「おじ…まあ、そうなんだが。君に相談したいのはつまりだな…告白するにはどうしたらいい?という話なんだが…」
どうだろうか?と堅次は反応を見る。
女子高生は金髪を揺らしながら「うーん」と考え込んでいると…頼んだ巨大パフェがやってくる。
写真通りの巨大さで、果たして食いきれるか…とこっちまで不安になるが、女子高生は不安も出さずにスプーンでアイスをすくう。
そして、口に運びながら彼女は言った。
「ほもほも、おひはんとふひはひほっへほほはへひっへんほ?」
「食べながら言うな…!」
もごもごとスプーンを咥えたまま喋る女子高生に注意をいれると、すぐさまスプーンを口から離す。
「そもそも、おじさんと好きな人ってどこまでいってるの?」
ああ、なんだそう言うことか…と納得した反面、堅次はぴしりと石のように固まる。
どこまで……どこまで!?
一目惚れをして、ストーカー行為をして家を特定しましたなんて…誰に言えようか!?
堅次はぐうう…と唸り、考えてから、大事な部分を隠して正直に話した。
「一目惚れなんだ…まだ、話したこともない」
「あ、そうなんだ…ん?ならなんで相手の家のこと知ってるの?」
ぎくり…と堅次の肩が飛び跳ねる。
疑問に思うのは確かだが、そこを問われると社会的問題になってしまうからやめてほしい!!
とりあえず、今は危機脱出の為に話を変えねば…!
「そ、そこは別にいいだろ!?とりあえずだ!好きな人と距離を縮める為にはどうしたらいい!?君、そういうの得意そうだろ!」
「あ、なにその偏見!私彼氏とかいたことないから!」
いないのかよっ!!
その派手な金髪もそうだが、完全に彼氏とか居るような風貌に見えたぞ!?と堅次は謎のショックを受ける。
しかし、アテにしていた反面…堅次は悩む。
女子高生を連れ回した挙句、高いパフェを奢って収穫なし…?
柴辻の人間たる俺が…?
ぐわんぐわんと足元が揺れる錯覚に襲われる堅次。
しかし、後悔先に立たず…目の前の女子高生は相変わらずとパフェを頬張っては、満面の笑みを浮かべてうまそうに食べている。
「無駄足だったな…」
はぁ、と女子高生を眺めながら溜息を溢す。
しかし、それを見ていた女子高生はパフェを頬に入れたまま、更に頬を膨らませって「むう」っと唸った。
「もごもごもごご!!」
「いや、飲み込んで話せ!!」
「もが、もががっ…!ふう……無駄足って言い方ひどくない!?」
「いやそうだろ!?」
すかさず、うおおいっ!?とツッコむ。
が、それでも不服そうな彼女は堅次をじろりと睨みながら言った。
「おじさんってさ、もしかしてだけど…対して仲良くもない人に告白しようと考えてるでしょ?」
「む…仕方ないだろ、俺は今まで色恋とか興味は無かったんだ…恋だとか、初めてなんだよ」
おかしな話だと、堅次は語りながら思う。
学生時代、堅次は柴辻家の人間として相応しい生き方をしていた。
学友はそれに相応しい人間だけを集め…一部面倒くさい亜麻色の髪の人間もいたが、そこに『恋』などなかった。
恋は毒だと、堅次は考えていた。
だが、歳を取るにつれ考えが変わったのか…それとも本来の自分の心に気付いたのが定かではないが、それでも…あの一瞬、堅次は恋に落ちた。
心臓に矢が刺さって、抜けない。
昂る気持ちを吐き出したくて、気持ちを言葉にして伝えたい。
本来の自分とはかけ離れた姿に、本来の堅次は苦笑を浮かべるだろう。
だが、それほどまでに人を好きになるというのが、これほどまでに楽しいことに堅次は気が付いた。
だから、歳のかけ離れた女子高生に恋の相談とかいう訳の分からない行動を起こす。
だから、普段は気にもしない知らない子供にパフェを奢る。
本当に…俺はどうしちまったんだと頭を抱えたくなる。
だが、それでも叶えたいこの想いを胸に秘めながら、堅次は深呼吸をした。
「……好きな人に近付くために、なにをしたら良いと思う?」
「へ?近づくために?」
「そうだ」
「…うーん、普通は趣味とかじゃないかな?趣味の話を広げて〜みたいな?」
「初対面なんだから趣味とか知る訳ないだろ」
おっと、それもそうだ…と女子高生は目を丸くしてから、首を捻ってもう一度考える。
そして「あっ!」と何かを閃いたのか、彼女の頭に電球が浮かび上がった。
「初対面の人でもさ、仲良くなれる方法ならあるよ!」
「む、それはなんだ?」
「それはさ……!」
◇
「おはようございます」
「へっ?あ、社長さん…!おはようございます!」
朝一番に、廊下を掃除する清掃員の前に立つと、その大きな身体を自慢するように堅次は大きく立つ。
緑の清掃衣を着た彼女は、酷く驚いた様子でぺこぺこと頭を下げると、挨拶を返して来た。
「えっと…どうかしましたか?」
清掃員…由沙さんは困惑した様子で堅次を下から覗き見る。
堅次は相変わらずの仏頂面を決め込んでおり、二人の世界は逃げ出したいくらいの沈黙が支配していた。
「あ、あの…」
「由沙さん…ですよね?」
数秒の沈黙を破る小さな声。
それを遮る、堅い男の声は緊張を孕んだその視線を由沙さんに向けて、喉を絞らせる。
先日、パフェを奢った女子高生の言葉を堅次は脳裏の中思い出す…。
──私ってさ、口癖があるんだ。
──口癖?それがなんの助言になるんだ…。
──まあまあ!でも、この口癖のおかげでたくさんの友達がいるし、きっとこの口癖をおじさんも使えば距離を縮めれるはずだよ!
──本当かよ…。
──それで、私の口癖はさ……。
「由沙さん」
「は、はい!」
「私はいつも、あなたの頑張りを見てました…とても素敵です、好きになりました!」
──『好き』だよ!
勇気を振り絞った堅次が、その後どんな道を進んだのかはわからない。
だが、近い未来…堅次と金髪の女子高生がもう一度出会う事になるとは、まだ思いもしなかった。
※
いい加減おまけの続き書かないと、と思って投稿しました。
本編はお休みです。
最近は閑話ばかりでつまんないと思いますが、許してください…本編のこと考えるの結構難しいんです。
それはそうと、今日…あ、昨日か。
Twitterでつばさ様が宣伝動画を作ってくれました…本当にありがとうございます。
感謝の昂りのあまりにダークウェブみたいな動画を送りつけた事にはここで謝罪しておきます…。
それでは
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