第19話 じぇらしーなお嬢様


「結稀さんの…スマホ」


 けほっとき込みながら、興味津々に覗き込むのは結稀さんが忘れていったスマートフォンでした。

 まだ新品のスマホは私の手元にかれており、私の顔が反射してうつっています。


 結稀さんが帰った後、一度も取りに戻ってくる気配はありませんでした。

 結稀さんの寮はそれなりに厳しい場所と聞いているので、外出が出来ないのでしょう。

 だから、スマホを取りに行くことが出来ないでいる…。


 つまり、結稀さんのスマホは今日一日中ずっと私の手元にあるわけなのです。


「……………」


 もじもじと…身体を揺らしながらスマホを見ます。

 私、最低なことに……結稀さんのスマホが気になって気になって仕方がないのです…!

 このスマホの中には、きっと私の知らない結稀さんの秘密が眠っている。

 というより、スマホというのは情報の集合体…つまり、個人情報そのものなのですから、気にならない訳がありません…!


 それが結稀さんのものならなおの事…!


 けれど、私がしようとしている事は…犯罪みたいなものです。

 いくら好きな人だからって、そんな事が許される筈がありません…。

 で、でも…でもっ!


 うぅ〜〜!っとうなりながら、私は首を左右に振って邪念をはらいます。

 なにが「でも」ですか!確かに私は結稀さんの全てを知りたいし…知り尽くしたいです!ですがこれはダメでしょう!?


 手に持っていたスマホを机の上に置いて、私は息を吐きます…。

 随分とすさんだ息でした、まるで目の前にご馳走があるのに…我慢をする獣のようとも言えましょう。


 それ程までに、結稀さんを知りたい。

 もっと知りたい。

 でも、そんな事をして結稀さんに嫌われたくない。


 そうしてベッドの上で悶々としていると、私の頭上に天使と悪魔が現れ始め、頭の上で漂い始めます。

 そして、私の両耳へと移動して…小さな口で囁くのです…。


 ──本人に口外しなければ知られる事はありません…だから見てしまいましょう?きっと大丈夫です…それに、あなた自身見たいでしょう?


 ──ダメです!そんな事をしてしまえば、万が一結稀さんに知られたらどうするのですか!?あなたなら我慢出来ます!誘惑になんか負けないで!


 ひそひそひそ…と両者の誘いが拮抗きっこうし合っている。

 天使の言う事はとても正しいです…。

 ですが、悪魔の誘惑は…私にとって魅力的でした。

 確かに、口外しなければ誰にも聞かれない…今は私しかいないのだから、私が言わなければ誰にも知られる事はない…!


 グラグラと理性が揺れます。

 今までき止めていた欲望の波が、理性というダムを壊して溢れて来そうでした。


 そうですよね?私が言わない限り誰にも知られないなら…いっそ、このまま見た方が。


「ふ、ふふっ…」


 口角が歪みます…。

 やってはいけないと分かっているのに、なぜか好奇心が止められず。むしろ背徳勘が私を更に加速させてきます。


 私の指が、スマホの電源ボタンへとゆくと…ゆっくりと押しました。

 ごくりと生唾を飲み込んで、ドキドキしながらスマホを起動させます…。


「私、知ってるんですよ…?」


 結稀さんがスマホの扱いが初心者で…とりあえずでパスワードを「1111」にしてる事を…。

 結稀さんは面倒くさがり屋のところもありますからね…それくらい知っています。


 ふふっ、そういうところも好きですよ結稀さん。

 そのおかげで、難なくスマホのパスワードのロックを解除できました…♪


 さっきまでの良心の呵責かしゃくは、嘘のようにありませんでした。

 やってしまえば罪悪感は霧散むさんし、ただ結稀さんの事を知りたいという欲求だけが私を支配します。


 さて、早速どうしましょうか?

 

 けほけほと咳き込みながら、私は考えます。

 ホーム画面は思っていたよりも素っ気ないものでした。

 壁紙はデフォルトのまま、アプリもいくつか入ってるだけで特に気になるところもありません。


 ただこの…布面積が少ないキャラクターがアイコンのゲームはなんですかっ!

 もしかして結稀さん、こういう女の子が好きなのでしょうか…?む、むむむむうっ!


 ジロリとゲームのアイコンを睨み付けて、私はむうっと頬を膨らませます。

 ええ、相手は絵です…ですが、最近は絵を相手に恋愛対象に見る人だっています…!

 結稀さんが、もしこの方に夢中なら…それはもう浮気ではないでしょうか!?


「しょ、消去です!消去消去!!浮気はダメです!絶対!!」


 長押しをして、私はすぐに消去を押します。

 フッと影も形もなくなったゲームアプリに達成感を覚えた後…私の背筋がすぅーっと冷えていく感触を感じました。


 あ、これってもしかして…まずいことをしたのではないでしょうか?


 ですが、既にもう後の祭り…。

 あわわわわっ!と事態の重さを今更ながらに知ってしまった私は、ベッドの上で慌てふためきます。


 まずいです…ほんっとうにまずいことをしてしまいました!!

 

 もう一度アプリを入れ直せば大丈夫ですよね!?消してもゲーム内のデータは消えたりしませんよね!?

 も、もしこのまま結稀さんに知られてしまったらぁぁ……。


『麗奈って…私のスマホを勝手に見た挙句、私の大切なアプリを消しちゃうんだ。ふーん…じゃあ、許嫁の関係も終わりかな』


 こ、こうなってしまったらどうしましょう!!?


 これには思わず涙が出そうでした。

 というより、もうポロポロと出始めています!

 どうしましょうどうしましょう!?

 慌てふためいて必死に方法をさぐりますが、こうなったらもう何も考えられません!


 そうして、私が混乱状態におちいっていると、突然スマホが震えました。


「わひゃあっ!?」


 情けない私の声が部屋に響きます。

 ぽーんっとベッドの上で跳ね上がると、私は心臓をバクバクさせながら…未だ震えるスマホを覗き込みました。

 

 電話…ですね。

 相手は結稀さんでしょうか?と思いましたが、全くの別人でした…。


瀧川たつかわおぼろ…?」


 スマホの画面には確かにそうしるされています。

 知らない名前でした、結稀さんのルームメイトである乙木さんの可能性もありましたが…全くの知らない人で、私は焦ります。


 とりあえず…今はやり過ごしましょう。

 電話を掛けてる人も結稀さんだと思って電話してるので、ここで第三者の私が出たら困惑を生んでしまいます。


 しかし…瀧川朧。

 随分と男性らしい名前ですね…。


 じぇらっと…心の奥がくすぶるような感触を覚えます。

 へぇーふぅーーん… 結稀さん、私に内緒で男性と連絡をしてたんですか、そーですか、そーなんですか…。


 先程のアプリといい、瀧川朧という人といい…結稀さん、もしかして浮気癖があるのではないでしょうか?

 もしそうなら……。


「…監禁して、私を選ぶまで調教しましょう…」


 スゥッと…冷めた声で確かに言いました。


 そうですよね?浮気する結稀さんが悪いのですから、監禁するしかありませんよね?

 もしそうなったら、結稀さんをどうしましょうか…… 結稀さんのあの綺麗な身体を好き勝手に触れていいなら、もちろんあんなことやそんなことを……!

 

 っていけませんいけません!何を考えてるんですか私は!!


 我に返って、脳裏に浮かび上がった淫靡いんびな姿の結稀さんを私は頭を振って振り払います。

 若干の後悔が残りましたが、私は未だ鳴り続けるスマホを見て…どうしようかと首を傾げます。


 このままだと、出ない限りずっと鳴り続ける程の勢いです…。

 結稀さん…一体、瀧川朧ってどんなお人なんですか!?


 むしろ怖いのですが!?名前的にも、今の状況的にも…!!

 ふるふると震え上がる私、しかし…瀧川朧がどんな人なのか知りたいとすら思い始めて来ました。


 だって、結稀さんにとって…何か特別な人なのかもしれませんし。

 むしろ結稀さんをおびやかす、悪い人なのかも知れません…。


 もしそうなら、許嫁である私が一言言わなければなりません!というより、許嫁としての義務があります!!


「瀧川朧…あなたは一体…!!」


 キッとスマホを睨み付けて、私は瀧川朧の名前を呼びます。

 もういっそのこと、出て見ましょうか?

 私の大切な結稀さんにたかるこの人を…どうにかして追い払うべきではないでしょうか?


 そうですよ、そうした方がいいに決まっています。


 スマホを手に取って、私はぐっと意志を固めると、勢いに任せて電話に出ました。

 瀧川朧…一体どんな人なのでしょうか?

 結稀さんの知り合いのようですが、悪い人ならこの私が助けないと…!


『あ、ユウキ!てめえやっと出やがったな!?遅ぇんだよ!!』

「ッ…!?」


 電話からは、荒々しい口調の声が響きました…。

 交戦的で今にも噛みつきそうな勢いのその声の主は…男性ではなく女性の声。


 男性では、なかったのですか!?

 私が意表いひょうを突かれて驚いていると、電話の向こうで懐疑的な声が聞こえて来ました。


『なんだ今の声、ユウキじゃねえのか?』

「…あ、あの瀧川朧さんでしょうか?」

『……だれだ?アンタ』


 私が声をはっすると、電話の向こうの彼女は見るからに困惑しました。

 よかった、話が通じそうです…。


「あの、私は天城麗奈と言います。結稀さんがお電話を忘れていってしまい、それで私が出ているのですけど…」

『ああ、だからあんなに遅かったのか…悪いね、突然怒鳴っちまって』


 最初よりも声のトーンが落ち、少し落ち着いた様子で彼女はたどたどしい口調で喋りました。


『えっと、天城さん…でいいよな?天城さん…アンタ、ユウキの友達なのか?』


 友達…という単語に、私はむっとした表情を浮かべます…。

 友達という関係ではありませんよ…私と結稀さんは、もっと特別な関係なのですから!


「いえ、どちかと言うと将来を誓い合った"特別"な関係ですが?」

『将来を誓い合った…トクベツ?まあ、いいや…ユウキのやつ、いないんだろ?ならアイツが来た時に連絡して欲しいんだが…』

「いえ、まってください!」

『なにか…?』


 電話を切ろうとした瀧川さんを、私は止めます。


「あの、あなたは結稀さんの友人でしょうか?」

『ん?そうだよ?まあ…ユウキ別の学校行ったきり遊ぶ時間無かったからさ…最近は友達って呼べんのか分かんねえけど』

「そうですか、友人…ふふっ!そうですか!」

『え?なに喜んでんの?』

「いえ、こちらの事ですのでお気になさらず」


 いや、気になるんだけど…と困惑気味に瀧川さんが言いますが、私はこぼれそうになる安堵感を必死に抑えていました。

 良かった、瀧川さんと結稀さんが何か特別な関係だったらどうしようと思っていたので…友人同士の関係で本当に良かった!


 ホッと胸を撫で下ろして、内にわたがまっていたモヤモヤが薄くなっていきます。

 さて、これで問題は消えましたが…。


 この瀧川さん…会話を聞いた限り、結稀さんの前の学校の友人のようですね。

 

 私の知らない、過去の結稀さんを知る人……。


「ずるい……」

『あ?なにか言ったか?』

「いえ、何も言っていませんよ?それであの、もしよろしければなのですが…」


 また、もやもやと胸の内が燻ります。

 チリチリと火のが散り、胸が締め付けられるような感覚が私を襲う。

 その衝動を抑えたまま…私はなるべく声のトーンを落として言いました。


「前の学校の結稀さんのこと、教えてはくれませんか?」

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