第40話 お嬢様の命令は絶対②


「キスしてもいいですか?」

「へっ?」


 微笑む麗奈が、そっと私に抱き付く。

 上目遣いでチワワみたいにふるふると震える目で私を見つめると、麗奈は「んっ…」と顔を上げだした。


「え、へ?えぇっ…?」


 唇を上げて、キスを待つ麗奈の姿に…私は困惑を隠せない。

 めっちゃ可愛いけど、なんで急にキスをしなきゃいけないの!?とテンパっていると、一向にキスが来ない事に、麗奈は「むぅ…」と不満気に唇を尖らせて口を開いた。


「今の結稀さんは私のメイドでしょう?なら、私の言う事を聞いてください!」

「そ、それってつまり?」

「…ご主人様の命令を聞くのがメイドのつとめでしょう?」


 ふふっと小悪魔みたいに笑って、麗奈が言うと…私の頬に手をえて麗奈は続けて口を開いた。


「柳生さんにも言われませんでしたか?私の言う事は…って」

「それって……あっ!」


 聞いて、私は思い出す。

 バイトの内容を言ってる最中に、柳生さんが釘を刺すみたいに言っていた事を…。

 麗奈の言う事は絶対、私はてっきりなんかの冗談だと思ってた。でも、今この状況に置かれて私は理解する…!


 麗奈、昨日からずっとこの状況の事を考えてたんだ…!

 だからわざわざバイトとか言って私を誘ってきたんだ!だって、麗奈が雇用主になったら私を好き放題に出来るから!!


 なにせ今の私はメイドだもん!


「だ、だから麗奈はずっと上機嫌だったの!?」

「おや、気付かれちゃいました?でも、もう遅いですよ結稀さん♪このお仕事は私のお世話までふくまれているので…私の言う事はしっかりと聞いて貰いますからね?」


 うふふっ…と正体を表した麗奈が、小悪魔の笑みを隠さずに、頬にえていた手をくすぐるように頬をく。

 私は、してやられた…と顔を歪めることしか出来なかった。

 でも、そうさせているのは私からの愛情だから、怒るに怒れないんだけどね。


「…メイド服のスカートがやけに短いのも、寝泊まりするとこが麗奈の部屋なのも全部麗奈が仕組んでたってワケね…」

「はい♪」


 絶対なにか考えてるよ…とは思ってたけど、ここまで考えてるなんて思いもしなかった。

 むぅ〜…っと頬を膨らませて麗奈をジト目で睨むけど、麗奈は何も効きませーんと言わんばかりに飄々ひょうひょうとしていた。


「ふふっ♪今は私のメイドなんですから、命令はきちんと聞いて貰いますよ?」

「ううっ…分かったよ、でも」


 でも、と付け足して麗奈に指をす。


「麗奈の好き勝手になんか、させないからね!ぎゃふんって言わせてやるんだから!」

「あらあら、随分と交戦的なメイドですね♪」


 麗奈に屈してなんかやるもんか!と宣戦布告をするものの、麗奈はクスクスと笑っていて相手にもされてない気分だ。

 ぐぬぬ…と歯を強く噛んでいると、麗奈は「さて」と呟いて、顔を近付ける。


「では、業務通りキスをしてください♪」

「〜〜ッ!はいはい、分かりましたよお嬢様!」


 お嬢様呼びをして、麗奈がウキウキと肩を踊らせてる。

 くっそー!とその様を見て悔しさを覚えながら、私はドキドキと心臓を鳴らしながら麗奈の唇に顔を近付ける。


 もう何度もしてるのに、やっぱりこれだけは慣れないなぁ。

 顔を近付けるたびに香る麗奈の甘い匂いが鼻を突く。

 そういえば前に、良い匂いがする相手は相性がいい相手って書いてあったなと関係ないことを思い出す。


 私、そういうのは迷信だと思うけど…麗奈の甘い匂いを嗅いでるとクラクラしちゃう辺り、これって実は本当じゃないの?って思ったりしてる。

 まずいなぁ、私…麗奈に毒され続けちゃってる。


 そう思いながら、私の唇は麗奈の唇と重なり合って…数秒ほど密着し合うと離れていった。


「…ど、どーでしたか?お嬢様」


 ぶっきらぼうに感想を尋ねるのは、私なりの反抗だ。

 せいぜいキスの余韻で恥ずかしがればいい!と思っていた矢先、麗奈の浮かべる表情に思わずドキリと心が跳ねた。


「えへへっ♡とても幸せです♡」

「…っ!」


 言っちゃえば幸福そうな顔だった。

 頬をこれでもかってくらい溶かしていて、水にひたしたんじゃないかってくらいふにゃふにゃになってた。

 笑顔も限界をとどめてなくて、ふにゃふにゃと線が上手く描けてないみたいにぐちゃぐちゃだ。


 えへへ…と幸せそうな声をあげながら、麗奈はだらしない笑みを浮かべてる。

 それが、あまりにも可愛くて…抱きしめたい衝動に襲われる。

 なにこのお嬢様…なにこの私にしか見せてくれないだらけきった顔!!


「あーもう…ほんとすき」

「私も好きですよ結稀さん♡」


 知ってるよもう…と逆ギレするみたいに呟くと、麗奈はふにゃけた頬のまま言った。


「それでは私、部屋に戻りますね。休憩中の邪魔をしてすみませんでした!それでは…また後にお呼びしますね」

「い、今と同じのまたやるんだ…」

「はい♪私、結稀さんのご主人様なので♪」


 自慢するようにそう言うと、麗奈は「それでは」とステップを踏みながら帰っていった。

 その後ろ姿を見て、なにあのお嬢様…と私は呆れ半分と愛おしさを胸に秘めて、麗奈の背中を見つめていた。


「…めっちゃかわいい」


 うん、かわいい。

 ぎゃんかわすぎる…。


 はー…と溜息を吐いたあと、私は昼休憩に戻ってからそのあと。

 午後からも厳しい仕事が始まり、私はヒーヒー言いながら仕事をこなしていった。

 その時折に、麗奈からの呼び出しがあって、私は耐えながらも恥ずかしい目に遭うのだった。


「ゆ、結稀さん…その、スカートの中覗いてもいいですか?」


 ある時は部屋に呼び出されて、もじもじと震える麗奈にそう言われて恥ずかしがりながらもスカートの中を覗かせたし。


「結稀さんの身体…少しの間だけ触らせてください!」


 またある時は、廊下でばったり会った瞬間麗奈にふとももとか二の腕とか…髪とかを触られたりしたり。


「結稀さん!私の頭を撫でてください!」


 またまたある時は、麗奈から可愛いおねだりをされたりして、綺麗な髪を優しく撫でたりする事があった。

 そうして、仕事とお嬢様のお願いに翻弄ほんろうされながら走っていると…気が付けば時刻は夕方になっていた。


「……もうこんな時間なんだ」


 はふぅ〜…と息を吐きながら、2階廊下の窓を見つめて私は呟く。

 気が付けば太陽が降りていて、世界は真っ赤な夕焼けに包まれている…夏だからかやけに赤くて、ちょっとホラー感を感じさせる。


 時計も19時に差し掛かっているところで、そろそろ夕食の時間になる頃だ。

 そして、私がこの時間にやるべきことは浴室に行ってお湯を溜めておくこと。


 ぼーっと立っていられない!やるべき事を思い出した私は浴室まで早足で移動する。

 廊下は走っちゃだめですと柳生さんから言われてるから、もどかしい気持ちを抑えて私は浴室にやってきた。


「すご…」


 初めてみる、麗奈の屋敷のお風呂。

 ぼそっと感想をこぼして、私は辺りを見渡す。


 温泉旅行の時にも負けない豪華ぶり…。

 私ん家のお風呂も結構広いけど、やっぱり麗奈の屋敷は広さが段違いだ…。

 やっぱ金持ちってすごいなぁーと感心しながら、私はお湯を入れ始める。


 よし、これで少し待てば湯船が溜まるだろうと、私は浴室から出ようとしたその時だった。


 ガララ…と音がする。

 それは、誰かが入ってきた音で私は驚きながら音の方を見た…。

 そこには、生まれたままの姿で麗奈が立ってた。


「へ?麗奈…?」

「あれ?結稀さん?まだ掃除をしていたのですか?」


 きょろきょろと、辺りを見て麗奈は察すると、苦笑混じりにぺこりと誤った。

 

「すみません、もう終わっているとばかり思っていたので…」

「あ、ただ間違えただけなんだ…なぁーんだ、てっきりまた…」


 あはは〜と笑いながら、私は言葉を止める。

 あぶないあぶない、余計なことを言いかけたと口を縫い止めていると、麗奈がむうっと頬を膨らましていた。


 やばい…ばれちゃってら。


「また、お願いされると思ってたんですか?心外です!」

「だ、だっで麗奈がえっちなのが悪いんじゃん!」


 スカート覗いたり…身体を触ってきたり!

 頭を撫でててって言われるのは、可愛かっけど!それでも麗奈えっちじゃん!脳内ピンクで私のこと大好きすぎお嬢様じゃんか!


「わ、私はえっちじゃありません!結稀さんが可愛すぎるだけです!」

「はぁー?それを言ったら麗奈の方が可愛いけど!?」

「か、かわ…!そ、そーですか!ありがとうございます!」


 顔を真っ赤にして、お互いに息を切らしたまま呼吸をしていると…麗奈がチラリと私を見て言った。


「と、とりあえず結稀さん…」

「な、なに?」

「背中、洗ってくれませんか?」


 無防備な背中を私に見せて…麗奈は言う。


「へっ!?」


 私が困惑して後ずさると、麗奈は恥ずかしがりながら続けて言った。


「あと、前も洗ってくれませんか?」

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