第15話 なんでも好きって言っちゃう女子と勘違いお嬢様


 波乱はらんだらけの温泉旅行も終わり…。

 高級車に乗ってる最中、麗奈から屋敷に来るよう言われた私は、胸の高鳴りを抑えながら麗奈の部屋へとやって来ていた。


 きっと、麗奈が私を呼び出した理由は、昨日の告白の続きだろう。

 麗奈は私の返事を聞きたいんだと思う…。

 じゃなきゃわざわざ自室に招くなんてありえないし…私自身、言わなきゃとは思っていた。

 

 とはいえ…未だ私の心は不安定だ。

 麗奈に告白されて、嬉しいという気持ちはある…。

 でも、麗奈と付き合えるか?と聞かれると、どうしても渋ってしまう自分がいる。

 私と麗奈が釣り合わない…というのもある、けど私の中で引っ掛かっている問題は私自身がを理解していない事だ。


 人を好きになった事はある…でもそれは、恋心の方じゃなくて友情から来るもの。

 昔から私はそうだ、私のは好意から来ているものじゃない…。

 ただ、なんとなくで使っている自分勝手ななんだ。


 本当の意味でになったことのない私が…麗奈の告白を受け入れて良いのかな…?

 ただなんとなくでオッケーして…それで私と麗奈はいいのだろうか?いや、違う…麗奈もそんな事は望んではいないはずだ。

 じゃあ、断ればいいのか?という話になると…胸がズキズキと痛む。


 そうなったら、麗奈は傷ついてしまう。

 それに、私達の関係もほころんで終わってしまう…!

 そんなのは、イヤだ…!大切な麗奈を失いたくないっ……!!


 じゃあ、どうしたらいいのかと私は悩む。

 私は本当の好きを知らない、ゆえに麗奈とは付き合えない…。

 でも、断れば私達の関係は終わってしまう。

 突きつけられた究極の二択…どちらを選んでも、いずれは破滅はめつを迎えてしまうと思う。


 ぎりっ…と奥歯を噛んだ。

 どうしたらいいのかと悩んでも、必ず壁に当たってしまう事実に諦めてしまいそうだ。

 そうやって、私はにがい顔をしていると…部屋から麗奈が入って来た。


 麗奈はいつもより上機嫌で、ステップを踏むように私の前に座る。

 今にも鼻歌が聞こえて来そうな笑顔で、麗奈は一枚の紙をテーブルに置いた…。


 あれ?なにこれ?

 考え込んでた私は、突如提出された紙にきょとんと首をかしげる。

 告白の件じゃなかったの?と首を傾げたまま麗奈を見ると、慈愛に満ちた優しい微笑みを浮かべていた。


 んと、ほんとになにこれ?

 

 かもし出す雰囲気に、なにやら嫌な予感を感じる私…。

 たらりと、冷や汗が頬を伝い…私は意を決して紙を見て聞いてみる。


「ねぇ、麗奈…これは?」


 声は緊張で震えていた。

 というより、紙を詳しく見た瞬間…私の背筋に氷が走っていくような感覚がしたからだ。

 

 私の知らない間に…会話は猛スピードで進行してたのかな?

 じゃなきゃどうして目の前にこの紙があるのか私には理解できない…。

 ドッドッドッと心臓が鼓動を打ち、脳は急速に過去へとさかのぼるが、該当がいとうする心当たりがなくて…さらに心臓は早鐘を打った。


 私の問いに麗奈は苦笑を浮かべ、呆れた声で紙を指差して言った。


「もう、結稀さんったら見たら分かるでしょう?」


 何を言ってるんですか…と私がふざけたみたいに言いながら、麗奈は苦笑から微笑みへと表情を変えて…いとおしそうに言う。


「婚姻届ですよ?あなたと…私の」


 は、はははっ…HAHAHA!


 麗奈が言うなら、目の前に置かれた紙はまぎれもなく婚姻届なんだ…。

 思わず苦笑を浮かべて、すぐにアメリカン

な笑いへと転じてしまう…。

 それくらい状況への理解がとぼしかった。


 あっれ?あっっるぇぇーーーーっ!?

 告白の返事じゃ…婚姻…結婚!?あれ?あれあれあれあれれれれれれっ!?

 んぇっと、私がおかしいのかな?脳がバグっちゃったのかなぁ?もしかして私の常識と金持ちの常識が違うだけで一般はこんな感じなのかなぁっ!?


 理解不能、リカイフノウ…。

 ピピーッ!ガガガガガッ……!ドンッ!ボカンッ!


 当機体は重大なエラーにより故障しました。

 いち早く状況の説明をしてください…。


「どうかしましたか?結稀さん?」

「ハッ!?」


 人間からポンコツロボへとジョブチェンジしてた私に、心配そうに麗奈は覗き込んで、私の意識を呼び起こす。

 ハッと我に返った私は、あたふたと両手を暴れさせながら冷や汗を掻いていた。


「え、あっと…いや、どーうしてこんなコトになったんだろうなぁーって…」


 うん、どうしてこうなったの!?

 告白の返事で悩んでたら、なんかめちゃくちゃぶっ飛んで結婚の話になってるんだけど!?

 

 遠回しに説明を求めると、麗奈はクスクスと面白そうに笑う…そして、次の瞬間…私は麗奈の口からとんでもない事実を知ることになる。


「ふふっ…忘れてしまったのですか?あの日、結稀さんが言ってくれたじゃないですか」


 彼方かなたを思い出すように、遠い目を浮かべる麗奈。

 嬉しそうに頬をほころばせる麗奈に思わずドキッとして、好きを言いかけた私はぐっと我慢する。

 語るのは、私たちが初めて会った日まで遡る、はじまりの日…。


 教科書を忘れてしまったことから始まった…運命の出会いだ。


「初めて出会った日、結稀さんは私に告白してくれましたよね?…それに結婚の申し出までしてくれて……」

「最初はすごく驚いたのですが…今にして思えば、とても嬉しいことですよね?だって、結稀さんが私に告白していなければ今の関係はきずけていなかったのですから」


 ………ん?


「……んん?」


 ガチガチと…歯車が噛み合わない音がした……。

 脳内には疑問符がこれでもかと発生していて、エラーを吐き出していた。

 再度読み込んでも、情報が完結しない…理解ができない。

 まるで、初めから致命的なエラーが出ていたのに…気付かずにいたら、今更それを知ってしまってどうしようもないみたいな、そんな衝撃だった。


 私が…告白?結婚?いつ?どこで?

 どこで……?どこ……でって…あ。


『え、まじ女神じゃん…ちょう好き、結婚してほしい……』


 言ってるんだけど…。

 私、結婚してほしいって言ってるんだけどぉ!?

 あれ?あれあれあれっ!?じゃあなに、麗奈が今こうして婚姻届を提出してるのは、私が最初に結婚しようって言ってたから!?

 で、でも私と麗奈はそもそも友達関係だし、そんな話一度もしてないよ!?


 で、でもさ…考えてみれば、旅館の一件で麗奈が私と付き合ってるって思ってるならどうなんだろ?

 麗奈の中では私と付き合ってるわけだから、それなら結婚しようって突飛な話になるのも納得できるって…できないよ!?


 も、もしかして私…私達って致命的なところでズレてたってわけ?

 私は友達だと思ってたのに…麗奈は恋人だと思ってたの!?


 つ、つまり…これ全部……!


「結稀さん、聞いていますか?」

「えっ!?あ、はいっ!!」

「ふふっ♡びっくりして放心してたんですか?そんな結稀さんも私は好きですよ?」


 クスクスと笑って、麗奈は両手を合わせて夢見る少女のような表情をする。


「私、ずっと夢見てたんですよ?結稀さんと一緒になれるのを…どれだけ夢見たか」


 頬を染めて、麗奈は熱の灯った瞳を揺らして私の頬を優しく撫でる…。

 そのあやしい微笑みに、思わずゾクリと神経が撫でられるような感触を覚えた。


 なにそのえろい顔……!


 麗奈は、婚姻届を私の目の前に突き出す。

 見たこともない妖しい微笑みを浮かべながら、麗奈の唇はなまめかしく動く…。


「だから、約束通り結婚しましょう?ね?結稀さん…」



 これは、盛大な勘違いだ。

 私の悪癖あくへきとも言える口癖のせいで、スタートラインから致命的なミスが発生してた物語だ。

 しかし、この致命的なミスに気付いているのは現状私だけ。


 私に恋する美人の女の子、天城麗奈は私と結婚する気満々で…既に麗奈の名前は記された後だ。

 残るは私が書くだけなのだけど…私は石像のように固まって、思考の海へとダイブしていた。


 ドボンと…駆け回る情報の海へと潜り込む。

 今の私の脳内は、この状況をどうしたらいいのかで一杯だった。

 まず、最初の課題であった告白の返事は、銀河の向こうへとどっかに行ってしまった。


 そして、告白の問題から入れ替わるようにビッグバン級の問題がでんっと現れる。

 麗奈と結婚するかどうかという超・超・超重大な問題だった!!


 いや、女子高生同士なのに結婚って出来るの?という問題はさて置いて…問題は相手が麗奈という点。

 麗奈は私と結婚する気満々だし、そもそも断られるとは思ってない…というより、断ったら大変なことになりそう……!


 じゃあ告白の返事もせずに結婚するの?私?まじで?

 突飛すぎてぜんぜんイメージ湧かないんだけど!?


 いやまあ、麗奈は超絶美少女で可愛くてえっちで嫉妬深い私の親友だよ?結婚しよって言われたらすごく迷っちゃうよ?

 でも、でもそれは今じゃないよね!?


 しかもこれは盛大な勘違いから起きてる問題なんだよ…そう、根底からとんでもないんだけど。

 じゃあ、根底を取り除こうとして私が…。


「ごっめーんっ☆私が結婚しよって言ったのも好きって言ったのも全部勘違いなんだー☆」


 なんて言ったらとんでもないことなるよ!?

 嫉妬深い麗奈の事だから私刺されちゃうよ!?グッサーーって包丁を思いっきりお腹にやられちゃうよ!?


『そうですか、結稀さんは最初から私を騙していたのですね……では、庭の鯉の餌にしてあげます…』


 ってなって鯉の餌になるんだよ!?いやだよ鯉の餌になっちゃうのはさぁっ!!


 じゃあ、私は…どうしたらいいの?

 私はを知らない…。人に恋した事ないくせに、好きをかたる意地悪な人間だ…。

 そんな私に結婚なんてできないよ、相応しくないよ…。


 もしも、恋人とか結婚相手とか…そういう次元じゃなくて、別の関係ならよかったのに…。

 たとえば、親友とか…許嫁いいなずけみたいなさぁ?


「あ…」


 ふとよぎった言葉に、私はぴくりと反応する。

 今、かなりいい案が出てきたかもしれない。

 いや、いい案というより…現状を先延ばしにするだけの案なんだねどさ…?

 でも、今の私に必要なのは"時間"だ。

 

 私は思考の海から抜け出して、麗奈の方へと向き直る。

 いい案を思いついたはいいけど、結婚する気満々の麗奈をどう説得するべきか…。


 ごくりと生唾を飲み込んで、私は口を開いた。


「あ、あのさ麗奈」

「はい♪なんでしょうか結稀さん♡」

「そのさ、結婚の話はうれしいんだけど、よくよく考えたらまだ私達には無理じゃない?」


 そもそも日本では同性婚なんて出来ないし、できたとしても年齢の問題がある。

 でも、麗奈は私の問いをさらりと返した。


「確かに、日本では同性婚が出来ません。ですが、同性婚が可能な国に行けば問題解決ではありませんか?」

「たとえば、アイスランド…ノルウェー、ハワイといった国に移住するという手もあります」

「わ、わあ…博識はくしきだねぇ…」

「結稀さんが気になるのも分かります、ですが安心してくださいね?ちゃんとビザも取りますので!」


 わ、わあ…海外移住する気まんまんだぁ!

 っていやいや、そんなことを考えてる場合じゃないよ私!


「そ、それは嬉しいんだけど…ほら、私達まだ高校生だし、結婚できる年齢じゃないでしょ?」

「はい…残念ながら」

「だからさ、まだそう急がなくてもいいと思うの!」


 しゅんと俯く麗奈に、私はすかさず叩き込む。

 しかし、そんな事を言い出したら…まるで私は結婚したくないと思われてしまう。

 実際、麗奈の表情が少しくもっていた。


「結稀さん…なにを仰りたいのですか?」

「えっと、つまりさ…私達が結婚できるまで……」


 もごもごと…言いよどんで…声がつまる。

 いざ言おうとしたら、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?

  

 でも、現状これ以上の案は見つからないし…こうでもしないと進まない!

 だから私は…意を決して麗奈に言った!!


「許嫁という関係はどうでしょうか!」

「あっと、えと…つまり学校を卒業するまで今の関係でいようって話で…卒業したら、ちゃんと結婚をしようと思って……って麗奈?」


 説明してたら、麗奈が目を白黒とさせて固まっていた…。

 ちょんちょんっと指でつつくと、麗奈はパチクリと瞼を閉じたり開いたりしてる…。


「ど、どうしたの?麗奈」

「いえ…結稀さんはもしかして、結婚するのがイヤなのだと思いまして…」

「いっ、いやいや!そんなわけないよ!?う、うれしいなぁっ!はっぴーー!!」


 いえいえーいと作り笑いを浮かべてピースをしてたら、麗奈はクスクスと子供っぽく笑う。

 そして、いつもみたいな優しい笑みを浮かべて麗奈は「ふう」と息を吐いた。


「確かに、急ぎすぎでしたね…私ってば嬉しくて変なことを仰ってました」

「いやいや、あはは…すこしびっくりしたけどね?」

「ふふっ…許嫁ですか。結婚を誓い合った関係…いいですね」


 ふふっと柔らかな笑みで、許嫁という言葉を何度も復唱する麗奈…。

 胸の内に保存するみたいに、ぎゅっと胸の内に手を当てると…麗奈は小指を私の前に向けた。


「約束ですよ?必ず、結婚しましょうね?」


 それは…ゆびきりげんまんのポーズだ。

 

 私は、思わず苦笑をこぼしてから…。

 小さな小指に、私の小指をからませた…。


とりあえず一章完全に終わり。

最終的に許嫁という関係に収まり、結婚することから難を逃れた柴辻ですが…この先に待っているのは天城の誘惑です。


がんばれ柴辻

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