第44話 プールへゆこう!①


 ちょっと恥ずかしい一夜を乗り越えて。

 それからも私のメイド生活は変わらなく続いてく。

 二日目ともなると、昨日の失敗を振り返りながらなんとか仕事をこなして、麗奈のお願いを聞く。

 昨日ほど激しいものじゃなく、多分だけど…昨夜のこともあって麗奈にも考えるものがあったみたい。


 麗奈、私のこと好きすぎて色んなことを考えちゃう癖があるんだろうな。

 だって麗奈、私なんかよりもすごいもん。

 でも、考えすぎるのはやめて欲しいなぁと許嫁の私は思ってたりする。まあ、好きでそう思ってくれることにむず痒さを覚えちゃうんだけどね。


「よしっ!ここも掃除終わりっと!」


 埃一つないピカピカ綺麗に仕上がった部屋を見て、私は誇らしげに鼻息を吹き上げる。

 昨日注意されたところは完璧に覚えて無駄なくやったし、昨日よりも念入りに仕上げている。

 この仕事ぶりはメイド冥利に尽きると言うか、柳生さんも褒めちゃうくらいの出来栄えでは!?


 なーんて、思ってたけど。


「ここ、汚れが付いています」

「そこは、そうするのではなく…」

「柴辻さん、あれはですね…」

「あ、あはは…」


 私の自信は粉微塵に打ち砕かれた…。

 自分自身気が付かなかったあらを瞬時に見つけては、すぐに指摘する柳生さんに焦りを通り越して苦笑がこぼれる。

 さすが長いこと麗奈の付き添いしてるだけあって気付くところが違う…。


 調子に乗っててごめんなさーい!と内心涙目で柳生さんの凄さを味わった私は、すっかり元気を失って項垂うなだれる。

 すごいなあ、やばいなぁ…と歴然の差を見て圧倒されて、やる気ががれてく。

 そうしていると、柳生さんが淡々とした口調で私の肩をぽんっと叩いた。


「そんな気張らなくても大丈夫です、あなたはバイトの身…出来なくて当然のことを完璧にこなさなくてもいいんですよ?」

「で、でも…」

「柴辻さんの悪い癖…出ているんじゃないですか?」

「え……?」


 悪い癖?と私は首を傾げる。

 すると柳生さんは気付いていませんでしたか…と呟いて、口を開く。


「旦那様の時もそうでしたが、あなたは完璧を求めすぎる傾向があります。以前にも言いましたが、あなたは誰かの為に頑張りすぎている」

「それがお嬢様の為なのは知っています、ですが少々気張りすぎなのではないでしょうか?」


 柳生さんがそう言って…私は唇を強くむすぶ。

 確かに、柳生さんの言う通り…私は麗奈に凄いって…ぎゃふんと言わせたくて頑張ってる。

 でもこれは、誰かの為じゃなくて私個人の為にしてることだと…そう思いたい。

 

「まあ、私が言いたいのは頑張りすぎないよう忠告がしたいだけです」


 そっと肩に手を添えられて、柳生さんの冷たい表情が、わずかに溶けて微笑みが浮かぶ。


「なので、身勝手ながら提案をしたいと思いまして…」

「提案?」

「はい」


 柳生さんがクスッと微笑を浮かべると、スーツのポケットから四枚のチケットを取り出した。

 子供がプールではしゃいでるフリー素材のイラストが描かれたそのチケットには、聞いたことのない名前のプール施設が書いてあった。


「明日、皆様方を招いてプールで遊ぶ…というのはどうでしょうか?」

「そ、それってもしかしてあれですか?プールの招待券みたいな?」

「はい、知り合いに貰いました」

「知り合い?」


 私の知る限り、柳生さんに関わりの強い人って一人しか見当たらない。

 それはほんのつい最近に知った意外な女の子で、私のよく知る女の子だ。

 思い浮かぶのは、トレードマークの龍が描かれたスカジャンと鋭い目付きが特徴の私の友達。


 私は朧ちゃんを連想しながら、柳生さんに思い切って尋ねてみた。


「もしかして、朧ちゃんに貰ったんですか?」

「っ…す、鋭いですね」

「おおっ…ビンゴ!」


 わかりやすいくらい狼狽うろたえる柳生さん。

 見事答えを当ててみせた私はニヤリと笑って、柳生さんにじりじりと詰め寄ってみる。


「すっごく仲良しですね♪」

「ま、まぁ…はい。朧さんとは最近共通の目標が出来たのもあって、以前よりも交流するようになったんです…それで」


 四枚のチケットをぴらっと動かして、柳生さんは言う。


「目標?」

「はい、柴辻様とお嬢様をより…いえ、今のは関係ないですね」

「なにそれめっちゃきになるっ!」


 こほんっと咳払いをして隠す柳生さんに、私はぐぐいーっと顔を近付ける。

 あせあせと表情を崩す柳生さんに、もう少しだーっ!と勢い付けたけど、柳生さんはいつもの冷たい表情に戻ると、冷たい声で私に言った。


「それよりも、仕事がまだ残ってます。頑張りましょう柴辻

「あ、柳生さんってば逃げたー!そうやって仕事の話に切り替えるのずるいー!」

「ずるくないです、ではやりましょう今やりましょう」


 テキパキと機敏に動き始めて、私は唸る。

 切り替え早すぎでしょー!と思いながらも、私はやるべき事をやるために仕事モードに切り替えるのだった。



「それでさ?柳生さんから明日プールに行かない?って誘いが来たんだよ」

「柳生さんがそのようなことを考えていたんですね…」


 昼休憩中、麗奈と話し合いながら昼食を食べていた私はさっきの事を話題にする。

 麗奈は意外そうに目を見開いて驚いていて、すぐにその表情が不安に曇り始めた。


「プール…ですか」

「どうしたの?プールがイヤとか?」

「いえ…イヤという訳ではないのですが…その、お恥ずかしいことに私には水着の持ち合わせがないんです…」


 申し訳なさそうにしょげる麗奈、私もその事を聞いて「あっ!」と思い出したように声を上げた。


「そうだった…私も水着買ってない!」


 そうだよ、プールといえば水着!!

 水着とはステータス!!

 再婚前は水着なんて買う余裕ないから学校指定の水着で諦めてたけど、今ならそういうザ・女子高生みたいなの出来るじゃん!


 色鮮やかなやつとか、フリフリのついた可愛らしいのとか!…ちょっと攻めて、派手なやつとか選んでみたい!試着してみたい!!


 昔憧れていた夢を思い出して、私はバッと身をひるがえすと麗奈の手をぎゅっと掴んだ。


「今から行こうよ!水着を選びに!」

「い、今からですか?それは少し急すぎでは…」

「いやいや!麗奈も見たくない?私の水着姿を!」

「…水着、姿」


 渋る麗奈に『私の水着』というワードを聞かせる。

 すると、麗奈はピシリと石のように固まった…。

 多分、私の考えつかないような想像を…脳内で繰り広げられてるんだと思う…!

 

 それから数秒ほど待って、目をギンッと開眼する麗奈は私の手を握り返して興奮気味に顔を近付けて言った。


「行きましょうっ!今すぐ!!」

「わ、私が言うのもあれだけど熱意がすごいっ!」

 

 恥ずかしさと熱意を混ぜ込んで、真っ赤に染まった麗奈の押しに押されて…私は引き気味に頷く。

 一体…なにを考えてその熱量を生み出してるんだろう?


 少し興味を抱きながら、私達は柳生さんの元へ水着を買いに行く事を伝えにいくのだった。



 結稀さんの水着姿。

 結稀さんの……水着、姿。


 脳内で想像を膨らませる私の中には、着せ替え人形で遊ぶように結稀さんに沢山の水着を着替えさせていました。


 例えば、おとなしめの水色の水着。

 プールの青に溶け込むように似合う色…。

 その水着を着た結稀さんと…プールではしゃぎながらデート……!


 さ、最高では!?

 と、興奮するのも束の間…いけないいけないと私は自制をします。

 昨夜も思ったのですが最近の私は暴走気味です、少しばかり欲望を抑えることを覚えないといけません!で す が……。


 水着…結稀さんとプールデート!

 それなら、欲望を全開にして最高の水着を想像しても良いのではないでしょうか!?

 

 おとなしめの水着もいいですが、やはり結稀さんと言えば太陽のように明るいその性格!

 なら少し派手目かつ、フリルの付いた黄色を基調にした水着なんてどうでしょう?


 照りつける太陽に照らされて、プールサイドではしゃぐ結稀さん…。

 私はその太陽を追って、そのまま抱きついてプールに飛び込む…!そして、水中の中で隠れてキス……♡


 ふふ、うふふっ…!なんて最高なシチュエーションなのでしょう?

 そんなの、絶対に経験したいじゃないですか!


 で、でも…折角の水着姿。

 それならもっと…もっと派手なのを選んでも良いのではないでしょうか?

 た、例えば黒のビキニ…とか?

 結稀さんに似合いそうですし、あの体付きの良さならビキニは絶対似合うと思うんですよ!


 絶対…ぜったい……。

 どうしましょう、想像しただけでもえっちなのですが!?


 いえ、ビキニもそうですが…やはりもっと際どいものとかどうでしょう?

 布面積の少ない水着や、もはや水着と呼んでいいのか怪しいV字ラインの水着!

 いえ、もうここは絆創膏で…!って何を考えてるんですか私!!


 ぶんぶんっと想像を頭で振り払って、邪念を消し去ります。

 あらぬ姿をした結稀さんに少しだけ寂しさを覚えながら…私は恥ずかしさを胸に、深呼吸をします。


 今の私は…淫らすぎます。

 決めたじゃないですか、自制をする事を!


 なのに、気が付けばあんな事を考えて…馬鹿じゃないですか!

 そう、自分に言い聞かせて…私は結稀さんを見ます。


 ……かわいい。

 いろんな水着を着させたい…。

 いろんな反応を見てみたい。

 喜ぶ姿も、少し恥ずかしがって頬を染める姿も…真っ赤に染まって逃げ出しそうになる姿も…私の瞳に残したい。

 

 そう思い始めて…私は今の立場に気付きます。

 そうですよ、結稀さんは私のメイド…私のお願いを何でも聞いてしまう可愛いメイドなのですから…恥ずかしい格好をさせてしまえばいいじゃないですか!


 そ、それなら結稀さんはやってくれますし…私はご主人様なんですし!


 そうですよ…私はご主人様なんですから、これは仕方のないこと。

 そうなったら、もう今すぐ行くしかありませんよね!


 私は目を見開いて、結稀さんを見ます。

 結稀さんは驚いて身を跳ねると、私は構わず言いました。


「行きましょうっ!今すぐ!!」


 

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