第三章 

第32話 夏休みと許嫁の襲来!?


 眩しいくらいの日差しが、深い眠りについていた私を無理矢理呼び起こす。

 なんだなんだ眩しいぞ!と眉を寄せながら私はのそりと起き上がる。


 めっちゃ瞼おもーい…二度寝したーい。

 だれだよーカーテン全部開けたのー?


 重いまぶたを擦りながら、開けられたカーテンを見て私は少しだけ不機嫌になる。

 だるいなぁー、気怠けだるいなー!と身体をもそもそと動かして、芋虫みたいに布団を這うと…私はカーテンを閉めようと手を伸ばした。その時だ。


「もう何時だと思ってるの!結稀!」


 幼いけれど、大人っぽい聴き慣れた声が私の耳を突き抜ける。

 寝ぼけた目をびくりと開けると、私は声の方へと急いで向ける…そこには、私のお母さんが呆れ顔で立っていた!


「お、おかあさん!?なんで…!」

「なんでって…結稀が家に帰ってきたからでしょ?」

「へ?でも今日はがっこ……」


 首を傾げるお母さんに、私は口を開いて言葉を紡ごうとして…口を閉じた。

 そういえばと、今私がどこにいるのか思い出す。

 ここは私が住んでる寮の部屋じゃない、数日くらいしか使ったことのない新居の部屋だ。

 あまり飾りっ気のない部屋を見渡して、曖昧な思考の中私は完全に思い出す。


「今日から夏休みだ…」


 そうだよ、期末テストが終わって怜夜さんから許嫁の了承を得てから、反動でここ数日が曖昧だったけど夏休みだよ!

 確か夏休みの期間中は殆どの人が実家に帰るって言ってたから私も帰ったんだよね。


 ここ最近が怒涛すぎて疲れてたせいで、完全に忘れてた…!


「そうだったぁ…学校遅刻するって思って焦ったよぉ〜…」


 一瞬ほんとに焦ったから、私はホッと胸を撫で下ろす。

 遅刻したと思った時のあの焦り、死ぬかと思うくらい本当に怖いよね、心臓を鷲掴わしづかみにされたみたいな気分になるよ…。


「それで?私二度寝したいんだけど…?」

「…だらしないわよ結稀」


 それはさておき。

 お母さんの方を振り返って、私は二度寝をしたいのでお母さんをしっしっとジェスチャーして追い返す。

 基本正しい生活?夏休みだからこそ?ナニソレ?私には関係アリマセーン!

 私はまだまだ寝たいんだよーっと顔で表現していると、お母さんは心底呆れたような顔で溜息を吐いた。


「あなたねぇ…!お客様を連れてきておいて自分はぐーたら寝るとかどうかと思うわよ!」

「…へ?お客様?」


 ぽかーん…と口を開いて私は首を横に傾げる。

 何言ってんの?と呆れ顔のお母さんを見つめていると、お母さんの立つ開かれた扉から誰かが通り過ぎたのが見えた…。


 お義父さんじゃない…長身の女の人。

 短い黒髪に、中性的な顔立ち、それはなんとも見慣れた……って!!


「えっ?はあっ!?」

「うっさ!」


 耳を塞ぐお母さんを無視して、私は眠気で気怠い身体を無理矢理立たせる。

 今見えたの、もしかしなくても柳生さんだよね!?なんでいんのっ?!


 お母さんに問いただそうとして、私はお母さんの方へと急いで詰め寄ると。

 お母さんの背後うしろで、見慣れた色素の薄い亜麻色の髪がしゃらんと舞った…。


「へっ?な、なんでぇっ!?」

「あ♡ 結稀さんおはようごさいます!」


 お母さんの背後で、私の許嫁がめっっちゃ可愛い笑顔で朝の挨拶をしてる…。


 え?なんで?なんで私の家にいるの?

 今日から夏休みで、家に帰ってきたのは覚えてるけど…あれ?あれれ?


「ひ、ひぇーーーーーーーーっ!!」


 なんで麗奈達がいるのーーーーーっ!?



「お母様、なにかお手伝いすることはありますか?」

「いえいえ、いいのよ麗奈ちゃん!」


 当然のようにお母さんのことを『お母様』って呼んでる。

 それに加えて、お母様と呼ばれてとても嬉しそうにしてるお母さん…。


 あの後、眠気うんぬんはどこかに消えて、寝癖そのままにしてリビングで麗奈達をじーっと見ていた。

 私の隣には柳生さんがいて、無表情のまま正座をしている。足、痺れないのかな?


「………いや、ほんとなんでいるの?」


 私は未だ状況が飲み込めていなかった。

 いや、飲み込むには大きすぎるし入り切らないけどさ。

 特に私が何か言ったわけでもないし、麗奈達から聞いたわけでもない…ほんとに身に覚えがなくて私は頭を抱える。


 なんでぇ?なんでぇーーっ!?

 ぬわわー!と奇声を上げながらこの状況に混乱していると、隣に正座してる柳生さんが混乱する私に視線を向けて、凛とした声で言った。


「驚くのも無理はありませんよね」

「や、柳生さん…!」

「私達が柴辻様のご実家にお世話になっているのは、昨夜さくやの事でした」

「柴辻堅次…あなたのお義父様からお嬢様にメールが来たんです」


 お義父さんから?

 私がすぐに「なんで?」と問い返そうとして、柳生さんは続けて言った。


「メールの内容は、端的に言いますと許嫁の件ですね」

「………え?お義父さん…許嫁のこと知ってたの?」


 一瞬…ぞわりと背筋が凍った。

 途端にぞわぞわと全身が薄ら寒くなって、私はぶるりと身を震わせる。


「はい、どうして知ったのかは謎ですが、堅次様からのメールには話し合いがしたいという趣旨しゅしでしたので…」

「でしたので…?」

「昨夜、無理を言って押し掛けて来ました」

「なんでぇっ!?」


 キリッと目を鋭くさせて、キメ顔をする柳生さんに私は思わず声を荒げてツッコむ。

 いやほんとなんで!?

 どうしてお義父さんからメールが来てすぐに来ようと思ったの!?行動力の化身か何か!?


「まあまあ、そんなに驚かないでください」

「驚くのも無理なくない?」

「なくないです。話を戻しますが、堅次様からのメールをきっかけにお嬢様は柴辻様のご実家が気になったようで、それで」


 押し掛けたんだ……。

 なるほどうと、とりあえずは納得する。

 だってほら…麗奈って私のこと大大大好き超えてスーパー大好きじゃん。

 これはもう納得せざるをえないよね…と苦笑紛れに頷くと、お母さんと一緒に麗奈が私達の元へとやってくる。


「まあそういうわけなのよ結稀。流石に私も驚いちゃったけど…でも麗奈ちゃんすごく良い子じゃない?これなら許嫁の話も賛成だわ!」


 良い子を見つけたね!と一切の疑問を持たずにお母さんはそう言うと、隣に座っていた麗奈がテレテレと頬を赤く染める。

 …今の麗奈、めっちゃかわいい…すき。


「も、もうお母様ったら!褒め過ぎです!」

「ほんと、結稀ってばこんなにも可愛くて良い子を捕まえてきて!私すごく驚いてるのだからね!なんで今まで言わなかったの!」

「そうですよ!私達の関係はもうお父様の了承を得た正式な関係なのですから、お母様にも伝えてもよかったのに!」


 むううっ!と頬を膨らませて不満を募らせる二人に…私は冷や汗を垂らしながら一歩その身を引く…。

 これ、私がわるいのかな!?と内心焦ると、話をらすために話題を変えた。


「そ、それよりさ!お義父さんはどこなの?姿が見えないけど!」

「堅次さんなら今日は仕事よ?帰ってくるのが夜だから、それまではこの家でゆっくりして貰えればいいと思うの」


 お母さんは麗奈と柳生さんを見て、幼さの残った可愛らしい顔で「ね?」とほがらかに笑う。

 てことは、今日ずっと麗奈がウチにいるって……コト!?

 

 嘘でしょ!?と思わずお母さん達を二度見すると、麗奈は嬉しそうにこくこくと頷いていた。

 柳生さんは麗奈の側にいるのが仕事だから仕方がないけど…。


「それではお母様!早速、先程約束していたものを見せてはくれませんか?」

「ええ!昔の結稀が知りたくて仕方がないのよね?待ってて、今取ってくるから」

「? なに、昔の私って…なにか約束でもしてたの?」


 会話の内容がいまいち分かんない…。

 きょとんとしたまま麗奈を見ると、麗奈は両手を合わせてとっても嬉しそうな顔で言った。


「はい!とってもいいものを見せてくれると、先程お母様に約束したんです!」

「へぇ…そうなんだ、私も気になるかも!」

「私も気になりますね」


 私に続いて柳生さんも気になり始める。

 少し待つと、息を切らしそうなお母さんがダンボールを抱えてやってきた。

 すかさず、柳生さんがお母さんの元へと駆け寄るとカッコいい仕草でダンボールを持つ。


 やっぱり柳生さんめっちゃイケメンだなぁ…と思っていると、麗奈の横にダンボールが置かれた。

 中は大きな本が入っていて、とても重そうだった…。というよりこれ、本じゃなくて。


「アルバム?」


 どう見てもアルバムだった。

 それが何冊も入っていて、麗奈はウキウキと肩を揺らしながらそれを手に取る。

 お母さんもニマニマと笑っていて、麗奈の横でアルバムを覗いていた。


「どうかしら?子供の頃の結稀のアルバムは」

「わぁ、わぁっ!結稀さんの子供の頃って、こんなにも素敵で可愛いらしかったんですか!きゃ、きゃーっ!この綿菓子を顔に付けて笑ってる結稀さん、最高に可愛いですね!」


 わひゃーっ!とテンション高めで麗奈はアルバムを食い気味に眺めてる。

 こんな麗奈見た事ないぞとビックリしていた私だけど、すぐに今の状況がやばい事を理解する。


 いや、いやいやいや!何勝手に見てんの私のアルバム!

 私の恥ずかしい写真とかあるんだよ!?勝手に見ないでよぉっ!


「ちょ、ちょちょちょいちょい!見ないでよ麗奈!あとお母さんも勝手に見せないで!って柳生さんまで見始めてる!?」

「確かにお嬢様の言う通り、可愛らしいですね…しかし、この笑顔は相変わらずですが」

「でしょう?結稀は昔も今も、明るさだけは変わらないからね」


 うんうんと頷くお母さん、柳生さんと麗奈は相変わらずアルバムに釘付けで、私は蚊帳かやの外…。

 ふ、ふーーーん!私よりも昔の私の方が気になりますか、そーーですかぁ!


「む、むぅーーーーー!!」


 もやもやもや〜っと、胸の内に不愉快なモヤモヤが湧き上がってくる。

 それは煙みたいだけど、やけに重くて…質量のある煙のようだった。

 そんな重たい感情に包まれていると、アルバムを見ていた麗奈が物悲しそうに呟いた…。


「昔の結稀さんはとても可愛いらしくて素敵ですね…でも、この時間に私がいないことに少しだけ悲しさを感じます」

「麗奈…」


 かげる麗奈を見て、私に渦巻いていた重たい煙が少しだけ晴れる。

 麗奈が今の私を見てくれたのが…嬉しかった。


 でも、今の麗奈は昔の私のことを考えていた。

 写真に写っているのは中学の時の夏祭りの写真で、隣には朧ちゃんがいて楽しんでる写真がそこにはあった。


 もちろん、このアルバムの中に麗奈の姿はない。あるわけがない。

 過去の私との接点なんて皆無に等しいのだから。でも…。


「じゃあ、私ともっといろんな思い出つくろうよ!」


 思い出を作ることなら、今からでも出来る。

 麗奈の近くへと寄り添って、私は恥ずかしげもなくそう言うと、麗奈の手を握る。


 私だって…もっと前に麗奈と会っていれば、もっと楽しかったんだろうな!なんて考えたことはあるよ?

 でも、そんなこと思ったって私達がタイムスリップ出来るわけがないじゃん!だからさ。


「このアルバムにも負けない思い出を私達で埋めてこうよ!麗奈!」

「結稀さん…!」

「過去に嫉妬させないくらい、幸せにしてあげるから!」


 ぽーっと赤く染まる麗奈を見て、私も少しだけ恥ずかしくなる。

 えへへっとお互いに笑い合いながら手を握っていると、一部始終を見ていたお母さん達が…恥ずかしそうに目線をらしてた。


「結稀って、随分とぐいぐい行くのね…」

「………なるべく、人前ではやらないようにしてくださいね」

「あっ、いやこれはそのっ!」


 わわわわわっ!と慌てて手を離そうとすると、麗奈はすかさず手を強く握って、そして私の頬に顔を近付ける。


「ふふっ!では早速思い出を作りましょうね?結稀さん♡」

「へっ?麗奈って…きゃっ!」


 麗奈の唇が、頬にえられる…。

 かと思えば、なぞるように唇に当たった。


 ちゅっと音が弾けて、柔らかい感触と甘い匂いが鼻を突いた…。


「れ、麗奈…お、お母さんの前で……!」

「ふふっ♪でもこれで、一つ思い出が出来ましたね♡」

「いや、でもぉ!…って、お母さん写真撮らないで!!」


 パシャパシャとすかさずシャッター音が鳴り響く。

 お母さんの手には最新式のスマホがシャッター音を響かせながらフラッシュを焚いていた。


「ふ、二人とも激甘ね…」

「ですね…」


 ごくりと息を呑む柳生さんとお母さんの二人は、私達を見ながらそんな事を言っていた。

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