第17話 許嫁だもん②


「いやあ…ごめんね麗奈?メイクが溶けちゃって、驚かせちゃった!」


 あはは!と笑いながら、お顔を洗い終わった結稀さんが、いつもの明るい笑顔を浮かべて私の前に現れます。

 よかった…さっきみたいに顔がぐちゃぐちゃに溶けてなくて…。


 ホッと胸をで下ろして、私は結稀さんを見つめました。

 結稀さん曰く、三人の力を借りて仮病をして私の屋敷まで来てくれたのですが…大雨に打たれながら移動したせいもあって、メイクが崩れてしまったようです。


 そのせいで、結稀さんは制服がびしょびしょになり、今は緊急として私の服を着ているのですが…。

 あいにく…本当に申し訳ない事に、結稀さんが着れるのは、あの服しかありませんでした…。


「ふふんっ!どう?似合ってるかなぁ!」


 声をはずませながら、くるりと一回転。

 白を基調きちょうとしたドレスがひらひらと舞い、腰に付いてる変身バンクがゆらゆらと揺れています。

 衝撃的で見覚えのあるその格好は、旅館に行く前に私が着ていた魔法少女リリィの衣装でした…!


 まさか、結稀さんが着れる服がそれしかないなんて…。

 でも、結稀さん自身は楽しげな様子で身にまとっていました。


「頭痛が痛いです…」


 目の前の光景が理解できなくて、理解不能な感想をこぼします。

 ええ、ええ!本当のところはかなり似合っています!結稀さんの金色の髪と白を基調にしたドレスは完璧な組み合わせと言ってもいいでしょう!マリアージュです!正直に言いますが、すごく可愛いです!!


 しかし、しかしですよ!?

 リリィの衣装は私的にも恥ずかしいもので、そんな衣装を纏うこの現状を素直に受け入れられませんでした。

 つまり、頭痛が痛いんです…。


 うう…と頭を抱えていると、リリィ…いえ、結稀さんが心配そうに身を寄せてきます。


「大丈夫!?」

「は、はい…まだ熱がありますが、最初の頃よりは楽になりました…」


 結稀さんの顔が近くて、ドキドキと胸が高鳴ります…。

 キスが出来そうな程に近い距離のまま、結稀さんは私の顔を覗き込んで…不機嫌そうにむっと唇を尖らせました。


「うそつき」

「えっ…?」

「麗奈のうそつき、そんな真っ赤な顔をしておいて大丈夫なワケないでしょ?」


 それは…結稀さんが可愛いから!

 と、言いかけそうになりましたが…ぐっと堪えます。

 本当のところを言うと、まだ頭痛が酷く…気分も悪いです。


 しかし、結稀さんにその事を知られたくはありませんでした…。

 その理由は、もっと結稀さんと話していたいから。このまま寝てしまうなんて、もったいないと思ったからです。


 けれど結稀さんは…。


「麗奈…ちょっとおでこ借りるよ」


 私の前髪をはらって、結稀さんは顔を前に突き出します。

 もしかして、キスされるんですか!?と驚いていると…結稀さんのひんやりとしたおでこが、私のひたいにぴとりと当たりました……。


「…うん、すっごく熱い。麗奈ってば、どーせ私と話したいとか思って嘘ついたんでしょ?」


 じろり…と睨まれて、私はびくりと身体を震わせます。

 結稀さん…かなり怒ってはいませんか?

 というかなんで私の考えがわかるんですか!


「そ、そんなに怒らなくても…いいじゃないですか……」

「怒るよ!だって私、麗奈のだもん」

「へぁっ!?」


 むっと頬を膨らませたまま、結稀さんはさも当然の如く…と言いきって、私の頬は爆発するように熱くなりました。

 結稀さんは、私の気持ちなんてつゆ知らず、詰め寄るように顔を近付けます…!


「私にとって、麗奈は大切なの!身体を壊したりしたらそれだけ私は悲しいの!」

「ゆ、結稀さん…ち、ちかっ!わ、わ!」


 た、大切って…そんな真剣な顔で言わないでくださいっ!


 あわわわ…と慌てていると、結稀さんは人差し指を私の額に押し付けて、目を細めながら言いました。


「いい?嘘をついたら怒るからね?」


 薄緑の瞳が…ギロリと私を睨め付けます。

 そのあまりの迫力に、私は魅入みいってしまい…。


「は、はい…」


 と、うなずくしかありませんでした…。



 ピピピッ…と機械音が鳴ると、わきにさしていた体温計を結稀さんが取り上げます。

 ふむふむと体温計をまじまじと見た後、結稀さんは口を「へ」の字に曲げて、私の方へと視線を戻します…。


「38度…何が全然大丈夫だよ、ぜんっぜん高熱じゃん」


 はぁーーと特大の溜息ためいきを吐いて、結稀さんは呆れてそう言いました。

 見たこともなかった態度だったので、グサリと胸が刺された感触を覚えながら…結稀さんはクスッと微笑みました。


「でも、あれだけさみしい寂しいって言ってた理由も分かった気がする」

「そ、それは…本当の事ですので……」


 今朝のトーク履歴を突き出されて、私はたじろぎます…。

 今にして思えば…弱っていたとは言え、寂しいとか…会いたいとか、よく言えましたよね私!?今すっごく恥ずかしいのですが…!


「ふふっ、でももう安心だね麗奈?もう寂しくなんてないもんね?」


 よしよしと優しく頭を撫でられて…すごく優しい気分になります。

 気分が悪い筈なのに、頭の奥にある痛みがすうっと引いてくような感覚でした。

 けど、本当のことを言うと…頭なでなでだけでは足りません…。


「…ん」

「ん?麗奈?」


 目をつむって…唇を前に突き出します。

 私が何を求めているのか、最初はわからないようでしたが…すぐに結稀さんは理解しました。


「…キスしたいのかぁ」

「んっ…!」


 呆れた声が返ってきます、ですがそんな声をしても私は止める気はありません。

 この溢れ出るいとしさを受け入れて欲しくて、結稀さんにキスをねだるのですが…。


 ちょっぷ!と頭に痛みが走りました。


「あいたっ!」


 なにをするんですか!と目を開けて睨むと、結稀さんは右手を私の頭に当てたまま困り顔で言いました。


「病人相手にキスはできません」

「……じゃあ、私が病人ではなければ、キスをしてくれますか?」


 唇をとがらせて…むむっとうなります。

 数秒ほどの沈黙が流れたあと、結稀さんは頬を赤く染めて、ぽしょりと呟きました。


「ぜ、善処します…」

「では早速治さないといけませんね」

「わ、わあ!行動がはやい!」


 こうしてはいられないと私はベッドに潜ります!

 早くキスがしたいので、早く熱を冷まさなければなりません!!

 

 が、しかし…。


「………汗でびしょびしょで不快ですね」


 ベッドの中は、汗でぐっしょりとれていました。

 それに、同じくパジャマも汗でじっとりとしているため、不快感はさらに増しています。

 そんな私を見ていた結稀さんは微笑みながら言いました。


「じゃあ、柳生さんに頼んでシーツ交換するね?あと…身体もこっか?」

「は、はい…」



 その後、ベッドのシーツは柳生さんに変えてもらいました…。

 そして、私は今…結稀さんの前で服を脱いで、裸になっていました。


「…………う、うう」


 はずかしい…。

 それに頭もいたい…。


 このままもだえ苦しんでしまいそうな自分を抑えて、私はまじまじと身体を見つめる結稀さんを見ます。

 手には濡れたタオル…視線は私の身体に釘付けで、感嘆の息をもらしていました。


「やっぱりスタイルいいよね…麗奈」

「は、はやく拭いてくれませんか…?」


 というより、前を拭く必要ありませんよね!?

 こういうのは、手の届かない背中を拭いてくれるのが常識ではないのですか!

 

 で、でも…。


 結稀さんに見られるのって……いいかも、しれません…。


「じゃあ麗奈、前…拭くね?」

「は、はい…」


 結稀さんがそう言うと、じっとりと濡れたタオルが…私の肌に密着します。

 じわりとあったかくて…優しい手付きで、結稀さんは身体を拭いていく。


 首元、鎖骨…胸に…おなか…。


「はぁ…はぁ、んっ…!」


 不快だった汗が消えて、心地よさが私の身体を覆っていく…。

 それに、相手が結稀さんというのもあって…私は身体をビクビクと跳ねらせながら悶えていました。


 ここちいい…きもちいい…。


 時々溢れてくる嬌声きょうせいに結稀さんの視線。

 幸福に包まれているような感覚と共に、結稀さんは居心地の悪そうな笑みを浮かべて、手を止めました…。


「麗奈…その、えっちくない?」

「い、いわないで…ください」


 きにしてたのに……もう。

 でも…。


「ゆうきさん、もっと…して?」


 両手を広げて…むかえ入れるように結稀さんを待ちます。

 数秒の沈黙が流れたあと…ごくりと生唾を飲み込む音が聴こえてきて、結稀さんはのそりのそりと身体を前へと寄せます。


 何かに耐えてるような…苦しそうな表情でした。

 下唇を噛んで我慢しているものの、頬は真っ赤に染まっていて…いつ我慢が終わるか分からないそんな表情…。


 今にも爆発しそうなくらい真っ赤で、結稀さんは吐き捨てるように言いました。


「麗奈…ほんっっと可愛すぎ……!」

「だって、わたしはゆうきさんの許嫁なんですから…」


 えへへ…とだらしなく笑って肯定します。

 本当に、どうしようもなく結稀さんが好きです…。

 恥ずかしさも愛おしさも全部受け入れて…私は結稀さんを迎え入れました…。

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