第10話 ゆけむりとめぐるおもい③


 車に揺られて一時間。

 微睡まどろみの中へと意識を潜らせていた私に、柳生さんの声と麗奈の声がぼやける意識の中で鳴り響いている…。


「柴辻様…着きましたよ」

「結稀さん、起きてください」

「ん、んぅ…」


 ゆさゆさと小さな手に揺らされて、私は重い瞼をわずかに開て、うっすらと目を覚ます。

 まだ視界がしばしばとおぼろげで…思考にもやが掛かったみたいに気分が重い。

 けど、私の視界に覗き込むように麗奈の顔が、じーーっと心配そうに私を見つめていた。


「もしかして、寝不足ですか?」

「ん?んー……たしかにきのうは、たのしみでねむれなかったけどぉ……」

「ふふっ…奇遇きぐうですね、私も昨日は楽しみで眠れなかったんですよ?」

「そぉなの?ならわたしたちいっしょだねぇ……」


 ふにゃあっと柔らかく笑いながら、私はふらふらとした足取りで車を降りる。

 高級車ってすごいね…あんなにも乗り心地が良いなんて私は今まで知らなかったよ…。


 小学の時に乗ってた送り迎えのバスとか、椅子が固くて寝たら身体が痛くなるから…高級車って寝心地ねごこち良いんだなあって感心する。

 まあ、もっと感心するポイントは他にあるんだろうけどね。


 それでえっと…。


「どこについたんだっけ?」

「もう、まだ寝ぼけているんですか?旅館に着いたんですよ!私達が今日泊まるところです!」

「りょかん…?りょかん?かん…」


 なんだっけー?と思い出すのは昨日三人組に渡された二枚のチケット…。

 元貧乏庶民の私には絶対に縁のない、高級旅館の宿泊券を貰って…それで麗奈をさそって今日来てるんだっけ?

 

 昨日の夜、調べてみたらかなり有名な場所で、芸能人とか政治家がよく行く場所なんだとか…。

 それで温泉も料理もぜんぶ最高らしい…。


「……うふふ、おんせんたのしみーー」

「結構深い眠りだったんですね……もう、結稀さんは…」


 横で呆れた様子で麗奈が言っている。

 私は相変わらずぽけーっとしたまま立ち尽くしていると、麗奈が私の前に立って背伸びをし始める。

 細くて白い手が…私の頬をぎゅうっと優しく挟むと、麗奈はそっと顔を近付けて…キスをしようとして…………って、うええええっ!?


「わ、わわわっわーーーっ!?」

「む…今起きましたか」

「お、起きましたかじゃないよね!?い、今私に…」

「…はて、なんのことでしょう?」


 目を細めて、あやしく微笑みながらとぼける麗奈。

 でも、今のは明らかに私にキスしようとしてたよね!?

 麗奈の小さな唇が、私の唇と重なりそうになりかけたの鮮明に覚えてるよ!?


「ふふっ、目を覚ましましたか?」


 驚いている私に、麗奈は気にする事なくクスクスと笑って言う。

 まあ、今ので完全に目を覚ましたけどさぁ…。


「…う、うん完全に目が覚めたよ」


 もう目がシャッキリだよ、というか突然すぎて心臓バックバクだよ!

 そんな私の心境なんか麗奈は知りもせずに、私の元にすすすっと寄りう。

 麗奈は私の腕に抱き付くようにして腕を絡めると、私達はぴったりと密着してる状態になった。


「それでは柳生さん、運転ありがとうございました。明日もよろしくお願いしますね」

「はい、それでは明日にお迎えに上がりますので、一日楽しんできてください」


 ぎゅうっと抱き寄せられたまま、麗奈は柳生さんにお礼を言うと。柳生さんは表情一つも変えずにそう言って、車に戻っていった。

 そしてすぐに車は走り去っていく……。


 ぽつんと二人取り残された私達。

 ぎゅう〜って密着したまま、私は困惑しながら麗奈を見た。

 距離…近すぎない?


「あの、距離すごく近いね?」

「そうでしょうか?」


 相変わらず、機嫌が良さそうに麗奈は笑ってる。

 その表情からは怒ってるわけでもないし、なにか意図があるわけでもない…ただ、本当に楽しそうという感情しか伝わってこない。

 だからこそ、突然の変化に私は戸惑いを隠せなかった。


「別に、何かあったわけじゃないんですよ?」

「え?」

「ただ、少しだけ正直になろうと思ったんです」


 私の戸惑いが表情として出ていたらしくて、麗奈は笑いかけながらそう言って…私の肩に頭を乗せる…。

 麗奈の熱が…じんじんとにじむように伝わってくるのを感じる…。

 麗奈の瞳が、熱を帯びていたことに今気付いた。


 口角の輪郭が少し上がって、麗奈はぽしょりと…私の耳元に囁いた。


「私も結稀さんが好きです」

「……へっ?」


 思わず、私は肩に頭を乗せていた麗奈を見た。

 小悪魔みたいな…可愛い笑顔のまま、麗奈は私だけを見つめていて……。

 

 ちゅっと、ほおに音が弾けた。



 私、『好き』って言葉が口癖なんだけど、人に『好き』って言われるのは慣れてないの。

 そう、いわゆる自分だけオッケーみたいな理不尽ルールで。

 相手に好きって言われると、なんだか凄くむずかゆくなって仕方がない。


 それがまさか…麗奈に言われるなんて私は思いもしなかった。

 しかも、頬にキスされて…私の心の中はぐるぐると困惑に渦巻いていた……。


 あの後、私は照れながら旅館へと向かった。

 初めて旅館に泊まるから少し身構えていたものの。宿泊券を渡してから部屋に案内されるまで、麗奈がいてくれたおかげで緊張はしなかった。


 そして、案内された部屋は…腰を抜かすくらい広かった。


「わ、わぁ…わぁ〜〜〜!!」


 広い、広い…!広すぎるんだけどぉ!


 部屋に入って、真っ先に出た感想は『広い』だった。

 子供みたいにおおはしゃぎして、私は畳の上を駆ける回っていると、それを見ていた麗奈がクスクスと笑っていた。


「わ、わらわないでよぉ…こういうの初めてなんだから!」

「いえ、あまりにも結稀さんが可愛らしかったもので…それに、はしゃぐ結稀さんも私は好きですよ?」

「ま、また好きって言ってる…」


 唇を尖らせながら私は照れる。

 さっきから麗奈はずっとこんな調子だった。

 いつも以上に距離が近くて、隙さえあれば私に『好き』とか『可愛い』って言ってくる。


 まるで今までの私がしてきたことを真似てるみたいで…なんだか恥ずかしくなってくる。

 それに、なにより今の麗奈は…。


「麗奈…その、抱き付きすぎじゃない?」

「そうですかね?」


 ぎゅう〜っと抱き付かれながは、私は恐る恐る聞いてみる…。

 さっきからこんな感じで、麗奈は積極的だ。

 前世はコアラか何かなのかな?でも、可愛いし全然良いと思えちゃうあたり…麗奈は罪な女の子だと思う。


 私が顔を真っ赤にして照れていると、麗奈は上目遣いで私を見ていた…。

 頬をゆるませて、柔らかに笑う麗奈の可愛さは破壊力抜群すぎて失神しそうになる…。


 ほんとに、なんでこうなったんだろ?

 なんで麗奈ってこんなに積極的に…可愛くなってんの!?


 麗奈の考えてる事がさっぱり分からない…。

 そのせいで、いつもの調子が出せない!


「結稀さん、もう少し…寄せてもいいですか?」

「へっ?ま、まだくっつくの!?」

「はい♡まだまだ足りないくらいです」


 そう言って、麗奈は更に私に抱き付こうしてきて…私は慌てて体勢を崩してしまう。

 どっしん!と背中の方から倒れて、仰向けの状態でいると…麗奈が私を見下ろしたまま、ニヤリと微笑った。


「ちょっ、麗奈?な、何する気!?」


 声を上げるけど、麗奈は止まらない。

 白い手が私の肩に触れて…なぞるように鎖骨から首筋、そして顎に触れる。

 麗奈の瞳は…ゆらゆらと蝋燭ろうそくのように揺らめいていて、私に触れる事に集中してるみたいだった。


「ねえ、麗奈?」


 呼びかけても…反応が来ない。

 ただ、じっと時が流れて…麗奈はごくりと生唾を呑んだ。


「結稀さんって…胸大きいですね」

「へ……?」

「いえ、前に抱き付かれた時も思ってたんですが…結稀さんの胸って私より大きいですよね?」

「え?…え?ま、まあ…そうだけど」


 この状況で…胸の話する!?

 ぎょっと驚く私、でも麗奈は酷く真剣な表情で私の胸を凝視していた。

 たしかに麗奈よりかは大きいけどさ!?


 私が脳内でツッコんでいると、麗奈は真剣な表情のまま言った。


「揉んでもよろしいでしょうか?」

「も、揉むって、私の!?」

「はい、揉み心地が良さそうなので…それに、羨ましいので揉みたいです」

「なにを言ってるの!!?」

「揉んじゃ…だめですか?」

「うっ…その捨てられた子犬みたいな目をするのやめて!」


 うるうると懇願するように見つめる麗奈に、私は「う"」っと唸る。

 そんな顔されたら胸揉ませて良いって思っちゃうじゃんかぁ!!


「……ほんとに、揉みたいの?」

「はい、今一番興味があります」

「ううっ…そんな真剣な顔で、ほんとに…ほんっとーーに揉みたいんだね?」


 もう一度私は聞いてみる…すると、なぜか麗奈はうーんと首を傾げた。

 あんなに本気で揉みたいって言ってた癖に、なんで迷う必要があるのだか……。


「本当は結稀さんとキスしたいです」

「キッ、キス!?」

「だめ…ですか?」


 じっと見つめて、麗奈は言う…。

 なんで、なんで麗奈はそんなこと平気で言ってるの?

 

 今の私は…心臓がドキドキして仕方がなかった…。

 顔が真っ赤に染まりそうで、恥ずかしさともにょもにょとした変な気持ちが私の胸に渦巻いている。

 もう…なんなの、なんなんだ麗奈は…!


 どうしよう、どうしようどうしよう!?

 麗奈って、こんなに積極的な子だったけ?麗奈って…こんなにえっちな子だったの?

 やばい、やばいよ…心臓がドキドキする…!痛くて爆発しそう…!恥ずかしくて今にも死にそう!!


 胸を揉ませるのはいいけど、キスって私…ファーストキスだよ!?

 その初めての相手が……麗奈?


 麗奈と…キス………それは。


「わるく……ないかも」


 小さくてぷるりとした…桜色の唇、女の子の唇。

 きっと、柔らかくて…甘いんだと思う。

 それに、麗奈の唇だからこそ…わるくないって思えた。


「! ほんとですか?」


 麗奈が食いつくように私に顔を寄せる。

 嬉しさと好奇心に満ちた…キラキラと輝いてる目だった。


「う、うん…麗奈となら、全然おっけー…キス、しても……いいよ?」


 やばい、はずかしい…なにいってんだろ、私。

 でも、もう言ったからには責任が付きまとう。

 あとになって「やっぱむり」は無効だ、そんなの麗奈も望んでないと思う。


 ほんの少しの後悔が…私の身体ににじみ出る。でも、私自身…興味があった。

 麗奈と、キスしてみたいって想いが…確かにあった。


 ああ、ほんとに…キス、するんだ。

 

 麗奈と視線を交わしながら…私は思う。

 畳の上で私達は見つめ合いながら…そして。


「ま、まって…」


 我慢できなくなって、私は迫り来る麗奈の唇を手で止めた。


「な、なんで止めるんですか!」

「いや、その…イヤになった訳じゃないんだけどその……」


 ムッとした表情でとがめられて、私はしゅんと萎縮いしゅくする。

 別にイヤになったわけじゃない、正当な理由があって止めたわけで…断じていやなわけじゃない!

 その理由は…。


「お風呂…先に入りたいなって」

「……お風呂、ですか?」

「だ、だって今の私…汗臭いと思うし?それに、いざキスするってなったらその……歯を磨かなきないけないなって…思っちゃって…」


 もじもじと…指を絡めながら、言い訳めいたことを言う私。

 麗奈はムッとした表情のまま、私の言い分を聞いた後……はぁーーーっと特大のため息を吐いて立ち上がった。


「そうですね、せっかく温泉旅館に来たのに温泉に入らない訳にはいきませんものね」

「あれ?麗奈、ちょっと怒ってる?」

「怒ってないです、ちょっとムードを理解してないなと思っただけです」


 それ、怒ってるんじゃないの?


「…まあ、私自身…少しだけ積極的すぎたかもしれません」

「麗奈…」

「でも、だからと言ってキスするのは諦めていませんからね?温泉から戻ったあと…続きをゆっくりしましょう」

「れ、麗奈!?」


 怪しく笑って、私はビクリと戦慄する。

 でも、少しだけくだけた雰囲気になって少し安心した。

 私達は笑い合いながら立ち上がると、温泉に行こうと歩き出した。


「結稀さん」

「ん?なに?」

「私、結稀さんが好きです」

「ま、また!?わ、私も好きだけどさ…」

「はい、だから私達…これで両想いですね」

「確かに…そうだね、私達恋人同士になっちゃうのかな?」


 いや、そんなわけないけどね?だって私達は友達同士の関係なんだし。


「いえ、恋人同士ではありませんよ」

「え?そうなの?」

「はい、私達は…」


 それ以上の関係になるんですから♡


攻守交代

これからは天城が攻めです


今回もまた温泉出てない…次こそは、次こそは出るはず…はず………はず?

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