第23話 猫と嫉妬とペアリング


 検索 ペアリング 重い


 検索 ペアリング 嫌だ


「……………え、まじ?」


 時刻は深夜、スマホをたぷたぷとベッドの中でいじっていると、私はスマホに映し出されたサジェストを見て目を見開いたまま呆然ぼうぜんとしていた…。


 え?ペアリングってもしかして重いの??


 サジェストから提示ていじされたものは、全部恋人がペアリングを送られて、うんざりとしたエピソードが沢山ある。

 重いとかイヤとか出て来て、私はあわわわわっと身体を震わせて思う。


 よ、喜ぶって言ってたじゃん!

 人気って言ってたじゃん!


 ここにはいない営業スマイルの店員に、私は文句を言う。

 けれど、文句は店員には届かず、心の中で霧散むさんして私はがくりとうつむいて項垂れる。


 サジェストを見た途端…ペアリングを送るのが怖くなってきた。

 ぶるっと震えて、眉間にしわを寄せる…。

 想像するのは、麗奈がペアリングを見て、困り顔を浮かべる姿だ。

 あはは…と苦笑をこぼして、視線をキョロキョロと泳がせたあと…申し訳なさそうに麗奈は言うんだ。


『結稀さん…重いです』


 あわ、あわわわわわわぁーーーーーっ!!

 そんなの、そんなの言われたら私ショックで死ねる!!

 喜ぶ顔が見たいのに、そんな顔されたら私爆発四散どころか存在が消えちゃう!!


 ぬわーーっ!と私はベッドの中で、頭を抱えてもがきうごめいた。

 がさごそがさごそ、ベッドの擦れる音が周囲に響くと、隣で寝ていた春乃ちゃんが寝ぼけまなここすりながら、心底イヤそうな顔で言った。


「柴辻ちゃんうるさい…」

「ハ、ハイ…」


 春乃ちゃんの声には威圧感があった。

 しょぼぼーんと萎縮いしゅくした私は、涙目をぽろぽろと浮かべながらベッドに潜り込む…。

 お、おこられた……。

 しくしくと涙がちょちょぎれて、私は胎児のように丸くなる。


 頭の中では、春乃ちゃんに怒られた事よりも…麗奈が嫌がるんじゃないかと心配だった。

 プレゼントを贈って、イヤな顔をされた時が一番つらいもの…。


 渦巻く不安を胸に、私はぎゅっと目をつむって、恐怖を忘れるフリをする。

 でも、一度思い浮かんでしまえば…私の心にいつまでも巣食うのだった…。



 次の日、渡そうとは思ってるものの…昨日の事が原因で私は渡さないままでいた。

 気が付けばもうお昼休み、今日は珍しく晴れだったから、ひとけのない体育館裏で二人して昼食を取っていた。


「麗奈♪はいあーん」

「あ、あーん……」


 恥ずかしがりながら麗奈の口が開くと同時に、私はだし巻き卵を口の中に入れる。

 だし巻き卵は、初めて麗奈に食べさせたもので、麗奈のお気に入りだ。

 

「美味しいです結稀さん!」

「えっへへ、それはよかった!」


 キラキラとした表情で褒められて、私も釣られて笑顔で返す。

 けれど、内心はどうやってペアリングを渡すかで悩みに悩んでいた…。

 何度か決意を決めて切り出そうとはしたものの、結局はびびっちゃって尻込みをするばかり…。


 きっと喜んでくれると思うのだけど、もしも『重い』とか言われると……って考えると、心がズキッと響いて動けなかった。

 それに、こんなに怖いなら…もう渡さなくてもいいんじゃない?とか思い始めてる私がいる…。


 そんなの、絶対後悔するって分かってるのに…!


「渡さないと…」

「ん?何か言いましたか?結稀さん」


 ぐっと拳を握って決意すると、ひょいっと麗奈が私の瞳を覗き込む。

 揺れる亜麻色の髪と絶世の顔立ちに、ドキドキしながら…私は。


「な、なんでも…ないよ」


 ビビった。


「そうなんですか?何か真剣な顔つきだったので」


 なにビビってんの私ーーーーッ!!

 内心、頭を抱えてその場でうずくまる。

 せっかくの決意が無駄になって、私は私のことが嫌いになる…!

 一体どれだけ決意を決めれば、麗奈にペアリングを渡せるのだろう?


 私はただ…麗奈の喜ぶ顔が、見たいだけなのにさ…。


「んにゃあ」

「んにゃあ?」


 麗奈の横顔をじっと見つめていると、視界の隅から可愛い声が耳に入ってきた。

 人のものとは全然違う可愛らしい声、その声の主に「?」マークを浮かべながら振り向くと、私は驚きの声をあげた。


「ねこだ…!」

「猫ですね」

「ニー!」


 私達が一斉いっせいに猫と呟くと、まんまるな目を輝かせて猫は返事を返すように鳴き声をあげる。

 か、かんわいい〜〜っ!!


「わ、わあっ!わあああっ!」


 瞳にハートを宿して、私は黄色い声を上げると、腰を低くして猫の目線に合わせる。

 ちっちっち!と舌を鳴らして興味を引くと、おそるおそる手をしのばせて、その身体にれる。


 もっふもっふ〜〜♡


「え〜!まじかわいい、ちょーかわいい!ねえねえキミはどこから来たの〜?首輪してるから飼い猫だよねぇ?もしかして迷子になっちゃったのかなぁ〜?」

「ゴロゴロゴロ…」


 猫撫で声で猫を優しく撫でていると、猫は心地よさそうに目を瞑ってゴロゴロと喉を鳴らす。

 そのあまりにもキュートな姿に、私の心はズキュンッと一目惚れ!

 ペアリングのことは一旦忘れて、私は猫を必死に撫でまくる!


「ふっふっふ!やっぱり猫は喉の下が一番気持ちいいんでしょ〜?」


 なーでなでなで!

 おーかわいい!

 ちょーかわいい!


「キミ、すっごくきゃわいいねぇ♡」


 うーりうりうりと可愛がっていたら、ふとジッと私を見つめる鋭い視線に気が付く。

 視線を後ろの方へと向けると、そこには麗奈が不服そうに私を見つめていた…。


「どうしたの麗奈?撫でないの?可愛いよ?」


 ほれ、麗奈もこの子のとりこになりません?とニヤニヤ笑いながら沼に誘うと。

 次の瞬間…麗奈はかがんで、ぽすっと猫の手をつくって私の身体に優しくパンチをした…。

 

「にゃ、にゃーー!」

「……へ?」


 顔を真っ赤にして、麗奈がもう一度ぽすぽすと手を当ててくる…。

 顔は真っ赤に染まって恥ずかしがっているのに、麗奈はやめる気配もなく「にゃー」と言った。


 も、もしかしてこれ……。


 猫を撫でながら、突然現れたもう一匹の巨大猫を見て、私は思わず苦笑を浮かべる。

 だって、浮かべずにはいられないじゃん…。


「麗奈、まさか猫に嫉妬しっとしちゃったの?」

「……にゃ」


 麗奈の謎行動を当てて、私はニヤッと意地悪な笑みを浮かべる。

 すると、麗奈の頬は更に赤みを帯びて…ふいっとそっぽを向いた。


 やっぱり…。


「へぇー♪ふぅーーん♪」


 ずいっと麗奈に詰め寄って、私はニマニマとむず痒く笑う。

 だって麗奈、私が猫を可愛がっていたとこを見て嫉妬しちゃったんだ♡

 わざわざ自分から猫の真似をしだして、私の興味を惹こうとしてるくらい麗奈は嫉妬してたんだ!


「随分とおおきな猫になつかれたなぁ♡」


 そう言って、私は麗奈…いや、大きなお嬢様猫の頭をそっと撫でる。

 最初は不満そうな表情だったけど、優しく撫でると、すぐにふにゃふにゃと溶けていく。


 まるでコタツの中でぬくもる猫みたいだ。


「えへへ♪この猫ちゃんもすっっごく可愛いねぇ〜♡大好きだよ〜♡」

「にゃ、にゃあ……♡」


 頭を撫でて、頬を撫でて、顎下を撫でる。

 ゴロゴロ音は聞こえないけれど、お嬢様猫はあま〜い鳴き声をあげながら頭を上げる。

 ふふっ、随分と気持ちよさそうだねぇ♪


「ふふふっ♪ちょーかわいい猫が二匹も、ここは楽園か何かかなぁ〜♪」


 よーしよしよしと両手を使って二匹の猫を可愛がる。

 指をたくみに使って優しく撫でていると、突然麗奈が立ち上がって私を押し倒した!


「わっ…!?」

「わ、私だけを…でてほしい……にゃ」

「れ、麗奈だけ…!?」

「にゃあ…♡」


 麗奈の瞳は、とろんととろけていた。

 以前の温泉旅行の時みたいに、なんだかすごく色っぽい表情で…麗奈は顔を近づける。


「にゃ…」


 んっ、と唇を向ける。

 目を瞑って、何かを待つみたいに…麗奈は私の上に乗ったまま固まっていた。


「え、な…なに?」

「にゃっ…!」


 声を上げても、麗奈は「早く!」と私を急かす。

 何を言ってるのかわかんないよぉ〜!と慌てていると、私は麗奈が求めているものに気付いてしまった…。


「キ、キスしたいの?」

にゃ♡はい♡

「こ、ここで!?」

にゃあ〜〜〜〜?してくれないんですか?

「うっ、なにそのせつなそうな顔…!反則でしょっ!?」


 あまりの可愛さに心臓が鷲掴わしづかみにされる気分になって、思わず心臓を抑え込む。

 この可愛さ、心臓に異常が来るレベルッ!


「て、てか…キスとか、さすがに…」


 唇を指で触れて、私は麗奈から視線をらした。

 初めてキスをした時のことを、ゆけむりと共に思いだしてしまう…。


 やわらかくて、あまい…女の子のキス。


 ま、またあれをするなんて…私には無理だよ!

 だってすっっごく恥ずいんだもん!!

 

 そう私がしぶっていると、麗奈は唇を尖らせて不満そうに言った。


「約束…したじゃないですか」

「や、やくそく?」

「私が風邪を引いた時、善処しますって言ったじゃないですか」


 そう言われて…私は「うっ」と小さくうめいた。

 その言葉は、麗奈の看病の時に…キスをお願いされた時に言った言葉だ。

 あれから、なあなあになったと思ってたのにちゃんと覚えてるなんてえっ!


「い、言ったけどぉ…は、はずいじゃん」

「でも、私はしたいです」


 ずいっと顔が近付いて、私は目を見開く。

 麗奈の綺麗な顔立ちが、これでもかと視界に埋まって…桜色の唇が近付いてくる。


 ドキドキドキ…と胸が高鳴る。

 あの時の情景じょうけいを思い出して、顔が一気に沸騰した。

 また、またやるんだ…また、しちゃうんだ!


 その気になった麗奈は、もう止まらない。

 目を瞑って、ゆっくりと唇を私の方へと寄せてくる…。

 麗奈だって恥ずかしいくせに、なんでそんなに積極的なの!?


 あ、私のことが大好きだもんね!そうでしたね!!


 唇と唇がかさなるー!と内心叫ぶ私。

 しかし、いつになってもキスは来ることはなく…私は恐る恐る目を開いた。


「……麗奈?」

「これ、なんですか?」


 私が聞くと、麗奈が聞いてきた。

 首をかしげて麗奈を見ると、その手には綺麗にラッピングされた小さなプレゼントボックスがあった……。


 あ、それは…っ!!


「プレゼントのようですが…誰かに渡すものですか?それとも…」


 興味津々きょうみしんしんにプレゼントボックスを見て、麗奈は私の方を見つめる。

 にやにやと、嬉しそうな顔をしてた。


「私からのプレゼントでしょうか?」

「あっ…えと、それは…!」


 私は口ごもってしまう。

 まだ決意を決めれてないから、言葉が詰まって何も言えなかった。

 でも、流石は天才お嬢様…私のことが好きでよく見てらっしゃる。


「さっきから、ずっと調子が変でしたから…なにか悩んでいると思っていましたが。もしかして、これを贈るタイミングに迷っていましたか?」

「ぎくう…」

「やっぱり、だから真剣な顔になったりしてたんですね」


 ふふっと微笑んで、麗奈は胸の内に仕舞うように胸元にぎゅっと当てると…麗奈は私を見て言った。


「開けても、いいですか?」


 優しい笑顔でそう言われて、私は石のように固まった。

 さっきまで私は、嫌われたらどうしよう?とか、重かったらどうしよう!とか考えてた。

 

 でも、麗奈の優しい笑顔を見て…。


 麗奈が、そんなこと言うわけないよね…と私はクスッと笑って吹っ切れた。


「うん、いいよ♪それ、一目惚れだったんだ」


 私が言うと、麗奈はプレゼントを開く。

 ラッピング用のリボンをしゅるしゅると外して、箱を取り外すと…麗奈は目を大きく見開いて、私とプレゼントを交互に見た。


「こ、これはもしかして…!!」

「うん…私達二人の関係を表すなら、これがいいかなって…ペアリングを……」

「もしかして、ですか!?」


 …………………はぇ?


「い、いやこれペアリン…」

「婚約指輪ですよね!?結稀さん…こんな素敵な贈り物を、ありがとうございます!私、絶対になくしませんから!大切にします!」


 わあああ!と嬉しそうに指輪を眺めて、薬指にはめる麗奈…。

 ま、また勘違いが加速してる…!と思いながらも、喜ぶ麗奈を見ていると…心に渦巻いていたもやもやが晴れたような気がした。


 それに…心がこんなにも満たされるのは、私も嬉しいって感じてるからなのかな?


 とくとくと跳ねる心臓に手を当てて、私は思う。

 麗奈はステップを踏むように、楽しそうに指輪を眺めていた…。


 すっごく嬉しそう…。

 

 その顔を見て、私ももう一つの指輪を手にして…薬指にはめた。


「どう麗奈?私も似合ってるかな?」


 えへへ…と恥ずかしがりながらも、感想を聞いてみる。

 麗奈は目を輝かせながら、私の手をぎゅっと握った。


「似合ってますよ結稀さん!」

「え、えへへ…そうかな?それに、麗奈が喜んでくれて良かった」

「はい♡こんなにも嬉しいプレゼントは初めてです!」


 そっか、それは良かった。と一安心するのも束の間…。


 ちゅっと…音が弾けた。

 あまくてあたたかい感触が…触れて、すぐに離れた。


「え?あっ……わっ!」

「ふふっ♡嬉しくてしちゃいました♪」


 子供みたいに無邪気にそう言って、麗奈はクスクスと笑った。

 私は言葉を上手く喋れなくて、言葉の詰まった音だけが喉から出ている。


「結稀さん、お返しは楽しみにしておいてください。きっと…あなたが喜ぶものを渡しますから♡」

「…せ、世界一周旅行とか、金の彫像とかやめてね?」

「や、やりませんよ!?」


 その割には覚えがありそうだけど…。

 でもまあ、私のプレゼントは見事成功に終わったのだ。

  

 そんな私達二人の姿を、猫はあくびをしながら見ていた。

 くあ〜っと心底どうでもよさそうだけど、そのつぶらな瞳にはキラリと二つの指輪が輝いていた。


◇おまけ◇


結稀「祝!合計PV1万人!いきましたー!」

麗奈「ついでに10万文字を超えちゃいましたね」

結稀「だね!10万文字も結構早く行けちゃったね!」

麗奈「しかし、合計で1万人の方々に見られてるんですね…私達のこと」

結稀「わ、私的にかなり恥ずかしいかな…。だっていろんな人に麗奈と…その、キスしてるとこ見られてるんだからさ……」

麗奈「結稀さん…その恥じらう表情、すごく可愛いのでキスしたくなります!」

結稀「えっ!?あっ、ちょっ…!麗奈ちかい!ちかいって!?みんなに見られてもいいのっ!?」

麗奈「むしろ見せつけてあげましょう♪私達の愛を皆様に!」

結稀「キスしたいだけだよねぇ!?って、わっ!わわっ!わーーーーーー!」

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