第43話 おませなふたり②


「あの…その、とりあえず…キスとか、しちゃう?」

「へっ!?」


 先程、結稀さんを想像して行為にふけっていた私は…ものの見事に結稀さんに知られてしまいました。

 恥ずかしくて、みっともなくて…今すぐにでも逃げ出したい気持ちを抑えていた私に、結稀さんは頬を染めてそう言いました。


 想像にもしてない返答に、声がうわずって両目が大きく見開かれます。

 じんじんと痛みを覚えながらも、私はおずおずと様子をうかがうように結稀さんの近くに寄り添います。


「そ、それって…!」

「……いや、まあ…うん」


 私の頬が熱をび、赤に染まる中… 結稀さんは頬をポリポリといて気まずそうに視線を逸らす。

 この反応は、もしかしなくても…そうなのでしょうか?いえ、もう確定なんでしょうか!!?


 内心、私は焦りと興奮で一杯でした。

 結稀さんのこの様子を見る限り、もうそうでしかないと結論が付いてしまいます。

 罪悪感にひたっていた私の心が、ぎゅんぎゅんと力を取り戻していく感覚を覚えました。


 結稀さん…もしかして、いえ…もしかしなくても誘ってるんですか!?

 わ、私と…そーいうコトを、誘ってるんですか!!?


 でなければ私の痴態を見てなお、結稀さんがこのような事を言うはずがありません!

 だって、許嫁が屋敷に居るのにも関わらず…行為に耽るような私ですよ?なのにそれを知ったのにも関わらずキスを願うなんて…そんなの!


「し、したいです!」

「わ、わあっ!すごいがっつくね!」


 したいに決まってるじゃないですか!!

 と、もじもじと恥ずかしがる結稀さんにぎゅうっと抱きついて返事をします。

 というより…あんな私を知って、それでも私を思ってくれる結稀さんに、キュンと来てしまいました。


 もうドキドキが止まりません、結稀さんのことが余計に好きになっちゃいました!!


「結稀さん…!もう、どれだけあなたの事を好きになればいいんですか!」

「へっ!?なんかキレてる?…いや、えっと…まあ麗奈とならその…してもいいかなって、思ってたし」

「そ、それはつまり…!」


 ふいっと顔を明後日の方へと向いて、結稀さんの言葉がふにゃふにゃと形が不安定になっていきます。

 そんな姿を見て…私はドキッと胸が高鳴りました。


「つまり…結稀さんも、そのようなことを想像してた…ってことですか?」


 まさか!と思って尋ねると、結稀さんの頬が余計に赤く染まりました。

 どうやらその通りのようで、黙ったまま視線を合わせてくれません…。


 へぇ、ふぅん…そうですか、私だけじゃ…なかったんですね…。


 ふふっ…えへへっ♪


「結稀さんも、えっちなとこあるんですね♪」

「…麗奈が、あんなことばっかりするからじゃん……」

「〜〜♡」


 どうしましょうどうしましょう!

 今の結稀さんの姿を見て、とめどなく愛情が溢れます。

 好きという言語だけでは伝えきれないくらいの想いを、結稀さんに伝えたいくらい今すぐキスをしたい!


 なんでこの人は…どうしてこの人は私にとって嬉しいことを平気でしてくれるんですか!

 やること全部嬉しくて、もう結稀さんしかいらないって思っちゃうくらいです!

 …いえ、私にはもう結稀さんしかいらないので今のは訂正しますが、それくらい結稀さんが好きなんです!


「で、では…キスしませんか!いえ、もう今すぐしたいです!」

「…うん、じゃあ…麗奈、きて?」


 小さな声で…切なそうな表情で、結稀さんは私の方へと向くと、そっと目を閉じました。

 カーテンが掛かるように…黄金の髪が唇を隠します。


 私は…そのカーテンをそっと手で退けると、長いまつ毛と小さな唇が私の目の前に飛び込んで来ました。


「……結稀さん」


 ぽしょりと名前を呟いて…結稀さんの顔をまじまじと見つめる。

 ああ…なんて可愛らしく、綺麗で素敵なお顔なんでしょう?


 黄金の髪は…私の目を奪い、太陽のように笑うその顔は私の心を惹きつける。

 そして…その桜色の唇に、どうしようもなく劣情をいだいてしまう。


 温泉の時も…私、すごくドキドキしてたんです。

 それで、いざしてみたら…ものすごくドキドキして満たされたんです。

 今まで、何も必要としてこなかった私が、喉から手を伸ばしたいと思うほどに…私を満たしてやまない甘いつぼみ…。


 そんなつぼみを、私だけ占領出来るのが…何よりもうれしくて、心がはずんで、私は唇へと顔を近付けます。

 

 甘い匂いが鼻を付いて、結稀さんのお顔が私を魅了して…心が爆発するほどに叫びをあげて…。

 私の唇に…柔らかい感触と、甘い蜜のような…とろける甘さが口に広がりました。


「んっ…♡」

「ふ、ぁっ…♡」


 艶かしい声が…唇の隙間に漏れている。

 キスは、言い換えれば唇をただ当てるだけの簡単な作業…なのに、じんわりと満たされる感覚と同時に全身がむず痒くなるんです。


 足にち力が入らなくなって…逆に肩を掴んでる両手に力が入ります。

 もっとしたい…もっと近付きたい。

 そう思って、とろける思考の中…私はぐいっと顎を前に出しました。


「ん、むっ…んふぅ…♡」

「あむっ…ぁ、ふぁ♡」


 お互いの鼻息が…荒い。

 甘い吐息が顔に掛かる。

 

 一度唇を離して…とろんと蕩けた瞳で、私達は見つめ合います…。

 もう、キスのことしか考えられませんでした。

 知性はそこにはなく、ただもっとしたいという欲望だけを…私は結稀さんに向けます。


「…結稀さん♡」

「れ、麗奈ぁ…♡」


 唇に…たらんと光る唾液の橋が掛かっています。

 結稀さんは欲情を掻きむしるような、切ない声をあげて私の服のすそをきゅっと握ります。


 ああ、なんて…なんて扇情的な表情をするんですか!!

 艶やかで、淫靡で切なそうな結稀さん…もっと私で満たして、私のことしか考えられないようにしてあげたい。


 もっと私に夢中にしてあげたい…。

 もっと…!もっと!!


 きゅんきゅんと下腹部が疼いて仕方がありませんでした。

 私は結稀さんを見つめたまま、顔をそ〜っと近付けてもう一度唇を重ね合わせます。


 今度は…舌を入れます。


「あ、あむ…はぁ、ゆう…きぃっ…♡」

「れーな♡あっ、んむっ…はぁ、んぁっ♡」


 ちゅぷちゅぷ♡…ねちゃねちゃ♡

 唾液の絡まる音が、鼓膜を震わすように弾けます。

 舌のなめらかな感触と、唾液の生温かさが私達の舌をぐちゃぐちゃに溶かして…境界線を曖昧にしていく。


 だらしなく…唾液が口の中から溢れて、それでも夢中になって舌を絡める。

 ちろちろと舌先を遊ぶように回したり、唇をなぞるように舌で舐めたり…。

 ぎゅうっと舌を絡めて…長い時間そうしあったり、唾液の海に溺れて蕩けたり。


 お互い、言葉はありませんでした。

 首筋や頬にキスをして、無言のまま愛情を示し合うのです。

 ふふっと微笑んで、とろけた表情のまま私達はキスに没頭する…。


 もう、これだけでも満足でした。

 これ以上を望んだら、もう私は私じゃなくなると…漠然とそういう感覚を持ってましたから。

 だって、こんなにも可愛くて…素敵で、美しい結稀さんをもっと自由にできる。


 それは、なんて素晴らしいことかと…思ってしまう反面、私は怖いと思うのです。

 温泉の時も…没頭しすぎた結果、私は結稀さんに嫌われるような真似をしたことがありましたから。


 結稀さんが望んでいても、やっぱり怖いんです。

 また、嫌われたらどうしましょうって…知らない内に考えるんです…。

 この関係が、突然突き飛ばされたら…私はもう生きていけない…。こんな風にしたのは結稀さんなのに…必要な結稀さんがいなくなったら、私は死んでしまう。


 そう思ったら…私の手は、気が付けば止まっていました。


「れー…な?」

「は、はぁ…はぁ」


 荒げた息のまま…私達は見つめ合います。

 気が付けば、私は結稀さんを押し倒し、胸を揉んでいました。

 柔い感触が手に伝い、ぎょっと驚いてから…手に掴んでる胸をもみもみと揉みます。


 もう片方の手は…結稀さんの下に潜り込もうとしていた最中でした。

 下着の中に入り…腰回りに手を添えていて、私は急いで手を戻します…。


 熱で呆けていた意識が…吹雪で凍らされていくように冷えていく。

 急に…今しようとしたことが、怖くなってきました。


 結稀さんは…どうしたの?と心配そうに私の顔を覗き込んでいます…。

 私はパクパクと口を動かしたあと、考え込んで…そして。


「…も、もう寝ませんか?」


 苦し紛れの苦笑を浮かべて、私はそう提案しました。

 まだ身体は熱を帯びたように疼くのに、心は吹雪のように冷たかった…。

 結稀さんも驚いているのか、声も上げずに目を見開いて私を見ている、それから…少しの沈黙が流れた後、結稀さんは言いました。


「…怖くなったの?」

「お見通し…ですか?」

「なんか、温泉の時の麗奈を思い出しちゃって…それでね?」


 あははと思い出し笑いを浮かべて結稀さんは言うと、私の肩をそっと掴みます。


「私に嫌われるの、こわい?」

「…あたりまえじゃないですか、結稀さんは私にとって大切でかけがえのない存在なのですから」


 相槌を打つ結稀さん…優しい声に、心がにじんで…視界が薄くぼやけそうになります。

 それでも、私は続けて口を開きます。


「結稀さんに嫌われたら…私、もう全部無くなっちゃうんです…昔みたいに強くありませんから、あなたがいなくなると私はもう立てなくなる…」


 だから、この先に手を出して…それで嫌われたらどうしようかと想像した途端。


「すごく…怖くなりました」

「私が麗奈のこと見放す訳ないじゃん…って言いたいけど、麗奈はそれが怖くなったんだよね?」

「はい…」


 こくんっと子供みたいに頷くと、結稀さんは「そっか」と頷いて…ふわっと、温かい感触が私を覆いました。


「じゃあさ、もう寝ちゃおっか?このまま一緒に抱き合って寝よーよ?昨日みたいにさ♪」

「結稀さん…」


 いつもの、砕けたような笑顔で結稀さんは笑ってる。

 その笑顔に、心に巣食っていたもやもやが一瞬晴れたような気がしました。

 同時に…心が満たされる感覚も覚えます。


 結稀さんは、本当に…私の欲しいものをくれる。

 欲しいと思った時に、欲しい言葉をくれて…私を満たしてくれる。


 これだから…結稀さんが好きなんですよ。

 

「結稀さん…欲しいものあります?」

「へ?突然なになに!?」


 結稀さんを抱きしめて…頭を胸に埋めながら、私はぼそぼそと言います。


「私の全てを換えても…結稀さんに感謝を伝えたいです…結稀さんに私をもっと好きになってほしいんです…」


 今よりも…もっと好きになって欲しい。

 結稀さんの中を…天城麗奈でもっともっといっぱいにしたい…。

 24時間…全部私のことを考えて、他の人なんか見ないような…そんな人になって欲しい。


 例え天城家の財産を使い果たしてでも…私の全てを悪魔に売り払ってでも、結稀さんにそう思わせたい。思って欲しい。


 そう願うのは…わがまま、ですか?


「…麗奈の全ては、いらないかなぁ」

「…………」

「だって、麗奈が消えちゃったら意味ないからさ!それに、これからも私は麗奈のことをもっと好きになると思う!少なくとも、麗奈とキスしたいって思ってるくらい私は麗奈のことが夢中だよ?」


 ひたいをこつんっと弾いて、結稀さんは笑いかけます。

 私はぼうっと呆けて…それから、クスッと笑いました。


「欲張りすぎましたかね?」


 今全部を求めなくても… 結稀さんは私を見てくれますか?と私は結稀さんを見つめます。

 結稀さんは照れくさそうに頬を掻くと…恥ずかしがりながら。


「うん、そうしなくても…私は麗奈のこと、好きになるよ」


 と、笑いました。

 

 それから、私はいてもたってもいられなくて、そのまま結稀さんを抱きしめて…押し倒しました。

 結稀さんの体温を…肌で感じながら、お互いの吐息を耳に吹きかけて、両足を絡める。


 心地よくて…ドキドキして。

 夢の中を歩いてるような…そんな曖昧さを覚えながら、私達は夢の世界へと…旅立つのでした。

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