第28話 許嫁の証明⑤


「それでは、今から期末テストを始めます」


 先生の厳格な声が、クラス全体に緊張感を生み出します。

 ピリッとした電撃にも似たような何かが教室に走ると同時に、クラスメイト達は一斉いっせいにテストを開始しました。


 普段のざわめきからは考えられないような静寂が訪れたと思いきや、鉛筆やシャープペンが奏でるカリカリとした演奏が私の耳に入る。

 みなさん、ものすごく集中していますね。

 と、一人なみに取り残された私は呑気のんきにそんな事を思う。


 というより、今の私にはテストを集中する程の余裕はありませんでした。

 集中出来ない理由は、その理由は勿論もちろん結稀さんにあり…私はテスト中にも関わらずチラリと盗み見をしました。


「…………」


 盗み見をした瞬間、私はその集中力に思わず息をみました。

 結稀さんが放つ迫力のある気迫が、私を戦慄させます…。

 ごうごうと風をまとっているように、結稀さんは凄まじい速さでペンを走らせている。


 目は問題を追っていて、数秒と経たずに次々と問題を解いていく姿は…まるで結稀さんとは思えない鬼気きき迫る姿でした。


 か…かっこいい……!


 でも、例え結稀さんとは思えなくても…問題を解く姿はとても格好いい!

 まるで柳生さんのような、凛々しさをそなえた今の結稀さんに、私は目が釘付けになります。


 この人、さっきまで私を抱き締めたり頬にキスをしたりしてたんですよ?って言っても誰も信じてはくれないでしょうね。

 それほどまでに、今の結稀さんは別人みたいで…いつもの結稀さんと比べると、あまりの違いに声を上げそうになりました。


 とはいえ、そんな事を思っていても…やっぱり結稀さんは結稀さんでした。

 チラチラと結稀さんをながめていると、筆箱の中に視界が行きます。

 筆記用具と消しゴム以外は入れては駄目と言われているはずなのに、筆箱の中には、先程私が渡したものがチラリと顔を出していました。


 それを見て、私は嬉しくなって歯痒はがゆい気持ちになりました。

 もにょもにょとしたむず痒さに悩まされながら、私は筆箱の中に隠された物を盗み見ます。


 先程私が渡した、真新しいもの。

 それは赤色が特徴の恋愛成就のお守りでした。


 あのお守りは瀧川さんが提案してくれたもので、わざわざ各地の神社を瀧川さんと回っては、これでもないあれでもないと悩みながら買った物です。

 赤と青のお守り…それら二つには恋愛成就が込められていて、私達の関係にもっとも必要なものです。


 …赤と青と色違いを選んだのには、とあるジンクスが理由でした。

 その神社では赤と青、恋人同士がそれぞれの色のお守りを持っていると…必ず恋が成就し、恋が叶っている者には更なる幸福が降り掛かるというジンクスがあるのです!


 ふ、ふふふっ!まさに私達にピッタリなものではありませんか!

 天城家の人間が神頼みをするのはいささか考えものですが、私は結稀さんに愛されたいのでそんなのことは関係ありません!


 それにしても、結稀さん…私のお守りをわざわざ筆箱に入れて持ってくれてるなんて!

 私、とても嬉しいです!

 

 嬉しさが私をじわーっと包み込んで、頬がお湯にひたしたみたいにゆるみに緩みます。

 ふにゃふにゃした頬のまま、私は幸福感に酔いしれていると…ふと「こほんっ!」と咳払せきばらいの音が聞こえてきました。


 なんでしょう?誰か風邪でも引いているのでしょうか?

 であるならば、すぐに保健室に行った方がよいのでは……と思い私は周囲を見渡すと。


 私の目の前に、先生が立っていました。

 引きった笑顔で…。


「…天城さん、テストが集中できませんか?」



 キーンコーンカーンコーン…。

 テストの終わりを告げるチャイムの音が、教室に響き渡ります。

 すると、先程までペンを走らせていた手が一斉いっせいに止まりました。

 勿論もちろん、私は既にテスト用紙を埋めてある為…あれ以降先生に怒られる事はありませんでした。


 あれは本当に…私史上の中でも一番の失態です。


 あまりの恥ずかしさに頬を染めていると、先生がテストを回収し始めます。

 私は特に緊張感はありませんでしたが…結稀さんが気になって、ドキドキと緊張し始めます。


「……結稀さん」


 もう一度、私は結稀さんの方を見ます。

 今度はテストが終わっているので、堂々と私は結稀さんを見ました。

 結稀さんは険しい表情でテスト用紙をながめていました。どうやら、間違いがないか確かめているようで…横に立つ先生に気付いていません。


「柴辻さん、テストを渡してください…既に終わりましたよ」


 先生がそう言っても、結稀さんは見向きもしませんでした。

 そんな結稀さんの姿に、こほんと咳払いをして、結稀さんの意識を移動させる先生。

 結稀さんは少し遅れて反応をしめすと、ぎょっと目を開いて驚いていました。


「あっ!すみません、ずっと集中してて気付きませんでした!」


 慌てた様子で結稀さんが言うと、先生は意外そうに結稀さんを見て言いました。


「意外ですね、あなたがこんなにも集中しているとは…」

「あはは…流石に今回は頑張らないといけないんで」


 苦笑混じりに笑いながら、結稀さんはテストを先生に渡します。

 一部始終を見ていた私に、結稀さんは私の方へと視線を移しました。


「あははっ、すごく緊張したぁ…!」


 にへらっと、張り詰めていた緊張の糸が切れた音が聴こえました。

 ふにゃふにゃとした笑顔で、肩の力を下ろした結稀さんはそのまま机に顎を乗せてだらけます。


「麗奈も大丈夫だった?結構難しい問題いくつもあって苦労したよお…」

「そ、そうですね」


 テスト中、ずっとあなたを見ていました…なんて言える訳もなく、私は取りつくろった笑顔を浮かべて、こくこくと頷きます。

 どうやら集中しすぎて、私が注意された事に気付いていないようでした…。

 これにはホッと一安心ですね…。


 私が息を吐いて胸を撫で下ろしていると、結稀さんは筆箱に手を入れてから、ある物を取り出しました。


「今回のテスト、すっごく集中できたんだ…隣にお守りを置いていたからかな?麗奈のことずっと考えながらやってたんだよ?」


 結稀さんはいとおしそうにお守りを見せると、恥ずかしげもなくそんな事を言います。

 あ、あんな真剣な表情で…私のことをずっと考えててくれてたんですね……。


 どうしましょう…余計に好きになってしまいます!


「そ、それはとても嬉しいです!いろんな所を巡って手に入れたので!その甲斐かいがありました!」

「わざわざ私の為に…ほんと、麗奈ってば私のことが大好きだね」


 ふふっと結稀さんははにかむように笑って、私をじっと見つめます…。

 翡翠ひすいのような、綺麗な眼差しを浴びて…私の心臓はドキッと跳ねました。

 

 は、反則ですよ…その顔。

 そう思っていると、結稀さんの唇はわずかに震えると…私を恥ずかしくする言葉を言いました。


「ありがと、麗奈…すきだよ♡」

「〜〜〜っ!」


 もう、何度聞いたか分からない結稀さんの『好き』。

 脊髄から脳に、電流が走る感覚を覚えると…私は声にもならない声をあげて、びくとびくと震えます。

 全身がむず痒くなって、心がドキドキと跳ね上がる…!

 結稀さんの事しか考えられなくなって…私も、負けじと言いました。


「わ、私も結稀さんが…好きです」


 …頬が焼けるほどに熱いです。

 喉が狭まり、呼吸が出来ないくらい痛いのに、今はそれが心地いい。

 言語化出来ない恥ずかしさを胸に私が「好き」を贈ると、結稀さんはニヤリと悪戯っぽく微笑わらいました。

 

「じゃあ私は麗奈のことがもっと好き♡」

「む…それなら、私は結稀さんの事が大好きです!」


 対抗心が芽生めばえて、私は子供の張り合いみたいに背筋を伸ばします。

 すると、結稀さんもそれに乗っかって言いました。


「なら私は麗奈のことが大大大好き!」

「なにをっ!私は大大大大大好きですっ!」


 とにかく「大」を乗せあって、巨大化していく好きをかたっていくうちに…私達は息を切らしました。

 はあはあと…汗を流しながら、私は言います。


「私は結稀さんと今すぐキスをしたいくらい大好きです!」

「れ、麗奈!?」


 結稀さんの肩を掴んで、ぐいっと迫ります。

 もういっそ、このままキスでもしてやりましょう!と顔を一気に近付ける。

 ですが、唇が当たるよりも前に…結稀さんの手が、私の行く手を塞ぎました。


「こ、ここでキスはだめだよ…っ!」

「…なら、ここじゃなければいいんですか?」


 結稀さんがそう言うので、私はその裏を突きます。

 恥ずかしさをなんとか抑えながら、震える心を胸に私は結稀さんにそっと近付いて、ささやきます。


「いや、学校でキスは…」

「だめ…ですか?」


 唸る結稀さん。

 それでも私は耳に唇を近付けて、ぽしょぽしょと囁く。

 すると、みるみると耳が赤く染まって…恥ずかしさのあまりに、結稀さんは目を瞑っていました。


「もう何度もしてるのに、未だ慣れませんか?」

「…あ、あたりまえじゃん……めっちゃはずかしいんだから」


 そう言ってはいますが、私は知っています。

 結稀さん…温泉旅行の時に言っていましたよね?キス…ちょっといいかもって。


 だから、私はもう少し一歩を踏み出します。

 結稀さんがドキドキしてほしいので、大胆さを意識して身体を密着させました。


「わっ、ちょっ!麗奈!?」

「なら、もう少し慣れませんか?」

「いや、いやいやいやっ!な、慣れないよ!」


 慌てる結稀さんに、私は首を横に振って否定します。


「結稀さんは…私のお嫁さんになる人なんです、今はお父様のせいで危機に瀕していますが…私は信じています」


 先程の集中する姿を見て、私は確信したんですよ?


「私の為に…沢山の努力をしたんですよね?テストの時の姿を見て私は理解しました」


 ひたいと額をかさね合わせて…0距離の視界の中、私は指を絡ませながら言葉をつむぎます。


「結稀さん…私はお父様の反対を押し切ってでも、あなたと結婚したいくらい好きです」

「れ、麗奈…」

 

 想いを言葉にして吐き出して…恥ずかしさにのたうち回りたい気分をぐっと我慢します。

 

 結稀さんは…私の為ならなんでもする人です。

 実際、今もこうして頑張っている姿を見ていると…嬉しくもあり、それと同時に寂しくもありました。

 だって、今結稀さんが見ているのは…私じゃなくてお父様……というよりその問題にですが。


 私達はお互い愛し合っているのですから、お父様ではなく私だけを見てほしいのです。

 私の為に頑張るのではなく…私だけをずっとその目に映してほしい。

 そう思ってしまうのは…我儘でしょうか?


 しばらくの沈黙が続いたあと、私はそっと顔を離しました。

 ここは教室なので、このままキスをするのは流石に抵抗がありましたし…なにより。


「あと、その……えっと…あ、あうあう」


 爆発寸前とも言えるような、真っ赤な表情の結稀さんが見れて、私としては満足なところもありましたから。

 でも…私は諦めていません。


 ぷすぷすと煙を出している結稀さんをじっと見つめます。

 確かな確信を抱いて、私は言いました。


「では、お父様に認められたら結稀さんからキスをしてください」


 きっと、あなたはお父様の難題を突破してくれると思います。

 少し寂しい気持ちはありますが…私は結稀さんを信じているんです。


「…私から、キス」

「はい…だめでしょうか?」

「だ、だめじゃないよ!でもその…すごく恥ずかしいかな…」


 ということは、了承という意味でとらえていいのですね!

 私は顔を明るくさせて、恥ずかしがる結稀さんの手を取りました。


 白くて小さな小指を、私の小指と絡ませます。


 それは、私が結婚の提案をした日にした…許嫁の約束と同じ、ゆびきりげんまん。

 

 ぎゅっと指を強く絡ませて、翡翠の瞳をじっと眺めて言いました。


「約束です、お父様に認められたらキスしてください」

「っ〜〜〜!ああもう!分かったよぉ!必ず認められて、麗奈とキスするよ!」


 私が言うと、結稀さんは観念かんねんしたように声をあげると、渋々しぶしぶといった表情で言いました。

 そんな結稀さんの姿に、私はふふっと小さく笑います。


「では、残りも頑張ってください」

「うん…!頑張る!」



 それから、各教科のテストを受けてから期末テストは幕を閉じました。

 この学園では、テストが終わると各教室に学年別で表が貼られます。

 

 その日は、ざわざわと騒がしかったのを今でも覚えています。

 私は結稀さんよりも一足先に学園に着いており、気になって表をのぞきました…。

 

 瞬間、私は息を呑みます。


「ほんとう…でしたね」


 思い出すのは、瀧川さんが言っていた半信半疑の結稀さんのお話。

 勉強さえしていれば、結稀さんは私すらも超える……。


 全教科1位。

 私を差し置いて、結稀さんの名前は一位に君臨していました……。


昨日の体調不良報告で心配する声を頂いたので、感謝の言葉を述べさせてください。


正直、思っていたよりも伸びて…いろんな人から柴辻と天城の恋を応援している人が多くて今でも驚いています。

そんな二人の物語を書いてる身として、昨日の発言は考えさせられるものがあったので、これからは心機一転しようと思います!


まず、二人の物語は必ず完結させます。

なるべく毎日投稿を絶やさずにいきますので、どうかこれからも応援してくれると助かります。


では、皆様これからもよろしくお願いします。


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