第14話 旅のおわりとお嬢様の告白


「お迎えにあがりましたお嬢様、柴辻様」


 翌日、旅館を出ると時間ピッタリに柳生やないさんが高級車で迎えにやってきていた。

 黒のスーツをピシッと着こなして、氷のように変わらない中性的な表情のまま、私達を一瞥いちべつするとペコリと頭を下げる。


 なんだか、私までもがお嬢様の仲間入りをしたみたいな気分で…少しテンションが上がったのはここだけのナイショ。


 ひそかな喜びを胸に、私達は柳生さんに案内されるように高級車の中へと入っていく。

 相変わらず車内は広々ひろびろとしていて、昨日もそうだったけど謎の緊張感がただよっている。

 もし、ここで粗相そそうを起こしたものなら、めちゃくちゃな金額の弁償べんしょうをさせられそうで…思わずブルっと震えてしまう。


 そんなコワ〜い妄想をしながら、私は奥の方へと座って、その隣にくっつくように麗奈が座る。

 肩と肩が密着しあって、麗奈の体温が肩越しに伝わってくる…。じわじわとした熱さが、胸の奥にうずき始めた。


「「……………」」


 私達の反応は、お互いチラチラと様子をうかがっては見つめ合うだけだった。

 頬をピンク色に染めて、恥ずかしさのあまりに目を逸らしあっては…もう一度気になって視線を向け合う。

 視線が合うものなら…気まずくなってまた目を逸らす。

 柳生さんが迎えに来る前も、ずっとこうしながらせっしていた。


 気まずさと恥ずかしさ…あとほんのちょっぴりの嬉しさが混ざり合った、カフェオレみたいな空間…。

 すごくもどかしい気分なんだけど…今はこれが精一杯せいいっぱいで、例えるなら近いけど遠い、そんな距離感だった。


 そんな私達の空気に、バックミラーで眺めていた柳生さんが…じっと私達を見つめて口を開いた。


「お二人共、何かありましたか?」

「「………!」」


 聞かれた途端とたん、びくんっと身体が跳ねる…!

 柳生さんが気になるのも当たり前のことだ、私だって後ろでそんな空気してたら聞きたくなってしまうもん…!


 でも、今は…今だけは聞いてほしくなかった…!


 何かありましたか?なんて…何かあったからこそこういう空気になってるんだよ!?

 さっしてよ!気にならないでよおっ!


 あの温泉でのキスのあとも…少しだけ色々あったんだ。

 キスだけでも「何かあった」に入るんだろうけど…あの後も「何かあった」訳で……。

 

 それは思い返すだけでも恥ずかしくなってしまうけど、大切なお話…。

 麗奈の想いを全て聞いてしまった…深夜の出来事だ。



 チッチッチッチッチッ…。

 カチッ…!

 チッチッチッチッチッ…。

 カチッ…!


 時計の針が進んでる音がする。

 小刻こきざみにを進めては、カチカチと小気味良い音を部屋に響かせている。


 けど、響いている音は時計の音だけで…あとは夜の静けさにも負けない、無言の空間がひたすらに部屋をおおっていた。


「……………」

「……………」


 お風呂に入る前にもあった光景。

 でも、最初の頃と違うのは確かな距離感。

 麗奈が見せていた冷たい空気は既になく、私達二人は近しい距離で…ただただ黙っていた。


 それもそうだ、だって私達はキスをしたばかりなんだから…。


 誰もいない温泉でした…甘いキス。

 唇と唇を、ただかさね合わせただけなのに、無性にドキドキするのはなんでだろう…?

 同性同士でも、する人はいるしって思ってたのに…。いざやってみたら思った以上に恥ずかしくて、麗奈の顔がまっったく見れない。


 麗奈も…同じ感じなんだと思う。

 頬を染めて、ドキドキとうるさい心臓をまぎらわすために髪をくるくると指で巻いては、私を意識し始めてうつむきはじめる。


 これが…友達同士の距離感なのかな……。


 ドキドキとした高鳴りをおさえながら、私は疑問に思う。

 旅館に来てから、ずっと麗奈にドキドキしてばっかりだ…。

 麗奈に胸を揉まれたり、距離感が近かったり…キスしたり…。


 いや、友達同士でもそういう事をするよ?キスはしてないけど、胸を揉んだりとかは私だって前の学校で似たようなことしてたしさ…?

 けど、麗奈のは……きっと。

 

 ……一瞬思いかけて、私は首を横に振る。


 あっはは…いや、ないない!

 ないよきっと!だって麗奈が私のことが好きなんて、天と地くらい差があるんだよ?

 私よりもいい人はいるし、それに女の子同士なんだからありえないよ。


 うん、きっとこれはあれだ。

 麗奈は私以外の友達がいないから、距離感が少しバグってるんだ!

 よく距離感バグってる私が言うのはあれなんだけどさ…?まあ、そういうことだよ!きっと!!


 うんうんとうなずいて、勝手に納得する。

 というより、なかば無理矢理気味だった。

 そうしないと…全部気付いてしまいそうで、今の関係が壊れてしまいそうだと思ったから…。

 けど、そうは思っていても気になるもので。

 私は麗奈の方へと向き直った。

 私は、麗奈から心意を聞き出そうとした。


「ねえ、麗奈…麗奈はさ、なんでキスしようって思ったの?」


 さりげなくそう言って…麗奈のそばに寄る。

 麗奈は瞳をゆらゆらと揺らして…言葉を選んでいるのか、すごく悩んでいる様子だ。

 少し待ってから、麗奈の喉から…言葉がぽつりぽつりと出てきた。


「結稀さんの…隣にいたかったから、です」

「私の、となり?」

「はい…結稀が大切で、好きで…離れたくなかったからキスしたかったんです」


 こんどは…麗奈の方から詰め寄ってきて、私達の距離がぐっと縮まる。

 長いまつ毛が揺れていて、小さな鼻が私の鼻と当たっている…。

 麗奈の瞳は私の瞳を映していて、混ざり合いそうなくらい近い…。


 あと一歩踏み出せば、キスが出来る距離。

 その距離を維持いじしたまま、麗奈は決意を決めたような表情をして、桜色の唇が吐息と共に開く。


「結稀さんが、好きです」


 甘い匂いと混じって…麗奈の想いが、直球で投げられる。


 冗談じゃない…本当のだった。

 私がいつも言ってる、友達のとは全然違う確かなもの…。


 私は…衝撃を受けた気分だった。

 後頭部をバットで殴られたみたいな、脳が揺れてういんういんと思考がさだまらないみたいな…。


 呆けていると…麗奈の小さくて細い指が、私の頬を優しく撫でていた。

 うっとりとした視線を向けて、麗奈の指はすべるように頬から顎へ…そして唇の方へと移動していく。


 人差し指の腹が、私の唇をぷるりと揺らした…。


「結稀さんが初めてだったんです」

「私は、幼い頃から教育を受けて育ってきました。天城グループの次期後継として厳しい教育を…」


 思い返すように言いながら、麗奈はきゅっと唇を噛む。

 表情だけで、とてもにがい記憶なんだと察して…私も苦しくなった。


「そして、教育を受けた私は思いました。すぐれた個に…他者はいらない。人は裏切りいつか敵になる、それなら私に人は必要ない」

「そう、思ってたんですけどね?でも…私の前に結稀さんがやってきたんです」


 嬉しそうに微笑んで、唇に触れていた指がするすると優しく撫でる。

 いとおしそうな表情で、そのまま麗奈は言った。


「私の知る人間は…天城グループを恐れて逃げる者と、その恩恵を受けようと媚を売る人間のどちらかです。ですが…私を知らずに、突然告白をしてくる人は後にも先にも結稀さんだけでしょうね…」

「天城グループの御令嬢の天城麗奈ではなく、ただ一人の人間として天城麗奈を見てくれて…好きと言ってくれた、愛してると言ってくれた…隣にいてくれると言ってくれた…!」


「だから、私は結稀さんが好きなんです。私の隣に立って…特別でいてくれるあなたが、私は…好きなんです!」


 一筋の涙が麗奈の頬をらす。

 麗奈は拭うこともせずに、涙をぽろぽろと流したまま…そして。


「結稀さん…私を、あなたの隣にいさせてください」


 桜色の唇が迫る…。

 私はただ黙ったまま、麗奈を受け入れる。

 それは深夜11時のこと、私は麗奈の抱える想いを…聞いた。



 あのあと、私は返事をしていない。

 というより返事をする前に、麗奈は力尽きたみたいに眠ってしまった。


 結局、二人して一緒の布団に入って寝たんだけど…私は麗奈の告白を聞いたのもあって、まっったく眠れなかった。

 対して麗奈はぐっすり寝てて、お肌ツヤツヤなんだけどさ…。


 しかし、相変わらず気まずい空気が続いてる。

 言葉は全く交わさないくせに、てれてれと恥ずかしさだけが支配している空間ばかり。


 そろそろ車も屋敷に付きそうで、旅の終わりが刻々と近づいて来てる。

 高級温泉旅館…貸切の温泉、豪華な食事。

 振り返ってみれば最高の一言だけど、正直言って全部麗奈のことしか思い出せない…。


 それくらい、麗奈のキスと告白は私の心に刻まれている。

 全部キスのおまけみたいに、旅館での記憶は曖昧あいまいだった。

 

 やばいなぁ…私、ずっと麗奈のこと意識してる。


 むずむずと胸の奥が痒い。

 麗奈にあんな事を言われて、嬉しくないとは思えなかった。

 本当に…私のことが好きなんだ。


「…まじか」


 窓を眺めてぽつりと呟く。

 車窓に反射する私の顔は、ニヤニヤと喜んでいるようにも見えた。

 まあ、仕方ないよね…クラス一可愛いんだから告白されたら嬉しいと思うのが当然だ。


 返事…どうしようかなぁ。


 流れる景色を目で追いながら、返事の内容を考える。

 そうして長考していると、ちょんちょんっと肩を叩かれた。ぱっと振り返ると麗奈が照れながら私を見ている。

 どきっと胸が高鳴って、麗奈をまともに直視できない…。


 私は声をどもらせながら、聞いた。


「な、なに麗奈?」


 麗奈はもじもじと指を絡めながら、上目遣いで身体を寄せてくる…。

 桜色の唇が私の左耳に近付いて…ぞわぞわとした感覚を覚えたと同時に、麗奈は囁くように言った。


「そろそろ屋敷に着くのですが…結稀さんにお願いがありまして…」

「その、大事なお話があるので…来てくれませんか?」


体調不良と寝不足で、文章がいつもより拙いです、ほんとすみません。

次回は一話冒頭のあとのお話です、思い描いていたお話とは若干ズレていますが…二人の物語がようやく始まります。


あーーやっと一章が終わる……


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