第39話 お嬢様の命令は絶対 ①


 いい案があります。

 お泊まりしたその日の夜、麗奈は笑いながらそう言っていたけど、結局朝になっても麗奈の考えは私には分からなかった。


 朝起きた後、私と麗奈は抱き合うようにして眠っていたらしく…その光景を見ていたお母さんは終始ニヤケ顔で、ことあるごとに抱き合っていた事を茶化しにきた。

 そんな面倒なお母さんを振り払ったあと、朝食を食べ終えた私達は麗奈が帰るので見送ろうって話になったんだけど…。


 麗奈が私を見てひょんなことを言い出す。


「結稀さん、バイトしてみませんか?」

「バイト?」


 はい♪とやけに上機嫌に返事を返されて、なんだろうと興味が湧き出る。

 そんな私の心境を察したのか、麗奈はニコニコと笑いながら私の方へと顔を近付けて言った。


「私の屋敷で住み込みのバイトをしてみませんか?」

「え?麗奈の屋敷…住み込みで?」


 麗奈はこくりと頷く。

 麗奈の屋敷…あのすっごく広いお屋敷を、住み込みでバイトするってことは…。


「え、それってつまりメイドってこと?」

「そうです、屋敷のお手伝いさんを結稀さんにしてほしいのです!それなら、夏休み中でも私と一緒にいられるじゃないですか」

「あっ!つまり麗奈の言っていた『いい案』ってこのことだったのか!」


 なるほど!と納得して、掌の上をポンっと拳で叩く。

 それにしても、メイドかぁ!何気に憧れちゃう存在だよね〜!

 漫画とか小説とか、映画とかでも見るような人達だもん、まさか私にメイドをやるチャンスがあるなんて……そんなの!


「やるやる!麗奈のメイドに私なるよ!」


 やりたいに決まってんじゃん!

 ぐいっと顔を前に出して、私はやる気に満ちた笑顔でそう言うと、麗奈はそう言うと思ってましたと言わんばかりの笑顔で、私に手を差し伸べる。


「衣食住は私が提供します、お給料も期待しててください。なので、このまま私と来てください結稀さん」

「へっ?い、今から!?」

「はい、私…あまり長い時間結稀さんと離れたくないので♪」


 う、そんなこと言われたら…その手を取るしかないじゃんか!

 澄ました顔で麗奈が言って、私の頬に熱が灯る…。

 日に日に可愛いカッコよくてなってるな…と感想を溢しながら、私はお母さんの方を見た。


「と、ということで今からバイト行ってくるね?」

「もう…少しくらいここに居てもいいのに結稀ったら…」


 はぁ…と溜息を吐いて、呆れた声が私にぶすりと刺さる。

 ご、ごめんなさいお母さん…数ヶ月ぶりなのにすぐに離れるようなことをして…。


「ま、楽しんでいらっしゃい、麗奈ちゃんは将来のお嫁さんなんだから、仲良くしないとダメよ?」

「わ、わかってるよお母さん…!じゃあ、私行ってくるね」

「はい行ってらっしゃい」


 手を振るお母さんに見送られて、私は麗奈の手を取る。

 白くて細い手が私の手をぎゅうっと握ると、私はその手に引かれて外に出た。


「お母様、色々とお世話になりました。結稀さんを絶対大切にしますね」

「なんならめちゃくちゃにしていいわよ?」

「本当ですか!?」

「ちょ、何言ってんの二人とも!?」


 こうして、私は麗奈に連れられて実家を後にしたのだった。

 でも、私は知りもしないだろう…。

 憧れでもあったメイドが、バイト生活が…あんなにも大変で、麗奈に迫られるなんて。



「わぁ…素敵です、とても似合っていますよ結稀さん♪」

「そ、そうかな?…それにしてもスカートが短いような気がするんだけど…」


 屋敷に着いたあと、私は柳生さんに連れられてメイド服に着替えさせられて麗奈の前に立っている。

 姿見に映っている私は、お世辞抜きにしても結構似合ってると思う。


 黒を基調にした丈の短いミニスカートは麗奈が勧めてきたもので、ふともも辺りがスースーする。

 夏だから結構涼しいけどね。

 それに、メイドと言えばのお馴染みのフリルの付いた白いエプロンと、同じくフリルの付いたカチューシャ。


 まさしく正統派と言った感じのメイド姿は、派手で有名な私の髪にも合っている。

 なんだろ…夢にまで見たメイド服を着ている事にすっごくウズウズしちゃう!


「んふふっ♪」


 鏡の前で一回転。

 やっぱり可愛い、超可愛い!

 でもやっぱりスカートの丈が短すぎる気がするけど、まあ細かいところは全然おっけー!


「それで?私は今日からどうしたらいいのかな?」


麗奈と柳生さんを交互に見て、私は仕事内容を聞く。

 バイト自体は前の学校でもやってたから、結構慣れている。だから、どんなのが来ても大丈夫だ。

 そう思っていると、柳生さんが静かに口を開いてスラスラと一言も噛まずに言った。


「まず、屋敷内の清掃です。玄関から部屋の一室一室まで隅々まで行い」

「そして庭の草毟り、洗濯、夕食の準備など、他にも色々あるのですがそれらを行ったところで業務終了という形です」

「け、結構重労働の予感するんですけど!」


 はわわわわわっ!と戦慄する私に、柳生さんはしれっと「そうですね」と肯定する。

 つまり私がやることは家事全般らしく、それらをこなせばいいってことよう。

 ま、まあお母さんが再婚する前はいつもしてたような事だし、余裕だよ!ヨユー!!


「あ、それとですね」

「はい?」


 私がモチベーションを上げていた時、柳生さんの声が耳に入って、私は振り返る。

 すると、柳生さんは言った。


「お嬢様の言う事はですので、きちんと聞いてあげてくださいね」

「へ?」

「それともう一つ、柴辻様のお部屋ですが、お嬢様のきぼ…いえ、偶然泊まれる部屋が無かったのでお嬢様の部屋で泊まってください」

「今、麗奈の希望でって言いかけませんでした?」


 うおいっ!?とすかさずツッコミをいれる。

 あまりにも見過ごせない事だったから、柳生さんにそう言うと、柳生さんはしれっとそっぽを向いて「そんなことないですよ」とあしらうように否定された。


「れ、麗奈も何考えてんのさぁ!」


 チラリと懇願するように麗奈に言うけど、麗奈もふいっと目を逸らして知らんぷり。

 なんなのもー!!


「ふふっ♡せっかくこのような機会になったのですから、活かさなければ勿体ないですよね♪」

「?」


 ぽそりと麗奈が何か言ってたけど、声が小さくて聞こえない。

 何を言ってたんだろ?という疑問はさておき…柳生さんがさっき言っていたことを思い出すに、麗奈は何か良からぬことを考えてそうだ。


 と、というか…最近の麗奈は私のことを揶揄ってるふしがあるっていうか、私のことが大好きすぎるっていうか!

 まあ、それはなんていうか…舐められてる?っていうか私の威厳に関わってくるから!だから私は今日ここで誓う。


 なにがあっても、麗奈の思い通りになんてならないぞ!

 本当は私が麗奈を振り回す筈なのに、最近は麗奈に振り回されてばかりだから、ここらでギャフンって言わせてやるんだ!!


 その為にもバイト頑張るぞっ!!


 おーっ!と私は奮起する。

 けど、メイドのバイトは聞いていたのとは全然違うくらい、大変なものだった。

 


「次はそちらのお部屋の掃除をお願いします、ですが一部重要な点がありまして…」

「柴辻様…いえ、今は私が上司なので柴辻さんとお呼びしますが、先ほどの掃除した所に一つ汚れた部分がありました」

「こちらはですね───」

「それは───」


 つかれた…。

 どさぁ…と倒れ伏すようにソファに転がる。

 あれだけやる気があったのに、柳生さんにぼこぼこにされてからは、嘘のようになくなってしまった。


 これでまだ昼休憩なんだから、これからのお仕事が億劫になっちゃう…。

 それでも、やっぱりここはお金持ちの屋敷なんだなと再確認させられた。

 柳生さんがしている事も、どれだけ大変なことなのか分かった気がする…。


 だめだめだなぁ…と私は思った。

 柳生さんはあれだけの事を完璧にこなしてたのに、私は全く出来なかった。

 ミスばっかりで、立ち直れる気すら起きないくらいに失敗を重ねた…。


 でも、こんなところでしょげてる場合じゃないよね。


「よし…」


 身体を起こして、パンパンっと頬を叩く。

 痛みで張った頬は、じんじんとしていて熱く感じた。

 でも、これで少しは思考がハッキリしてきた気がする。


 麗奈をぎゃふんって言わせたい。

 それに、麗奈に失望されたくないから…私は頑張るんだ。


「がんばるぞーーー!」


 ぐがーっ!と両手を大きく広げる。

 もうネガティブな気持ちはどっかに飛び去って、元の私を取り戻す!

 ようし!全力全開!午後からも頑張るぞぉ!バリバリー!!


「結稀さん、居ますか?」


 私がやる気に満ちていると、トントンっとノック音が響き渡る。

 扉の向こうからは麗奈の声が聞こえた。


「あ、今開けるから待ってて!」


 そう言って扉の前に立って、私は扉を開けるとそこには麗奈が立っていた。


「お疲れ様です、どうですか?お仕事は」

「あはは…結構大変だよぉ」

「ふふっ、でも「初めてですがよく出来ている」と柳生さんは褒めてたんですよ?」

「え?ほんとに!?」


 思いもよらない発言に、私はびっくりして麗奈に問うと「本当です」と言って頷く。

 あれだけ失敗してたから、てっきり見限られてるとばかり思ってたのに…私、褒められてたんだ…。


 ホッ…と胸を撫で下ろすと、私は麗奈を見た。

 そういえば、麗奈はどうして私の元に来たんだろ?不思議に思って、私は口を開こうとした…その時だった。


「ねぇ結稀さん♡」

「ん?なあに麗奈」

「キスしてもいいですか?」


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