第二章 許嫁の関係、その証明

第16話 許嫁だもん①


 あれから数週間後………。

 麗奈との出会いから一ヶ月が経ち、気が付けば季節は春から梅雨つゆへと移り変わっていた。

 梅雨特有のじめじめとした空気が常にまとわりついていて、うざったいくらい外ではザーザーと雨が降っている。

 元気だけが取りの私も、流石にいつもより元気一割減と言ったところだ…。


 ぐでーっと、教室でカエルみたいに机に張り付いて…いじいじと指で落書きをえがく。

 今日はとてつもないくらい暇だ。

 梅雨のせいで元気がないのもあるけど…なにより隣の席の女の子が、今日はいないから。


 別に、何かあったわけじゃないよ。

 いや、あったと言えばあったんだけど…こればっかりは私にはどうしようもないから、こうして教室で暇してるんだけどさ?


 ひまだぁ〜〜っと鳴き声みたいな声で私は叫ぶ…。

 すると、私の思いにおうじてくれたのか三人の影が私を覆う。

 ぴくりと反応して、私は顔を上げる…そこには、以前仲良くなろうと近付いた三人の少女達が人懐っこい笑顔で私を見ていた。


「おはようございます柴辻さん!」

「今日は随分と元気がありませんが、どうかされたのですか?」

「それより、天城さんとの関係はどこまで進みましたか!?」


 三人とも相変わらずだなぁ…。

 私の前に立つ三人は、女の子同士の恋愛が大好きなお嬢様達だ。

 初めて声をかけた時、沼に引きり込まれそうになって怖い思いをしたんだけど。

 三人ともすごく良い子で、なにより特大の恩があったりする。


 以前、麗奈と行った温泉旅行は三人がチケットをくれたから行けたものだ。

 後々になって旅館の値段を調べたら、意識が失うほどだったので…ホント三人には感謝してる…いや、まじでありがとうございます…。キスのせいであんまり覚えてないけど!

 

 そんな三人に囲まれて、私は苦笑を浮かべながら言った。


「おはよう、三人とも。いやね?今日は麗奈がいなくて暇なんだよぉ……」


 チラリと隣の席を見て、私は「はぁ…」と悲しそうに溜息を吐く。

 そう、今日は麗奈がいないんだよね…。


「だから元気が無かったんですね…。それで、天城さんはどうしたんですか?」

「もしかして、家の事情とかでしょうか?」


 三人とも、心配そうに眉をひそめて麗奈のいない席を見つめる。

 なにか勘違いしてそうだったので、私は「ちがうちがう!」と首を横に振って否定した。


「家の事情とかじゃないよ!単純に風邪かぜを引いただけ」

「風邪…ですか?」

「あの天城さんが!?」

「意外です…!」


 説明した途端とたん、三人とも意外そうに驚いていた。

 いやまあ、三人の反応も分からなくはないけど、まるで麗奈が完璧超人みたいじゃんか!…いや、ほんとに完璧超人なのかもしれないけど…!

 でも、麗奈ってば完璧なくせにあれなんだよ?私の身体に興奮するし、嫉妬とかするし…ってそれは今すべき話じゃなくて!


 こほんっ!と咳払いをしてれかけた話題を元に戻す。


「多分、季節の変わり目のせいで体調を崩しちゃったんだよ。今は家でお休み中なんだけど…」

「「「なんだけど…?」」」


 あはは…と苦笑を浮かべる私に、三人はぐいっと迫る。

 私は、手に持っていたスマホを三人に見えるように前へと突き出した。


 スマホに映ってるのは、緑のアイコンが特徴のSNSアプリのトーク画面だ。

 もちろん相手は麗奈で、私と麗奈の会話履歴がしっかりと映っている。

 なんだけど、三人はまじまじとトーク画面を見た後、ニヤニヤと照れるように頬をほころばせた。


「随分と愛されていますねぇ…柴辻さん」

「あの孤高の天城さんが、ここまで変わるんですねぇ…」

「突然の供給過多!!」

「うわ、三人ともすごいニヤケ顔だ!」


 まあ、三人の好きなものを考えれば、ここまでニヤけるのも当然で…。

 スマホに映し出された会話履歴には、風邪で弱った麗奈からの一方的なメールが続いていた。


『結稀さんの声が聴きたいです…』

『結稀さん…電話だけでも出来ませんか?さみしくてつらいです…』

『授業が終わったら…お見舞いに来てくれませんか?結稀さんのお顔が見たいです』

『長々と結稀さんを求めてすみません…授業頑張ってくださいね?好きです、愛してます』


 他にもいろいろとあるけど、まあこんな感じで私を求めるメッセージがあと50件くらい。

 なにこの、くそめんどしんどいお嬢様?可愛すぎない?好きになりそうなんだけど??


 というかここまで「会いたい」メッセージ送ってくるってことは、それだけつらいってことなんだよね。

 正直、今すぐにでもお見舞いに行きたい気持ちではあるんだけど…。


「この学園は、規則に厳しいですからね…」

「そうなんだよねぇ〜」


 私の心を読んだかのように、三人はうんうんとうなずく。

 私達の通う学園は、規則自体はそこまで多くないものの、規則を破った人間相手には本当に容赦ようしゃしない。

 

 私のこの髪も、一度ものすっごい怒られたことがあったから身に染みて理解してる。

 まあ、髪の件は地毛ということで許してくれたけど…。

 お見舞いしたいので休みますとか言っても、許されるかどうか……。


「だから、仕方ないけど帰るまで麗奈の元には行けないんだよね」


 それに、麗奈がいないからめっちゃ暇なんだ!と付け足すと三人は、深刻そうな顔で何か考えていた。

 何考えてるんだろ?と覗き込むように三人を見つめると、突然バッと顔を上げる。


「柴辻さん、私達に任せてください!」


 顔を上げた三人は、意を決したような表情かおだった。

 私はきょとんとしたまま呆然としていると、三人の手がバッとせまってきて…攫われたのだった。



「うわ…すご」


 三人に攫われて連れてこられたのは、人気がないで有名な女子トイレ。

 私はまじまじと鏡を見つめながら、変わり果てた私の顔を見て驚愕していた。


「ふふんっ!どうですか?私のメイク技術!」


 誇らしげに鼻息荒くさせて、その子は手に持っていたメイク道具を鞄の中にしまう。

 三人に連れてこられた理由は、メイクをするためだった。

 というより、その子のメイク技術はもはやメイクとは言えないもので…魔法みたいなものだ。


 いわゆる特殊メイクってやつなのかな。

  

 変わり果てた私の顔をぺたぺとさわっては、まじまじと見つめる。

 今の私は、すっごく病弱びょうじゃくそうな…死にかけの私だった。


 幽霊にも負けない血のかよってなさそうな白い肌、真っ黒なくまが目立つ不健康そうな目元。

 頬はいつもより痩せこけていて、ほんとに…今ここで死ぬんじゃないか?って疑うほどの出来栄できばえ。


 最早、メイクで再現しましたって言っても誰も信じないよ…これ。


 私が呆然としていると、変わり果てた私を見て三人は言った。


「柴辻さんは、今すぐにでも天城さんのお見舞いに行くべきです!」

「なので!私達が完璧にサポートします!」

「題して、体調悪いフリをして早退!そしてお見舞いに行こう大作戦!!」

「いや、ここまでするっ!?」


 びしいっ!とツッコむものの、三人の意気込みは燃えるほど熱かった。

 というより、私よりも熱意があるよね!?


「けど、このメイクなら本当に早退できちゃうかもね…」

「はい!実際私達も何度かこの方法で抜け出してるので安全は保証できますよ!」


 ちょっと!?さらっと犯行言ってるんだけど!?

 うおいっ!ともう一度ツッコむものの…三人は反省の色もない様子だ…。

 私は、あはは…と苦笑を浮かべながら、もう一度鏡を見る。


 映ってるのは、死人みたいな形相ぎょうそうの私。

 こんな顔してたら、先生心配して早退させるよね?というか救急車呼ばれそうなくらいなんだけど大丈夫かな!?

 でも、せっかく三人がメイクしてくれたんだし、仮病けびょうしてみようかな……!


 それに、大切な麗奈が寂しがってるんだもん…行かなきゃ絶対後悔するよね!

 だって私、麗奈の許嫁なんだから!!


 よしっ!と拳を握って、意気込む。

 私は三人の方は振り返って、死にかけの顔とは真逆の、元気満々な笑みで拳を天井まで上げた!


「よし!麗奈の元にいくぞぉっ!!」

「その意気です柴辻さん!!」

「ノートはちゃんと取っておきますね!」

「テストに出る所もマークしておきます!」

「三人とも有能すぎない!?」


 ほんと、この三人には助けられてばかりな気がするよ!

 私は特大の感謝をしながら、次の授業で初めての仮病をした。

 心配した先生が救急車を呼ぼうとして、かなり面倒なことになりかけたけど…三人の協力もあってか私は無事に早退することが出来た!


 勿論もちろん、行き先は寮ではなく…麗奈の屋敷だ!

 待っててよ麗奈!今私が行くからね!



 身体があつい…。

 頭の奥が…いたい。

 ねむれ、ない。


 曖昧な意識の中、不安と不快感に支配されていた私はベッドの中で芋虫のようにもがいていました。

 熱を引いてしまったのは今朝の頃。

 いつもよりぼーっと頭が重く気分が悪かった私に、柳生さんが異常に気付いた後…私は初めて風邪をひいてしまった事に気付きました。


 私自身、驚いていました。

 日頃の体調管理は完璧な筈でしたし、ここ数年は風邪にもなっていなかったのも相まって、最初は信じられませんでした。

 しかし、なってしまったものは治すしかありません…。


 薬を飲んで、今日一日は絶対に安静…。

 しっかりと身体を休めないといけないのですが…頭痛の激しさから来る不安に耐え切れず、私は薄暗い部屋の中… 結稀さんの事ばかり考えていました。

 

「結稀さんに会いたい…」


 気怠けだるい身体を起こして、スマホを開きます…。

 画面のまばゆさに、一瞬目がくらみましたが…私はそのまま結稀さんにメッセージを送りました…。


 内容は全部、結稀さんに会いたい…。


 さみしくて、せつなくて…不安に溺れそうな私の元に来てほしい…。

 たとえ無理な願いであっても、弱っている私にとって結稀さんは救いでした。


 でも、返ってきた返事は「ごめんね」と汗を掻いて謝るうさぎのスタンプだけ…。


 ええ、分かっていました。

 私達の通う学園は規則が厳しいので、今すぐ私に会いに行く事なんて出来ません…。

 分かっているのに…なのにこんなにも悲しいのは何故でしょう?


 私はずるい人間です…とベッドの奥で縮こまります。

 まだ、頭の奥が強く響いていました…。

 身体は熱がこもっていて気持ちが悪く、私しかいないこの部屋は余計に『寂しさ』を加速させてゆく…。


 時計の音だけが、やけに大きく聞こえてきて…不安だけが大きくなる。

 それが何故だか恐ろしくて…今にも逃げ出したい気分になりました。けれど、逃げ出す気力がない私は子供のように怯えるしかありませんでした…。


 このまま、小さくなっていきそう…。


 そう思った矢先でした。

 がたんっ!と玄関から物音がしたのは…。


「柳生さん…?」


 頭痛のする曖昧な思考の中、私は柳生さんの名前を呟きます…。

 しかし、この慌てように…柳生さんが持つ静けさとは当てまらなくて、私は首を傾げます。


 じゃあ、一体誰が来たのでしょう?

 重たい思考を回して、やってきた人間を考えます。

 が、答えを導き出すよりも早く…その人は足音を響かせて、私の部屋の扉を勢いよく開けました!


「お、おまたせ!麗奈!!」


 それは、私の大好きな声でした…。


「結稀さん…?」

「うんっ!抜け出してきたんだけど…はぁ、はぁっ!走ってきたから…息がっ!」


 学園から屋敷まで、かなりの距離があります…。

 それを結稀さんは、私のために走ってきてくれた事に…寂しさで埋まっていた心が、あったかくなったのを感じました…。


 本当に、結稀さんは…どうしてこんなにも、私に「好き」って思わせたいんですか!


 頬がすごく熱くなります…!

 嬉しさを胸に、私はベッドから起き上がると……。


「………きゃ、きゃあああああああ!!?」


 特大級の叫び声が部屋に響きました。

 それもその筈です、なぜならそこには…顔がぐちゃぐちゃになった結稀さんが立っていたのです!!


「……あ、メイク雨でとけてる」


 

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