第26話 許嫁の証明③


「少しお時間をください」


 柳生さんにそう言われて、私は無理矢理休憩を取らされてしまうことになった…。

 一人取り残された私はきょとんとしたままぼーっとしていると、長時間の集中の弊害へいがいが私を襲う。


「いたっ、いたたた…」


 ズキズキとにぶい痛みが脳の奥に響く。

 目もなんだか痛くて…奥底からズキズキした痛みが私を襲ってくる…!

 

 眉間に皺を寄せて…私は痛いところを親指でぐりぐりと押した。

 痛みがやわらぐわけじゃないけど、痛みの上書きで少しはましになってきた…。


 でも、なんだかぼーっとして力が出ない。

 痛みがいばらのように締め付けてくる感覚だけが、私を支配していた。

 

 やりすぎた…と少し後悔する。

 でも、あのまま続けていれば痛みに気付かずにやれていたかもしれない…。

 というか、どうして柳生さんは私を止めてくれたんだろう…?

 柳生さんは怜夜さんの命令で、私の監査役としてそばにいる、私が麗奈に相応しいか判断するためにいるのに…どうして助けてくれるような真似をしてくれるんだろう。


 ズキズキと痛む頭のなか、そう考えながらぼーっとしていると…柳生さんが帰ってきた。

 その腕にはいろんなものがあって、私は目を見開いて驚いた。


「柴辻様、蒸したタオルを持ってきたのでこれを使ってください」

「あ、ありがとう…ございます」


 一枚のれたタオルを渡されて、私は恐る恐る手を伸ばす。

 けど、タオルを受け取った瞬間、私は小さな悲鳴を上げて飛び起きた!


「あっちゅい!?」

「あ、すみません…熱いのでお気をつけてと言うべきでしたね」


 は、早く気付いてくださいよぉ…!と涙目で主張しながら、私はタオルをそのまま目に付ける…。


 すると、じわあっと…暖かい感触が疲れた目を包んでくれた。


「あ、これめっちゃいい……」


 あまりの気持ち良さに「あっふあ…」と変な声をらしながら…気持ち良さにひたっていると、隣に立っていた柳生さんが私に言った。


「柴辻様、全て見ていたうえで言いますが、どうしてそこまで勉強するのですか?」

「……え?」

「あなたの実力なら、これ以上頑張っても意味はありません。努力の無駄ではないですか?」


 まるで、理解不能とでも言いたそうに柳生さんは言う。

 私は…なんて言ったらいいのか、返答に詰まる。だって、実際のところは無心で勉強してたんだから…答えのない問いに、なんて答えたらいいのかわからない。


 でも、私自身…無駄っていうのは分かってたと思う。

 もうほとんどの問題も解けるようになったし、このままテストで満点を取れるくらいの実力は出せるかもしれない…。


 でも、満点を取れるからっね頑張ることをやめるのは…なにか違う気がしたから。


「私は…ただ、麗奈が悲しんでる姿が…見ててつらかっただけなんです」


 脳裏に浮かぶのは、怖いほど恐れてる怜夜さんに立ち向かう麗奈の姿だ。

 私に離れたくない一心で…怖い人を相手に頑張るその姿を見て、私もその頑張りに応えたいって思ったんだ…。


 だって、私だって離れたくないもの。

 麗奈だけ頑張るのは…許嫁として許せないじゃない?

 私だって…頑張らないとって思っちゃうじゃん。


「それに、約束しましたからね柳生さんとも」

「私と…ですか?」

「ほら、あの時二人きりの時に柳生さんが言ってたじゃないですか、麗奈と一緒にいてって」


 私がそう言うと、柳生さんは「違いますよ」と否定する。

 あれ、そうだったけ?


「言う前に柴辻様が言ったんですよ、正確には"言いかけた"が正解ですね」

「……似たようなものじゃないですか?」

「まあ、そうかもしれません」


 あ、今柳生さん認めたね!と私はクスクスと笑っていると、柳生さんは「こほん」と咳払いをして、れた話題を元に戻す。


「では、柴辻様は…お嬢様と約束の為に頑張っているのですか?」

「そうですね…話をまとめるとそうなるかも」


 私がそう言うと…柳生さんは押し黙った。

 妙な沈黙が場を支配して、少しだけ怖くなった…。

 あれ?柳生さん?突然どうしたんですか…?と思っていると、柳生さんは言った。


「あなたは…どうしてそんなにもお優しいのですか?」

「…え?」


 その声は…淡々としているけど、とがめているような…感情の乗った声だった。

 意味がわからなくて…私は疑問の声を漏らすと、柳生さんは続けて言う。


「お嬢様の為、約束の為…誰かのために努力するのは素晴らしいと思います…ですが、今までの柴辻様の行動を見る限り…あなたは」

姿を私は見たことがありません」


 ……え?

 柳生さんの言っていることに、私は理解ができなかった。

 感情的に言うその言葉には重みがあって、それが確かなのだと思えるけれど…私自身、そんなつもりは一度もなかった。


 自分自身の為に動いた事が見た事ない…?いやだって、私は今までも自分のために……いや。


「柴辻様…気付きましたか?自分よりも他人を優先して…誰よりも頑張っている事を」


 ……柳生さんにそう言われて、私はショックを受けていた。

 確かにその通りだったかも知れないから…。

 私はいつも誰かのために頑張ってた。

 自分一人になるといつもつまらなくて…誰かの隣にいたいって思ってた。


 私が考え込んでいると…柳生さんは更に続けて言う。


「以前言いましたよね、柴辻様は人に寄り添う事を何より大切にする人だと」

「……はい」

「それはとても素晴らしいことだと思います、誰かの為に努力できるのは才能とも言えるでしょう…ですが」

「ですが、柴辻様は自分を大切にされていない…今日、私があなたを見ていた時、どれだけ無理をなされていたか分かりますか?」


 そう言われて…私は押し黙る。

 柳生さんは…私のことを心配してくれているんだ。

 だからこうして、怒っている。


「柴辻様、どうしてあなたは…そこまで他者にこだわるのですか?」


 …私が、他人にこだわる理由。

 それは……それは……。


「それは…っ」


 そう言いかけて、私の声は詰まる。

 言いたくないとか、そういう話じゃなかった。

 どうして私は…こんなにも人のことが気になるのだろう?どうして私は、人のために頑張れるんだろう?


 それが当たり前だったから、答えがない。

 私はずっと黙り込んだまま…拳を握って、そして拳を緩めた。


「わかんないです…でも、だからって私は麗奈の為に頑張ることをやめません」


 私がはっきりと言い切ると、柳生さんは「そうですか」とだけ言って、タオルを取った。

 視界はスッキリとしていて…少しだけ疲れが取れた気がする。でも、心の中は視界とは反対にモヤモヤができていた。


「私は柴辻様のことを応援しています」

「え?私?」

「はい、お嬢様が認めた唯一のお方…であれば私は、お嬢様と柴辻様の為に全力を注ぎましょう」


 変わらない表情のまま柳生さんは言い切って、私をじっと見つめる。

 少し恥ずかしくなったけれど、柳生さんが言いたいのは多分…そういうことじゃないんだと思う。


「私も、柴辻様と似たような人間なんです」

「自分を殺し…誰かの為に動くような人間、だからこそあなたには私のようになってほしくない」


 柳生さんは私を見て…少しだけ微笑んだ。


「誰かの為に頑張るのは素晴らしいことだと思います、ですが柴辻様はもう少しわがままになってもいいと思うんです」

「もう少し、わがままにですか?」


 聞き返すと…柳生さんは「はい」とだけ言って小さく頷く。

 わがままって、私…今でも相当なわがままだと思うんだけどな、と思いながらも私は柳生さんの言葉を受け止める。


「言い方はあれですけどね?でも…そうすれば、お嬢様の事をもっとお好きにと思います」


 ニコッと微笑まれて…私はドキッと肩を揺らした。

 柳生さんってそんな笑い方出来るんだって…心底驚いた。


 私が驚いていると、柳生さんは息を吐いて席に座る。

 すると、私の前でお菓子とか色々置き始めた。


「さて、長々と時間をとってすみませんでした。よければ勉強中の合間にこれらを食べてください」

「あ、ありがとうございます!

「いえ、私は監査役ですので感謝はいりませんよ…それで、もう少し続けますか?」


 柳生さんにそう言われて、私は少し悩む。

 確かに…十分勉強したし、さっき言われた通りあまり頑張りすぎるのもあれだし…。

 でも。


「いえ、もう少しやります。麗奈のことぎゃふんって言わせたいので」


 悪戯っぽく私が答えると、柳生さんは意外そうに目をぱちくりとさせていた。

 そして、フッと笑ってから…。


「そうですか、では私も手伝ってもいいですか?お嬢様が驚くところを見てみたいので」

「あははっ!柳生さんも悪ですね!はい、色々教えてください!」



 私は人が喜ぶ姿を見るのが好きで、人が悲しんでいるところが嫌いだ。

 だから私は、全力でその人を幸せにしたいって願っている。


 でもそれは、誰かの為であって…私の為ではないと柳生さんは言った。

 正直、柳生さんの言いたい事が…私にはあまりよく分からない…。


 いつか、その理由が分かる日が来るのかな。

 私が…誰かの為じゃなくて、自分の為に思う時が来るのかな?


 まだよく分からないこの気持ちを抱えたまま…一学期最後の期末テストがやってくる。



頭が困惑しまくってよく分からないことを書いてしまった…。

でも、柴辻には必要な事だと思って書きました。いつか分かる日が来ると思います。

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